62. 二者択一という錯覚にJKTは苦悩する

(ふんっ。取るに足らない任務だったな)


第7小隊長であるフランカは、地面に膝を付いている捕獲対象のニンゲンの少女、レイの首元に愛用の剣を添えながら心の中でそう評した。


傭兵団‘狼の牙’として第7小隊総出でアルテカンフへと潜入し、それとなくレンへと近づき情報を集めていた。


古参の隊士鰐属ゲラルト提案の、『ダリウスの信者を煽りゴッツを中心にしてレンに罵声を浴びせ、精神的に弱らせる。そして、そこにゲラルトが“気の良い”傭兵団の頭領として近づきレンの信頼を稼ぐ』という策が実行された。


(あまり効果は無かったが、違う立場から部下共を見れたことには、それなりに意義があったな)


ゲラルトの忠言により不器用と評されたフランカは、傭兵団の新人治癒源技能者フランという設定で策に当たり、普段とは異なる部下たちの対応に新鮮味を感じたのだ。


(だがっ、あいつらは面白がって、私に絡み過ぎだ!)

王領へ帰還したら、部下共を絞ってやるか。


フランカは心の中でそう誓いつつ、そんな考えが生じた自分自身に、驚きを隠せない。



“帝王”アマデウス・アドラーの直属の遊撃部隊である第7小隊。フランカがその隊長へと任命されて、未だ数か月しか経っていない。


若い女性、かつ高圧的で歯に衣着せぬ物言いが標準装備のフランカは、中々隊に馴染むことが出来ずまたフランカ自身その必要性もあまり感じていなかった。

だがこの策のお蔭で少しは部下たちのことも理解できたようにフランカは感じる。



(ふんっ―――さっさと、こいつらを陛下へと届けるか)


ニンゲンたちを王領へと連行することは、想像以上に楽ではありそうだ。

ニンゲンたちは既にボロボロであるし、戦闘力もたいしたことはない。

フランカはそう判断する。


唯一の障害になりえた、“女帝”の次期筆頭騎士であるディルク・グラウンも“制限された獣化”の状態に陥っている。


危険度も、難易度も低い仕事ではあったが、任務を命じた“帝王”はこのニンゲン達を異様に警戒しているようにフランカは感じた。


無事に任務が達成されれば、陛下の覚えもめでたくなるだろう。


(いずれは、軍の上層部へとくい込み、老害共を―――)


フランカは自身の目標を具体的に想像する。

そうするとフツフツとした熱い想いが、体の中を巡り多少の興奮を覚える。



フランカがその恍惚感に浸っていた時だった。


目の前で座り込んでいたニンゲンの小娘、レイの瞳に覚悟が浮かび、そしてそれが閉じられたのを見た瞬間。



地面の至る所から発せられた強烈な光により、



フランカの視界は、真っ白に埋め尽くされた。





―――――――――――





視界に入るすべてのヒトが、苦痛に満ちた顔を浮かべている。

顔を瞼を歪めているものや、腕や掌で瞳を覆っているもの、目を開けてはいるがその焦点が定まっていないもの。


突然の強烈な光により、皆が一時的に視界を失っているようだ。


その中レイだけは“その瞬間”に瞳を閉じていた為、周りの様子を観察することができた。


(いけるっ!)


レイはフランカやゲラルトや周りの隊士達の様子を見てそう判断する。


そして即座に、創成したリカーブボウで首元に添えられていたフランカの剣を弾くと、レイは左後方にいるディルクの方へと駆け出した。


「貴様っ!!」

それに気が付いたフランカが、焦点の合っていない瞳と怒りの形相を浮かべながらレイへと向かうと剣を振り上げる。


(っ!?見えていない筈なのに!!――――なんてヒトなの!?)


フランカの剣は、距離、角度共に正確にレイの方へと向かっていた。


足音、布ずれ音、空気の流れ、息遣い。

そういった情報からレイの居場所を把握したのだろうか。

レイはそう推測しつつ、フランカの対処へと移った。



ドンっ!!!!



レイが弓から放った透明の丸太似た塊“起源の矢”が鈍い音を上げてフランカのお腹に衝突する。


「っぐ!!!!」


フランカが苦悶の声を上げながら、数メートル吹き飛ばされ、地面へと転がった。

綺麗に磨かれていた銀色の鎧が土で汚れ、傷がつく。

その顔は先ほど以上の怒りで真っ赤に染まり、酷く歪んでいる。



レイは、それを最後まで確認することなく、ディルクの元へと走る。

先ほどまでと同様にディルクはゲラルトに踏みつけられていたものの、

先ほどレイが発現した光源技により両者とも視界を失っているようだった。


レイはすぐさま“起源の矢”をゲラルトに放ち吹き飛ばすとディルクを腕に抱え込む。


「っレイか?!」

状況及び抱き上げられた感触からそうディルクは判断したのだろう。


「えぇ。光源技を思い切り発現して、皆の視力を奪ったわ―――レンのお蔭ね」

レイはそう言いながらレンを回収すべく視線を周りに滑らす、


「どういうことだ?」

ディルクがレイの腕の中で不思議そうに聞いてきた。

その声は弱弱しい。もしかしたら先ほどレイを庇った際のゲラルトの一撃が、想像以上に重たかったのかもしれない。


「レンはヤナと戦いながら地面に源技陣を仕込んでいたの。私はその跡に光源技を発現することで広範囲に強力な光を放って視界を奪うことできた」


「あいつはここまで―――予測していたとでもいうのか?」

ディルクが茫然としながら言葉を零す。


「いや違う。おそらくレンはヤナとの戦闘で使う為に描いていたと思うの。でも、その仕込みを利用する前にヤナとの戦いが終わった」


「そういうことか」

納得したようなディルクの声が、レイの腕の中から聞こえた。


「レンがさっき私に放った“雷閃”は、話を中断させて情報が漏れることを防いだとかじゃない。それによって、私をギリギリで横っ飛びで避けさせて、陣が描かれている地面へとフランカに不審に思われることなく移動させるためのものだったのよ――――ご丁寧に“雷閃”を這うように発現させて、地面に注目させて、ね」


レイはレンの意図をディルクに話しつつ辺りを見回した。


先ほどまではレイの光源技の発現により唐突に視界を失ったため隊士達は混乱していた。

だが、フランカやゲラルトの号令により徐々に秩序だった動きへと戻りつつある。


(視力もいつ回復してしまうかわからないっ)

急がなければ。

早くレンを回収して、この場から逃げなければならない。

レイの心の中にじわじわと焦りが生じていく。


「――――レイ。レンの場所は把握したか?近いのか?」

腕の中のディルクが唐突にレイに聞いてくる。


「え?えぇ」

それに対して一瞬疑問を感じたものの、簡潔に返答した。


「レイ。足元に注意しろよ」

そうディルクが言った瞬間にレイは腕の中に土源技の気配を強く感じた。

それは急速に強く集積すると一気に地面へと流し込まれる。



その瞬間広範囲に地面の隆起が生じた。


至る所で、不規則な小さな大地の盛り上がりが生じる。

それは半径1メートル程のものもあれば、足の大きさにも満たないものもある。

その無数の隆起は徐々に高さを増していき高いものでは2メートルに届く高さのものがあった。


走りつつも視界良好なレイですら相当足元に気を張りながらじゃないと、転びそうになる。


レイは横目で隊士たちを見たが視界が奪われている状態での地面の不規則な隆起は流石に対応できないようだった。

ほとんどの隊士が地面へと転倒する様子が映った。


(なるほど。この状態で倒れたら方向感覚を失う)

レイがディルクの意図を察した瞬間、再度土源技とそして風源技の気配を感じた。


「“翼風”!」

ディルクがそう言った途端、フランカやゲラルト、隊士達を撒き込むように、広範囲で砂煙が立ち上る。

それはレイ達を避けるようにして巻き起こったため、レイに影響は無い。


「これで後少しは時間を稼げるはずだ!今のうちに!」


「わかってるわっ!!」


レイは隆起した地面に注意しつつレンの元へと向かうと、うつ伏せになって地面に突っ伏しているレンの姿がはっきりと映る。


「レンっ!」

レイがレンへと必死に呼びかけると、それが聞こえたのか、僅かに身動ぎをする。


「……自分……おい、て……手はや、く……にげ…………」


「馬鹿なこと言わないで!」「ふざけんなっ!」

レイとディルクは、そのレンの発言に対して、反射的に怒鳴ってしまう。

だが現実問題としてレンを背負って逃げることは難しいこともレイは理解していた。



レイの中の焦燥感が弾けるように体に伝搬され、動悸が乱れていく。


早く逃げなければ、いずれフランカ達はレイ達を補足する。

そうなればこのような絶好の機会は二度と訪れないだろう。


全員が無事に逃げることができるかもしれないが、全員が掴まる可能性の高い選択。

二人しか無事に逃げることが出来ないが、逃げきれる可能性の高い選択。


レイの目の前には二つの道が広がっている。


(どうするっ!?どうすればっ)




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る