第2話 異世界の性癖がよくわからない

 はい、イケオウル店、店長の小田です。はい、まぁまぁ生きています。異世界にきても、意外とフツーに生きていけるものですね。

 え? 売上あがってるなら送金しろって? こっちにはATMとかないんで。銀行あっても日本に送金する方法とかないんで。っていうか、俺とアルバイトが生きてくための金が必要なんで、無理ですね。売り上げで生き延びてるんですよ。

 はい、はい、わかってます。店の必需品とかは、ちゃんと経費で落としてますよ。こっちのニポーンイェンと俺らの日本円でぐちゃぐちゃになっちゃってますけど、これ無事に日本に帰れたとしても偽札扱いになったりしませんよねぇ?

 あっ、はい。俺がやったんでした。はい、すみません。いや、わかっていますって。生きていくためなんで! そこんとこご理解ください、ホント!

 ほら、売上とかサークルさんに還元しないとだし。ね? 利益出すの大事でしょう? 赤字じゃ商売成立しないでしょう?

 ところで、なんか急に同人アイテムこなくなったんですけど。毎日入荷していたのに、急にですよ。何かありました?

 ……え? 送ってない? 宅配便は来るっていったじゃないですか、ちゃんと送って下さいよ。大手のとかこっちでも人気なんですから。

 あー、はい、はい、すみません。そうですよね。そもそも送金できないと、サークルさんに還元もなんもないですね。はい、すみません。でも送ってほしいなー、なんて。ダメです?

 商業誌なら、発注した分はしばらく届く感じです? はい、ありがとうございます。いえ、ちゃんと売ります。サメマガジンのエロとか、結構人気ですよ?

 あー、そうなんですよ。意外とこっち、性的表現に対しておおらかですねー。十八歳未満はエロ禁止なのは、日本と同じみたいですよ。ただ、大人の方は男も女も関係なく、エロをバンバン買っていきますね。

 客層ですか? うーん、めっちゃファンタスティックなんですよ。マジです。客層がバラエティに富み過ぎていて、脳が混乱しますよ。

 あ、メール届きました? 写真を試しに添付してみたんですけど。

 あ、届きましたか? あれ、うちの常連です。オークさん。はい、姫騎士襲ったりしてません。どうしてそういう発想なんですか。ちょっとエロ同人誌読みすぎですよ。そういうの、ウチの大野だけで間に合ってますんで。

 オークさんめっちゃいい人……人じゃないか、めっちゃいい魔物です。はい。写真はちゃんとご本人に許可取っています。いいオークさんです。

 そういえば、結局自衛隊は奈落の底を発見できたんです? あ、ダメでしたか。そうですか。都会のど真ん中に大穴空いてるのヤバいですね。

 そっち、すっごくニュースになってます? ああ、そうですよね。店も店員も異世界にいますとか、普通に考えて信じませんよねー。知ってましたー。

 あ、でも死んでないので。こっちで元気いっぱいに生きているんで。死亡扱いだけは勘弁してください。

 はい、……はい。しばらく戻れそうにないってことはわかったんで、ちょっとこっちで何とかする方法模索します。俺もバイトたちも路頭に迷うわけにゃいかないんで。

 はい。どうもー。お疲れ様です。失礼します。



 本日の定時連絡、終了。

「オタクさーん。店開けていいですか?」

 受話器を置いた途端にセージの声が飛び込んできて、俺は腹の底から力を振り絞って叫んだ。

「オタクじゃない! 小田! っていうか、店長って呼べ!」

 しかし、店長の叱責は大した効果をなさなかったようだ。セージはヘラヘラと笑って受け流した。

「店長だって俺らのことあだ名で呼んでるじゃないですかー。小田九曜店長。オタクヨー」

「オ! ダ! ク! ヨ! ウ! だっ! お前のあだ名をソーセージにしてやろうか!」

「ソーの成分、俺の名前に含まれてないんで。で、開店していいっすか」

 ああ言えばこういう。これ以上ムキになっても仕方がないことは理解していたので、スッと真顔になって入り口を指差す。

「さっさと開店しろ」

「りょうかーい」

 今日の開店はセージの役。アルバイトは四人だけ。店長の俺は基本、売り上げ管理に奔走している。だから一人がレジ、二人が売り場。残りの一人がシフト休みという名の外界での情報収集。この役割分担で回している。

 ――無理がある。この先もずっとこの状態で、異世界で生き延びられる気がしない。

 同人アイテムの入荷が、本社指示でストップとなってしまった。商業誌もすでに発注が済んでいる分は届くが、こちらから何とかして売り上げ送金する手段を見つけなければ、配本がなくなる。本社としても、売り上げを計上できない店舗に発注させるわけにはいかない。

 つまり、このままでは俺たちに未来はない。

「ないならば……作ればいいさ……同人誌」

「何でぇ、てんちょはぁ、俳句を詠んでいるんですかぁ?」

「い、いたのか、姫様」

「シフト組んだのてんちょですよねぇ~」

「そうだが……」

 アニゲーブックスと一緒にうっかり飛ばされたバイト四天王のうちの一人、姫様。

 独特なアニメ声で、数多のオタク男を魅了するヲタサーのお姫様。履歴書の名前欄に本名を書きたくなさすぎて『姫』と書いてきた剛の者。

 ちなみに、アニゲーブックス池袋店が店員の名札にニックネームを採用した経緯は、彼女目当ての男オタクが店にうろつき始めたという理由が大きい。

「ところでお前、どこでその服を手にいれた」

 姫様が着ているのはひらっひらとした、およそ店内業務に向いていなさそうなメイド服だった。足首までスカートの丈があるあたりわかってらっしゃるな、貴様。

「私、お着替えできないなんて嫌ですしぃ。だからぁ、昨日街に行った時にぃ、知り合いのオークさんに買ってもらっちゃいましたぁ」

「オーク逆ナンして落とすなよ……」

 異文化交流できているだけでも驚きなのに、まさかオークさんを籠絡していようとは。

「逆ナンじゃないですー。うちのお客さんのオークさんですぅ」

「店員と客の不純異性異種交友禁止です」

 頭を抱える。まさか常連のオークさんが、姫様のシンパになってしまおうとは。

 しかし、現実問題として着替えは重要だ。

 今日はシフトが休みのメロディも、喜々として「お風呂に入ってくる!」と飛び出していった。街中までいけば、石鹸を使える有料浴場があるからだ。

 ちなみに普段の風呂と洗濯は、店の裏にたまたま湧いていた泉で済ませている。

 セージが「回復の泉とかじゃないんですかね」とか寝言をほざいたが、特にそういう効果はない。ただの冷水だ。寒い。ノーパンで自分の下着を手洗いするのも、虚無感がすごい。

 女子が多いので、男性陣は基本肩身が狭いのだ。休憩用の裏部屋はほぼ女子が独占している。男性陣とは一緒に服や下着を干せないし、いくら気心がしれていても狭い部屋で寝泊まりをともにするわけにもいかない。

 というわけで、俺とセージは洗濯ものは店の裏庭で干して、パソコンやシュリンカーが置かれた事務所寝ているのである。

「もうちょっと売り上げが出れば、四人分の衣食住がまかなえそうなんだがな……」

「客商売としてぇ、服は必要ですよぉ」

「正論言いやがって。ほら、仕事だ仕事。シュリンクしろ」

「はぁい」

 本を保護するためのビニールがけをするシュリンク。これもあとどれくらい使えるかわからない。シュリンクのロールや袋が切れたらおしまいだ。

 売り物もこれからどんどんなくなっていく。

「そうだ、だから同人誌を作ろうという話だったんだ」

「え? 何ですか? 私は触手プレイ本が好きです」

「お前には聞いてないぞ、あんたまぁ」

 ちょうど店内の整理をしてレジ付近にやってきたあんたまが、喜々として首をつっこんできた。こいつの趣味に合わせたら、店内が池袋から秋葉原になってしまうのでしれっと追い返す。

 イケオウル店は、元が池袋店だけあって、BLや少女漫画の取り扱いも多い。そのおかげで異世界の客も、男性客はもちろん、女性客も多く集客できている。

 イケオウルは芸術特区というだけあり、コミックへの関心が非常に高いようだ。子供客はほぼ皆無で、客は若くても十代半ば。この世界における人間の寿命や成長の速度が現代の日本人と変わらないなら、コミックというのはおおむね大人向けのコンテンツであると言えよう。

 エロ系作品も、客の会話を拾い聞きした結果、どうやらこの世界ではアートのひとつとして扱われているらしいことがわかった。エロ性癖はアート。

「イケオウルはコミックに対してだいぶ寛容というか、ヘタすると日本よりも好意的に受け止められているっぽいんだけど、肝心の入荷がなくなるんじゃ、どうしようもない」

 何とかして入荷を再開してほしいところだが、「届いているか確証が得られない」上に「売り上げとして計上できない」店に在庫を送れないという本社の言い分も理解はできる。

 入荷がないのだったら、この世界で同人誌などを生産させ、それを委託して販売する以外にない。それが俺の出した結論だ。

 何せこの国は見た目こそファンタスティックでヨーロピアンな、種族ごちゃまぜパーリィナイだが、現代日本のオタク文化をすんなり受け入れている。それならば、同人誌を作るという文化も受け入れられるのではないだろうか。

 まずは、このファンタスティクワールドイケオウルでの、購買層の分析が必要だ。

 あ、獣人さんが一名ご来店です。イラッシャイマセー。主要購買層どころか、人種の数をカウントするだけで日が暮れそう。

 ちょうど作業が一通り落ち着いたところだったので、俺は店員一同にアンケートを取ってみることにした。

「なぁ、ここ数日の間、異世界の客で売れている傾向の本ってなんだ?」

「ああ、学園青春ラノベをすごいファンタジーだって感激しながら、エルフっぽい人が買ってきましたよ」 

 と、セージいわく。

「お、おう……学園青春はこっちじゃファンタジーか」

 確かに、制服を着て学校に通う人、この世界ではあまりいなさそう。言われてみればファンタジーな気がする。いわゆる学生に当たりそうな人は、今のところ見ていない。学校そのものが存在していない可能性すらある。

「昨日お姫様っぽいドレス着た女の子がふたなりエロ本買っていったの見たわ。なかなか見どころがありそうね。あ、うちの姫様じゃなくリアルプリンセスね」

 とのたまったのはあんたまである。知りたくなかった。

「わっかんねぇ……何が琴線に触れちゃったの、ソレ」

 ちなみにふたなりとは、いわゆる両性具有であり、男の尊厳的なアレをもった女の子によるエロスのことである。明日知らなくてもいい知識。同人ショップ的には重要な知識。

 この世界におけるふたなりは、どういうカテゴライズになっているのか気になる。プリンセスが嗜むくらいだから、アートの一環なのかもしれない。

「あのねぇ~、オークさんはいちゃらぶほわほわなぴかり系萌え四コマが好きだってぇ」

 と、うちの店員の方の姫様いわく。

「オークさんピュアだね!? っていうかわっかんねぇ! 基準マジわっかんねぇ!」

 萌え四コマは、基本女の子がキャッキャウフフと戯れているだけの、ストーリーやギャグよりも癒し重視の四コマ漫画だ。つらいことが何もないやさしい世界。オークさん、もしかして現実逃避したいくらいに苦労していらっしゃるのか?

「はぁー。客層もウケるジャンルもバラッバラすぎて、どう対策を立てていいのか全然わからん」

 今あげられたジャンルで、コーナー作りをすることは簡単だ。在庫はレジを通した時点で、在庫管理システムに反映される。そういうところは、何故かちゃんとできる。

 ただ、今後入荷がないとなると、少しでも売り上げを維持するために売れていないジャンルもプッシュする必要がある。

 こちらで同人の文化を啓蒙して、同人誌を作って入荷するとしても、まずどんなジャンルが売れるのか、誰に打診するのかという問題がつきまとう。姫様のように個人的に客と親しくなる場合もあるとはいえ、基本店の中では客と店員。買い物に来た客に「同人誌書きませんか」と営業をかけるのもおかしい。

 同人アイテムの配送が尽き、商業誌が完全にストップするまでどれほどか。

 そもそもこの世界に同人誌を印刷する技術があるのか、わからない。

 そしてこの世界のメジャージャンルとは何だ。性癖とは。わからない。

「ちょっと売上分析してくる」

「はーい。頑張ってくださいオタ店長」

「小田だっていってんだろ!」

 セージのからかいにムキになって反論し、それから少しため息をつく。

 アニゲーブックスイケオウル店。

 今日は獣人さんに、ちょっとえっちな抱き枕カバーとパンチラ本を売りました。

 あと、妖精さんがBLを買って行きました。え、そこなの?

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