第3話 異世界で同人誌は作れるのか

 はい、アニゲーブックスイケオウル店、志度です。

 あ、はい。そうです。アルバイトの志度です。メロディちゃんでーす。小田店長ですか? 今、ちょっと客対応中ですね。

 え? イケオウル? ああ、ここ、そういう地名らしくて~。池袋店っていうわけにもいきませんし。地名が池袋っぽいのウケますよね、あははははっ。

 はい、はい、そうです。ああ、小田店長もぼやいてました。大手の新刊入らないの、キツいですねー。それで今、こっちで同人誌作れないかとかちょっと斜め上のこと言ってて。あははははっ。

 でも無事行き来できるようになったら、こっちの世界の同人誌、アニゲで専売できちゃうってことですよね。それってすごくないですか? あはははっ。あっ、小田店長戻ってきました。代わりまーす。


 はい、小田です。すみません。ちょっと返本交換対応をしていまして。角折れしていたみたいです。該当の本は回収しました。返本……はできないんで、値引きで売るか考えているところです。

 はい、こっちの人も本の状態、こだわる方は気にするみたいですねー、やっぱり。オタクの魂異世界までですよ。マジで久しぶりにお客さんにがっつり怒られました。

 何かうちの志度がやたら笑ってましたけど、失礼なこと言ってませんでした? 

 あ? え? ああ、そのことですか。いや、それが割と深刻な話なんですけど、このままじゃ売り上げが立たなくなって、俺たちは路頭に迷うわけでして。こっちの方で同人誌を入荷できれば、当面営業は続けられますし。

 そっち、大型イベント開催されたばかりですよね。ちょっとだけ、ちょっとだけでもいいので、ウチにも配本してくれません? そこをなんとか! ええー、いやいや。こっちでも人気あるんですから、マジで頼みますよ。ダメですか? ダメ? 本当に? どうしても?

 これで意外とウチの店、繁盛してるんですよ。品切れが増えたから問い合わせも多くなりましたね。需要あるんですよ、需要が!

 はい、そうなんです。コミック文化に好意的で助かってます。こっちじゃマンガもラノベもエロ本も芸術扱いですねー。萌えイズワンダホーですよ。

 あ、地名のことですか? いやマジでイケオウルなんですよ。シャレじゃなくて。イケは訳さないのかよって感じですよね。やっぱここ、ある種のパラレルワールドなんですかねぇ。ちなみにアキハーヴァラもあるらしいですよ。略してアキヴァ。

 あー、それと、さすがに人材不足深刻でして。はい、交代制で一人ずつ休ませてますけど、完全ブラック企業ですねぇ。

 こっちで人? 魔物? 雇ってもいいですか? あ、ダメっすか。そうですか。でも、ゆくゆくはね? 俺とか今、年中無休ですよ。ね? ダメっすか?

 さすがに店に寝泊まりするのも限界ありますし、そろそろバイトたちの不満MAXなんで街に宿を借りたいんですよね。はい。着替えとかも必要なんで。

 経費で落としてもいいですか? いいですか? いいですか? いいって言うまで聞き続けますけど、いいですか? いいですね?

 本当ですか? 言質とりましたからね? 今更やっぱり禁止とかナシですよ?

 はい。長引くようなら、ちょっと考えないとって思ってはいるんですけど。

 わかりました。はい。お疲れ様です。失礼します。



 本社への連絡を終えた俺は、レジ前に集合したアルバイトたちに、力強く言い放った。

「聞けぇ、お前ら! こっちでの生活費は! 売り上げから経費で落ちる!」

「「「「やったーーーーーーーー!!」」」」

 バイトたちが全員で万歳三唱した。早いものでイケオウルにきて半月。事務所や裏部屋の片隅で雑魚寝する生活もそろそろ限界だったのだ。

「アパート借りましょ! アパート!」

 メロディがテンションMAXで、レジカウンターをバシバシ叩いている。盛り上がる気持ちはわからないでもないが、レジカウンターは丁重に扱ってほしい。壊れても修理業者を呼ぶに呼べないので。

「うーん、衣食住は確保したいところだが、うちの儲けとこっちの家賃がつりあうかどうかが問題だな……」

 心配なのは、このままではこの先売り上げは下がる一方だということだ。もうすでに、同人アイテムはかなり品薄になってきている。追加入荷ができないからだ。

 しかし、売り上げを計上できない問題が解決していない。これを解決できなければ、この先ジリ貧が待っている。

 この辺が解決すれば、むしろ専売委託サークル増えそうなんだけどなぁ。異世界で自分の同人誌が売られるのはロマンだ。俺なら速攻で委託を決めるね。

「商業誌もそのうち来なくなるかもしれない。明日の住処も大切だが、この店の売り上げを維持する方法考えないと、俺たちは露頭に迷うぞ」

 こちらのコミック事業者を探して、なんとか入荷を取り付けるなどしたいところだ。しかし異世界同人誌の物珍しさでこの売り上げをキープしているわけだから、現地の本を入荷しても思ったほどには売れないかもしれない。

 いかにして売り上げを出すか必死で考えているというのに、我が店のバイトたちといえば――。

「それじゃ、私こっちで仕事探しますねぇ」とメロディ。

「あたし、こっちでエロい劇作家でも目指そうかなぁ」とあんたま。

「モンスター倒したら金になるってファンタジーの常識ですよね」とセージ。

「オークさんにぃ、貢いでもらいまぁす」と姫様。

 誰一人として、この店を維持するために頑張ろうなどとは言わない。忠誠心を持てとまでは言わないので、せめてもう少し運命共同体としての絆的な想いを持っていてくれてもよくないだろうか。

「お前らそんなにあっさりこの店斬り捨てないで? な? 頼むから? 一応この店、元の世界との接点なんだからよ!?」

 元の世界に戻れる可能性がゼロではないのだし、店ごと転移している以上、店ごと戻れる可能性は、バラバラに戻る可能性よりも高いはず。というか、これ以上人員が減ったら店の経営が成り立たないので本気で考え直してほしい。

「過去の世界のことなんて忘れて、未来に生きるって異世界転移ものの基本じゃないっすか。やっだなー、オタクヨー店長」

 謎のドヤ顔を見せるセージの額に渾身のデコピン。

「小田! 九曜! 意図的に名前を間違えるな……っていうかフルネームで呼ぶな!」

「いいじゃないっすか、みんなニックネーム呼びなんですし。俺は今、冒険者として異世界で新たな一歩を踏み出す希望でいっぱいなんで。やってけそうなら、店辞めますね」

 いくらなんでも、異世界転生ものを読みすぎだ。都合のいいチート能力があるなら、そろそろ神様の一人や二人からお告げがあるはず。現状、本がみっしり詰まった箱は重いし、床で寝たら身体が痛いし、特に魔法や必殺技の類が使える様子もない。ので、セージのドリームは残念ながら実現しそうにない。

 渾身のデコピンを、もう一回。

「お前のようなモヤシゲーマーが、気軽にモンスター倒せるほど甘い異世界はねえんだよ!」

「店長の暴力で心に傷を負ったので帰るっす」

 面倒くさい気配を察知したのか、そろーっと店を抜け出そうとするセージの服を引っ掴む。逃がさん。今日は今後の方針を話すために全員シフトを入れたのだ。

「だからまだアパートも何も借りてねえだろ、この世界のお前の家はここだよ、ここ! 就職せずに、ヲタ書店で萌えに人生ささげて生きてたくせに、簡単に異世界でワンチャンあると思ってんじゃねえぞ。だから俺はここで同人誌を作る!」

「てんちょ、話しの前後が繋がってません! あと営業時間中なのであんまり騒がずに」

「っていうか、お前らさっき大声で諸手あげて喜んでいたじゃねえか!」

 メロディの横やりに、俺はややキレ気味に応えた。

 当面の生活費は売上内からまかなえる。物価は恐らく現代日本と大して変わらない。逆に言えば日本よりも極端に安い、ということはない。

 となると、五人も売り上げだけで養っていくには、商品の確保は必須だ。書店は基本、薄利多売。利益を出すには数を売るしかないのだ。

「この世界にもヲタ需要があるってことは、印刷さえできれば同人誌を入荷できるだろう」

「その印刷技術とか紙とか、どうやって持ってくるんです?」

「それな!」

 あんたまのツッコミに、俺は頭を抱えながらその場にうずくまった。

 そう、そこだ。この世界にいくら需要があったって、印刷技術がなければどうにもならない。この世界における印刷技術が写本レベルだったら、諦めるしかない。

「あの、店員さん」

「はい、何でしょうか、お客様」

 ネバーギブアップ。どれだけ凹んでいてもお客様対応は即座に笑顔。声をかけられた時点で、しっかり店長モードに戻るのが俺の特技である。

 しゃっきり立ち上がり振り向いたそこにいたのは、何と言うか、プリンセスだった。

 淡いピンクのヒラヒラとしたドレスを着た、金髪碧眼の麗しい美少女。何か塔の上に囚われたりとかしていそうな感じの。

「うちの姫様とは違う、モノホンの姫様きた」

「てんちょ、何かいいましたかぁ~?」

 バイトの方の姫様が圧をかけてきた。今は客対応中なので、申し訳ないが無視。後でこいつに貢いでいるオークさんににらまれたらどうしよう。

 とにかく接客業である以上、客対応は大事。お客様は神様でお姫様です。

「ごほん、失礼いたしました。商品をお探しですか?」

「はい。この書物って、他の巻ないんでしょうか?」

 恥らいながらプリンセスが差し出したのは…………。

「あっ、この前のふたなりプリンセス」

 あんたまが後ろでぼそっと呟く。そう、ふたなりのエロ本である。

 俺のプリンセスへのときめきは空中分解した。ここはオタク書店。ここは性癖のワンダーランド。忘れてはいけない。

「申し訳ありません。このシリーズは限定入荷品でして、次回入荷は未定となっております」

 気持ち的には、プリンセスがふたなりエロ本大人買いするの、だいぶ絵面的に面白いのでぜひとも売りたいところなのだが。だって本社が本を送ってくれないから。全部本社が悪い。

「そうですか……もっとこういった本を読みたかったのですが」

「申し訳ありません。私としても、ぜひお客様のご要望にお応えしたいのですが……」

「残念です……。やっぱり自分で作るしかないのでしょうか」

「……そうですねぇ………………え? 作れるんですか?」

 今、何と申されましたか、ふたなりプリンセス様。

 本を、作れると?

「はい。このお店の商品って、魔法製本ですよね? 写本ではないみたいですし。すごく出来が良くて綺麗です」

「……………………魔法で本、作れるんですか」

「ここの本、魔法で作ったんじゃないんですか?」

 ふたなりプリンセスは大変な情報を届けてくれました。

 魔法で同人誌は刷れます!!

「すげーーーーーー!!」

 後ろであんたまがガッツポーズを決めていたわけだが、今この瞬間だけは許してやることにした。

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