58. 間接的自傷により軸をずらす

ガンッッ!



レンとヤナの戦いは数分に渡っておこなわれていた。

始めは、真正面から脇目もふらずに差し棒を振り上げるだけの、レンの攻撃も徐々に変化を見せ始める。


怪異がヤナを攻撃する瞬間に乗じ、死角から突きを繰り出す。

かと思えば、レンは自身に向かってきた怪異をヤナへと弾き飛ばしてそれを目暗ましに利用する。

さらには鍔迫り合い状態を意図的に起こし怪異の攻撃から逃れにくい状況へと引きずり込む。

また、“翔雷走”により遠くへと離れた後、瞬時に別の場所から攻撃を仕掛けるなど、緩急も利用していた。


そのレンの邪道かつ変則的な戦い方はヤナに効果的であるようにレイには見えた。

これまでは、辛うじてレンの一撃からは逃れてきたものの、自身の力を上手く発揮できない苛立ちからか、ヤナの顔は酷く歪んでいる。


「ほんっとうにぃ!ムカつきますねぇ!!これまで快感で溢れていたぁ!!私の計画の結末をぉ!台無しにしてぇ!!!」



(彼!また!)

レイは横目でレンの戦いを観察しつつ、飛び掛かってきた鳥怪異に向かって弓で切り付ける。


無論、レンの方も状況は芳しくない。

レンとヤナでは、圧倒的な地力の差があった。

体術、剣術、源技、経験。

何をとってもレンは、ヤナには及ばない。


にもかかわらずそれらの差を埋めてレンとヤナがこれだけ拮抗した戦闘をおこなっているのには、乱戦という要因以外にも理由がある。

レイはそう考察した。


一つは、ヤナにレンを殺す気がないということ。


おそらく怪異化の素材として使用するためには、レン達は生きている必要があるのだろう。

ヤナの今までの言動からも、その思惑は透けてとれた。



二つ目は、レンが特攻上等でヤナに向かっていること、だ。


(――――短期決戦というわけね)

レンは致命傷にならない程度にしか、ヤナの俸打や源技能や怪異の攻撃を、避けてはいない。全身の至る所に打撲や切り傷、擦り傷を作り、流血している。


少しでも攻撃の機会が見いだせれば、自分が傷つくことをいとわずヤナへと仕掛けていた。

そのレンの戦い方が、すべてから完全に回避しようとしているヤナとの間合いに、ズレを生じさせている。


だが既に怪異の数も半分に減っている。

このまま戦闘が長引けば、いずれレンの策も、体も持たないだろう。



(見ているだけでは、いけない)

レイはそう決心すると、周りの怪異を殲滅すべく、リカーブボウを握る手に力を込め、周りの怪異を殲滅すべく、戦いに意識を集中させた。




――――――――――――――





辺りには、熾烈な戦いを示す跡が多数残っている。


未だ“核”に成っていない怪異の残骸が、至る所に落ちている。

赤黒い斑点も所々描かれている。レンの血液だ。


さらに、ヤナはその場からあまり移動せず戦っているのに対して、レンは“翔雷走”でかなりの距離を移動しているせいか、レンの足跡や差し棒の跡が地面に、無数に、描かれていた。


(まだ、意識に影響は無い、源技能も発現できる)

レンは自身の状態を、冷静に判断する。




ガンッッ!ガンッッ!




レンは差し棒をヤナへと振り下ろした直後、後ろから飛び掛かってきた狼怪異の気配を感知し、直前で回避する。


その勢いのまま、狼怪異はヤナへと噛みつこうしたが、ヤナの闇源技能により一瞬にして弾き飛ばされた。


その隙を見逃さず、レンはヤナの脇から雷撃を纏った差し棒を、脇腹へと打ち付けようとしたが、ヤナがそれに合わせるように御幣をレンの腕へと切り付けた。


「っ!!!」


通常はヒラヒラしている御幣の3種類の紙が、硝子のように鋭く硬質化し、レンの腕の肉を切り裂いている。


レンは咄嗟に後ろへと回避した。

黒いパーカーの腕の部分は打ち捨てられたビニール袋のようにボロボロになっている。

服が黒いため目立たないが、かなりの血が流れているだろう。


自分の腕の様子に、レンは眉を顰め、傷ついた部位を手で押さえる。



「痛いですかぁ!!痛いですかぁ!!これが!この武器の良いとこなんですよぉ!!」

目の前のヤナは久々に、機嫌良く激しい高笑いを浮かべている。


「さぁ!さぁ!これから更に苦痛が増しますよぉ!!今以上に良い表情を見してくださいねぇ!!」


レンは“壮雷閃”を発現させると、ヤナの足元に着弾させ、すかさず差し棒で切り付ける。


「あはははぁ!そのやり方は、さっき見させてもらいましたよぉ!!」

ヤナの闇源技能で発現された小さな漆黒のナイフが、近づいたレンに出会うように、飛んでくる。



パシィィ!



だが、それはレンの体に刺さる前に横から飛んできた“光の矢”で相殺された。


(今のは―――レイさん!)

視界に入ったレイは、創成したリカーブボウをこちらに構えていた。


「っちぃ!!邪魔しちゃってぇ!!」

苛苛したヤナの声が響く中、レイは弓の焦点を“レン”へと合わせた。


そして、今までの光と矢とは異なる、淡いクリーム色の矢を創成すると、レイはすかさずレンへと放ってくる。


避ける隙もない間合いだった。それは直ぐにレンの背中へと刺さる。


(そういうことか!ナイスっ!レイさん!)

そのレイの突拍子も無い行動に、ヤナは一瞬の動揺を見せた。そして、それは、レンが攻撃する絶好の機会を生み出した。


レンはヤナの真正面に移動すると、両手で握った差し棒を大きく振り上げ、ヤナへと勢いよく切り付けた。


「だからぁ!!無駄ですってぇ!!!」

ヤナはレンの攻撃に合わせ、腕を狙うように御幣を振るった。

ぼんやりと、黒い靄のようなものが見える。闇源技もその一打には乗っているのだろう。


レンは咄嗟に左手でそれを受け止めることを選択した。

己の腕が掌が、ズタズタに切り裂かれる様子がレンの目にしっかりと映った。



見るも無残な光景だ。

血が地面へと跳ね落ち、鮮やかな赤が広がっていく。


痛いのだろう。


強烈な痛みを、このまま差し棒を零す程の痛みがある、のだろう



“本来であれば”それを、感じていたのだろう。



だが。

今のレンには、何も感じなかった。

腕の痛みも、傷から来るはずの熱も。何も。



レンはそのまま傷まみれの手で御幣を掴むと、ヤナの動きを封じ、

右手に持った差し棒を振り下ろす。



そのレンの様子に、醜悪な笑顔を浮かべていたヤナの表情が一変した。


「っどうして!?」

狼狽したヤナの叫び声がその場に響き渡った。



そして。


雷撃を纏ったレンの差し棒は、ヤナの体を斜めから切るように、一閃を描いた。




――――――――――




レイの目の前で、レンの一撃を受けたヤナが弾き飛ばされ、地面に倒れ込む姿が見えた。


完全に入った。レイはそう判断する。


加えて、雷撃を纏ったレンの差し棒は、痺れという呪縛でヤナの行動を制限しているのだろう。

時折、ヤナの体が痙攣している。


あれでは、即座に戦闘態勢には戻れまい。

事実上のレンの勝利を意味していた。


(やったっ―――でもっ)


「レン!!」

レイが声を上げて、レンを呼んだ。


それを受けて、ぼんやりと佇んでいたレンが現実へと戻ってきたのか、レイの方に顔を向けた。


「あぁ、レイさん。ありがとう。さっきの矢があったから最後の一撃が出来たよ。まさか、治癒源技を矢に乗せて放てるなんて、思いもしなかった」

レンが穏やかに笑いながら、レンへと感謝の言葉を言う。


「――――救済の矢。ってそんなことは、今はどうでもいい。手を見せて」

レイはそう言いながらレンへと近づくと、レンの無残に切り裂かれた腕を手に取り治癒源技能を発現する。


当初50匹以上はいた怪異の群れも、既に10匹もいない。

加えて、それら残った怪異はレイ達から、遠く離れたところで同士討ちの戦いをしていた。

多少怪異に対する警戒を緩めても問題はないだろう。レイはそう判断した


ディルクも同じ考えなのか、近くにいた最後の獅子怪異をその拳で屠ると。レン達の方へと近づいてくる。

そしてレンの傍へ寄ると、何も言わずにレンの頭にその巨大な拳を振り下ろした。


ガンッッ!!!


かなりの衝撃音が鳴り響いたものの、レンは全く痛がる様子を見せない。

それどころか、あれほどの巨大な傷を受けたにもかかわらず、汗一つ流していない。


おかしい。今のレンの状態は、生理的にありえない。


「っ!?お前」


拳骨して、説教に移ろうとしていたディルクは、そのレンの様子に違和感をもったのか、出鼻をくじかれたようだった。


「あなた、もしかして雷源技で一時的に感覚を麻痺させてる?」

「――――うん。正確には雷源技と、闇源技の複合だけどね。こうでもしなきゃ隙を生み出せなかったから」


その時レイ達の耳に、息も絶え絶えなヤナの声が耳に入る。

「………どうし……てぇ」


レンはヤナの傍まで来ると、冷たい目で地面に倒れ込んだヤナを見下ろしている。


「もしかして、自分が痛みに弱いとでも、もしくは、一定以上の負傷をすると距離を取るとでも、思いましたか?それとも、今まで手を犠牲にして攻撃してくるヒトがいませんでしたか?」


レンは幼子に言い聞かせるように、ゆっくりと、無機質な声で答える。


(――――そういうこと)

レイはそのレンの言葉を受けて、瞬時にレンの作戦を察する。


今のレンは雷源技によって“痛みを感じない状態”なはずだ。


だが、レンはヤナとの戦いで、始めに腕を大きく負傷した際、攻撃を止め、直ぐにヤナから距離を取った。痛ましげに顔を歪め、腕を押さえながら。


おそらくは、演技だったのだろう。


「それにしても、こんなに上手くいくなんて思いませんでしたよ。ヤナさん、油断しまし―――――あぁ。そういうことか」


「属性怪異の時の遠征を、ヤナさんも見ていたんですね。―――――もしかして、自分が演技なんかできないヒトだと、思いました?」


レンは煽る様に、ヤナに対して言葉を投げかける。

その顔には表情はないものの、その瞳の奥には隠しきれない怒りと憎しみが宿っていた。


それに対し、地面に伏したヤナも、目線でレンの言葉に是を返した。



(これがレンの―――敵に対する対応)

レイは、始めてみるレンの一面に若干の恐怖を覚える。

普段の笑いながら飄々とした子供っぽい態度とのギャップが計り知れない。


老師を、ダリウス達家族を蹂躙したヤナへの復讐が、レンをここまで駆り立てるのだろうか。


「あれは、“別のヒトに対する保険”だったんですけどね。まぁ、結果オーライかな。――――さて、ディルク、どうすればいい」


「そうだな、とりあえず気絶させて、どこか目立たない場所に移ろう。そこで、いろいろ聞き出すべきだな。仲間やその数、目的、手段」


「了解」

レンはディルクの言葉に頷くと、血だらけの手で差し棒を握り、地面にいるヤナへと向ける。


「いろいろと暴れてくれましたけど、もう――――満足しましたよね」


そう言って、今まで以上に雷源技を発現させた差し棒を、レンは振り上げると、ヤナへと勢いよく振り下ろした。




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