72. 統治層による合理的判断が

貴重品回収依頼を終えたレン達はアップコップへの帰路を歩いている。


廃村は小さな町であり、タージア州アップコップ領の外れの山のふもとに位置していた。

俗に言う田舎ではあったが、街と町を繋ぐ街道はそれなりに整備されている。


アップコップはその中央都市から葉脈のように広がる道と、それに付随する大小の街から成っているタージア州の一つの領だ。


空を移動する公共交通機関の鳥行便は中央都市にのみ存在するため、街道はヒトビトに活発に活用されていた。


つい先日までは、だが。



「来る時も思ったけど、他のヒトを全然見ないわね」

「あの街が怪異に襲われて以降、アップコップ領に怪異警戒指令が出たからな。個人で歩く奴はよっぽどの馬鹿か傑物ぐらいだろう」


申月のアップコップ領は旅をするには快適な気温であり、僅かに色づき始めたライラックに似た、しかしながらディルクの身長を超える木々が街道を彩っていた。


そんな森閑とした街道を半刻程歩いた時だった。レンの視界にあるモノが入り込む。


レンの数十メートル先の地面から僅かに吹き上がる灰色の粒子。

怪異や怪異に侵された大地から発生する“灰源子”だ。


それは太陽の光を反射することなく、不気味に淀みながら大気へと消えている。


「―――レイさん、近くに怪異反応が無いか、感知してくれない?ちょっと先に怪異痕が見える」


先頭を歩いていたレンは立ち止まり、僅かな緊張を滲ませた声でそう言った。


「来るときには無かった筈。ここ数時間で侵されたとなると、まだ怪異が近くにいる可能性もあるから」


そのレンの言葉を受けてレイは頷くと、ゆっくりと瞳を閉じ感知の為に集中力を高め始めた。



レンよりもレイの方が怪異の感知に優れている。

さらにレイは視界からの情報を抑え、意識を整えることで最大で周囲1kmの範囲にいる怪異の感知まで可能にしていた。


「っ!―――400メートル程先にいるわっ。しかも複数よ―――怪異にあまり動きが無いっ。もしかしたらヒトがいるのかもしれないわっ!」

レイが若干の焦りを浮かべながら情報と推測を述べた。


「そうだとしたら危ないわっ。急ぎましょう!!」

返事を聞かずに走り出しながら、右手にリカーブボウを発現したレイを追うように、レンも慌てて駆け出した。






―――――――――





傭兵団を立ち上げて約一月。それはレンがレイと行動を共にした時間の長さを意味する。


それだけの時間を共有したことによってレンは、レイに関してわかってきたことが幾つかあった。



レイが“強さ”に拘りを持っていることや、基本的にレイは“感覚派”であること。


レイの決して頭の回転が鈍いわけではない。

むしろ理解力という意味ではレイは相当に頭が回る人種だ。


(アルテカンフでも怪異化の件、直ぐに察したもんな)


しかしながらレイの行動原理は、自身の直感や感情といった項目を優先する。


そしてレイは正義感が強く、至極普通の感覚の持ち主である。


困っている人がいれば助言と助力を。

悪意に直面すれば怒りと軽蔑を。

悲しいことがあれば哀愁と同情を。


それは俗にいうと“人間力”や“お人よし”と表現することができるだろう。

レンは、レイをそう評価している。


そのため、レン達の“今のこの状況”は至極自明極まりない事だった。




――――――――――――




目の前には黄金色を主体とした馬車が街道を塞ぐように停止している。

煌びやかなその馬車は装飾過多を感じさせるほどに、素朴な街道と不釣り合いだった。


その馬車に狙いを定めたかのように、数匹の怪異が涎を垂らしながら目を血走らしていた。

特にその中でも一匹の熊怪異の存在が際立っている。



そして重装備を身に纏った三人の屈強な男が怪異からその馬車を守る様に槍を構えていた。


オープンカーのように解放感のある馬車に設置された気味の悪いほどに豪華な椅子には、幼い犬属が座っておりすぐ傍には従者と見られる猫属の女性がかしづいている。


馬車から近い地面には中年の男性が伏していた。

周囲には血痕が撒き散らされている。


「エドヴァルト様!隊長が負傷しましたっ!撤退命令をどうかっ!――――どうかっ!!」

怪異相手に槍を向けた三人の護衛の内の一人が、悲痛な声を上げながら、必死に懇願をしていた。



そんな光景や会話から状況を把握したレン達は、即座に行動を始めた。


「私は負傷者の治療にいく。怪異の方は頼んだわ」

「あぁ。任せとけ」


馬車の後方までたどり着き、そう打ち合わせをすると、レンとディルクは怪異を倒すべく怪異と対峙している護衛達の方へと駆け出した



「エドヴァルト様!この状況は危険です!!逃げましょうっ!!」


獲物が怯えるのを味わうかのように、じりじりと距離を詰めてくる怪異達の様子に危機感を覚えているらしい護衛が再度、悠々自適に椅子に腰かけている少年に訴えた。


「――――だめだよ、そんなの“格好悪い”じゃないか、折角良い土産話が出来そうなのに。それに、こいつらの核を学院に持っていけば第1小隊に入れてもらえるに違いないしね」



(は?)

事もなげにそう言い放った少年、エドヴァルトに、レンは思わず茫然とする。



「というか、無様にも怪我をしたそいつが隊長だったんだね。――――役立たずが。そんなやつ捨てておけば良い。――――そうだ名案が浮かんだぞ、血の匂いに怪異が誘き寄せられるかもしないから、負傷した奴は囮にしよう」


(なに言ってんだこの子供)


「――――あなた、何を言っているのっ?」

レイの声が震えている。怒りを隠そうともしていない。


「ん?なんだ君たちは――――愚民か。気軽に話しかけないでくれないか、僕の品位が穢れる」

その時初めてレン達の存在に気が付いたらしいエドヴァルトがちらりと視線を走らせたが、レン達の服装から、自分よりも格下と判断したのか、そう吐き捨ててきた。


「何度も言わせないでほしいな、愚図が。さっさとそこに倒れている愚図を怪異に向かって投げろ」


「隊長はおまえを庇ってっ―――」

「恐れながら、、、エドヴァルト様、この負傷では囮行動すら満足に遂行できないかと、無駄に犠牲になる可能性が高いです」

先ほどまで懇願していた護衛の男の言葉が乱暴になりエドヴァルトに向かって放たれた言葉は、別の護衛に遮られる。



「お前は馬鹿か。僕はそう言ったんだ。“負傷した奴を餌にして僕の安全を少しでも高める“こいつらは死ぬだろうが、足りなくなったら、父上にいってまた私兵の補充をするだけだ。―――――愚民どもは幾らでもいるんだから」



「――――っ!」

レイは紅潮した顔でエドヴァルトを盛大に睨み付けたが堪え、言葉を飲み込み負傷者、隊長と呼ばれた男性に対して治癒源技を発現させ始めていた。



「―――へぇ」


そのレイの様子が視界に入ったらしいエドヴァルトが、面白いものを見つけたかのような声を出した。



「おい、治癒源技使いの女。お前には過ぎたる名誉を与えてやる。―――僕の私兵になれ、顔も悪くない」


そのレイに向けられたエドヴァルトの言葉に対する返答は無かった。完全に無視をして、只々淡々と負傷者の治療に取り組んでいる。


だがその顔には隠しきれない怒りと、そして源粒子の集積によってレイの体全体が淡く光り輝いているのがレンには視えた。


(うわぁ。本気でキレてる)

レンはそう判断した。



「なに?この世界の統治層ってこんな感じの奴も多いの?」


レンが確認と僅かなからかいを含み、小さな声で隣に立つディルクへと尋ねる。



統治層。

エルデ・クエーレの社会的地位を示す非公式の言葉だ。市井の人が使うこの言葉には若干の皮肉が交じっている。


正式には“家名綬属”と呼ばれ、文字通り家名を授けられたヒトのことを示す。基本的に中央の役人軍人等や、稀有な偉業を成し遂げたヒトに授けられる。



「馬鹿を言うな!おおかた箱入り坊やってとこだろ。もっとも同じ箱入りでも俺は陽性で、あいつは陰性だがなっ!」


第九勲筆頭騎士の家系で、幼いころから英才教育を受けてきた世間知らずのディルクが誇らしげに主張した。


「ふーん」

「なんだレン。その気の抜けた返事は。レイを見てみろ、今にも爆発しそうだぜ」

「レイさんはこういうの絶対許せないヒトだからね。―――――でも。自分は所詮他人事だ、って思うし、あの子の安全を確保するって意味だけを考えれば、囮……犠牲作戦は、一応合理的ではある」


レンは目の前に佇む巨大な熊怪異へと視線を向ける。


「さて、さっさとこいつらを片付けちまうか――――おい、お前らは下がっていろ邪魔だ」


ディルクが護衛達の前に立ちながらそう言い捨てると、ニヒルな笑いを浮かべながら両こぶしを握り締め戦闘態勢に入った。


護衛達は戸惑いながらも、屈強なディルクの勇ましい姿を見て、槍を収め後方へと移動し始めた。



(言葉使い自体は、あの子供とディルクそんなに変わんないよね――――って言ったら怒るんだろうな)



「――――ディルク。“新しい技”を試したいから、手を出さないでくれる?」


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