66. 竜が粗末な宿で捨てたもの

「ベルタ。俺だ」


レイの目の前に、縁取られた枠の中だけが異なる風景を映し出した空間が広がっている。


通常であれば、レイの目線の先には宿の一室に備わっている素朴な窓が在るだけだった。

だが、ディルクがベッドから立ち上がり手を翳すと、水面に映し出された空のように波紋が形成された。


間もなく中華装飾を感じさせる淡黄色で彩られた一室が映し出され、そこには待機していたと思われる20代前半と見られる梟属の女性が立っていた。


『ディルク様っ!?ご無事だったのですねっ!先ほど急に追源具の反応が途切れたためディルク様の身に何かあったのかと!!こちらは大混乱です!!もしかしてニンゲンに襲―――』


女性、ベルタはディルクの姿を確認するや否や畳み掛けるようにディルクへと話し始める。


「あぁ、問題ない。ベルタ―――早速だが、おやじさんの方に繋いでくれるか?」


ディルクが遮る様に声をかけるとベルタは我に返ったのか慌てて返事をして作業に入った。

淡黄色の空間が乱れて乳白色の界面を映した。


ディルクの後方にはレイも立っていたのだがベルタの視界には入らなかったらしい。


「“追源具”を壊しちまったのが、騒ぎになってるみてえだな」

ディルクが苦笑いを浮かべながら、ポツリと零していた。


「追源具?」


「光と雷の属性を主とした源鉱石の欠片のことだ。その欠片と元の源鉱石は繋がっている。だからそれを持っていた俺は、今どこにいるかを第9派に把握されていた」


「されていた?」

発信機の様なものだろう。レイはそう推測すると、過去形になっているディルクの文言にさらに聞き返す。


「あぁ。通行門で‘狼の牙’から逃げる時に壊した」


そういえばあの時、ディルクは何かを握り潰していた。

あれがその追源具だったのだろうか。

緊急時だったためにおぼろげではあるものの、レイはその記憶を掘り起こした。


「壊した?何故?」


「それは―――」


そのレイの質問に対してディルクが口を開いた瞬間、界面が鮮明な景色を映し出す。



先ほどよりもさらに鮮明で秀麗な淡黄色で彩られた豪華な広い部屋が広がっていた。

20畳以上はゆうにあるその部屋には多数のヒトが鎮座しており、両脇に並びながらこちらに顔を向けている。


壮年から熟年に近いヒトがほとんどでありディルクと似た姿の多様な体色を有した竜属を中心としたヒトビトが、獣人化している。


その中の最も手前にいた一人がレイに気が付くと驚いたような声を上げ、無遠慮にも指を差しながら隣のヒトと顔を合わせこそこそと会話を始めた。


(ニンゲンだ………)

(あれが、、、)

その囁き声はヒトビト全体へと即座に伝染していき、無秩序な音を奏でる。

皆がレイのことを憎々しげに、怒気をはらんだ目で睨み付けてきた。


(なんなのこのヒト達)

それに軽い不快感を得ながらレイは動じることなく受け流す。


『―――ディルク』

唯一中央奥に座っていた壮年男性である竜属の獣人が、立ち上がりこちらに近付いてくるとディルクに呼びかけてきた。


『無事で良かった!!お前は今、何処にいるんだ!?』


小麦色のゆったりとした衣を身に纏いながら、その竜属デトレフはディルクへと問いかけてきた。


「…………」

それに対してディルクは表情すらも変えず沈黙という答えを返した。


『私の問いに何故答えない?!―――そして、何故!ニンゲンが其処にいるっ?!』

そのディルクの様子さらにはレイの姿を視界に入れたらしいデトレフは、急に激昂すると叫び始めた。


その声は部屋の広さもあってか反響しレイの耳に強く侵入してくる。


「―――おやじさん」


『お前がヒルデ様から承った任務は“ニンゲンの監視”だろうっ!それなのに!何故この通源にニンゲンがいるのだっ?!答えよっ!!』


「その必要があると俺が判断したからだ」


『―――不快だ。ニンゲンなどという、下劣で罪深い“獣”をこの瞳に入れることも!私たちと同じ大地に立っていることも!そのすべてがっ!不快だっ!!この場にいるすべての同胞がそう思っている!!わかっているのかっ!!ディルク!!!』


「………」


(随分な言い様ね)

自分の気がそれほど長いものではないということを、レイは十二分に理解している。

先ほどの不快な視線と囁きもあって、イライラが募ってくるのを感じた。



『前回の連絡でも!お前は!ニンゲンなぞに、ヒルデ様を会わせたいなどと言っていたなっ!!一体なにを考えているのだっ?!』


「落ち着いて聞いてくれ。――――ヒルデ様とニンゲン、レン達とで一度話し合いたい。この世界を怪異から、いや怪異を操っている奴等から救う為に。ニンゲンと俺達第9派で協力するべきだ」


『―――本気で、言っているのか。ディルク』


「あぁっ」


『そうか―――』

ディルクの返事を聞いて、そうデトレフは呟くと目を閉じ口を閉ざした。


そして数秒ほど経ちゆっくりと瞳を開けると先ほどまでの激情に満ちた表情とは打って変わって、苦悶に塗れた顔を浮かべる。




『どうやら私の甥は、ニンゲン共に―――毒されたようだ。操られてるのかもしれん。ベルタ、即刻、ディルクの救出に向かってくれ。やはりニンゲン共は――――危険すぎる』



(!?)


「おいっ!!何のために、勲者達の力で!レン達を呼び寄せたんだ?!怪異で侵されたこの世界を救うためだろうっ!!俺たちが協力しないでどうするっ!!」



『だめだっデトレフ様のいうとおり、ディルク様は闇源技で傀儡になってるんだっ!!』

『誇り高き竜属が穢されているっ』

『あのニンゲンの女!!ディルク様を誑かしやがってっ!!下種めっ!!』

ヒトビトの怒声がレイへと向かってくる。


(ふざけてるっ、、、本当にっ!何なのこのヒト達は!!)


「―――もう、いいわ。ディルク」


「っ!!」

そのレイの言葉に、ディルクはハッとレイの方へと振り返ってきた。

その顔には悔しさが滲み出ている。


「話を聞いていてよくわかったわ。ディルクには悪いけどこのヒトたちには何も――――期待できない。正直関わっているだけ時間の無駄だわ」


『なんだとっ!ニンゲン如きが我らを愚弄するというのかっ!!』

『この女狐めっ!殺すべきだ!殺せ!!』


座っていたヒトビトの半分は怒りにより、立ち上がりながらレイへと暴力的な言葉を浴びせてくる。


しかしながらレイの心は既に冷め切っている。


『ニンゲンの小娘がっ!!何も知らぬくせにっ!!』

例外ではなく真正面に映っているデトレフも怒りで顔を紅潮させながら、レイへと言葉を吐き捨ててきた。


「えぇ。あなたの言うとおり“何も”知らない。だから、情報を共有したかった。―――でも、あなたたちは私たちと協力するつもりも対話するつもりも全く無い。まさかディルクの縁者がこんなにも話の通じないヒトだとは―――想像もしなかったわ」

そのデトレフに対しレイも煽る様に冷徹かつ淡々と言い返す。



『――っ!!!ディルクっ!!お前は次期筆頭騎士であり!誇り高き竜属の一員だ!!自らの為すべきことを思い出せっ!!!』



「―――為すべきことか。やっと、わかったぜ。それが何かが、な」



『おぉ。ディルクっ』

デトレフが期待に満ちた声と表情を浮かべる。



「第九勲ヒルデグント・フェルスター筆頭騎士デトレフ・グラウン殿に表明しよう。我ディルク・グラウン、今をもって、次期筆頭騎士の地位および、竜属とグラウン家の血脈を放棄する」


『――――なっ!な、何を言っているのだっ?!』



「俺達の世界を救いたいという俺の願いと、あんたたちの願いが、同じであることを――――信じている」


そうディルクは宣誓すると手を振りかざした。



『ま、待つのっ――――!』

必死にディルクを制止するデトレフの言葉を遮りながら、ディルクは通源を切った。




即座に空間は消失し、宿の一室には静寂と、物寂しい小さな窓が残る。



レイの斜め前に立っているディルクの横顔にはどこか吹っ切れたような清々しい顔と、その中に僅かに紛れた物悲しい表情が浮かんでいた。



「悪かったな、レイ。あれが、俺がさっきまで所属“していた”第9派だ―――結局ヒルデ様、第九勲とは話せなかったな」


「別に、気にしてないわ」


「そうか――――これで俺も、お前たちと一緒で、“只のディルク”になったな」




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