第7話 異世界都市伝説、なろう系

 お疲れ様です。アニゲーブックスイケオウル店、店長の小田です。

 あ、どうも。何とかやってます。ひとまずご報告なんですけど、通貨の両替問題は解決しました。ニポーンイェンと日本円、混ざっていなかったんです。うちの店には全自動両替という神機能があるらしいんですよ。

 はい、……はい。おっしゃってることはわかりますよ。俺だってフツーに仕組みが謎だって思っていますけど、実際大丈夫なので……それ以上言えることはないです。なんとこの店の神機能、両替だけじゃないんですよ。銀行に全自動入金もしてくれる。都合よすぎ。まさに異世界チートですよ。ウチの浅尾も大喜び。

 あとネットに繋がるならもしかしてできるんじゃないかって思って、ネットバンクでの送金試してみたんですけど、いけてます? お、大丈夫ですか? 

 じゃあ、課題のひとつはクリアしましたね。送金問題解決したんだから、ちゃんと本を納品してくださいよ! お願いしますよ! 同人誌も商業誌も! 発注しますからね! 配本お願いします。お願いします! 配本してもらえるまで、何度でもしつこく根強く言い続けますよ、俺は!

 え? 池袋店の跡地に異世界の建物っぽいのが出現した?

 しかも中から色々出てきた? メイド服の他に? ああ、そうですか……そうか。ちょっとこちらで、バイトがこの世界で獲得したもの、店の中に置いていなかったか確認しているところなので。もしお手間じゃなければ、向こうに届いたものをリストにしてもらえませんかね? 確認しますんで。

 あ、以前部長にも伝えたのですが、こちらにおける同人イベント的なものに出展することになりました。っていっても、アニゲーブックスが企業出展するわけじゃないです。サークルさんの参加をサポートする協賛企業、みたいな?

 ええ。……はい。それはそうなんですが、今回はサークル様側からのご要望でして。はい。だから頒布物はこちら側の人間が制作することになるんですけど……ちょっと量産が難しいっぽいんですよね。

 異世界同人誌委託のきっかけとして、サークル様との関係は大事にしておきたいので、何とか方策を練ってみます。イベントの時期がいつかにもよりますしね。

 あっ、はい。それはよろしくお願いします。俺たちだって、永遠にこの世界に留まりたいわけではないので。池袋店跡地の建物についても、何かわかったら続報いただけると嬉しいです。

 はい。はい、どうもー。では、失礼します。お疲れ様です。



 定時連絡、終了。今日はミシェルとの打ち合わせの日だ。

 彼女は曲がりなりにも学生であるので、相談は学校が休みの土曜日にした。ちなみに、この世界でも一週間は七日間で、土日が休み。

 もしかすると、言語や生活習慣が似通っているのもこの店のチート能力によるものかと疑ったが、そうではないらしい。店の営業に直結しないことは、チートの範囲外になるようだ。

 地名や言語、他にも諸々。様々なことが似ているのは似ているので、やはりニポーンはパラレルワールドの類なのだろう。

「いらっしゃいませー」

 事務所から店に移動。お客様とすれ違う時は隅に寄って挨拶。異世界にきても、書店でやることは日本と同じだ。

 今日のレジ担当は姫様。そして売り場担当がメロディ、あんたま。セージは休暇。だが、ミシェルとの打ち合わせがあるので、夕方には戻ってくるように言ってあった。もう午後もだいぶ過ぎたので、そろそろ戻ってくるかもしれない。

「あ、店長さん、こんにちは」

 声をかけられて振り返ると、ミシェルがドレスの端をつまんで優雅におじぎをした。

 彼女の通う芸術学院は、決まった制服はないらしい。通うのは基本的に、魔法をある程度たしなむことができる貴族や富豪の息女のようだ。粗末な服装で通うことは許されない空気とか、あるのかもしれないな。

 日本人の感覚では美術系の学校では汚れが気にならない服を着そうだと思うけれど、こちらの美術は魔法で生成するものだから、ヒラヒラのドレスで問題ないのだろう。

「事務所に行きますか? それとも、店を少し見ていきますか?」

「あ、シャンプのコミックスで欲しいものがあるんですけど。あの、死滅の刀、今学校でも話題になっていて」

「ああ、あの本は日本でもめちゃくちゃ流行ってますね」

「ニホン?」

 おっと、口がすべった。ここはニポーンであって、日本ではない。

『死滅の刀』は、妖怪に家族を殺された少年が、仲間と共に悪を滅ぼす刀を振るう和風ファンタジー。日本では知らない人はいないのではないかというほど、老若男女問わず大ヒットをしているタイトルだ。

 日本で流行しているものは、この世界でも流行する余地がある。和風の世界観は、この世界ではよりファンタジー感を強める結果になったのだろう。つまり、日本人よりも世界観が目新しく感じるということだ。

 学校で流行しているのは、それだけうちの店が芸術学院の生徒から注目されているということでもある。何せ『死滅の刀』を売っているのは、この世界では間違いなくうちの店だけだからだ。

 ミシェルが本を委託してくれれば、学院の生徒が自分も委託したいと考えるかもしれない。学生の口コミはあなどれないのだ。

「うーん、ミシェルさんには、日本のこと言っておいた方がいいのかな?」

「ニホンって、ニポーンとは別なんですか?」

「ああ……うん、ちょっとここでは話しづらいので、裏にどうぞ」

 ミシェルを事務所に案内する。お姫様にパイプいすをすすめるのは気が退けたが、唯一のまともな椅子がパソコン用のデスクチェアだけなので、これを貸すのもおかしい気がした。

 とはいえ、自分だけいい椅子に座るのも微妙な気持ちになるので、パイプいすは二つ用意。

 さて、どうしたものか。

「あの、実は、我々は……ニポーンではなく、ニホンという国から来たんです」

「そうなんですか? 聞いたことがない国ですけど、ニポーンから遠いんですか?」

「遠いというか、別世界ですね」

「別世界に思えるほど、遠いんですね。そういえば、この店の皆さまは個性的な髪の色と服装ですが、民族衣装なんでしょうか?」

 お、これは思ったよりも説明が難しいやつだぞ?

「別世界のように見える、というか、本当に別の世界なんです。俺たちの世界ではニポーンではなく日本だし、トキョートは東京都だし、イケオウルは池袋なんです。俺たちはこの店ごと、この世界に飛ばされてしまったわけでして」

 ミシェルはまだピンときていない顔をしていた。沈黙していた時間は恐らく一分程度のことなのだが、永遠にも感じた。

 未成年女子を巻き込んで事業をやるのに、自分たちは得体のしれない異世界人ですと言い出したのだから、当然の反応と言える。

「それは、なろう系みたいな物語が、店長さんたちの身にも起きているということでしょうか?」

「え? 今なろう系って言いました?」

 異世界にもなろう系があった? どういうこと?

「あ、すみません、なろう系って俗語なんですけど。学生をターゲットにした『もしこことは違う場所に突然飛ばされたら』とか、『人生やり直せたら』みたいな設定の物語群があるんです」

「あ、それは確かになろう系ですね……」

「『文筆家になろう』という文芸コミュニティに属する作家さんが執筆していて、コミュニティ以外からも模倣作品が多く出ています。だから、こうした作品群のファンの間での呼称が『なろう系』です。硬派な作風の作家さんには敬遠されがちなんですけど」

「ますますなろう系ですね!?」

 パラレルワールド、こんなところまで寄せてくるとは恐るべし。

「ミシェルさんの言うなろう系の設定と、似たようなことが俺たちに起きているのは事実です。俺たちにとっても信じがたいことですが」

「元々なろう系の作品は、かつてここではない何処かから来た『世界の隣人』伝説をベースにした物語に、作家の個性が加わって派生作品になっていったと聞いています。……もしかすると、過去にもこういったことがあったのかもしれません」

「な、なるほど」

 この世界における「なろう系」が、異世界転移の実例に基づいて生まれたものなら、俺たちはその元になった伝説を調べてみる必要があるのかもしれない。もしかしたら、この国の成り立ち自体が日本人がベースになっている可能性がある。

 やたらと似た語感の地名。種族のバリエーションに反して、言葉や文字の使い方がほぼ変わらない。並行世界というだけではなく、そもそもリアル日本人が関わっているのだとしたら、ある程度納得がいく。ひらがな、カタカナ、漢字の三種類の文字を状況によって使い分ける、世界的に見ても難解な日本の言語と異世界の言語が『偶然一致』するというのも、不可解だったのだ。

 店が忙しくてこの世界の解明がおろそかになっていた。元の世界に戻る手がかりをつかむためにも、調査は必要だ。異世界から来たということ自体はどうやら納得してもらえたようだし、ミシェルに協力してもらうことができれば良いのだが。

 それはともかく、この世界のことで確認しておきたいことが、一件。

「……一応聞いておくけど、イケオウル的にはその……ミシェルさんの好きなふたなりって、ジャンル的にどうなんです?」

 ジャンル、というか、性癖というか。

 日本におけるふたなりは、数々の性癖網羅するオタクの中でもちょっとした玄人向けの部類である。当然ながら、性癖がニッチであるほど、作品への間口は狭くなる。競合する作家が少ない&好きな人は高確率でついてきてくれるので、メリットとなる面もあるのだが……。

 初めて出す同人誌が玄人向けで大丈夫なのか。それともふたなりは、こちらでは割と普通なのかを確認しなければならない。

「ふたなり……いわゆる半陰陽の種族は少数民族ですので、題材として扱われること自体が少ないのです」

「あ、リアルふたなりいるんですね。そうですか……大丈夫かな、ジェンダーとか……」

 すっかりオークやらエルフやらいる現実に慣れて忘れかけていたけど、ここはファンタジーランドでした。日本の強烈な幻覚でできたふたなりと一緒にして大丈夫なのか若干の不安がよぎる。

「少数民族である二人が運命的に巡り合い、異性愛を超えた半陰陽ならではの関係を築きあげていることに感動しまして」

「あ、そうなんですか?」

 作者、そんなことを考えずに性癖に従ってふたなりの二人をイチャイチャエロエロさせていただけだと思うのだけど、ちょっと言いづらくなってきた。

「あ、私の学友にも一人いるんですけど、感動していました」

 いるのか。少数民族と言っても、普通にその辺にはいるのか。その学友さんが感動しているなら、イケオウル的にはふたなりエロはアリなのかもしれない。

「ふたなり性愛がイケオウル的にアリよりのアリなのは、何となくわかりました。エロの年齢指定については、コミウォに出しても問題無いということでいいんですよね?」

「はい。というより……出展するのは学生も含めて、十八歳以上しか出られないんです。成人指定は描き手が少ないですし、学生となればもっと少ないでしょう。注目を集める手段としては有効だと思います」

「なるほど」

「あと、私がどうしても描きたいので」

「いいですね。そういうの、作家にとっては大切ですよ。目立ちたい、売れたいだけでやっていると、雑になりがちですから」

 この世界における書物の主流は後で現地調査を行うとして、コミック、それも特殊性壁を全面に打ち出すことで差別化を図ることは重要だ。ましてや、彼女自身が本気で描きたいと願っている。

 読み手は案外この手の情熱の有無に敏感だ。イベントに間に合わせるために突貫で作ったラフ画本ひとつをとっても、本当に好きなのか、流行っているから描いてみただけなのかは、なんとなく透けて見える。

 エロになると、当然全年齢よりも手に取る側の間口は狭くなる。だけど、性癖で殴るのにエロほど適した題材はないのも事実なのだ。

 幸いというべきなのか、この世界には性愛表現は芸術の一種とする考えが根強く、エロに対しては大変に寛容である。さすが日本の並行世界。むしろ日本より寛容な二ポーン。

 実際どの程度のエロが最適なのかはミシェルの感覚を信じるしかない。アニゲーブックスが同人・コミック専門店であることの強みを活かすことを考えれば、やや特殊な性壁を持ってきたミシェルは大正解である。

 どんなニッチな性癖でも売った実績がある店。それが同人ショップ

「それで、コミウォの日程についてうかがいたいのですが……〆切の確認がありますので」

 この世界における魔法製本は、日本の印刷に比べてはるかに時間がかかることがわかっている。余裕入稿を考えれば、二ヶ月前にほぼ脱稿できることが望ましい。

 と、思っていたのだが。

 ミシェルは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「それが……二ヶ月後なんです」

「二ヶ月後……?」

 その間に原稿をやって、魔法製本量産問題をクリアし、なおかつプロモーションを用意する?

「マジです?」

「マジ……です。なので、ぜひこのお店のお力を貸していただけないかと」

 そういえば、この世界では書店が製本を代行するのだった。作家側が自費出版で印刷所に依頼して刷った本を、委託して販売しているなんていう同人ショップ独自のシステムを、ミシェルが知っているはずもない。

 断るのは簡単だ。できないことをやると言ってはいけない。店の信用に関わる。

 ――だけど。だけど、だ。

「やりましょう。当然ですけど、ちゃんとミシェルさんが期日通りに原稿をあげられることが条件です」

「……はい! がんばります!」

 ミシェルの顔がパッと輝く。

 アニゲーブックスは同人・コミック専門店だ。サークル様のお力添えで、日本全国に多数の支店を持つ店になった。池袋店だってそうやってできた。

 だから、異世界で初めての同人ショップになったこの店が、サークルの要望を無理だって切って捨てるなんて、そんなことあっちゃいけないだろう?

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