59. 乱入者は光を上す
レンの差し棒は、ヤナの意識を刈り取る。
そしてそこから、怪異に侵されつつあるこの世界、エルデ・クエーレを未曾有の危機に追い込んでいる首謀者達の、全貌を明らかにする。
その予定だった。
「――――それは、困るな」
暗闇の深淵から響くようなバスボイスが唐突にレンの耳に入る。
ディルクよりもさらに低い声だ。
レンのすぐそばで聞こえたその声を出した人物は、レンでもディルクでもない。
もちろん、女性であるレイやヤナである筈もない。
全く知らない第三者が、レン達の近くにいる。
(やばいっ!)
レンがそれを認識し警戒心を引き上げた瞬間、レンはお腹を、鉄板の様なもので殴打された。
闇源技と雷源技を組み合わせた、一時的に痛覚をほぼ無くす源技能は、既に発現を止めている。
その衝撃は今まで受けたどの一撃よりもエネルギーがあり、レンは内臓まで届くほどの衝撃により吹き飛ばされ、それによって呼吸困難へと陥る。
「レンっ!!!」
ディルクの緊迫した声が聞こえたものの、レンは直ぐには応答できない。
レンは地面に倒れ込みつつも、薄れそうな意識をしっかりと繋ぎ止めながら声がした方へと顔を上げる。
地面に伏せているヤナの傍に一人の大男が佇んでいた。上背はディルクくらいあるだろうか。レンがこちらの世界で見てきたヒトたちの中でも、トップクラスに体躯が良い。
板金鎧、漆黒のプレートアーマーに似た鎧で、顔を除く体全身が覆われており、虎に似た獣の仮面で隠されていない羊羹色の髪や、口元から見える肌色と無精髭だけが、その男がヒトであることを示唆している。
仮面の男の手には、ヒトの身長程はある大剣が握られていた。
(あれで、吹き飛ばされたのか)
「おまえっ!そいつの仲間か?!」
ディルクが吠えながら、仮面の男へと尋ねる。
ディルクの顔には警戒と僅かな焦りが浮かんでいた。おそらく、相当な実力者なのだろう。
「――――同志だ」
仮面の男は躊躇う様子もなく、ディルクの質問に答える。
「あなたも、世界を怪異で侵そうとしているのね」
レイも警戒態勢を最大にまで引き上げながら、男に対峙していた。
「…………」
仮面の男はそれに対しては、沈黙で返答する。
「どう……してぇ。ここにぃ?」
「“主任”から、お前の回収の命が下った」
ヤナの痺れは大分治まってきたらしい。
先ほどまでの息も絶え絶えな様子と比べて、口調がしっかりとしてきている。
レンも、全身がギシギシと軋むような痛みを感じながらも、それに鞭を打ち、立ち上がる。そして、いつでも攻撃できるように差し棒を握る手に力を込める。
「……やめておけ」
仮面の男はこちらに顔を向けると、そう静かに忠告してくる。
そして、左手に握った大剣を地面へと突き立てた。大地に大きな亀裂が生じる。
「君たち、その場から一歩も動くな」
仮面の男がそう言った瞬間、大気から、男の体から、光る粒子が大剣へと集積し始めた。
(何だっ!?この密度、やばい!)
今まで視てきたどの源技能よりも、源粒子の集積が大量であり濃い。
基本的に源技能の威力は源子密度に比例する。
これほどまでに密度の高い源技から発現される源技能は、どれほどの威力があるのか、レンには想像もできなかった。
剣先の周りにある亀裂から、源粒子の光が蜘蛛の巣のように広がっている。
瞬く間に半径30メートルはあろうかと思われる源粒子の網が形成される。
「ハァ!!!」
仮面の男が叩きつけるような怒声を発した瞬間、地面に広がった網から、光の壁が立ち上った。
強い源技能の光によりレンたちの視界が白く染まる。
すぐそばにある光の壁は、幻想的であり秀麗さすらレンに感じさせたが、少しでも触れれば、取り込まれ一溜まりもなく消される、そんな鋭さも持ち合わせている。
「ディルク!レイさん!!」
迷宮に迷い込んだかのように、視界は壁で遮られていたため、ディルク達の姿は視界には入らない。
「こっちは無事だっ!」
「私も」
すぐにディルク達の返答が戻ってきたため、とりあえずレンは安堵する。
そして。その直後、その光の壁は地面へと吸い込まれていくかのように、ゆっくりと消光していった。
レンの視界が戻り、あたりの様子の観察を即座に始める。
少し手前に立っているディルクとレイに問題はなさそうだ。ヤナや仮面の男も移動はしておらず、その場に佇んでいた。
(何をしたかったんだろう)
レンは仮面の男の行動に疑問に思ったもの、それは一瞬で氷解する。
周りに点在していた怪異の残骸が一片も残さず消失している。
それどころか、遠くの方で同士討ちをしていた怪異達すらも、その場から消えていた。
(やばいっ!!このヒトは本当にっ相手にしちゃいけないっ!!)
只の“基盤源技”で怪異を一片も残らず消した。
先ほどの遣り取りから、ヤナよりも立場が上な可能性がある。
感覚的に相手の技量を計るといったことが出来ないレンではあるが、それでも、今のこの状況で、この仮面の男を相手にしない方が賢明であることを、直感的に認識した。
「…………退くぞ」
仮面の男は、ヤナを背負うとその場を立ち去ろうとした。
「仕方ない、ですねぇ。楽しみはっ後に取っておきますよ。―――ねぇ、化け物ぉ」
ヤナが憎悪と狂気に溢れた視線を、レンへと投げかけてくる。
そちらこそ、次会う時は、覚悟してください。
ヤナに、そう言ってやりたい気持ちがレンには多分にあったが、この状況では、こちらに勝ち目はない。
向こうが退いてくれるというのなら黙って見来るのが良策だと、レンは判断する。
もちろん心の中で歯ぎしりをするくらいには、悔しさで溢れ返っているのではあるが。
「逃げるのかっ?!」
ディルクが怒声を彼らへと投げつけた。
(おいぃぃっっっっっ!!馬鹿っ!!馬鹿っ!!気持ちはめっちゃわかるけどっ!!それでも!馬鹿っ!!ここは我慢してくれ!!)
レンはそのディルクの言動に、心の中で罵声を浴びせかける。
だが、それを億尾にも出さないように、顔に力を込める。
「今は、見逃してやる、そう言ったつもりだが」
仮面の男は、現在のお互いの状況を正確に認識しているようであり、諭すようにゆっくりと言う。
「待ってっ」
そこに、さらにレイの声も響き渡った。
(レイさんっっっ!?)
「どうして、怪異で大地を侵すの?この世界の大地が死んだら、貴方たちも不利益を被るんじゃない?」
そのレイの質問に仮面の男は足を止めると、こちらに振り向いた。
「この歪んだ世界を―――――呪縛から、解放するため」
仮面の奥に潜んでいる男の瞳に、激情が潜んでいる。
その言葉を聞いたレンは、そう思った。
――――――
戦いが終わったと実感した途端に、レンの体に疲労と痛みが重く圧し掛かってきた。今すぐにでも、この大地に仰向けに倒れ込みたい程の倦怠感だ。
街の石塀の方から多数のヒトの声が聞こえてくる。
怪異が群れで現れ、源技能を用いた戦いが広がり、謎の光が立ち上ったのだ。
誰かが異常に気付き、見に来たとしても不思議ではないだろう。
鈍くなってきた頭で、レンはぼんやりとそう思う。
歩みを進めていた仮面の男が立ち止まり、レン達の斜め後方へと顔を向ける。
「あれは―――犬共―――」
既に仮面の男たちはレンからそれなりに離れていたため、洩らしたその言葉は、レンには正確には聞き取れなかった。
レンもそれに習い、その方向を見る。
(‘狼の牙’!)
遠くの方で見慣れた鰐属の姿が見えた。傭兵団‘狼の牙’の頭領ゲラルトだ。
ゲラルトだけではなく、団員のほぼすべてが居るのだろうか。10人を超えるヒトの姿が目に入る。
彼らは荷物を背負っており、団の拠点をアルテカンフから移り変えるように、レンには見えた。
だが戦いの爪痕を酷く残した大地やそこに佇むヒトビト、レン達の異常さに気が付いたのか歩みを止め、こちらを見て話しながら指を差している様子がレンには見えた。
「――――消しておくか」
そう、仮面の男が呟くと、ヤナを地面に下ろし、背に装備してある大剣を引き抜く。
大地と綺麗な並行を剣が作ると、突きの構えをとった。
その剣先には一片の揺れもない。
そして、先ほどと同様に、急速に光る粒子が集積し始める。
それは、今にも発射されそうな緊張を増していった。
(まずいっ!!あれが発現されたら、‘狼の牙’の皆がっ!!)
レンの脳裏に、先ほど怪異を一瞬で消し去った光の波がゲラルト達、傭兵団の皆を飲み込んでいく様子が想像される。
知り合いの死。
目の前で命を失っていく、老師、アヒムの姿が、さらにレンの脳裏によみがえる。
胸の中が抉り取られるような喪失感。
全てから逃げ出したくなる虚無感。
(―――――やらせない)
もう二度とあの悲しみを、憎しみを、味わうことも、味あわせることもしたくない
老師を殺しエーベル達を苦しませた自分にそう思う資格は、無いのかもしれない。
それでも。
それでも、絶対に。
レンは即座に覚悟を決めると、仮面の男とゲラルト達との間に立ち塞がる様に移動する。
それと同時に、2本の長い直線を地面に描いた。
「レイさん!!!その線に添うように全力で結界源技をっ!!ディルクはレイさんを支えてくれ!!」
レンはそう叫ぶと、自身は前方の線の上へと立つと、源粒子の集積を全力で行い始める。
レイも、仮面の男の行動に危険を感じていたのか、レンの言うことを理解し、即座に行動を起こしてくれている。
「っ馬鹿なことをっ」
仮面の男が僅かに焦りを含めた声でそう言った直後、
バンッッッ!!!!
大きな破裂音と共に光の砲弾が放たれた。
それは大気を侵食するが如く、凄まじい勢いでレン達の方へと向かってくるのが見える。
「“暗障”!!」
レンは闇源技能で漆黒の壁を発現すると、そこに全ての意識を集中させた。
だが。
レンの発現した壁は、砲弾に対して多少の抵抗を見せたものの、容易に打ち破られたことを感じた瞬間。
レンの視界は光で埋まり。
そして、体全体に切り裂かれるような衝撃を感じた。
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