67.5. 小話集ーアルテカンフその後ー

・老師の保険、ヴぃーの誘導 [レン・レイ]



宿の一室でレンが[生活源技能集大全第5章-外出時に役立つ源技能-]を読んでいた時のことだ。レイが部屋へと入ってくると、レンへと話しかけてきた。


「気になっていることがあるのだけれど」

「うん?」

レイのその言葉に読書を中断し本を閉じると、ベッド脇にある小机に置く。


「老師は、自分をあなたに殺させることを計画したのよね?あなたが老師の怪異化の可能性に気が付いたから、あの時、それは為されたわけだけど」

「―――実際はどのタイミングで殺させようとしたかって話?」

「えぇ。そうよ」

「わからないってのが正直な返答なんだけど、、、そもそも、あの“失言”が態とだったって可能性もある、と思ってる」

「どういうこと?」

「老師はあえて“失言”をして自分にその可能性を気が付かせた。性格や価値観からレンはそれをダリウスさん達に言う前に自らの前に現れるだろう。って考えてたのかもね」

「それって無理が無い?あなたが、気が付かない可能性だってあるじゃない」

「そう。だから、あるかもって話――――失言が故意か否か。でも、どちらにしても老師はちゃんと保険を用意していた。それが、この指輪だよ」

そうレンは言うと、自らの首に巻き付いた銀色のチェーンの先にある指輪を、掌に載せレイに見せる。

「これって山彦庵で話し合った後に老師があなたに渡したものよね、闇源技能に対抗するためにって」

「そう。だからこの指輪には“闇源技”が仕込まれている。老師と対峙している際、この指輪の源技能が発現していた。ヒトを操るものだったと思う。完全に発現する前に止まったから、あの時は効果を発揮しなかったけど」

「それによって、レンに老師を殺させる。確かに、どの状況になったとしても、目的は達成できるわね。――――正直狂ってると思うけど」

「さらに補足すると、老師は時計からダリウスさんを、スマホから自分を監視していた筈」

そうレンが言うと、レイはさらに顔を顰めた。

「―――ヴぃーは老師だったのよね?」

「うん」

「あなたを利用するためにヴぃーはあなたに協力的だった」

「そうそう。要所要所でヴぃーは自分の行動を誘導してたしね」

「―――そんな風に普通にしていられるあなたが不思議だわ」

そのレイの言葉に対して、レンは苦笑いで返答した。





・デリアの涙 [デリア・カルメン・ハイン]



アルテカンフにあるカルメンの屋敷の中、客間の一室で、デリアはカルメンへと詰め寄っていた。

「今すぐに、レンとヤナという少女に連行令状を出し、全国手配すべきですわ!レイやディルクも探し出して話を聞かなければっ!!」

ヤナとの戦闘後デリアは公園で保護され近くの病院にいた。しかしながら、自宅の方から黒い煙が立ち上っているのを見るや否や、ヤナの言葉を思い出し、痛む体や医者の言葉を無視しすぐに家へと戻った。

そこには、業火に包まれた己の館と山彦庵があり、デリアはしばし呆然としたものの、周りにいた野次馬の一人から、ダリウスとディ-ゴはカルメンの館にいることを聞き、そして、今此処にいる。


「えぇ。そうですね。こうなった以上そうすべきなのでしょう――レイちゃん」

デリアの言葉に同意しながらも、カルメンはレイの名前を辛そうに零している。

現在、意識を失ったダリウスは隣の部屋で寝ており、ディ-ゴが看ている。


「失礼します!!カルメン様!」

その時、扉が勢いよく押し開けられると、カルメン邸の執事である鳥属ハインが慌てた様子で入室してきた。

「ダリウス邸および山彦庵の消火作業は終わりましたっ。2邸とも全焼。そして――」

ハインが報告を止めると、ちらりとデリアの顔を見る。

「…………焼け跡から――――3人の焼死体が見つかり、身元確認を急いでいます。が、そのうち二人は獅子属、成人男性1、女性1である、とのことです」

そのハインの言葉を聞いた瞬間に、デリアの全身に絶望感が駆け巡った。

瞬時に目元に多大な熱が集まると、涙が溢れだす。

「そんなっ!!!お母様っ!!!お兄様っ!!!!!!」

そう叫ぶと、デリアは床にへたり込んでしまう。足に、体に力が入らない。


ヤナの言ったことは本当だった。レンが老師も、デリアの家族も殺した。

「っっっっ!!!!なぜっ!?どうしてっ!?いやっ!いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

デリアの泣き叫ぶ声が、悲壮と絶望を載せ、邸内に響き渡った。






・フランカの強行とダリウスの凶行 [カルメン・ハイン・フランカ・ゲラルト・ダリウス・ディ-ゴ・デリア]



泣き叫ぶデリアを慰めながらカルメンはハインへと指示を飛ばす。

「こうなってしまった以上仕方ありませんね。ハイン、司法局に行ってレン及びヤナという少女の令状を発行しなさい」

(彼らには使命があるというのにっ―――なぜこのようなことをしでかしたのっ?!)


やはり、ニンゲンだからなのだろうか。カルメンの心の中に黒く濁んだ感情が巡る。


「っは!すぐに!」そうハインが言った時だった。

「それには及ばん」

鎧を身に纏った狼属の少女と、大柄で屈強な壮年の鰐属の男が部屋へと入ってくる。その脇には止めようとしたのか使用人が一人立っていた。


「あなたがたは?」

カルメンが疑問に思い尋ねる。

「王領王都王宮第7小隊長フランカ・ピーチェだ。今回の件、王領騎士が預からせてもらう」

フランカが威圧的にカルメンに言った。

「王領騎士がなぜだ?!それにっ!なにを言ってるんだ!領内で起きた事件はその領の司法にかかる!そんなこと常識だろうっ!!」

ハインが怒りながらフランカへと言い返した。

「そうだ。貴様の言うとおり、“基本的”にはそれで合っている」

フランカは自身の優位を疑っていないのか、そう返した。

「―――“コスバティーア”ですね」

カルメンが呟く。

「ほぅ。さすが領主、話が早い」

フランカはそう言うと懐から丸められた紙を取り出し、カルメンへと見せた。

その紙には最高意思決定機関であるコスバティーアの印が押され、レンやレイ、ディルクの名前と共に、その存在に関わる一切の件がコスバティーア預かりになることが明記されていた。


「ニンゲン―――レイちゃん」

「そこまで知っているのか」

フランカが僅かに驚いたように言った。

「奴らは、我々で追う。奴らの存在を広めることはできんからな」

「わかりました」

コスバティーアの意志に逆らうことが出来ない。カルメンは素直に了承の意を示す。


「そしてダリウス・デュフナーならびにその娘デリア・デュフナーと従者ディ-ゴに出頭命令が出ている。彼らを連行させてもらう」

「何故ですか?!」

カルメンが予想もしないフランカの言葉に声を上げた。

「陛下の命だ」

フランカは短く返す。

「私もレイを引き取っていましたっ!!なのに何故ダリウス達だけが?!」

「貴様の連行の命は受けていない。―――デリア・デュフナー、立て。貴様を王都へ連れて行く。――――ダリウス・デュフナーとディ-ゴは隣の部屋だな」

フランカはそう言うと、泣いているデリアの腕を強引に掴み立ち上がらせようとした。

「待ってください!この子は今しがた家族を失ったばかりなのです!少しだけ時間をくださいっ!」カルメンが懇願したが、

「知らんなっ、さぁ!立て!」フランカには取りつく島もない。

だが、デリアは顔を伏せたまま立ち上がろうとはしない。その様子にフランカが苛苛していくのが、カルメンにはわかった。


「貴様も憐れな奴だ!レンという“あんな”奴に関わってしまったのが不運だったなっ!!」

フランカが挑発するようにデリアに吐き捨てる。それでもデリアは微動だにしない。

「っち!おい、ゲラルト!!」

フランカが後ろに控えていた鰐属の男ゲラルトを呼んだ。

その時だった、部屋に再度予期せぬ訪問者が入室してきた。


「――――レンがどうしたって?レンは今此処にいるのか?どこにいるレン?レンが殺した爺さん。爺さん――レン―――爺さん」

虚ろな目をしたダリウスがゆっくりとこちらへと向かってくる。明らかに異常な状態だ。その後ろにはディ-ゴが佇んでいる。その顔には悔しさが浮かんでいた。

「お前はレンを知っているのか?レンはどこにいるんだ?!あいつはっ!!あいつはっ!!」

ダリウスが覚束ない足取りでフランカへと近づくと、急に激情を纏い、フランカの両肩を掴んだ。そうとうな力で掴んだのだろう。フランカの顔が歪む。

「隊長っ!!」ゲラルトが声を上げ、ダリウスを引きはがそうとした。

「ええいっ!貴様!離せっ!!貴様らは王都へ、陛下の元へ連行するっ!!」

「言えっ!!レンについて話せっ!!何故だっ!!何故っ!!レンっ!!」

フランカが叫ぶものの、ダリウスにはそれが聞こえていないのか、似たようなことを何度も叫んでいた。




・老師からの手紙 [フランカ・ゲラルト・ダリウス・ディ-ゴ・デリア・カルメン・ハイン・エルゼ・エトムント]



(今のデュフナーはまともではないっ!)

悪鬼のような表情を浮かべたダリウスの腕を振りほどこうとしながら、フランカは僅かに恐怖を感じる。

「ちっ!」舌打ちをしながら、剣を抜こうとした時だった。


コン、コン


扉の方から場には似つかわしくない素朴な音が響き渡った。そして、部屋の主であるカルメンが許可を与える前に、扉が開く。

「失礼します」鈴を鳴らしたような少女の声が聞こえた。


其処には、丈の短い若草色のドレスに身に纏った兎属の少女が佇んでいた。

すぐ傍には深緑色の礼服姿の梟属の壮年男性が控えている。

純白の手袋とそして片眼鏡を付けていた。フランカはその二人の顔に見覚えはない。


「っ!!」

ゲラルトが息を強く飲むのが聞こえる。


「初めまして、バルマー様。デュフナー様。そちらの方は、王領騎士様でしょうか。私は内政財務門第三書記官エルゼ・ベラーと申します。こちらは執事のエトムント。少しばかりデュフナー様にお話がありまして―――」

兎属の少女エルゼはそう挨拶すると優雅に一礼する。

「今は取り込み中だっ!!第三書記官如きの用事は後にしてもらおうかっ!」急な乱入者及び要求に、フランカは叫びながら拒否した。

「ひぅっ!!」先ほどまでの悠然とした佇まいは一気に消散し、エルゼは情けない声上げ、涙目になりながら、後ずさる。

「あ、あのっでも、その……うぅ」「―――お嬢様」狼狽したエルゼに、執事エトムントが声をかけた。

「その、、、老師ヴィルヘルム卿からデュフナー様方への手紙を預かっていて………あの、その、できれば騎士の方々には席を外していただきたいのですが」

エルゼがそう言った瞬間にフランカの肩を掴んでいたダリウスの顔が、エルゼへと向いた。


「爺さん……手紙っ?」虚ろな目を浮かべながらそうダリウスは呟く。

「聞こえなかったのかっ!!さっさと――」

「っ隊長!!!」


フランカがさらに声を上げたその途中、ゲラルトが大声でフランカを制止してきた。

「部屋から出るぞっ隊長っ」「何を言っている!ゲラ――」

「いいから!!俺の言うことを聞いてくれ!!隊長っ!!」

ゲラルトが必死に懇願し、フランカの体を無理やり扉の方へと押して行った。

「貴様っ!!離せっ!!」


「デュフナー卿達は王都の我が邸へと滞在しますので、ご用の際は王都癸地区のベラー邸までお尋ねください」穏やかな微笑みを浮かべながら執事エトムントはそう言ってくる。

「――――それぞれの方に、老師の手紙をお渡ししますが、えっと、たしか、絶対に手紙の内容を、お互いに、喋るな、とのことらしいです」

フランカが部屋から出る直前、エルゼがダリウス、デリア、ディ-ゴにそう説明しているのが聞こえる。


そして。部屋の扉が閉まり、フランカとゲラルトは館の廊下へと移動した。フランカがゲラルトに文句を言おうと顔を向けた。だが、

「なんでっ――――こんなとこにっ、いやがんだっ」

ゲラルトは狼狽した様子で、そうこぼしていた。






・レンの疑問1-ニンゲン- [レン・ディルク]



「ディルク。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

宿の一室の机の上に子竜の姿で寝そべっていたディルクに、レンは尋ねた。

「ん。なんだ?」ディルクは碧色の瞳だけをレンに向けてくる。


「ディルクはニンゲンが危険な存在だって教えられてきたんだよね」

「あぁ。物心ついたころから、な」

「エルデ・クエーレのヒト皆そういう教育をうけてるの?」

だとしたら、やはりニンゲンであることを隠しながら傭兵業をこなす必要がある。


(自分と、レイさんの種属の設定もちゃんと考えた方がいいな)

一見して身体的な特徴がない種属というと、蛇属や鳥属だろうか。

ぼんやりとレンは考える。


「―――知らん。だが、おそらく、そんなことないと思うが」煮え切らないディルクの返事が返ってきた。

「?もしかして、ディルクって結構お坊ちゃま?」

「―――ああ。俺は“女帝”の筆頭騎士の家系で、次期筆頭騎士として英才教育を受けてきたからな。正直なところ世間には疎い。で、それがどうした?」ディルクが若干恥ずかしそうに答える。


「“ダリウスには決して、そなたが異世界のヒトだと話すでないぞ。”って、老師に言われたことを思い出したんだけど」

「単に、ニンゲンだとばれたら面倒になると、計画が狂うとでも思ったんだろ?」

「そう―――そう、だよね」

レンは心の中に僅かなしこりを感じたものの、それを心の隅へと追いやった。






・ベルタの憎悪 [ベルタ]



(ディルク様ディルク様ディルク様っ!)

ベルタにとって“女帝”の次期筆頭騎士であり、自らの上司でもあるディルクは、尊敬という言葉では表現しきれない程に尊い存在である。

自らの全てを賭けられるヒト。ディルクには命すら容易に差し出せる、ベルタには絶対的な自信が在る。


(ディルク様ディルク様ディルク様っ!!!!)

勿論、そこには愛情が含まれている。いや、愛という陳腐な言葉は似つかわしくない程だ。

だが。

だが、そのディルクが穢された。それも、危険極まらないニンゲンに、だ。


(あの女っ!!)

先ほどの通源でディルクの隣に立っていたニンゲンの少女を、ベルタは思い出す。

あんな色気の欠片も無い貧相な体のニンゲンに、ディルクの清純な心と体は揺さぶられたのだろうか。

具体的な想像をしてしまい、純粋な憎悪と業火のごとき嫉妬、そして抑えきれない羨望に満ちた感情に駆られる。


(あの女っ!!!!)

なによりベルタにとって一番許せないことは、女がディルクの信頼を勝ち取っていることだった。

通源中、ディルクは何度もニンゲンの名前を言っていた。その呼び方には、確かな信頼と友情を感じ取ることが、ベルタには出来た。

(殺すっ!!ディルク様を救うためにっ、殺すっ!!あの“レン”という女!!)






・論文-新規源子の特徴と怪異に対する有用性- [アマデウス]



秀麗雅な執務室で“皇帝”アマデウスは20枚にも及ぶ書類に目を通す。既に日は跨ぎ表子刻を過ぎていた。

昼過ぎにこの書類、“老師”ヴァルデマール・ヴィルヘルムの最期の論文である-新規源子の特徴と怪異に対する有用性-がアマデウスと、王立源技能研究所に届いた。


その論文には、怪異に対して絶大な効果を発揮する新規属性“破源子”のことが書かれていると、研究所の上層部が興奮した様子で喚いていたのは、今から数時間前のことだ。

明日にはそれに関する緊急会議が開かれる。


ここ最近は、怪異対策会議として、対怪異人材育成施策、それに関わる財源の捻出、各領の被害状況の調査結果報告会、農作物の流通制限、等といった会議が開かれていた。

勿論、明日は別の会議の予定が既に決められていたのだが、急遽、論文に関する会議がねじ込まれた。

さらに、ヒトの怪異化に対する対応も合わせて、だ。


会議の効率を上げるためには、己も中身を把握しておく必要がある。

アマデウスはそう考え、全ての業務が終わった深夜に、睡眠時間を削ってでも、この論文を読むことにした。


論文の内容はアマデウスの想像と期待を遥かに超えるものだった。

“破源子”の源子学的な同定から始まり、破源子の怪異に対する効果の実証例、破源子持ちの特徴が、細かく記載されている。

これらの情報をもとに各機関と対策を練れば、この世界の憂いを消すことが出来るかもしれない。


そんな希望をアマデウスに抱かせる内容だった。


だが、最終項目である[謝辞]を読んだ時、それまでの晴れやかな気分は一転し、一瞬目の前が真っ白になるほどに、怒りを、覚える。


[最後に、この研究に到るまで我の支えとなり、そして破源子という奇跡の体現を映してくれた筆頭騎士ダリウス・デュフナーに、最大の敬愛を捧げよう。また、真理と未来を我に授けた、唯一にして最後の弟子“レン”・ヴィルヘルムに、我の名を預けよう]


その文字の意味を理解した瞬間、アマデウスは体の震えが抑えられなかった。手に持った貴重な論文が音をたてて歪む。


「何故だっ?!ヴァルデマールっ!!そなたがっ!一番“ニンゲンを憎んでいた”のではなかったのかっ?!」

誰にも聞かれないアマデウスの慟哭が、豪華な部屋に響き渡った。






・レンというニンゲン [ゲラルト・フランカ]



王宮敷地内にある第七小隊の詰所内の広々とした居室で、ゲラルトは酒を飲みながらボンヤリと座っていた。

基本的には男性社会である王領騎士の小隊詰所は、あまり清潔ではない。

しかしながら、少し前にフランカが隊長になって以来第七小隊の詰所は綺麗に保たれていた。


この部屋にはゲラルト以外の人はいない。


既に深夜ということもあり、夜勤の隊員を除いて、既に帰宅している。

アルテカンフから即座に鳥行便で王都へと戻り、簡単な報告書を拵えると、解散となった。

隊員総出の十日ばかりの出張任務だったので、これから数日の休暇が与えられるはずだ。


(今回の獲物は―――おもしれぇ)

度の強い酒を舌の上で転ばしながら、ゲラルトは思いをはせる。


次にレン達と会う時はどんな面白さを味わえるのだろうか、そんなことを考えていた時のことだ。

居室の扉が開かれ隊長である狼属のフランカが入ってきた。

気落ちしているのか、茶色の獣耳が弱弱しくお辞儀している。


「隊長、陛下への報告はどうだった?」

「…………暫くの間、謹慎、だそうだ。―――失望した、と陛下がっ」

そこまで言ったフランカは涙目になっているようにゲラルトには見えた。

よっぽど任務失敗を報告した際の陛下の言葉に衝撃を受けたようだった。


「そりゃ、よかった」「………なんだとっ」

ゲラルトの言葉にフランカが険のある視線を送ってくる。

「だってレン達の捕獲任務から下ろされたわけじゃない、ってことだろう」

そうゲラルトが言った瞬間にフランカの耳がいきり立つ。相変わらず解り易い。

「陛下はそこらへんの任務に関する命令は、はっきり言うからなぁ」

「っ!!ゲラルトっ!すぐに諜報部に話を通して、奴らの足取りを追うぞっ!!その間に奴らの対策を練るっ!!ぐずぐずしておれんっ!!」


「……………なぁ。隊長――――ニンゲン達、レン達について、どう思う?」

「どうした急に。――――そうだな。一言で表すなら、理解しがたい気持ち悪い奴等だ」

「そうか。今回の任務が終わって、うちの隊員の中に動揺してる奴もいることに気がついてるか、隊長」

「―――どういうことだ?」

「今、隊長が言った通りだ。レン達に少なからず、恐れを抱いてるんだろうなぁ」

「私は別に、奴らを恐れてなどっ」

「己らだけで属性怪異を討伐した。アルテカンフの街の中と恐らく通行門もだろうなぁ、ヒトの怪異化に関わる奴等と対峙、そして圧倒的な源技能から俺らを命がけで庇った。警戒していた筈の俺らを、だ」

「…………」フランカは厳しい顔をしたまま、黙ってゲラルトの言葉に耳を向けている。

「一方で、レンは恩人である筈のダリウス・デュフナーの親族と、そして前第七勲“老師”ヴァルデマール・ヴィルヘルムを殺し、その館に火までつけた」

「ふん。考え無しの馬鹿だから、そんな矛盾した凶行に走っただけではないのか」


「気づいてるんだろぅ、隊長。あいつらは、特にレンだな。レンは馬鹿じゃねぇ。単なる狂った奴なら事は簡単だ。だけど、――――馬鹿じゃないやつが、端からみたら馬鹿みたいな行動をしてるんだ。こんな怖ぇことは、なかなかねぇ」

「ふんっ!考えすぎだと思うがなっ」

「そうだなぁ。―――なぁ、隊長。レン達を、俺達自ら探してみないか?」

「何をいっている!陛下から、謹慎と言われたばかりだぞっ!!」

「そ、だから休暇届を出して、さ。それに、案自体には反対しないんだな」ゲラルトはニヤニヤした笑みをフランカへと投げる。

「――っ!!考えといてやるっ!私はもう帰るからな!!」そうフランカが叫ぶと部屋を出ようと、扉に手が掛かった時だ。


「上層部が何故ニンゲンに警戒してるか、知ってるか?獣化も獣人化もできず、源技能の扱いも俺らから見たらお粗末。それが俺たちの知っているニンゲンだ。まぁ、レン達は違うみたいだが………。上層部がニンゲンに対して恐れているモノ、それは奴らの―――淀んだ精神、穢れた魂と言っていい」

そのゲラルトの言葉に、フランカの返答は無かった。






・神獣日報2 [??]



[前第七勲“老師”ヴァルデマール・ヴィルヘルム、傭兵の地にて現世から去る!]


[庚月の早朝、傭兵都市アルテカンフの北区にある“山彦庵”およびデュフナー邸からもくもくとした黒煙が上がり、館が燃えているのを近隣住民が発見した。焼け跡からは三人の焼死体が見つかり、現在タージア領中央治安隊により身元確認が進められているが、現場の状況およびデュフナー卿の証言から、“怪異殺し”ダリウス・デュフナー卿の妻と義息子、そして前第七勲“老師”の死体である可能性が高い。放火および他殺の線で、主に捜査は進められている。近隣住民の話では、ここ最近デュフナー卿の弟子である少年が館に住み始め、その少年はこの事件以降姿を現していないらしい。さらに不思議なことに、“老師”が亡くなる直前に書いたと思われる論文の謝辞に前第七勲の弟子の名前が記載されているという情報を当局は入手した。この弟子とデュフナー卿の弟子である少年の関係は定かではないが、事件に何かしらの関係があるのは間違いないだろう。  文責 ゾルタン]


本日の神獣日報の筆頭記事を読むと、男性はそれを丁寧に折りたたみ鞄の中に仕舞った。今現在、男性は鳥行便での空の旅を満喫している。

巨鳥属と呼ばれる特別な家系のものが獣化しそこに船を垂らす。

その船の中に乗客は乗り込み、都市から都市へと移動する。それが鳥行便だ。

男性は船の甲板にある椅子に座りながら流れゆく青空と雲を楽しんだ。

この鳥行便は風源技と炎源技を常時発現しており、高度が高くとも、快適に空を眺めることが出来る。


[間も無く降下準備に入ります。甲板に居られるお客様は船内へとお戻りください]

女性の声の船内放送が男の耳に入る。

さすがに降下および上昇の際には船内の一室にいることが義務付けられていた為、男性もそれに従おうと腰を上げた。


その時男性はポケットに違和感を覚え、そこに手を入れ一枚の黒い板を取り出す。そして指に何度か力を込めた。

黒い石の表面が光り、文字が浮かび上がる。




レイ ログイン中

アガタ 圏外

晴信 ログイン中

カゲツ 圏外

レン ログイン中




(近くに“レン”と“レイ”がいるのか)

男性、晴信は少しばかり思案したが、鳥行便で飛んでいるうちにすぐさま二人は“範囲外”の表示に変わった。

(――――すまんな。やりたいことがあるから、今はまだ合流できん)

黒い板、スマホをポケットに仕舞うと、晴信は船内へと歩いていった。




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