第5話 異世界でも同人イベントがあるってマジ?
もしもし、イケオウル店の小田です。部長はいらっしゃいますか? はい、お願いします。
あ、部長、小田です。はい、元気にやっていますよ。ラブピュア見られないことに関しては誠に遺憾の意なんですけど。
こちらで同人作家をプロデュースする計画、了承いただいてありがとうございます。
え? 了承するしかないって? やだなぁ、ちゃんと現実的に可能だってことを写真やら資料やら送って説得したんですよ? 異世界で確認のしようがないから、こっちで好き勝手やってるって思われてるなら、俺、だいぶ凹みますからね。
こちらで、作家になれそうな人物とコンタクトを取っているところです。今のところまだ一人だけですけど、一人委託が決まれば口コミで数人は集まるんじゃないかって踏んでいますよ。
池袋っぽい地名だけあって、なかなかにオタクの街みたいですから。こっちの人にとってはコミックって芸術品みたいですけど、実際話してみたらこれは日本でいうところのオタクムーヴだなって思いますもん。
え、同人誌のジャンルですか? 課長から話を聞いていませんか? ふたなりエロです。え? だからふたなりエロでよ。
そりゃ俺も異世界初同人誌がふたなりエロでいいのか、ってだいぶ疑問に思っていますよ。でも、それって日本の基準じゃないですか。この世界では、ふたなりエロは崇高な芸術品なんですよ。多分。恐らく。
というかですねぇ、同人誌って元から己の性癖を極限に高めた芸術品じゃないです? そうでしょう? 一般向けもエロスもBLもすべて、みんな違ってみんないいんですよ!
……失礼しました。ちょっと熱くなりすぎました。
とにかく、俺はこちらで委託サークルを獲得するために動きます。結果は追って報告しますので。
ところで、結局池袋店の跡地ってどうなっています? あー、そうですか。まだ封鎖されたままなんですね。調査って進んでいます? あー、進んでいない。そんな気はしました。
俺たちって、まさか死んだことになったりしていませんよね? あ、そうですか。行方不明者扱いですか。
メールや電話音声公開したら、生きていることが証明されたりしませんかね? あ、そう……そうですね。その気になれば偽装できますもんね。やっぱり俺たちが日本に戻るかしないと、信じてもらえないか。
はい……はい。みんな元気は元気ですよ。お疲れ様です。
◆
本社への報告を終えて店に戻ると、今日は休みのはずのあんたまがレジ前で他のバイトたちとたむろしていた。ちょうど客が少ない時間帯とはいえ、仕事のサボりになるのでやめていただきたい。
「あ、てんちょ! ミシェルちゃん、もうすぐ来るって!」
あんたまが元気いっぱいに報告してくれた。ふたなりプリンセス、ミシェルはいつのまにか、バイトの女子勢とだいぶ仲良くなっている。
仲良くなることを止めはしない。ミシェルに同人作家になってほしい俺としては、バイト女子勢が間に立ってくれた方が助かる。恐らくこの世界でも、三十路過ぎたおっさんがティーン女子に話しかけるのはだいぶアウトなので。未成年だから、同人誌製作に親の許可もいるだろうし。
勝手に異文化交流して大丈夫なのか、という疑問が湧かないでもない。しかしさんざん同人誌やコミックラノベを売りさばいておいて、いまさらかと思い直した。
「ミシェルちゃんに頼んで描いてもらった絵があるんだけど、てんちょ、見ます?」
あんたまが何やら鞄をごそごそとし始める。見ます? も何も見せる気満々じゃないのか。
「本人許可済みか?」
「そりゃそうですよぉ。学園に用事があって遅れるからって、私に持たせてくれたんです」
「そうか。ってことは、割と同人作家になることは前向きなんだな」
この世界の技術で同人誌を作ることを打診した時、彼女は「自信がないから」と一度は断った。俺の根強い交渉を経て、「両親に相談してみます」に返事が変わった。
そもそも彼女の通う芸術学院は、日本でいうところの美大とコミック専門学校を足して二で割らないような場所らしい。それならば、彼女は作品を発表できる場を逃したくないだろうと踏んだのだが、読みは当たったようだ。
「はい、これです。結構上手くないです?」
あんたまが差し出したのは、羊皮紙らしきいかにもファンタジーな味わいのある紙。それに、くんずほつれつのふたなりが描かれていた。
いきなりエロか……。ふたなり百合か……。レベルが高いな。
「題材はひとまず置いとくとして、思っていた以上に描けるんだな。もっと油絵的な画風とか、エジプトの壁画系が来る覚悟も決めていたんだが」
描き慣れていない感はあるものの、日本の少年漫画寄りの絵柄だった。初めて描いてこれなら、正直才能がありすぎる。
「あ、この店で買った漫画やラノベの挿絵を見ながら、魔法で脳内イメージを具現化したって言ってた」
「魔法チートだな!? 羨ましいぞ!? っていうか、こっちの芸術って基本魔法なのな!?」
この魔法があったら、どれだけの同人作家が救われるだろう。〆切直前に終わらないペン入れ、トーン処理、カラー彩色をして極道入稿する同人作家全てに実装してほしいスキル。
とはいえ、描きなれていない感が出るということは、イメージする側のセンスも問われるのだろう。魔法も万能ではないということか。
「何はともあれ、ミシェルさんが同人作家として問題なく絵を描けることはわかった。あとはこれを漫画に仕立てて、同人誌を量産するところまで持ち込めるかだ。生活かかってるからな。気合入れてくぞ!」
「はーい……」
「いや、そこでテンション下げないでくれないか、あんたまよ」
アパートだって、男性陣と女性陣で別々に部屋を借りたし、最近は混むタイミングや客の流れもつかめて休日や休憩を多めに入れている。この世界に来た当初に比べれば、劇的に労働条件が改善されているのだから、もう少し店の取り組みに協力的であってほしい。
「あのー」
「はいっ! 何でしょうか? お探しの本でしょうか!」
バイトと話している間でも、お客様に話しかけられたら即座に接客モードに切り替える。これが店長の姿だ。見よ、この勇姿。
しかし、振り向いた途端に俺は不覚にもフリーズした。そこに立っていたのは、今まさに話題にしていたふたなりプリンセス、ミシェルだったからだ。
「こんにちは、店長さん」
「……ええと、あの……こちらは、あんたまさんに見せていただきまして」
心なしか背筋を伸ばしながら、ふたなりエロスの描かれた羊皮紙をピンと伸ばす。作家本人に絵を鑑賞しているところを見られる(しかもエロス)という状況、心臓に悪い。
「あんたまさんって。普段呼び捨てじゃないっすか」
あんたまがニヤニヤ笑っているが、ここはひとまず無視することにする。目の前のお客様、兼サークル主様(予定)の方が大事。
「どうでしたか? 私の絵」
「ええと、かなりお上手ですね」
これは大人の事情による忖度抜きの、率直な感想だ。芸術学院の生徒にとってどれくらいの実力が平均なのかはわからない。しかし、絵心があってもかなり難しいエロのからみを描けるのは、じゅうぶん上手い方と言っていいと思う。
「同人誌、作れると思いますか?」
「これだけの実力があれば、心配ないですよ」
そもそも、同人誌は絵や文章の実力だけで作るものはない。棒人間のマンガだって、セリフだけの文章だって、本人の萌えや情熱が込められていれば、本の体裁が整っていれば、同人誌として成立する。
絵がある程度上手ければ、手に取ってもらう確率はあがるかもしれない。しかし、一番大事なのは気持ちだ。一見するとさほど上手に見えなかったり、流行りの絵柄でなかったりしても、気持ちがこもっていれば買い手がつく。不思議と、買い手は気持ちがこもっている本を探し当てて買っていくものだ。
ミシェルはふたなりの本に感銘を受けて、ふたなりを描くことを目指している。技術だけではなく、気持ちも同人作家として申し分ない。
ふたなりに萌える性癖がない俺でも、彼女の情熱が伝わってくるのだから。
「よかった。両親に許可は取ったのですが、この店にある本はどれも素敵なものばかりだから、私の絵では実力が足りないのではないかって心配だったんです」
ほわっと笑うミシェルの言葉に、不覚にも俺はじんときてしまった。そうだよ。萌えは素晴らしい。みんな違ってみんないい。やっぱり俺は間違っていなかった。
「本ができたら、この店で委託販売をすることができます。詳しいことは書類にまとめて、お渡ししますね」
喜色満面でそう答えたところで、ミシェルは少し言いづらそうに顔を伏せた。
「そのことなんですけど……」
「あ、もしや同人誌を作るのはまだ先でしたか? それとも、この世界……いや、この国では本を作るのに何らかの制約があったりとか?」
俺は内心あせっていた。まさかここで難色を示されるとは思わなかったのだ。
「いえ、そういうことでは!」
ミシェルはあわてて首を横に振った。
「あの……、実はご協力いただきたいことがあるのです。このアニゲーブックスの皆さんで、コミウォを盛り上げていただけないかと」
「…………コミウォ?」
後ろから常連のオークさんが現れたので、ミシェルには店内に入っていただき、オークさんの接客はタイミング良く(あるいは知人だったので自分から出てきた)姫様に丸投げする。オークさんの趣味は姫様が一番良く知っている。任せきりでOK。
邪魔にならないようにやや店の隅に寄って、ミシェルに向き直る。
「コミウォとは、コミックウォーズの略称です。芸術特区であるイケオウルとアキハーヴァラで、年に二回開催されます」
「つまりコミ……」
「コミウォです」
強調された。しかし、年二回開催されるコミックイベントとなるとどうしてもコミックのマーケットなアレを想像してしまうのは、オタクの性なのである。
「失礼。こちらの話です。ええと、この世界……いや、イケオウルでの、コミック文化の祭典的なものですか?」
「そうです。ご存じだったんですか?」
「いえ、何と言うか、今までの流れ的にそうなんだろうな、と……」
恐るべし、パラレルワールド。こんなところにまで並行してくるとは。
「芸術学院の生徒や、この特区に住まう芸術家の方々が、自分が作ったコミックを魔法で生成して展示し、パトロンや美術商がそれに値段をつけて買付けします」
「やっぱ実質コミ……?」
「コミウォです」
また強調された。多分大事なことなので、今後は覚えておかねばならない。
コミウォはコミックだけではなく、小説やイラスト、グッズも頒布されるものらしい。
この世界では二次創作文化はないので、どちらかといえばコミックのマーケットなアレよりも創作専門同人即売会の方が印象として近いかもしれない。
この世界の出版は写本が原則であるからして、コミック限定の祭典といっても、基本的には一点ものの展示となる。本そのものではなく、本の複製権利の販売なのだ。
明確に日本の即売会とルールが違うのは、買い付け額の総額が大きい者が勝者とされ、次回以降のコミウォにおける優待措置がとられるということ。文字通り「ウォーズ」なのである。
「優待措置を受けた参加者は、壁沿いの優先買い付けをしてもらえる配置権が得られます」
「壁サークル……」
「何か?」
「いえ、こちらの話です……」
ツッコミどころ満載であるが、ミシェルにしてみればこの世界の常識なのだ。そもそも彼女は、この店が異世界存在であることを知らない。ある日急に開店した、妙にコミックの在庫が手厚い書店だと思っているはずだ。
「コミウォは、総販売数ではなく売り上げ総額で競われます。当然ながら、私のような若輩ものでは優待枠に入るのは難しいです」
「うーん、大手と小手の差を異世界でまで感じるなんて」
俺のぼやきを、ミシェルはさほど気にかけなかったようだ。真摯な眼差しで、話を続けていく。
「だけど、もしこの『ドージンシ』なる書物を、誰にでも手に取りやすい価格で大量生産できるなら、総額で優待枠を勝ち取れる可能性があります」
なるほど、薄利でも総額で勝てばコミウォでは『勝ち』なのだ。大量生産が一般的ではないこの世界では、それは明確な『武器』である。
「私は、この店の本に強く心を動かされました。この店にあるような、多彩なコミックをもっと広めていきたい。そのために、コミウォの優待枠を勝ち取りたいのです。オタクヨー店長から話をうかがって、私の夢が現実を帯びてきました」
「なるほど……わかりました。あと、俺の名前は小田九曜です。できれば九曜さんでお願いします。小田の方で呼ばれると今後もなにかと事故が起こりそうなので」
そっと名前について訂正した後、改めて考える。
これは考えようによってはビッグチャンスだ。財力と画力を持っているミシェルをサークル主として、アニゲーブックスがバックアップをする。同人誌の量産体制が整えば、この世界における書店の革命だ。アニゲーブックスの在庫も潤うし、なによりこの世界におけるコミック愛好家の裾野がぐっと広がる。
ただ、この世界にどこまで干渉すべきなのかという問題は残る。
――でも、この娘の情熱をくじきたくないよなぁ。
たかが同人誌、されど同人誌。この店では、情熱のこもった本が、そういう本を作れるサークルが正義だ。
「ミシェルさん、その話、お受けします!」
「「ええっ!?」」
ミシェルとあんたまが、声を上げる。
いや、あんたま、どうしてお前まで驚くんだよ。
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