第6話 異世界にチートはないって誰が言った?

 お疲れ様です、イケオウル店、店長の小田です。

 今日はご報告がいくつかありまして。ええ、そうです。こちらの世界でのサークル誘致の件ですね。

 まず一名、新刊ができ次第サークルとしてお取引をしていただける方を見つけました。はい。そうです。例のふたなりプリンセス様ですね。情熱にあふれているので、ほぼ確実に委託していただけるかと。

 こちらの本は量産するのが大変なので、一冊の単価は高くなるかと思います。でも、金銭の価値は基本日本と一緒ですので、掛け率はアニゲの標準設定でいきます。

 まぁ、そもそもまだ単価がいくらくらいになるか予想もついていないところですので、値付けは慎重にサークルオーナーと話し合いですね。何せ前例がない。

 もうひとつご報告なんですが、実はこっちの世界にも同人イベントに相当するものがあるそうでして。はい。作家さんはそのイベントを目指して本を作るつもりみたいです。

 せっかくなので、アニゲイケオウル店も、全面バックアップで行きたいと思います。運が良ければ、他サークルの委託もゲットできるかもしれないですしね。

 ええ、いやいや。近いうちに商業誌も入荷なくなるわけでしょ。こっちはマジで困ってるんです。

 すでに同人コーナーがスッカスカで、商業誌面積拡大したり全部面陳にしたりして、どうにかしのいでいるんですよ?

 何とかして、イケオウル店に同人誌送ってもらうことできません? ダメですか? 池袋店跡地の穴に投げ込めば、ワンチャンいけるんじゃないです?

 ……へ? ……は? いや、知らないですけど。

 ……はい? メイド服? ……あー、いや、多分それ、うちのバイトの私物ですね。

 届いた? 池袋店の穴に? なんで? いやマジ、俺の方が聞きたいですけど。

 どうなってるんです? ホント、俺は何も知らないですよ。え? 自衛隊の調査再開するんです? どうしよう、明日いきなり店の中に自衛隊の人いたら……。

 はい。……はい。そうですね。俺にもバイトにも家族はいますから。帰る手がかりがあるといいんですけど。

 いやいやいや、異世界満喫とかしていませんって。た、確かにケモ耳ガールズカフェとか行きましたけど。実地調査ですよ! 楽し……かったです。はい。ちょっとラブピュアに似てる娘いたし。

 はい。普通に帰りたいですよ。一ヶ月以上、その辺の池で風呂と洗濯すませる生活してみます? 布団もない店の床で寝てみます? 地獄ですよ?

 荷物の件についてはわかりました。こちらでも調べてみます。

 はい。それでは失礼します。お疲れ様です。



 コミウォ参加の件を本社に伝えるために連絡したはずなのに、とんでもない事実が判明してしまった。

 どうやら、姫様がオークさんに買ってもらったものと思われるメイド服が、日本の池袋店跡地の穴から出てきたらしい。

 池袋という土地柄、コスプレイヤーかメイドカフェ勤務の人間が脱ぎ散らかした線もないではないが、普通に考えてウチの店から転送された可能性の方が高いだろう。

 現に、事務所に置いてあったはずのメイド服は消失している。姫様がこちらの住居に持ち帰ったのでなければ、恐らく池袋店跡地に移動している。メイド服以外にもいくつか移動しているものがあるようなので、バイトの面々に事務所に置いていたものがなくなっていないか確認しなければ。

 その時、突然セージが事務所に駆け込んできた。

「なんだ、セージ。取り込み中だぞ。万引きか? それともクレームか?」

「違いますよ! 俺、発見したんです。やっぱ異世界転移にはチートがあるんですって!」

「……売り場戻れ」

 即答で追い払おうとしたが、セージは何故か英世さんのお札を握りしめて、強硬に主張する。

「店長はおかしいと思いませんか? このファンタジー世界に野口英世がお札にいるの!」

「……そういえばそうだな?」

 セージの話には一理ある。何故か日本円そっくりなこの国の通貨であるニポーンイェン。

 このオークもエルフもいるこの国で、THE日本人の肖像画がお札に使われているのは、たしかに奇妙だ。他人の空似にしてもおかしい。

 ミシェルは金髪碧眼だし、人間だってどちらかというと欧風で、黒髪黒目の日本人らしい容貌は少数派なのだ。

「ニポーンイェンが、日本円にそっくりじゃないなら、俺たちが日々お客さんとやりとりしているあのお金はなんなんだ?」

「そこです! そこ!」

 セージは興奮気味に声を上げた。基本、ゲームやライトノベルにしか興味がないこの男は、いつもどこかやる気なさげな雰囲気である。こんなに情熱的になっているところは、初めてみた気がする。

「異世界転移のチート能力は、俺たちではなく、この店にあったんですよ!」

「なんて?」

 チート能力は、普通は人に発現するものではなかったのか。戸惑う俺をよそに、セージは英世さんを握りしめたまま熱弁をふるった。

「この店では、すべての通貨が日本円に自動的に両替されるんです!」

「それ、チートなのか!?」

 思わず全力でツッコミを入れてしまったが、同時に色々と腑に落ちた。

 ついさっき、イケオウル店の事務所に置かれていたはずのものが、日本の池袋店跡地に転送されていたらしいことがわかったばかりだ。

 池袋店宛の荷物が、イケオウル店に届く。何故か繋がるネットと電話。電気も使える。そして極め付けがこの、セージの話だ。

「店長、ちょっと店の入り口まで来てもらってもいいですか?」

「お、おう……」

 セージに言われるがまま、俺は事務所を出て店内を縦断し、入り口に来た。

「いいですか? 俺の手元、よく見ていてください」

 セージが店の入り口から手を伸ばして、千円札を外にかざす。

 すると、野口英世の肖像が描かれていたお札は、ニポーンイェンと思われるファンタスティックな肖像が描かれたお札に変化したのだ。

「なるほど……これが店チート!」

「ね? すごいでしょ? 俺の発見ですよ! ほめてくださいよ」

「めちゃくちゃ偉い!」

 今まで、店の中と外で自動的に両替されていたから、俺たちは変化に気づかなかったのだ。客も誰一人として気づかなかった。恐らく自然と「そういうものである」と脳内変換されていたのだ。

 恐らく一歩でも店の外に出たら、ニポーンイェンを認識できなくなる。認識できているのなら、外で食料を買い出した時に、まっ先に気づいただろう。

 異世界転生大好きゲーム脳のセージだから、疑問に思うことができたのだろう。店の中にいながら、腕だけ外に出すことで通過両替機能を発見した。素晴らしいファインプレーだ。

「なるほど、この店の能力は色々発見しがいがありそうだな」

 全自動通貨両替変換チート。店舗としてこれ以上のチート能力があろうか。荷物の転送機能と組み合わせれば、できることがグッと広がる。

 そもそも、この店が直面している最も大きな問題は、実は金銭の両替だった。

 日本円とニポーンイェンは素人には見分けがつかないほどに似ている、と思っていた。

 生活をしなければいけない手前、商売を続行している。しかし、それは金銭面での問題を棚上げしているということでもあった。

 どうやって日本円との違いを鑑定し、どうやって回収して仕分けるのか、そしてどうやって送金するのか。そこが解決しない限りは、荷物の配送を再開してもらう依頼は通らないだろうと踏んでいたからだ。

 日本円との両替システムがあれば、話はだいぶ変わってくる。この店の能力で、ニポーンイェンは全て日本円に両替されている。だから、店の売り上げは全て日本円として計上できる。

「待て、ここまで都合が良くできているなら、もしかすると……!」

 俺は事務所まで早歩きで戻った。店内を走ってはいけない。

 今日まで、俺は生活費に相当する金額はあらかじめ抜いて、それ以外のお金は事務所の金庫に保管していた。どうして気が付かなかったのだろう。いくら金を抜いていても、この世界にきてからもう二か月近くも経っているし、それなりに利益をあげているのだから、一時保管用の金庫では溢れても仕方がない。

 この店にいる間は自然と「そういうもの」だと思い込む力が働いていた。そうとしか思えない。

 金庫の鍵をあけて、釣り銭以外の札束を入れた袋を確認する。二か月分にしては、あまりにも軽い。

 そして、事務所のパソコンから、インターネットバンキングで口座残高を確認する。

 ――入っている。恐らく、この世界に来てからの売り上げが、全部。

「よっしゃぁ!!」

「わっ、何叫んでるんすか、店長!」

 やや遅れて事務所に入ってきたセージが、突然咆哮をあげた俺にビビって後ずさる。いやしかし、叫ぶくらいは許されたい。

「売上を計上できる! 送金できる! つまり、新作の配本をしてもらう準備が整ったんだよぉ!」

「え? マジすか?」

「マジだよ!!」

 何故、この店がこんな奇妙なチートを使えるようになったのか、わからない。異世界チートの理屈を考えるのなんて、無理がすぎる。

 だけどこれだけは確かだ。この店なら、こちらの世界と日本とを、間接的に繋ぐことができる。どういう条件で転送されるのかがわかれば、こちら側に日本の同人誌を入荷することができる。

 そして、日本で異世界同人誌専売ができるという、オタクにとって非常に夢のある展開になるのだ。

「セージ……チートって良いものだな……今まで、お前の与太話を真剣に聞いてなくて悪かったな……チートはあった! お前にはないけど!」

「店長、最後の一言余計じゃないっすか? 俺は今で自分にチート能力が発現する可能性諦めてないっすよ?」

 若干白けたセージに、俺は目をそらしながら曖昧に笑ってみせた。

「いやいや、チートがあったところで、書店員が簡単に最強になれたりとかしないだろ」

「さっき、この店の都合よすぎるチートに大喜びだったくせに」

 それはそれ。これはこれ。

 チートがあっても店の営業は日本とほぼ同じだけど、書店員がいきなり剣を振ってモンスター倒せるかっていうと、そりゃあ無理ってやつだと思うぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る