71. 異世界の地でスマホ電話するニンゲン
『エルデ・クエーレ-グループ通話-』『レン-レイ-アガタ』
『応答』 『拒否』
レンのスマフォに映し出されたその画面を認識した瞬間、レンはレイと顔を見合わせる。
「ディルク、依頼受付お願い。ちょっと“通源”してくるから」
レンはディルクにそう言うと、返事を聞かずに室内の人気のない隅の方へと向かった。レイもそれに習うように移動してくる。
なるべく周囲の視線を集めぬよう、視界に入らぬように自然な様子を装った。
できるのであれば外へと出て、人が全くいない路地裏に移動してこの電話に出たい。レンはそう思ったが通話が切れる可能性を考えると、心理的にそれは出来ない。
この傭兵連合支部にピンポイントにレン達の存在を知る関係者がいるとは考えにくい、がしかしながら常に警戒しておくことに越したことはないだろう。
手の平の中にあるスマホは未だ震えており、振動が体へと伝わるごとにレンの鼓動が強くなっていくのを感じた。
「レン。これって―――」
「とりあえず、出よう」
レイの言葉を遮り、レンは通知が消える前に『応答』を押し、スマフォを耳へと当てた。
「―――もしもし、レンですが」
レンはゆっくり、はっきりと音を出した。
『……………………………レン、さんですか?あ!あの私アガタです!――――イガラシアガタ!』
若い女性の声だ。そよ風のように透き通る声。そこには緊張と期待、僅かながらの恐怖が交じっているようにレンは感じた。
イガラシアガタ。五十嵐、安香田?阿方?
聞き慣れない珍しい名前だ。漢字の予想もつかない。
(いや、最近の名前は難しいのも増えてたっけ)
もしかしたら女性はヨーロッパ系のハーフで、名前はカタカナなのかもしれない。
「『私は、トウドウレイです。私とレンは同じ場所から電話してます』」
スマフォを耳にした目の前にいるレイの声が、肉声とスマフォを通して二重に聞こえる。
さらに、レイの敬語を始めて聞いたため、レンは二重の意味で違和感を覚えた。
『レイさんもいるんですね!』
女性、アガタはレイの声を聞くと僅かに弾んだ声でそう答えた。
「アガタさんも……ニンゲンなんですよね。今はスマフォを使って電話してますか?」
レンは念のために確認をする。
『っ!はいっ!はい!そうです!そうです!!レンさんたちも、ですよね!?』
さらにアガタは声を弾ませた。その声には震えが混ざり始める。
「アガタさんも日本からこの世界、エルデ・クエーレに突然飛ばされたんですか?自分達は七夕の日にこの世界に来たんですけど、、、」
『………はい。神獣綬日の朝に。私、家で家族の朝ごはんと子供たちのお弁当を作っていて、その間にゴミを捨てに外に出た時に、気が付いたら、、、私月刊源者マガジンの国際担当やってて、あの日はヨーロッパ支部の人たちとのアポもあったんですけど――――』
アガタが纏まりのない文を口にしつつ、それでも興奮しながら必死に伝えようと喋っている。
アガタも、レイやレンと同様に日本で7月7日の朝にこちらに召喚されてきたようだ。レンはそう判断する。
(子供たちのお弁当ってことは、アガタさんは主婦かな?)
「『一か月もの間良く無事だったわね、本当に良かった』」
レイが安心したように笑みを浮かべながら、そう呟く。どうやら敬語は営業を終了したらしい。
『あの、たまたま親切な旅の傭兵の方に拾われて、これまで、なんとか』
「そうですか…………この電話なんですけどどうやって発信したんですか?電波自体は圏外ですよね?」
『スマフォにエルデ・クエーレってアプリありますよね。それの通話機能で。今までは使えなかったんですけど今日初めて、何故かお二人にだけ繋がって』
「なるほど、、、」
レイの時はアプリの位置機能がアップグレードした。
ゲムゼワルドではコンパスのように方角しか示さなかったものが、レイと合流して以降、近距離ではあるが詳細な地図とスマフォ所有者の位置も表示されるようになった。
それと同じようなことが、アガタの通話機能にも起こったのかもしれない。
レンはそう推測した。
「アガタさんは今何処にいます?できればなるべく早く合流したいんですけど――――自分たちはタージアの東のアップコップって街にいます」
『私とその、傭兵の彼はオクセ州の中央都市に滞在しています』
(オクセ州か。タージアと近接してはいる、だけど――)
エルデ・クエーレに13ある州の1つであるタージア州は地球で言う所のヨーロッパに位置している。
オクセ州の位置はロシアの西半分であるため、州と州は繋がってはいる。
だが、距離にして約3000km。ほぼ同等の距離を走るフランスーモスクワ間の直行列車の乗車時間は約35時間だ。
(アップコップとオクセの中央都市って鳥行便の直行便ってあったかな?ってか今受けた依頼は、確かアップコップから徒歩で3日の廃村だから、往復6日かかって―――)
レンは現状を、傭兵団を結成したことや怪異関係の依頼を受けていることを、アガタに素直に話した。
『だったら、私の方がアップコップに向かいます。頻度は少ないですけど直行便も出ていた筈なので』
(そうなんだ)
「ありがとうございます。助かります」
レンはアガタの申し出に礼を言った。
―――――
アガタとの合流地点及びその日取りが決まり、その後多少の雑談をしてアガタとの通話が終了した。
「――――なんか、久々に中野とかブロードウェイとか、中央線とか聞いたからちょっと懐かしくなった」
レンは通話が切れたスマフォをポケットに仕舞いながらそう呟いた。久々に耳にした日本特有の固有名詞はレンの心に穏やかな波を打ち付ける。
「依頼書受け取ってきたぞ。ってか急にどうしたんだお前ら」
数枚の書類を手にしたディルクがレン達の方へと歩いてきた。その顔はクレームをつけていた時とは打って変わって機嫌の良い様子を醸し出している。
そして、書類をレイに渡していた。
「ありがとう。今アガタ、、、アガタはUser2みたいね。4人目のニンゲンと“通源”していたの」
レイはスマフォに目を向けたままディルクに返答した。
「本当かっ!!そいつは良かったな!で、どんな奴なんだ!?」
ディルクが一気に興奮し、レン達に詰め寄ってきた。
レンは先ほどのアガタとの会話内容を思い出し、必要な情報を頭の中でまとめる。
「名前はアガタ。イガラシ・アガタ。女性で既婚かつ小さな子供もいることから、おそらく20代から40代。レイさん達と同じくニホンの源技能者、源者であり、職業編集者。中野駅徒歩10分の所に住んでいて、通勤には中央線を使用。夫のマサヨシは特異庁の警備課勤務」
「ナカノ?チュウオウセン?」
ディルクが意味を理解できないといった様子で反芻している。
「中野はニホンの地名で、中央線は同じく交通機関の固有名詞よ」
不親切だったレンの説明に対して、レイが補足をする。
「そうか。……アガタは―――人妻か、、、」
ディルクがしみじみと味わうようにその言葉を漏らす。
「何喉を鳴らしているの?気持ち悪い」
それに対してレイは辛辣な言葉を突き刺した。
「レイさんはニホンで何処に住んでたの?」
レンはふと疑問に思ったことを口に出す。懐かしい言葉を聞いた事により触発された雑談だった。
「私は世田谷よ。世田谷は源者の教育機関、関東の高等学校の所在地でもある」
世田谷。東京23区内であり、京王、小田急、東急が通った街だ。
「へー。中々良いところに住んでるね。って、その言い方だと源者の高校って日本には八地方区分ごとに一つあるってこと?」
「えぇ。さすがに都道府県に一つずつは人数的に多すぎるから。だから寮生が多いわね。私は家から通っているけど―――あなたは、自分が何処に住んでいたのか、わからないのよね?」
「うん。そうだね。やっぱり住んでた場所の記憶は制限されてるみたいだ。同じように実家も思い出せない。そこに居たことがあるっていう記憶や、自分の曖昧なエピソードは記憶にあるけど、詳細な情報を思い出そうとすればするほど、その記憶が遠のいていく感覚。まぁ、それに気付いてすらいなかった状態よりはマシだよ」
「セタガヤ?エピ?」
ディルクが再度不思議そうに言葉を反芻していた。
「でも、この会話の流れに違和感を覚えないってことは、首都圏に住んでいたのかもしれない」
レンはそんな推測をしたものの、直ぐに意味のないことだと思い、思考を止めた。
「そういえば、彼女も記憶が曖昧って言っていたわね」
レイがアガタの発言の中で興味を持ったらしいことを、レンに投げかけてきた。
「うん。でも聞いた感じ、自分と違って自身の情報に対する記憶はあったし、無くなったって記憶もこちらに召喚される直前から直後とか、エルデ・クエーレに来て数日が特にって言ってたから、外的ってよりは内的要因な気がする。確証はないけど」
レンの言葉にレイが同意を示すように頷いた。
「そうね。変な空間に吸い込まれて、いきなり獣人達の異世界に飛ばされたら、誰だって精神的に不安定になるわね」
「そこらへんも実際にアガタさんに会ってみたら判ってくるかもね」
「――――あぁ!さっさと依頼を終わらせて、そのアガタとやらと合流だ」
会話に付いてくることができなかったディルクが、打ち切るかのように力強く言う。
「焦らずに気を抜かずに、でも迅速にいきましょう」
レイが皆の意志を奮い立たせるかのように、澄んだ声でしっかりと言った。
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