67. 異端、幻聴に背中を押される

「――――ということがあった訳だ。だから、第九勲と話すことは今は難しくなったな。むしろ敵対関係になったと言っていい」


そう言ったディルクの顔には厳めしい笑顔が浮かんでいる。機嫌が良さそうだ。

レンはそう判断した。


意識を失っていたレンが目覚めるとベッドの上だった。


看病をしていたディルクがレンに気が付き違う部屋で休憩していたレイが部屋へと入ってくると、レンが意識を失った以降のことをディルク達から聞いた。


ディルクの竜化によりフランカ達から無事逃げ切れたこと。

上空で、レイのスマホに日本からの着信があったこと。

ディルクと第9派との通源においてディルクが身分を、第9派を捨てたこと。


すでに表面上の傷は癒えている。レイの治癒源技能のお蔭だろう。

レンは少しでも動かすとギシギシと痛む体に気を遣いながら、ディルクの話を聞き終えた。


そしてレンはわざとらしく大きくため息を吐く。


「できれば、その第9派に従いつつ、自分達に有用な情報を集めてくれたら、良かったのに――――ディルクのその覚悟と行動は、気持ちとしては嬉しいんだけどね」


(まぁ、ディルクにそんな器用なことできない、か)

心のなかでそう自分自身に突っ込みを入れながら、ディルク達の方を見る。


しかしながらディルクは、レンのボヤキに気分を害した様子は見せない。


「ほらなっ!俺のいったとおりだろう!」

それどころか、はしゃぎながらレイに絡んでいた。


「でも!前半は私の予想通りっ!」

ディルクと同じノリでレイが嬉しそうに相槌を打っていた。


先ほどから二人のテンションが異様に高い。


レンが訝しげにレイ達を見ると、それに気が付いたのかレイが笑顔を浮かべながら口を開く。


「この通源の話をレンにしたらなんて言うかを、ディルクと予想していたの。私はあなたが利を追求したいだろうって思って―――」

レイがレンの寝ているベッドに腰を掛けつつ言う。


「俺は、俺の覚悟の英断にレンは喜ぶ、と考えたんだ!」

ディルクが部屋に備わっている、古びた茶色い椅子の背もたれに両腕を乗せながら言った。


(―――英断?)


ディルクの自画自賛に疑問を抱きつつ、レンは二人のテンションの高い様子に納得がいった。


寝ていたレンにはそのときの詳細な雰囲気はわからないが、おそらく二人とも第9派との通源に相当緊張していたのだろう。


特にディルクは仲間に対して大きすぎる啖呵を切ったのだ。

アドレナリンががっつり分泌されているに違いない。


「二人が自分をどう見てるか、良く分かった」


レンが再度大きくため息を吐きながらそうぼやいた。


「大体っ!仮面の男の時もそうだけど、二人は感情的になりやすいんじゃないかなっ!?」


「あ”?―――ヒトの話しも聞かずに身勝手に一人で無茶して、意識を失うことが通常運転のお前にだけは言われたくねぇ。―――そういえばおまえが、通行門で怪異に対して発現した源技能。あれの弁解をまだ聞いてねぇな」


先ほどまでの機嫌が良い様子とは一転して、ディルクは凶悪な顔を向けながら、レンに凄んでくる。


(っげ)


通行門でヤナと対峙した時、レンの闇源技で怪異を躁状態にして同士討ちを誘発した件に対して、ディルクは怒っている。


無理もない。

一歩間違えばレイ達も危険に晒されていた。

レンは素直にそう判断する。


「いや、、、あれは、、、自分もちょっと、熱くなっちゃったかなぁ、、、なんて」

乾いた笑い声を上げながら、どもりながらそう言い訳をした。



「レン」

レイがレンを呼んできた。


相変わらず険しい顔を浮かべているディルクから視線を外し、レイの方に顔を向ける。

レイも、警察に密告でもするかのごとく強張った顔をしていた。


「――――痛覚を無くす源技能は、もう使わない方が良いわ」


「どういうこと?」


「学校で生物の講座を受けていた時神経のことも学んだ。クラスの男子が源技能で神経系を強化できるんじゃないかって、教官に質問したことがあるわ」


「―――なんて、答えが返ってきたの?レイさん」


「――――“廃人”になりたければ使え。それが教官の言葉よ。教官曰く神経なんて繊細な内器官に対して源技能を直接発現したら普通は壊れるって」


(なるほど、ね)


神経に流れている電気。

活動電位は器官、細胞間に多少の差はあれど、数mVから数十mVの間だ。

その範囲から少しでも外れてしまうと、体内では起こりえない電圧になり、細胞に、体に深刻な影響があることは容易に想像できる。


「そうなると、翔雷走も良くない、か」


正直なところ痛覚の源技能は兎も角、翔雷走を使用しないというのは避けたい、レンは強く思う。


移動速度を調節できるこの源技能は使い勝手が良く、戦いに関して素人のレンが生きていく為には必要不可欠といっても過言ではない。


「まだ、あるわ。―――なぜ人に痛覚があるかわかってる?痛覚は体の警告。無茶を防ぐため、限界を越させないために、存在するのもの」

レイの言うことは正論だ。


「あと、これは私の持論だけど、ヒトは痛みを感じることができるから、他人に優しくできる―――私はそう思ってるわ」


「………うん、そうだね――――わかった。あの源技能はもう使わない」


レンは自身の右腕を見た。

ヤナの攻撃により切り裂かれ血が滴っていた腕は、傷自体は塞がっているものの、未だ醜い傷跡が残っていた。


この傷を負った時レンは強制的に痛覚を消していた。

だが普通であれば危険と痛みから反射的に回避行動に移り、傷自体は今よりも軽くなっていたのだろう。



「でも、あれ含めてどんな手を打ったとしても、あの仮面の男には適わなかっただろうなぁ」

話題を転換するために、苦笑いをしながらレンがこぼす。



「そうね。私達、私、強くならないと、いけない。…………強くないと………いけないっ。」


レイはそう言うと、顔を俯かせながら細かく震える。

そのレイの様子に対して、レンは怪訝に思った。


(レイさん……?)


レンがレイと出会って未だ二日しか経っていない。

だが、レイは“強く在る”ということに対して拘りを持っている。


そこには只の憧れや格好良さといった単純な感情を超えた異様さが存在している。


「っふん!あんまり気負い過ぎんな。レイ―――お前、少しは女子らしく、素直にしおらしい姿を見せてみろ。そのほうが可愛げがあるぜ」


ディルクも先ほどのレイの様子を気にしたのだろう。

突っかかるように冗談めかしながらレイへと絡む。


しかしながら、そのディルクの判断および行動は間違いだった。


次の瞬間、レイは腰かけていたベッドから立ち上がると、額に青筋を描き、目じりを吊り上げながらディルクへと詰め寄る。


「っ!!女らしくっ!?うっさいわねっ!このでぶ竜っ」


「でっっ!?っんだとっ!!俺は太ってねぇ!!見ろ!この美しい俺の体形を!」

「ふん!ただ汚らしいだけじゃないっ!!」

「汚らしいだっ?!竜属の!俺の裸は、肉体美は高貴なもんなんだぞ!!無料で見れて嬉しいと言えっ!!」

「ありえないっ!!まだ私の方が価値が高いっ!!」


突然始まった程度の低い言い争いにレンは呆気にとられたが、先ほどまでの雰囲気は一掃された。


二人とも出会って間もない筈だが、そのやり取りは幼馴染を髣髴とさせる軽快で遠慮のないものだ。


レイは今まで見せたことのない幼稚な言葉を吐き捨て、ディルクは酔っ払った親父のように絡み返している。



「っあっはっはっ!!」

そんな二人の姿に、レンは笑いが堪えられなかった。


「ちょっとレンっ!何笑っているの!?だいたい!あなたも――――」

そのレンにすかさず、レイが噛みついてくる。


(さっきまでは、レイさんって本当に女子高生?って感じだったけど、こうしてみると、年相応に幼さが感じられる。こっちの姿が本来のレイさんなのかも)


エルデ・クエーレへの召喚による強制的な非日常の提供は、レイに緊張と警戒を与えていたのかもしれない。


幾らレンが同郷の、日本人だといっても初めて会う他人だったはずだ。

吊り橋効果という程でもないかもしれないが、共に戦いを潜り抜けてきたことがレイとレン達の心の距離を縮めたのかもしれない。



そんなことを考えながら、レンはレイの文句を笑いながら諌める。



「あー。お腹痛い。―――――で、今後どうしようか?自分は明日にでも旅立てるけど?」

ギシギシと痛む体を無視しながら、レンはそう強がった。


「ったくお前は――馬鹿言うな。二日はこの村で体を休めるぞ。大分、高度を上げて飛んだからな。王領騎士は完全に振り切れたはずだ」


「大体。その傷がすぐ治るわけないじゃない。つまらない嘘つかないで」


即座にディルクとレイが一蹴してくる。


「………へーい」

レンは気の抜けた声を出しながら、ベッドへと背から倒れ込む。薄い布団が柔らかな音を上げた。



「休んだら、次は傭兵連合のある街へ行って――――俺達の傭兵団を立ち上げよう」

ディルクの予想もしない提案に、レンは耳を疑う。


「え?……えっと、なんでそうなったの?―――傭兵団って‘狼の牙’みたいなって、あれは実際には違ったっけ。」

レンは思わず聞き返した。


レイが驚いた様子を見せていないことから、二人で話し合って決めたことなのだろう。


「傭兵団を立ち上げる理由は主には、身分証明と生活の為だな。当然お前たちはエルデ・クエーレでの籍を持ってないし、俺も第9派から外れた。籍が無いといろいろ不便だから取っておきてぇ。事情持ちの奴等でも容易に籍を取れる職の一つが傭兵だ」


「なるほど、確かに」

ディルクの意見にレンは納得する。


「それに、俺達は残りのニンゲンと合流しないといけねぇし、ヤナやニコラス、仮面の男らの情報も集めたい。そのためには世界を旅する必要があるがそのための資金を、怪異専門の傭兵団として活動することで集めるってわけだ。俺達なら、怪異関係の仕事もやれるだろうしな」


「旅をしながら、怪異に侵された大地を浄化することもできるわ」

レイが補足してくる。


「うん。いいと思う」

ディルクの案はとても理に適っている。レンはそう判断した。


そのレンの言葉に、ディルクは嬉しそうに笑顔を浮かべる。



「そうか!もう傭兵団の名も決めてあるんだぜ!名前は―――――」




―――――――――――――――





話が終わりディルクとレイが傷薬の補充のため、部屋から退室すると、室内は一気に静寂に包まれた。


レンはベッドから出るとゆっくりと窓際へと移動する。


歩く度に全身が錆びついたロボットのようにギシギシと鳴っていると錯覚するほどに、体全身が痛んだ。


小さくのどかな町の光景が窓からは見えた。


無機質な建物が聳え立つ日本とは異なる自然と調和した町の構造物が並んでいる。

その小道で数人の獣耳の生えた子供が遊んでいる様子と、そして時々漏れ聞こえる楽しげな声がレンに入り込んでくる。


それらを遮る様にレンはそっと瞳を閉じて意識を内側へと集中させた。


状況は、悪い。

最悪の数歩手前といっても良いだろう。


レン達を怪異化の“素材”として狙っているヤナ達。

第四勲“皇帝”直属の王領騎士であるフランカ達も、追ってくるだろう。

先ほどのディルクの話では、間違いなく第9派もレン達を危険人物として認識した筈だ。

他の勲者の派閥に対しても気を張る必要がある。


そして、ダリウス達も。



(悲観はしない。楽観も。只々そこにある現実に向かって進むだけだ)


レンが現実を整理し、覚悟を心の中に刻む。


右手に持ったスマホをじっと見つめる。


「自分たちはこれから如何すればいいんだろう?―――――“お答えすることができません”―――ってね」


答えが返ってこないと知りつつ、レンはスマホに問いかけ、よく聞いていた、かつ、そして2度と聞くことのない文言を自ら零す。


そんな自分の切ない遊びに苦笑いを浮かべたレンはスマホをベッドに放り投げた。


〝期待していマス、レン〟


(!?)


レンの背後からヴぃーの機械音声が、聞こえた気がした。


レンは一瞬にして体を緊張させると、即座に振り向く。


だが、そこには古びた宿の壁が存在するだけで、誰も、存在しない。


幻聴だったのだろうか。

幻聴だったのだろう。

老師は、ヴぃーは亡くなった。


レンが殺したのだから。



だが、そうだとしても。

その老師の言葉は不思議とレンを奮い立たせた。


「―――別に、誰に期待されなくたってやりきるよ」


居もしない老師に向かって返答するように、レンは呟く。



〝ふっ―――そうか……〟



小さな笑いを零しながらそう言った老師の声が、再度聞こえる。



そんな錯覚を、レンは感じた。





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