70. 連合で目立つDQN達

3日前。レン達はタージア州アップコップ中央都市の傭兵連合アップコップ支部にいた。




「要するにお前は、俺達ではこの依頼を受けるに値しないと言っているのか?!」

ディルクが苛苛した様子で目の前に座っている豹属の女性に凄んでいる。


「―――常識的に考えてください。怪異の群れがいるかもしれない地に、たった三人で、しかもそのうちの二人は子供。傭兵連合アップコップ支部として、“異邦の銀翼”にこの依頼は任せられません」

黒縁の眼鏡付けた豹属の、傭兵連合受付の女性が僅かに緊張を滲ませた堅い声で跳ね除けた。


「俺達の傭兵団の略歴は確認しただろう!立ち上げ一月未満だが、これまで怪異関係の依頼、白銀二回、赤銅二回をこなしている!」


「――確かに連合台帳にはそう記載されていますが」

女性はそこで言葉を切ると、ディルクとその隣に立つレンを胡散臭そうに見てきた。言葉にはしていないが、明らかに信じていないという様子だった。


「制度上は何の問題も無いだろうがっ―――お前と話していても埒が明かねぇ!もっと上の奴を呼んで来い!!」

とうとうディルクの堪忍袋の緒が切れたようだ。受付台に拳を強く叩きつけ吐き捨てる。


(あー。完全にDQNのクレーマーだ)

興奮したディルクの様子を見ながらレンは大きな溜息を吐いた。



傭兵団“異邦の銀翼”を結成して一月弱。

傭兵団としてはまだまだ駆け出し未満ではあるが、これまでレン達は怪異関係の依頼を数度こなしてきた。


傭兵団と一括りにされてはいるが、その活動は、ゴミ拾いや荷卸し、清掃などの街中の雑用依頼や、薬草や鉱石の採取依頼、商人や研究者の護衛依頼から、怪異殲滅や救援依頼など、多岐にわたる。


基本的に各傭兵団は専門分野を有しており、当然の事ながらその分野によって傭兵団に求められる知識や源技能の扱い等が変わってくる。


その中でもレン達“異邦の銀翼”は、危険度が高く戦闘力が最も求められる怪異関係専門の傭兵団に位置づけられる。


(客観的に見たら、この女性の反応が普通なんだろうなぁ)

レンが興奮したディルクと受付女性の様子をぼんやりと見ながらそう思った。


怪異に対処するには小隊が必要。

それが今のエルデ・クエーレの共通認識だ。

それが怪異の群れとなれば傭兵団として20人以上の戦闘集団を有しているのが当たり前だ。


対して“異邦の銀翼”は端から見たら竜一人に子供二人。

おそらく一般的なエルデ・クエーレの住人の感覚からすれば、異常な傭兵団に映るのだろう。


(そろそろこの不毛な遣り取りを終わらせるか)

ディルクの様子に周りにいる職員や傭兵達の視線が集まり始める。

近くにいる屈強な熊獣人が怪訝な顔を浮かべこちらを見てきた。


「―――だったら、支度金無しで依頼を受けて、おまけとして台帳版をここに預けます。そうしたら、お金を持って逃亡もできないですし、傭兵団の再結成詐欺も防げますよね。それでも不安があるのなら契約時の誓約源技を中上位にしていただいても構いません」

レンはそう言い募った。


当たり前のことだが依頼達成率は傭兵団の評価にも、そして依頼を仲介している傭兵連合自体を評価する際にも大きな要素になる。


特に連合はその評価により、国や本部から降りてくる資本が変わってくるため、連合支部の受付担当者が、依頼を適切な傭兵団に振り分けられるかが重要らしい。


端的に表現するなら、依頼を達成できる傭兵団を正確に見極めることが受付担当者の査定に響くのだ。


「レンっ!俺たちが譲歩する必要なんかねぇ!俺たちの面子がっ!!」

「―――ディルクはちょっと黙ってて」


受付女性が眉を顰める。

そして黙った。レンの提案の真意を図っているようだ。



バンッッ!!!!!


(なんだっ!?)

レンが次の言葉を開こうとしたその時、室内に鈍い音が響き渡った。


室内にいる傭兵達や職員たち、レンやディルクがその音の発信源へと顔を向ける。


「―――侮らないで」

室内の片隅にある待合スペース。

そこで右腕に光を纏ったレイが渾身のしたり顔で佇んでいた。

その前には片手を押さえた狼属の青年の姿が在る。


狼属の顔には苦悶の表情が浮かんでおり、真っ赤になった手の甲をしきりに押さえながら呻いていた。


彼らの間には木製円柱の机があり、その机の表面の一部が歪に凹んでいた。


「いてぇ!いてぇよ!!」

その周りを何人かの傭兵達が取り囲んで居るものの、皆青ざめた怯えた表情でレイを見ている。


(もしかしてっ!?)


レンは足に雷源技を発現させ、瞬間的にレイの近くへと移動した。


「ひっ!」すぐ近くにいた蜥属がレンに気付き短い悲鳴をあげ後退る。


周りを囲んでいた傭兵達も途端にレン達から離れた。


「ちょっとレイさん!何してんの!?」


「?このヒトが喧嘩売ってきたから、腕相撲しただけよ」

慌てているレンが理解できない、そんな顔を浮かべながらレイは事もなげに言った。


「源技でそんなに強化した腕で!?」

「えぇ」

レンは未だ光を纏っているレイの右腕を見ながら確認をする。


「源技能による身体強化は発現側も受け手側にも十分な注意が必要だって話だったじゃん!」

「――――悪かったわ」

レイが酢昆布を口にしているかのような、すごく不満そうな顔をしながらしぶしぶ謝ってきた。


「事情はしらないけど自分じゃないでしょ、謝り先は」

レンがそう言うと、レイは目の前にいる伏せったままの狼獣人に近付く。


「悪かったわね。でも次からは言葉に気を付けるといいわ」

(ギリギリアウトだろ、その謝罪)

レンが思わずため息を吐いてしまう。


「手を見せて。治癒源技で治すから」

レイはそう言うと、狼属の青年が返事を言う間を与えずに傷ついた手を取り治癒源技能を発現させ始めた。

狼属は極寒の地に放り出されたかのように、顔を青ざめ体全体をガタガタと震わせている。


「なにがあったんですか?」

治療の様子を横目に、レンは近くにいた蜥属の傭兵に聞いた。


「っ!い、いやっあんたら受付で揉めてただろ?それ見てあの若造が嬢ちゃんに完全に舐めてかかったんだよ。“背伸びするのはやめろ、見苦しい。身の丈に合った依頼を受けて経験を積んでいけ”ってな感じで。そしたら嬢ちゃん“私たちの実力を勝手に決めつけないで”って言って腕相撲勝負を持ちかけてきたんだ。で結果はあの通りだよ」

蛇属は青ざめながらレイと狼属の青年を指差す。


「あの狼属は最近まで新米だったが、最近一つ上の依頼もこなし始めてきたんだ。まぁ調子に乗ってきたってところだ。あいつからしたら経験の浅い新人に対する助言のつもりだったんだろうよ」


(言葉投げ合いはあったにしろ、怪我させたレイさんが悪いな、これは)

レンはそう判断すると、再度大きくため息を吐いた。


「うん。これで終わったわ、どうかしら?まだ痛む?―――あと、これで私の力は理解したかしら?」

レイが微笑みを携えながら狼属の青年に問いかける。


「っっっっいやっ!!大丈夫だ!!」

狼属はそう言うや否や、慌ててレイから離れ連合支部を出て行った。レイはそれを訝しげに眺めていた。


目の前の華奢な少女が(源技能とはいえ)自分を圧倒する力を有しており、なおかつ治癒源技使いともなれば、恐怖を感じてもおかしくはない。

最悪、負傷、治癒、負傷、治癒、というマッチポンプなサイクルに引きずり込まれてしまうのだから。


レイ達の遣り取りを見ていた周りの傭兵達も、警戒や畏怖、疑念という表情を浮かべていた。

レイ達から4メートルの距離を保ったまま、こちらから視線を外さない。

不自然な沈黙が場を支配していた。


そんな中、ずかずかと近づいてくる一人の存在があった。ディルクだ。


「レン、レイ。お前ら何揉め事をおこしているんだ、騒がしいぞ」

「受付で喚いていた、あなたに言われたくはないんだけど」

ディルクが盛大なブーメランをこちらに投げつけてきたが、洩らさずレイが言い返す。


(やばい。どうしよう、完全に悪目立ちしてるっ)

室内にいるすべてのヒトビトが、レン達の一挙一動に注目している。


(依頼を受けるどころじゃないな。とりあえず、一端外に出て、、、)

レンが次の行動を考えている時だった。



「いいだろう!“異邦の銀翼”にこの依頼を受けてもらおうか!―――なんならもう一つの怪異関係の依頼も受けてもらおうか!」

緑色の尾をもつ竜属の壮年男性がそう言ってきた。受付の向こう側にいることから職員だろう。レンはそう判断する。


「支部長!」

ディルクと対峙していた受付の女性がそう声を荒げた。


「お前も見ただろう!あの偉丈夫は元より、その娘も治癒源技使いかつ身体強化を発現できる強者だ。―――それに、先ほどの少年の動きを追えた者は、おそらくこの部屋の中には誰もいなかっただろう」


(レイさんに近付いた時のことかっ!無意識のうちに“翔雷走”を発現してたのか、自分)


支部長はさらに、大きくパンパンと音を鳴らした

「さあ、皆業務に戻りなさい。傭兵の方々も作業中断させてしまい申し訳ありませんでしたな。―――――“異邦の銀翼”の方々はこちらに。私が依頼受付を扱います」


支部長がそう言うと、室内には賑やかさが戻り始めた。


レン達も支部長の言に従い、受付へと足を進める。



その時だった。



ブッブッブッー!ブッブッブッー!ブッブッブッー!



スマホだ。

スマホが震えている。


しかも、音の発信源は一つではない。

レンとレイ、二つのスマホが振動音を発している。


(近くにニンゲンがいるのか!?それとも着信か!?)


レンとレイは緊張した顔でお互いに見合わすと、即座にスマホを取り出し、画面を覗き込んだ。



『エルデ・クエーレ-グループ通話-』『レン-レイ-アガタ』

『応答』 『拒否』


画面には、アプリのアイコンでもある雄々しき麒麟の絵と共に、そう表示されていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る