61. 用意周到な異端は地に伏せる

大地には戦いの爪痕がいたる所に残っている。


怪異の残骸こそ仮面の男の源技能により完全に消失しているが、ヤナとレンの攻防で生じた地面の乱れは目立つ。


そのほとんどはレンの差し棒や翔雷走での移動による移動の跡だった。

それらは縦横無尽に描かれているものの、すべての跡が不格好な蜘蛛の巣のように繋がっていた。


その大地の上で目の前にいるフランもといフランカは剣を構えながら、高らかに名乗っている。


(王領王都王宮第7小隊長!?)

その単語から察するに、傭兵団‘狼の牙’は、国の兵士ということになる。


さらに、陛下の命とフランカは言っていた。

山彦庵で老師が話していた、ニンゲンを憎んでいる、第4勲“皇帝”アマデウス・アドラーの部下ということだろう。


レイはそう推測する。



「あ、ちなみにおっちゃんは、いち、古参平隊士だぞ」

フランカの隣に立っているゲラルトが、笑いながら言ってくる。



(皇帝の一派は、ニンゲンを実験動物として利用する、とディルクは言っていた)

自身の額に汗が流れるのを、レイは感じる。


レイは弓を構えながら、ゆっくりと後ずさる。

それに引き付けられるように、フランカやゲラルト達もレイに近付いてきた。


そのやり取りを幾度か繰り返し、レイはレンが倒れ込んでいる場所まで戻ってくる。

後方にいた他の団員、否、隊士たちは、レイ達を取り囲むように外側へと回り込んでいた。



「おい。レイっ」

ディルクも既に状況を理解しているのか、緊張した様子でレイへと話しかけてくる。


「くそっ、次から次へと、、、」

苛苛しながらディルクが吐き捨てるものの、泣き言を零したところで状況が好転するわけでもない。


「どうしたらいい?」

レイがディルクへと尋ねる。


「レンは動くことすらできねえし。俺もこの姿だ。お前だけで、王宮騎士隊を相手にするのは、どう考えても無理がある。なんとか隙を作って――――逃げるぞ」


「わかった」

レイはディルクの言葉に異論は無かった。逃げるだけなら、――――いや、逃げることすら絶望的な状況なのかもしれない。


それでも、すぐに諦めることだけはしたくない。


レイは、そう強く思った



「さて、連行する前に、だ。貴様に聞きたいことが二つある」

フランカが高圧的な口調で、地面に伏せっているレンへと言葉を投げかける。


それに対してレンは目線を彼女に向けることだけしかしない。

どうやら意識はあるらしい、レイはそのレンの様子に少しばかり胸をなでおろす。


だが依然としてレンは肩で大きく息をしながら大地に身を投げ出していた。


そのレンの様子にフランカは馬鹿にするように鼻を鳴らし、言葉を続ける。


「なぜ、我々の正体に気が付いたのだ?」


「あなた、たちが、誰かなんて、知らなかった、ですよ……ただ、ゲラルト、さんの、自分に、対する対応、浮いていた、から、念のため、警戒していた、だけ、です」

喋るのも酷く辛そうではあるものの、レンは苦しみながら律儀に、フランカの質問に回答していた。


「そうか、おっちゃんかー!――――すまん!隊長」

ゲラルトが大袈裟に顔に掌を当てると、天を仰ぐ。


「ふん。意味のない小細工だったな」


「いやぁ、不器用な隊長の演技訓練や、女性らしさを養うことにはなったんじゃないか!けど、結構いけると思ったんだよなぁ――――レンを精神的に追い詰めて、そこにおっちゃんの優しい言葉を与えるっていう信頼稼ぎ作戦!」


(うそっ―――そんな)

ゲラルトの発言を理解したレイは、一瞬頭の中が真っ白になった。


仮にそれが本当だとしたら、因果はレンに対して酷く寄り添っていることになる。


「折角、デュフナー卿の信者を利用して、レンの評判を下げることまでしたのに意味が無かったかぁ」


エーベルがレンに裏切られたと思った理由は、自分と同じく、ダリウスの信者からの痛烈な批判をレンが受けたにも拘わらず、実際のレンの能力がエーベルと異なっていたことだとヤナが言っていた。


今のゲラルトの言葉、そしてヤナの言葉が真実だとすれば、エーベルの憐れな決断の大きな原因の一つは、‘狼の牙’のそれを意図しない工作によるものだ。


エーベルから始まったダリウス周りのヒト達の怪異化に関して、レンが悪いわけでは決してない。

レイはそう確信していた。


しかしながら、その事象に対してレンという存在が大きな力を生み出していたことは、否定できない。


レイはそうも思った。



(違う。今は、そんなことを考えている時ではない)

レイはグルグル回り始めた思考を強制的に終了させると、目の前の状況に集中する。




「二つ目だ。先ほど――――なぜ、我々を庇った。」



「隊長ぅ。それは聞かない方が―――」

ゲラルトが情けない声を上げながら、フランカへと意見を述べるものの、彼女は鋭い視線を投げかけることで、ゲラルトを黙らせた。


「貴様にとって、我々は警戒すべき対象だったはずだ。何故だ?」

フランカは狼属特有の鋭い瞳で、レンを見下ろしながら、尋問にも似た問いを投げかける。



「…………それ、でも…………もう。目の前で、ヒトが死んでいくのを、見たくなかった、から、です」



「っ!?」

そのレンの返答は、フランカにとって予想外だったのか、一瞬驚愕の表情を浮かべたのち、怪訝そうな顔になった。


「理解できんなっ」

レンの言葉を受け入れることを拒否するかのように、フランカはそう、切って捨てる。



「…………やっぱりなぁ――――レン。お前、生き難いだろうよ。それじゃあ」

ゲラルトが、一度ゆっくりと瞳を閉じると、同情交じりの呆れ声をレンへと投げた。



「大変で、辛い時も、あります、けど、もう、決めたんです」

レンが血塗れの顔を歪ませ、微笑んだ。


(そう。――そうよね)

レンは此処まで“そうやって”歩んできた。少なくともレイにはそう見える。


たとえどんなに辛く、悲しく、理不尽な道であっても。

自らが、必死に悩み、考え、選んだ道を進んでいく。


「―――私も同じ」

レイはレンのその言葉に、無意識のうちに同意の言葉を発してしまう。



「あ”―、くっそぉ!陛下の命が無ければ、お前らを速攻で拉致して、強制的にでも、うちの隊に放り込むんだがなぁ!!」

ゲラルトは、レン達の返答を聞くや否や、心の底からの悔しそうな声を上げ、天を仰ぐ。


そして。


「ホント、残念だっ、、ぜっ!!」

ゲラルトは言葉の最後を発するのに合わせ、刺又らしき武器をレイへと突き出しながら、突進してくる。


「レイっ!!」


レイはその速度に反応しきれない、辛うじて、ディルクが庇うように体当たりをしてくれたおかげで、それから逃れることが出来た。



だが、ディルクはそのゲラルトの指又により、地面へと押し付けられる。


「おっと。折角だ、この場で最も厄介なあんたには、大人しといてもらおうか。第9勲“女帝”次期筆頭騎士ディルク・グラウン。――――といっても、今は随分可愛らしい姿になっちまってるようだがな」

そう言うとゲラルトは、押し付けた子竜姿のディルクの背に、足を乗せ行動を封じる。


「一つイイコトを、教えてやる。レンもレイも、俺なんかよりもよっぽど強いぞ。力も―――心も」


「そうか。そいつぁ。おっちゃん。楽しみだわ!」

ゲラルトは場の空気とは反して、至極楽しそうに、口を大きく空けながらディルクにそう返した。



レンは、息も絶え絶えであり、戦力になる所の話ではない。


ディルクも、子竜の姿へと戻り、ゲラルトに動きを封じられている。



(――――私が。私が、何とかするしかない)


レイは心の中で大きく深呼吸をすると、目の前にいる‘狼の牙’もとい王領王都王宮第7小隊から逃れるべく必死に頭を働かせた。




――――――




「王領の中枢に、怪異化したヒトが入り込んでいる可能性があるわ」


レイが今発した言葉には、何の根拠も論理も存在しない。

只々、現実味があり、なおかつフランカ達の興味を引ければ、それだけで良い。そんな発言だった。


そのレイの発言内容は、それなりにフランカ達の注意を引いたようだった。

彼女たちの注意が先ほどまで以上に、レイに集中するのを感じる。


「―――ほぉ」

フランカは目を細めながら相槌を打った。まるで、早く先を話せと言わんばかりに、余裕と、そして自らが上の存在だといわんばかりだった。



(まずはこちらのペースを作りつつ、時間を稼ぐ)



「私たちは、怪異化したヒトと対峙したことがあるけれど、そのヒトは闇源技能で操られていたわ――――でも、私たちはそれに気がつけなかった。だから私たちは―――」




その時だった。



バチチチチチィィィ!!



空気と地面に擦れ悶え苦しむような激しい音を鳴らしながら一陣の青白い雷光が、レイの右斜め前方から地を這うように向かってくる。


完全にレイは虚を突かれた。


(レンっ!?)


まさか、“レン”から雷源技の攻撃が飛んでくるとは、全く予想もしていなかった。

考える間もなく、レイはそれを回避すべく、左へと飛ぶ。


バチィ!!


レンが放った“雷閃”は源子が切れたのか、最期に大きく音を鳴らすと、5メートル程先で消失した。


レイはギリギリで直撃は避けたものの、着地地点の地面がレンの“翔雷走”で大きく抉れていたためそれに足を引っ掛け体勢を崩してしまう。


(くっ!早く!)

早く。

体勢を立て直さなければ。


片手を地面に付いた状態でレイは咄嗟に強くそう思ったものの、既にレイの想定よりもずっと早く時は進んでいた。


レイの首元にヒヤリとした感触が、金属独特の体温を奪っていくあの感覚が寄り添っている。


「ゴッツ!!」

フランカが叱咤を含ませながら部下の名を呼んだ。


「申し訳ありません!隊長!けど、もうこいつは落ちました!」

いつの間にか地面に倒れているレンの傍らに隊士がいた。


獅子属と思われる若い男は、レンの顔を覗き込みながら謝罪と状況を伝える。


レンの瞳は完全に閉じている。

その様子とゴッツの言葉からレイはレンが気絶したことを悟った。


「ふん、、、だが、仲間を攻撃してまで隠したいことか―――娘、続きを話せ」

フランカがレンの首元に剣を当てながら、無情にもそう言ってきた。


そうだ。フランカの言うとおり、レンはレイを攻撃してまでも話を中断させたかった。

今のレンの行動の意図は、パッと見て、そうとしか取れない。


(話の続きを聞かれることがまずい?)


今の自身の発言の中に、そんなに意味を有する中身があるのだろうか。

只々アヒムのことをぼやかしつつ時間を稼ぐために間延びしながら話そうとしただけだ。



駄目だ。

わからない。


レンは、何を止めたかったのだろうか。




ふと、レイの視界に先ほどのレンの雷閃によって抉れた地面が視界に入った。




(!?―――そういうことっ!)


レイの行き止まりに陥っていた思考に、一閃の光明が照らされた。


その刹那、レイの頭の中に己がすべき事とそれによって生ずる未来が創造される。




(勝負は一度きり)



周囲の音が少しずつ、遠ざかっていくような錯覚に陥る。

感覚が、獣人のように研ぎ澄まされていくのを感じる。



そして。



レイは起死回生の“行動”へと動き始めた。




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