第4話 異世界同人作家をプロデュース?
お疲れ様です、アニゲーブックスイケオウル店、大野です。
店長ですか? ああ、ちょっと今不在ですね。もう少しで戻ると思います。折り返しますか? はい。はい。伝えておきますね。
あ、店長メール送っていたんですね。あ、そうですよね。いくら何でも本部に黙って勝手に進めたら怒られますもんね。
はい。そうなんです。こっちでも同人誌が作れるみたいなんで、店長がこちらの作家さんに委託交渉をしに行ってしまいまして。こちらには日本みたいな同人イベントがない……はずなので、イベント販売なし、直で書店委託する形になりますかね。はい。
ジャンルですか? 多分、男性向けのエロになるんじゃないですかね。一般向けではない感じがしましたよ。
あははは、大丈夫です。私、結構バイトの中でも古株ですし、大体の性癖は慣れちゃったので、今更どんなものがきても驚きませんよー。
じゃ、折り返しするように伝えておきますんで。失礼いたします。
もしもし、こちらアニゲーブックスイケオウル店、店長の小田です。
すみません、何か電話いただいていたみたいで。大野が変なこと言っていませんでしたか?
はい? ああ、はい、その話ですが、現物見てもらった方が早いと思いますんで、そっちに撮影した写真送りますね。
えーと、ちょっと待ってください。えーと……はい、送信しました。
どうです? なかなか上手くできてません? ちょっと作りは荒いですけど。
はい、これ、魔法で複製したものらしいです。ただ、複製魔法っていうのが結構な高等技術らしく……そうですね、要するに金持ちの道楽って感じです。
あ、はい。あー、そうですね。日本にいるとそういうの忘れかけるけど、基本的に同人誌って道楽でしたね。
でも、何ていうかこう、コミック文化はあるけれども、一般人にはそこまで普及していないみたいですね。少なくとも、描く方は。読む方はお客さんを見る限り、ある程度普及しているっぽいんですけど。
あー、はい、そうです。それですよ。同人誌、委託できるかもしれないんですよ。
こっちから送る手段ができたら、異世界の同人誌をうちの専売ですよ。ヤバいですよねー。
え? ジャンルですか? はい……そのぉ……はい、ええ、そうです。
……ふたなり本です。R指定がつきますね。
え? 初めてなのにハードすぎるって? 仕方ないじゃないですか、作家さんが一番萌えるジャンルがそれだっていうんだから。性癖に嘘をつけっていうんですか? 同人誌なんて性癖出してナンボでしょう!?
超かわいいふわふわドレスのお姫様が、ふたなり本買いあさってるのを目の当たりにした俺に百万回謝ってください!
あー、わかりました。こっちの何かすごい魔法パワーで、日本と行き来できるかも考えます。俺だってそろそろラブピュア見たいです。見ていない回がたまってしまった……。
っていうか、そっちでラブピュアの録画しておいてもらえません? ダメです? ダメですか。
ひとまず、こちらの世界の同人誌が作れるなら、それをこっちの裁量で委託させてください。掛け率とかは、ややこしいんでアニゲのデフォルト設定にしておきますんで。単価がどれくらいになるかはわかりませんけど……。
はい。了解です。よろしくお願いします。
お疲れ様です。失礼します。
◆
今日の定時連絡、終了。重要な報告があったせいか、いつもより長く感じた。疲れた。
それはともかく、成果はあった。
事務所を出てレジまでくると、レジに入っていたあんたまと、たまたま近くにいたセージが「お疲れ様でーす」と間延びした声をあげた。
営業中なんだからもっと気合をいれろ、……と言いたいところだが、今日は良い報告があるので全て許す。
「聞いてくれ。許可が下りた。異世界同人誌、当店だけの限定販売ができる!」
「すげーーー!!」
「異世界の同人誌専売すごいじゃーん!!」
セージとあんたまが手を取りあって喜んだが、そこにやってきたメロディがやや白けた顔で横やりをいれる。
「異世界の同人誌、異世界で売ってもレアじゃないじゃん」
「それな!」
ぐうの音も出ない超正論だった。
そう、異世界の同人誌である価値は、元の世界に出荷できてこそのものである。異世界の中だけで売っている内は他の現地書店と大して変わりない。せいぜい異世界基準ではちょっとアーティスティックな本屋になる程度だ。
やはり、専売のメリットを活かすには、日本への転送手段の確立は必須。
正直、向こうからの荷物が不思議パワーで届いていたのだから、この世界の魔法とやらを駆使すればわけなくイケオウルと池袋を繋ぐことはできる気がする。そうなれば、異世界の本を日本で売れる。
しかし、それにはまず、魔法を使えるこちらの人間と仲良くなり、信頼関係を結ばなければならない。
ゲーム脳のセージが日々壁に向かって呪文らしきものを唱えているが、今のところ彼をはじめとしてこの世界に来た面々は、誰一人として魔法の力に目覚めた様子はない。つまり、俺たちは、この世界では凡人。多分スライムとかが相手でもやられるレベルなのだ。
自前の魔法を使って簡単に日本とこの世界が繋がるなら、とうの昔に元の世界に帰っている。早く帰ってラブピュアを見たい。ラブリーでピュアピュア。
ないものねだりはやめよう。目下の問題は、安定した商品の供給を満たすための方策を練ることだ。
今日は休日の姫様が、おそらくオークさんに貢いでもらったと思われる荷物を持って戻ってきたので、てまねきをした。
「ちょうど客も途切れたし、うまいこと全員集まったし、一旦情報をまとめてみよう」
この世界の書店に足を運び、仲良くなった常連客からも話を聞き、大体この世界における出版の状況が見えてきた。
この世界には同人誌という概念はない。オタク文化としての同人誌はもちろん、元々の語源である「同志を募って制作する文学冊子」としての同人誌もない。
漫画やラノベ、エロ本という文化自体が比較的、目新しい文化らしい。十数年前までは、出版の主流はアナログな写本だったようだ。魔法技術の発展により、図案も複写することが可能になった。
本の大量生産が行われていないので、この世界には出版社という概念はない。書店がその役割を担っている。
商業で出回っている本は、全て魔法で複製されたり手書きで写本されたりしたものだ。本屋が需要に合わせて在庫を確保したり、直接希望する本の写しを依頼したりするものらしい。完璧な写本は高価なので、庶民はやや印刷の荒い廉価版書物を買うか、貸本屋を利用するかのようだ。
大量に本を印刷し、幅広く頒布するという概念がない。ちゃんとした本は単価が高い。だからこそ、目新しい本の在庫を大量に持つ上に、安価で提供できるこの店が繁盛しているというわけらしい。
イケオウル芸術特区は、芸術の中でもマンガや小説といった、物語を絵や文で表現する芸術の推奨区なのだそうだ。これは、アニゲーブックスにとってはかなりの幸運だった。
ちなみに、芸術特区はニポーン国トキョートにもう一つある。お察しの通り、アキハーヴァラだった。その地名を聞いた時点でそんな気はしていた。
本の供給が限定されているということは、作家サイドも少ないということだ。こちらにもいわゆるベストセラー的な概念はあるようだが、書き手のほとんどが上流階級の人間。ある日突然開店した、謎のコミック専門店が簡単に会えるような相手ではない。
「俺たちが当面やるべきは、まずこちら側の作家を増やすこと。つまり、同人作家のプロデュースだ!」
同人作家がいないのなら、作家を作ってしまえば良い。幸い、この世界で作家になれるだけのポテンシャルを持っている人物と、知り合えた。
「まずは、ふたなりプリンセスを同人作家デビューさせる」
「ふたなりプリンセスってぇ、ミシェルちゃんのことですかぁ?」
「そうだ」
姫様の言葉に、俺は神妙にうなずいた。
ふたなりプリンセスこと、ミシェル・バルフォアは、アニゲーブックスに異世界同人誌制作の道を切り開いた少女である。半月ほど前に、ふたなりエロ本の在庫を聞いてきた、あのリアルプリンセスだ。
彼女と仲良くなったらしいバイト女子勢によると、彼女の家は代々魔法学者の血統であり、この国でもかなり上流に位置するようだ。つまり、アーティストになれるだけの家柄的ポテンシャルもある。
そんなお嬢様がなんでホイホイと同人ショップに通い詰めているのかと思えば、どうやら彼女の兄弟姉妹はかなり多いらしく、末っ子に近い彼女は花嫁修業もほぼ免除されているらしい。
彼女自身が魔法の才覚に恵まれていたこともあり、嫁に出すより学ばせようということになった立場とのこと。イケオウルの芸術学院に通っているそうだ。割と自由に本屋に出入りできる立場にあるようだ。
この世界にも学園の概念はあった。ただし、日本よりも在籍する期間が長い。留年なしでストレートに卒業しても二十歳。エロ本自体は、学生であっても十八歳で解禁とのこと。当然だが、学園内にエロ本の持ち込みはできないので、特に問題ないとのこと。
そしてふたなりプリンセスことミシェル嬢は、エロ本解禁の十八歳の誕生日にアニゲーブックスで新しい扉を開いてしまった。華々しい経歴にふたなり性癖を加えてしまって、まことに申し訳ない。
それはおいておくこととして。
「彼女に協力をもちかけて、試しにこちらの世界にある冊子を一冊複製してもらった。本部にも写真を送ったが、このラインなら委託販売はじゅうぶんに可能だとお墨付きをもらった」
先ほど本社に写真を送った本を片手に熱弁をふるったところで、やや引き気味の様子であんたまが口を挟んだ。
「え、てんちょ、無断複製しちゃダメじゃないですか?」
「非売品! 技術確認のための私的複製なので、そこは気にしちゃダメだ!」
とはいえ、無断で複製したことの心は痛まないではない。ので、後で絶対に売り物と混ざらないように、マーカーででかでかと『見本』と書いておいた。それはそれで、別の意味で心が痛む気もするが。
「これはある意味日本とニポーンの外交問題でもある。俺たちは異文化を売ってるんだ」
「同人誌で結ばれる外交ってどーなんすか?」
「黙れ、メロディ! うまいこと同人誌を入荷できたら、俺たちの生活が潤う! それと、ミシェルさん経由で魔法のなんかすごいパワーを借りたら、日本と自由に行き来できるようになるかもしれないだろ!? ということで、ミシェルさんにはふたなりプリンセスとして華々しく同人作家デビューしてもらいます!」
大体、しがないオタク店長である俺が、外交問題なんてまともにこなせるはずがない。そういうことは、日本に帰る方法を見つけてから、改めてこっちとあっちの外交官がお話すればよいことだ。
今、自分にできるベストは、店舗の在庫補充と、魔法学者とのコネを作ることである。
「魔法パワーで日本に帰れたら、ラブピュアだって見られるんだぞ!」
「それ、てんちょだけが楽しいやつですねぇ~」
姫様が間延びした声でそう言って、バイトメンバーの視線温度が五度くらい下がったが、俺は気にしないフリをした。だってラブピュア見たいのは本当だし……。
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