63. 分不相応な小竜が得たもの

レイ達を周りに漂う砂煙の密度も、徐々に小さくなっている。

フランカ達の視界に捉えられてしまうのも時間の問題であった。


「……早……く、行っ……て」

目の前で倒れ込んでいるレンが、弱弱しい声でそう主張してきた。


「あなたは黙っててっ!!」

レイは反射的に、レンに対して怒鳴る。


そうでもしなければその言葉によって自身がレンを見捨てるという選択に流されてしまいそうになる気がしたからだ。


(どうすればっ)

第三案を生み出そうと必死にレイは思考を最大限に働かせるもののこの状態を打破できる良策は未だ思いつかない。


レイは指の無い手袋を着けている手のひらをギュッと握りしめる。


もう、時間は差し迫っている。

なにかを失う選択を、しなければならない。

雷が暴れまわる様な焦燥を胸に感じながら、決心し、レイが口を開こうとした時だった。



パキンっ



硝子が割れたような音。

慎ましくどこか物悲しい音が、レイの近くから聞こえた。


レイがそれに視線を向けるとその小さな掌を堅く閉じたディルクが壮絶な覚悟を秘めた瞳をレンとレイに対して向けていた。

その手からはサラサラと銀色に光る粉が大気へと逃げている。



「レン、レイ。――――俺を、信じてくれないか?」



「―――どういうこと?」

突然のディルクの懇願に、レイは聞き返した。


「レンが、すまほを介して俺に与えた破源子の力。あれにより俺は獣人化することができる」


「えぇ。そう聞いたし、実際に見たわ」

レイはディルクの発言に、属性怪異との戦いを思い出す。


「ここからは仮定だが、さらに多くの破源子があれば―――俺の“本来の獣化”が、できるかもしれない。そうすれば、ここから離脱することは容易になる」


ディルクの“本来の獣化”。

単語を素直に受け取れば、ディルクは今の子竜の姿とは異なる姿を持つということだ。


ディルクが竜属であることと、今の状況を打破できる、という情報から察するに、レイの想像通りにディルクが獣化するのであれば、確かに離脱は容易だろう。

レイはそう推測する。


だが。


「…………あなた、自分が言っている意味わかっ――――だから……信じてくれ、なのね」


「あぁ。レンもお前も源技能の発現限界に近いところにあるはずだ。その状態で、俺に破源子を渡すと、お前らが源子欠乏症を引き起こしてもおかしくないし、そもそも量が足りるかもわからない。だが、俺の予想ではいける、筈だ」


「…………私の破源子があなたに送れるかも、わからない」


そのレイの言葉に、ディルクは頷くと、真剣な顔で続けた。

「そうなったら、間違いなくあいつらに掴まるだろうな。だからお前らが納得できないならっ―――」

ディルクがそこまで言った時だった。


地面に伏しているレンが、自身のポケットに手を入れスマホを取り出すと、迷いなくディルクの方へと向ける。

「レンっ。お前―――」

そのレンの行動に対して、ディルクは驚きを示した。


「ゲムゼ……ワルドでの……盟友……証した……だろ」

途切れ途切れのレンのその言葉は聞き取りづらかったものの、そのレンの意志は正確にかつ大きくディルクに伝わったようだった。


「っ!―――――お前は!馬鹿か!?俺が“女帝”の命で!お前と行動を共にして!なおかつ命令が下れば!お前に対して危害を加えるかもしれないことを!お前は知っているだろうっ!!そんな俺を!お前はどうしてそんな簡単にっ――――」


ディルクが怒り、叫びながらレンを怒鳴りつけるが、

ディルクの低いバスボイスは何処か迷子の子供を想起させる震えを、含んでいた。


信じてくれ、とレン達に頼んだ、ディルク。

容易に信じたレンに対して怒る、ディルク。


その矛盾した振る舞いを見せる子竜の心の中には、どのような葛藤や自己矛盾や不安を抱えているのだろうか。


(きっと、彼、信じてもらえないと思っていたのね)


勲者によるレイ達の召喚の話のとき、ディルクはいつも申し訳なさそうな、悔しそうな表情を浮かべていた。

さらにレイ達が無茶な行動に出た時もいつも諌めてくれていた。


そのディルクの想いを、レイはそしておそらくレンも疑ったことは無いだろう。


だがニンゲンを、レンを利用するために“女帝”の命でレン達の傍にいたディルクはずっと後ろめたさや自責の念を感じていたのかもしれない。


(――――不器用なヒト)


もっと器用に、ドライに、冷酷に、監視を遂行できる人材を“女帝”は配置すべきだった。

レイは率直にそう思う。


(だけど、傍らにいるのがディルクで良かった)


レイは心の中でそう想うと、銀色のスマホを手に取りレンに合わせるようにそれをディルクへと向けた。


「っレイ?!」


「私を、侮らないで――――あと、くだらないことで悩まないで」


レイは自身の体内にある源粒子を移動させてスマホを持つ右手へと局在、集積させる。

源粒子の力か緊張からかその手がじんわりと熱を持つのを感じる。

レンの方からも破源子が集積している気配をレイは感じた。


それは徐々に濃密な気配を形成して熱を、力を持っていくのがわかる。

体に若干の倦怠感を感じつつも、レイの心はその熱と同様に未知の力への期待を膨らませた。



「っ!!このっ―――――馬鹿野郎どもがっ!!!」



今にも泣きだしそうな、ディルクの罵声が聞こえた瞬間。



レイとレンの手から視界を覆う程に強く激しい銀色の光が、溢れた。





―――――――




「ゴッツっ!!風源技でっ!!この砂埃を飛ばせっ!!」

隊長であるフランカは今の状況を打破すべく声を張り上げ部下へと命を下した。


既にレイの光源技による視界の喪失からはほぼ回復している。

転倒により方向感覚を失ったものの、部下たちの声が聞こえる場所を元に位置を考えれば大まかには自身の位置を把握できた。


(まさか、最後の最後で足掻かれるとはっ!)

フランカは怒りで自身の心が乱れたのを感じる。


任務が失敗することだけは避けなければならない。

ストールズ中央学院を首席で卒業し、王領騎士隊へ入隊後、フランカは順調に出世の道を歩んできた。

周りの雑音も誘惑も全て切り捨ててここまで来たのだ。


(このような任務如きで私の道を阻まれてたまるかっ!)


「ニンゲン共!下手な真似をしてみろっ!!足の一本は覚悟しておけっ!!」


視界に映らないレン達に対してフランカは脅しをかける。

このような脅しで動きを止めるような輩であるならそもそも今の状況を作る筈がない。


そうフランカは思いつつレン達が居ると思われる方向の気配を探った。


(大きな動きは―――無いか)


その時フランカへとぶつかる様に風が流れ過ぎて体や顔、髪に砂が衝突するのを感じる。


(ようやく風源技を発現したか)

部下の行動の遅さに多少のイラつきを感じつつ、フランカはレン達がいると思われる場所へと視線を向けた。


「なっ!!」


フランカは視界に映った光景に、思わず驚愕の声を漏らしてしまう。


それほどまでに、想像にもしないものがそこにはあった。



《グルルルルァァッッ!!!!》



獣の咆哮がびりびりと、轟くように響き渡った。

大気の震えが、耳鳴りを促す。

大地を蹂躙するが如く分厚い脚に、空気すら切り裂く程の鋭さを想起させる爪。


巨大な銀色の翼を雄々しく広げながら、その“翼竜”は、突如フランカ達の目の前に出現した。


銀色に光る無数の帯が、その翼竜にふわふわと纏わり付いている。


そしてその背にレイ達が乗りこんでいるのがフランカの視界に入った。

レイはレンに肩を貸しながら翼竜の背を登っている。


「貴様らっ!!止まれ!!」

フランカが制止の声を張り上げるものの、レイ達はその動きを止める素振りは微塵も見せなかった。


「くそっ!!」


このままでは逃げられてしまう。

フランカが焦りながらレイ達に炎源技を発現させようと、剣先に意識を集中させた。



《グアァァッッ!!!!》



その瞬間にフランカの行動を察したのか、翼竜が翼を振り上げ風源技を発現させた。

嵐を髣髴とさせる突風が翼竜を中心に発生した。


その風源技により周りにいた隊士達は吹き飛ばされた。

フランカも例外ではなく、足が地面から浮くと体が持っていかれる。



(くそっ!)


「隊長っ!!」

フランカが地面へと倒れ込む前に、ゲラルトが後ろに移動し、フランカの体を支えた。


その間に翼竜は翼を雄々しくはためかせ脚を大きく曲げ、飛び跳ねるように宙へと体を投げ出すと、その巨体が浮き上がり上昇していく。



翼竜とレイ達が大地から離れていくと、見る見るうちにその姿は小さくなっていき、遠くの空へと消えていく。


最早、フランカ達騎士団が追いつける距離ではなかった。


任務は失敗した。


“皇帝”の期待に応えることが出来なかった。


フランカがそれを認識した途端、怒りの感情が体中を支配する。


「おのれっ!!おのれっ!!!」

フランカは己の憤怒を発散するように喚きながら、剣を地面へと叩きつける。


(こんな失態っ!第1小隊や老害共にでも知られたら、どのような嫌味を言われるか!!)


「隊長、落ち着け」

背中を支えているゲラルトが落ち着いた声でフランカに声をかけたものの、フランカの気持ちは治まらない。


「貴様も何時まで私に触っている!!」

肩に手を置いていたゲラルトを強引に振り払うと、フランカは地面に落ちた剣を拾い、鞘へと納めた。


「おい!!貴様ら!!何をぼさっとしているっ!早く起き上がれっ!」

フランカが地面に倒れ込んでいる隊士達に怒鳴ると、ゲラルトへと向き直る。



「奴らはっ!絶対にっ!!この第7小隊の手で捕えるぞっ!!」



「あぁ、わかってるさ隊長。レン達は、俺たちの“獲物”だ」


フランカの誓いに対して、そう返答したゲラルトの目は酷く鋭くそして激しかった。




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