60. JKTと狼の牙

自身の結界源技にレイは、それなりの自信を有していた。


それは只の感覚的な驕りではなく、周囲の今までの反応や、他者の攻撃に対する防御能の実績から推測される角度の高い事実だと、レイは思っている。


だが。それは、間違いだった。


たった今その自信は、レイの結界源技の有り様と同様に、粉々に打ち砕かれた。


仮面の男が発現した基礎源技の砲弾。


あの時、男の剣先に源子の集積を感じた瞬間、レイは純粋な恐怖を感じた。

今まで感じたことも無いほどの圧力と密度。


咄嗟に‘狼の牙’を庇うように飛び出したレンが言ったように結界源技を発現したものの、それが着弾した瞬間レイの視界は白く染まり、何も見えなくなった。


そして途方もない衝撃と、鎌鼬を受けたような鋭く細い痛みを、体の表面に感じたのだ。


ディルクが後ろで抱えるように支えてくれなければ、その瞬間に吹き飛ばされていただろう。


最後の最後でボロボロになった結界源技によって、その砲弾をいなしたと感じた瞬間に体から力が抜け、思わず座り込んでしまった。




視界に光が戻り始める。


あれ程の衝撃を放った仮面の男の源技だったが、周りの大地に影響は全くない。


仮面の男やヤナの姿も、どこにもない。


只々、静寂だけがその場に鎮座していた。



「――レイっ、、、どいてくれ、、、重い、、、つぶれる」

レイのお尻の下から、苦しそうなディルクの声が聞こえる。


「ディルクっ!?」

慌てて声がした方向にレイが顔を向けると、そこには鼠色の蜥蜴、子竜姿のディルクが、お尻の下に敷かれている。


レイはすぐさま立ち上がろうとしたものの、全力で源技能を発現したせいなのか、体全体に倦怠感を感じ、多少手間取ってしまう。


それなりにお気に入りだった、灰色のテーラードジャケットも、青色のスキニーデニムパンツも至る所に小さな亀裂が入っていた。

そこから多少の血も滲んでいた。


「ディルク。大丈夫?」


「あぁ、何とかな。だが、スマホの力は、切れちまったみたいだ」

ディルクはレイの目の前に浮かび上がると、残念そうに言う。


そのいつも通りのディルクの様子に、レイは安堵したものの、視界に入った地面の上の“黒の塊”にすべての思考が持っていかれる。



「レンっ!!」



レイが黒い塊だと思った物体は、地面に倒れ込んだレンだった。


レンの体全身がレイ以上に多く、深い切り傷に塗れている。

道路に転がっているゴミ袋のように打ち捨てられていたため、一目でそれがレンであるとはレイは判断できなかった。


瞬時に、レイとディルクはレンへと駆け寄ると、レンへと声を掛ける。


「レンっ!!おいっ!しっかりしろ!!」

ディルクがレンの耳元へと下り立ち、ドスの聞いた声で必死にレンへと呼びかけ始めた。


レイもレンの傍らにしゃがみこむと、治癒源技を発現させるべく、レンの傷の様子を観察する。

大きく肩で息をしている様子から、まだ生きていることは確認できたものの、今にも死への道中を歩き出しそうなほどに酷い状態だ。


これまでの怪異との戦闘や、先ほどの結界源技の発現により、レイの源技能は、発現の限界に近かったものの、今は躊躇う必要も無い。

レイは、一番傷が深い脇腹へと手を伸ばした。


「――――レイさん、源技能は、大事に、とっておいた、ほうがいい」

治癒源技を発現しようとした瞬間、レイの手は、血に塗れたレンの手に掴まれ、止められる。


「レンっ!!無事かっ」

ディルクがほっとしたように、声を上げた。


「何とかっ、ね。今にも、意識が、飛びそうだけど」

単語単語の間に、口で呼吸しなければ喋れない程にレンは辛そうである。


「ディルク、薬、とか、無い?さすがに、血を流し、過ぎた、かも」


「あぁ。旅用に買った傷薬がある!今すぐ使ってやる!」

そう言うと、ディルクは何処からともなく淡く光る液体が入った袋を取り出すと、それを破り、レンへと振りかける。


レンは目を閉じながら、それを受けていた。もしかしたら意識を飛ばしたのかもしれない。




「おーい!」



その時、街の石塀の近くにいた‘狼の牙’の面々がレン達の方へと向かってくるのが見えた。

ゲラルトが手を振りながら、こちらに向かってくる様子が見えた。


そうだ。

‘狼の牙’には治癒源技能が使える団員もいたはずだ。


レイはそれを思い出すと、ゲラルト達の協力を仰ぐべくレン達の元から離れ、足をそちらへと向けた。



(――――そういえば、さっきの演技の話の時、レンはヤナに遠征の際の演技は“別のヒトに対する保険”って言っていた)



保険、損害に対する保証。

そして、“別のヒトに対する”。



あの場にいたヒトは、レイ達を除くと、カルメンや騎士団、ダリウス達、そして……



(もしかしてっ)

レイは一つのある可能性を推測すると、一気に警戒心を引き上げる。

即座に右手にリカーブボウを発現させ、緊張態勢に入った。



「そこで止まりなさいっ」



そして、レイはゲラルト達‘狼の牙’へと叫ぶ。

そのレイの大声に、ゲラルトは戸惑いの表情を見せ、他の団員にざわめきが広がった。


「おい、嬢ちゃんどうしたよ。後ろの血塗れのやつはレンだろ?早く治療しないと不味いぞ。――――フラン!治療してやれ!」


地面の上でボロボロになったレンの様子に気が付いたゲラルトが、“親切にも”そう言って、治癒源技が発現できる狼属のフランに、レンの治療を命じてくれる。


その頭領の命に応じたフランがこちらへと歩みを進めてくる。

小柄で中性的なフランが狼耳を忙しげに動かしながら近づいてくる。


その姿は、通常であれば可愛らしく感じたのかもしれない。

だが、レイの今の“推測”では、微塵もそれを感じる余裕はない。


「それ以上近づくなら、撃つわ」

リカーブボウを構えると、レイはそう言ってゲラルト達を脅す。


「おいおい、どうしたってんだ。おっちゃん達、一緒に遠征に行った仲だろ?」

ゲラルトがにこやかに笑いながら、レイへと話しかける。


「あの、彼、早く傷を治さないと」

フランも、恥かしそうに、か細く透き通った声で言い募る。



「―――――」

レイはゲラルト達の言葉には返答せず、沈黙を保ったまま、照準をゲラルト達へと向ける。


(考えすぎなら、それでいい。レンもそう思っているからこそ“保険”と言った筈)


ゲラルトとフランはそのレイの様子を見ると足を止め、お互いが顔を見合わせる。







「―――――“隊長”すまん。作戦は失敗のようだわ」


ゲラルトが“フランを見ながら”そう言った。鰐属らしい大きな掌を顔の横で上に向ける。



「ふん。貴様が仕組んだこんな茶番、元より上手くいくなど思っていなかったがな」


フランが先ほどまでのオドオドした様子とは打って変わり、洗練された姿勢で、高圧的にゲラルトへと返した。



「っ!」


レイがその二人の様子を見て、はっと息を飲む。

心臓が急に掴まれたかのように体が跳ね、緊張で全身が強張り、弓を持つ手に僅かな震えが生じた。


場は先ほどまでとは違った緊張感に支配されている。


ついさっきまでは、団員の各々が自由に動いていたはずだが、ゲラルトがフランのことを隊長と言った瞬間、すべての団員がレイやレン達に注意を払い、統率のとれた陣形らしき立ち位置を保っていた。


「捕獲対象に言う必要が無いかもしれんが、一応名乗っておこう」


フランがゆったりしたローブを脱ぐ。

その下にはしっかりとした銀色の鎧と、腰には剣が携えられていた。




「王領王都王宮第7小隊長フランカ・ピーチェだ。陛下の命により、貴様らを王都まで連行する」




警察が罪状を述べるが如く、

明瞭かつ意志が感じられる声で、そう申し渡された。




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