異世界転移した同人ショップですが、通常営業中です。

藍澤李色

第1話 異世界に店ごと転移したんだが

 店長の小田です。とりあえず、よくわからないんですけど、店が異世界に転移しちゃったみたいです。

 はい、何言ってるのかよくわかりませんよね。俺もです。あれです、ネットでよく言われている「何を言っているかわからないと思うが以下略」って状況です。

 はい、すみません。何で電話が通じてるんだって? それは俺も聞きたいですね。謎時空の仕業としか思えないんですけど。

 報告に来いって? いや、ちょっと無理ですね。本社に戻る方法わかりません。あ、はい、報告書ね。データなら多分送れるんじゃないですかね。やってみるだけやってみますけど、現実的な報告書にはならないですよ。

 あ、営業ですか? 普通に続けています。だって、営業しないと無一文なんですよ。

 ええ、はい。何というかパラレルワールドってやつなんですかねえ? 日本円とほぼ同じデザインで、しかもほぼ同じ価値の通貨が出回っているみたいなんですよ。

 どうしてか言葉も通じるし。なんなら文字もほぼ同じですし。でも周囲めっちゃファンタスティック。ウケますよね。え? 日本円と異世界の通貨混ぜるな? いや、それはわかるんですけど、こっちも生活がかかってるんですよ? 俺たち全員のたれ死ねと? 

 はい、はい、すみません。だから俺もよくわかってないんで。本部に出向とか本当にこっちがしたいくらいなんで。むしろ電話通じてるのマジ感動しているくらいなんで。

 っていうか、そっちのうちの店あったところどうなってるんです?

 は? うちの店だけピンポイントで地盤沈下? 池袋の繁華街に、常闇の穴が空いてる? マジっすか。ヤバイっすね。ラブピュアの神作画回くらいヤバイっすね。

 あ、そういえばこっちテレビ見れないんで俺のかわりにラブピュア全話録画してくれませんか? ダメですか。はい、すみません。……いや、そこをどうにか。ダメですか? じゃあ円盤できたら俺の分、予約しておいてください。買いますから。絶対買いますから。どうにかして日本に帰りますので。絶対に。ラブピュアのためなら死んでもいい。

 とりあえず、日本に戻る方法考えてください。お願いします。もちろん、こっちはこっちで考えますけれども、どうにもできないことってあるんですよ!

 はぁ~? 自衛隊が救援に行ってる? こっち、なーんも来ないっすよ? え? 底が見えてこないから一時退避したって? 何ソレ怖い。

 はい。はい。わかってます。大丈夫です。日本円混ざっちゃった問題は……とりあえず後で考えます。ひとまず、しばらくうちの店の利益で生き延びます。

 うっかり異世界に新しい文化持ち込んじゃってますけど、大丈夫ですかねぇ?

 まぁ、いいですよね! 何とかなりますね。もう日本円と異世界イェン混ぜちゃったし、今更ですね! はい。大丈夫です。何とかします。何とか……。

 はい。また何かあったら報告します。はい。失礼します。



「てーんちょ、本社の人、何か言ってましたか?」

 電話を切ったのを見計らったかのようなタイミングで、アルバイトの女子がひょっこりと事務所に顔を出した。

「メロディ、向こうではうちの店があった場所に奈落の穴が空いているらしい」

「マジすか。うちら奈落に落ちてたんですか」

「そうらしい……」

 ここはアニゲーブックス池袋店――だったはずの店。

 現在、アニゲーブックス・イケオウル店(仮)として営業中である。イケオウルとは、今現在の店の所在地である。

 店長の俺と四人の店員たちは、ある日の開店前、突如異世界に店ごと転移してしまったのだった。

 何故か言葉と文字がほぼ日本と同じであるこの世界の住人から、情報収集を重ねた結果によるとこの異世界は――。

 ニポーン国の王都トキョートの、イケオウル芸術特区。

 このいかにもパラレルワールド的な微妙極まりない地名に反して、何故かこの世界の住人は、ピンク髪、青髪、緑髪が当たり前で、街並みはRPG風、姫騎士やエルフやオークやゴブリンやケモミミが、和気あいあいと仲良く暮らすミラクルファンタスティックゾーンだった。

「奈落のわりに、オタクの夢に優しすぎません? マジ二次元じゃないっすか」

「それな? ホントそれな?」

 マジで二次元な、池袋っぽいドコカに来てしまった仲間を紹介しよう。

 俺は小田九曜。三十三歳アニオタ店長。エロもピュアもいけるクチ。性癖は普通な方。女児向けアニメのラブピュアにハマって幾星霜。異世界でアニメの続きが見られないことに絶望しているところ。

 バイト一号。メロディ(本名・志度美空)二〇歳バイト。百合厨で腐女子。恋愛に異性はいらないっす。ニックネームの理由は、名前が音階だから。

 バイト二号。セージ(本名・浅尾青磁)二二歳バイト。ネトゲ廃人。異世界転生厨。エロは嫌い。女子が多い店で働きながら、ハーレムの気配を一ミクロンも漂わせない男。

 バイト三号。あんたま(本名・大野杏珠)二四歳バイト。エロ本と特殊性癖大好き。グロもOK。性癖の闇鍋を心に秘めし者。どんな同人誌も全肯定する女。

 バイト四号。姫様(本名・山田華子)十九歳バイト。ヲタサーの姫。ゴスロリ好きのコスプレイヤー。本名で呼んだら、全てを死に至らしめる冷酷な視線に刺される。

 ニックネームは店内用である。池袋という地域の特性上、女子店員が多いせいか、たまに面倒な客が来ることがある。そういった輩に本名を知られてしまうことを避けるという現実的な問題を検討した結果、当店では名札にあだ名を採用しているのだ。

 ほぼ本名の読み替えや略称だが、メロディは「音階にレとファが足りないから」というクラリネットを壊したような理由である。姫様に関しては多くを語るまい。この女は履歴書にすら姫と書いてきた。いっそすがすがしくて面白かったので採用した。

 ――この微妙な面子で、異世界に来てしまったわけである。

 アニゲーブックス池袋店は、店員もろとも建物がそっくりそのままこの世界に転移した。朝の開店作業中に、地震のような衝撃が走ったかと思うと、気づいたら異世界だった。店の扉を開けたらそこはファンタジーランド。なにそれこわい。

 散々あわてふためいた後、ひとまず外に危険性がないことを確認した。通りすがりのゴブリンさん(見た目による推定)に、言葉が通じることにいぶかしみつつも交流を持ったところ「何の店か」と聞かれたので「ドージンコミック」と答えた。すると、何故か日本円にそっくりなニポーンイェンなる通貨が出てきて、本を一冊お買い上げいただいてしまった。

 それからポツポツと人が集まってきて、思いのほか大盛況になった。おかげで五人分の食費は売り上げで賄えたが、言語と通貨が似すぎていることの謎は全く解けなかった。

 謎はもう一つあって、何故か本は入荷するのだ。気が付いたら本部からの委託同人誌と、取次からのコミック新刊の箱が店の入り口に届いている。おかげで新刊を並べられるが、どうしてという疑問だけが膨らんでいった。

 そして異世界転移から三日目。宅配便が届くならワンチャン、電話も通じるのではないかと本社に電話してみて、本当に繋がっちゃって今に至る。繋がるのかよ。電話線がどうなっているのか誰か納得のいく説明をしてほしい。

 店長と言う立場上、アルバイトたちに納得のいく解説をする義務は自分にある。自分が納得していないことを、納得させろというハードモードである。

「とりあえずわかっていることを整理する。電話が通じる。ネットも使える。何故か宅配便も亜空間から届く。文字は日本語とほぼ同じ。通貨も日本とほぼレートが同じ。おまけにお札も日本円そっくりだ。しかし、俺たちがここで生きていくために日本円とニポーンイェンを混ぜてしまったために、本社がお怒りです」

「え、それはしかたないでしょ? 日本円使えないと私ら無一文ですよ」

「あんたま、わかってるじゃないか。そうだな、仕方がない。仕方がないよな」

 うんうん、とひとしきり頷いた後、俺は箇条書きにしたメモをレジカウンターに広げた。

「イケオウルとかニポーンとか、半端な地名を考えるに、ここは一種の並行世界なんだと思う」 

「並行世界だから、異世界なのに地名や言語や通貨がそっくりってことです?」

 メロディが首をかしげるのに、俺はうなずいてみせた。

「多分、な。ま、確証は何もない。並行世界ですよー、って教えてくれる誰かがいるわけでもないからな」

 とはいえ、何一つ通じない異世界ではなかったのは、不幸中の幸いだ。何せ我々は現代日本の生ぬるいシティボーイシティガールであるからして、例えば異世界の食べ物飲み物を口にした途端に食中毒、未知の感染症で即死亡という最悪のコースもあり得た。通貨も言語も飲食もできる異世界、初心者にやさしいイージーモードである。

「結局ここってどういう世界なんだろうな。剣と魔法とか、俺らも使えないのかな。使えたら胸熱なんだけど。やっぱさー、異世界にいったら使えるでしょ、チート能力」

 異世界転生ラノベを読みすぎているゲーム脳のセージが、虚空に向かって手をかざしている。そんなことでチートしていたら苦労はない。さっき自分もやった。

「私も知りたいわぁ。あと、この世界に姫騎士とオークがいるのか気になるわぁ」

 エロ厨のあんたまそれに続く。エロ本を前提にした設定はやめなさい。

 どうしてうちの店の女子は、男性陣よりもパワーキャラなんだ。

「何にしても、ここがコミックに優しい街で助かったよ。言語や通貨が同じだったとしても、コミックが売れる保証なんてなかったんだ」

 ここはイケオウル。芸術特区。この世界における、コミックの聖地みたいな感じの場所であるらしい。だから、急に現れた謎の同人・コミック専門店が、普通に受け入れられている。

 よって、姫騎士もオークもゴブリンもエルフも、全員同人誌や漫画、ラノベを平然と受け入れ、買っていく。いや、どうしてだよ? もっと何か疑問に思うことはないのかよ。

 ツッコミどころは死ぬほどあるが、店長として、俺には店長の責任がある。少なくとも、巻き込まれたアルバイト四人を、この異世界に放逐することなどできない。

 それに売れるし。正直異世界人の性癖、興味あるし。この世界のコミック事情を把握することは、もしかすると本社の意向になるかもしれないですし?

「さぁ、さっさと開店しろー」

「はぁい。オープンしまぁーす」

 セージとあんたまが掃除道具を片付けにいき、メロディが店を開け、レジに収まる。姫様は現在、外におつかい中。よって開店メンバーはこの四人。

 電気供給が行き届いているのも不思議だが、もう俺はこの世界で何があっても驚かないことにした。多分、セージがいうところのチート能力的な何かだろう。

 店内BGMは愉快なアニソン。俺のソウルアニメであるラブピュアのサントラ。

「いらっしゃいませー、アニゲーブックスへようこそ~」

 本日初来店のお客様は……何と言うか、すっごく、オークです。

「やっば! ねぇ見てセージ、リアルオーク!」

「あー、経験値どれくらい入るかな」

「違うでしょ、オークといったら姫騎士でしょ」

「お前らお客様に失礼だ。仕事しろ!」

 小声で盛り上がっているセージとあんたまを小突きながら、俺はため息をついた。

 何だかよくわからないが、口コミで広まっているようで、日に日にお客様が増えている。

 アニゲーブックス異世界店。今日も売り上げ好調です。

 ホント、どういうことだよ?

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