56. 裏切者は、、、

ディルクはアルテカンフの石塀を遠目に見つつ、イライラを隠すこともせず貧乏ゆすりをしていた。


既にレンと別れてからかなりの時間が経っている。

もうすぐ、レンを置いてここを出発する時刻になる。


「心配なのはわかるけど、少し落ち着いて」

傍に佇んでいたレイは、そのディルクの様子に苦言を呈した。


「わかってる」

ディルクは端的にそう返答はしたものの、自身の心の焦燥に変化が無いことを自覚していた。


レンと別れて老師から託された論文を送った後、レイは自身の荷物を取りに一度カルメンの屋敷に戻り、ディルクは旅に必要な物資の購入をした。


その後合流し、東通行門からアルテカンフの街を出たのだ。


辺りにはヒトが見当たらない。都合が良い。

此れからのことを考えると、あまりヒト目に触れるのは良くは無かった。


(あいつは大丈夫なんだろうな?、やはり、俺も残るべきだったか、、、)


そう思っても、すでに後の祭りだ。ディルクは岩へと腰を下ろしながら、晴れ晴れとした青い空を見上げる。

所々に純白の巨大な積乱雲が存在していた。

遠くの空には、豆粒大のなにかが空を飛んでいる。鳥行便だろうか。


ディルクが散漫とした意識でぼんやりとそう思った時だった。



「ディルクっ!」

レイがディルクを鋭い声で呼んだ。レイの方を見ると、街の方を指差していた。

ディルクもそれに習い、顔をそちらの方へと向ける。


「―――レンっ!」

街の塀の方から、レン凄い勢いで走ってくるのが見えた。翔雷走での移動だろう。


レンの風貌が見えるくらいこちらに近付いてくると、レンが酷く険しい表情を浮かべているが見えた。


それに加え、レンの全身はボロボロであり、所々に擦り傷がある。



「おい!レンっ!」


レンは近くまで来ると、膝に手を当て、肩で大きく呼吸をした。額には汗が浮かび上がっている。


レイがレンに駆け寄り、擦り傷に対して治癒源技を発現し始めた。


「この傷は?」

レイがレンへと尋ねる。

いつも通りの冷静で平坦な声だが、レイの表情には僅かな緊張が浮かび上がっていた。


「これまでの怪異出現と老師達を怪異化した犯人の一人と、遭遇、軽くやりあった」


「なんだとっ?!」

ディルクは思わず声を上げてしまう。

レイも声こそ出さなかったものの、表情から驚いていることが伺えた。


「後それ以外は、計画通り、だ」

レンの言葉は、レンが老師を殺害したことを意味している。


「そうか――レン。その犯人は、どんな奴なんだ?」

それに対して深くを聞くことはディルクには出来なかった。

会話を別の話題へと転換させる。


「名前はヤナ。風貌は―――」

そこまで言って、レンは、突如警戒心を露わにし、ディルク達の後ろを睨み付ける。

差し棒を握っている拳に力が入ったのが見えた。



「こんな格好してますよぉ!」

突如会話に少女の声が割って入る。


ディルクはそれに即座に反応し、後ろを振り返った。




―――――――――――――





「気を付けて。少なくとも闇源技が発現できて、なおかつその威力は凄まじいから、相殺は狙わない方が良い。体術も剣術も少なくとも確実にデリアさんより上だ」


レンが、目の前にいる少女ヤナの情報を簡潔に共有するのを、レイは聞きながら、右手にリカーブボウを創成した。


(見た目は只の可愛らしい少女にしか見えないのだけれど、、、)

レイはそう判断しつつも、弓を構え警戒態勢を高く保つ。


レイ達の前方5メートル程にヤナは立っていた。

レイの胸元までしかない体躯であり、格好もとてもではないが戦闘するヒトのものとは思えない。


「初めましてぇ。神獣に遊ばれてる無力なニンゲンさんと、彼らを戦闘兵器としてしか認識してない竜属さん。私がヤナですぅ!」

そうヤナは言うと、おどけながら両手でスカートの端をつまみ広げ、挨拶をしてきた。


(なにっ?この娘?)

ふざけつつ、こちらを見下し、大袈裟に憐れみを含んだ口調で、こちらを見てくるヤナの姿にレイは苛立ちを感じた。


隣にいるディルクはレイ以上に思う所があったのか、その言葉を受けて強い怒気が放たれている。


「気にしないでディルク、レイさん。彼女の言葉は無視していい。これが彼女のやり方なんだ」

そのレンの言葉を聞いて、レイは息を軽く吸うと、即座に心の平静を取り戻す。


「まぁ、いいですよぉ。それより私は化け物とぉ話したいことがあるんですぅ」


「そういえば、さっきの公園でもそんなことを言ってましたね、なんですか?」

レンが相槌を打った。


会話の流れから察するに、ヤナはレンのことを“化け物”と称しているらしい。


「ふふっ。私が狂人、エーベル・デュフナーに目を付けてぇ、彼を優しく諭してぇ、あの狂科学者に紹介したんですけどぉ!何故ぇ、あの狂人はダリウス・デュフナーを連れて来いという命令に対して、そこの化け物を連れて行こうとしたかぁ、理由ぅ、解りますぅ?」


(!?確かに!言われてみれば―――)

ヤナの指摘にレイは思わず唸る。

隣のディルクもレイと同じように思ったのか顔を顰めていた。


レンは天を仰ぎ、悔しさに耐えるように唇をかんでいる。


(レンは理由を知っている?)


レイはそのレンの様子から、そう推測した。


「あはははははははぁ!!化け物はちゃぁんと、わかってるみたいですねぇ!」

ヤナが狂ったように、障壁が外れたような甲高い裏声で笑う、幼児が意図を理解せず残酷な行為をする。そんな狂気を含んだ声だ。


「そうですぅ!!そうですぅ!!!あなたがぁ!!エーベル・デュフナーを“裏切った”からぁ!あの狂人は、あなたを憎んだ!!破滅への道を歩き始めたんですぅ!」


「―――裏切っただとっ?」

ディルクが信じられない、といった様子でヤナの言葉を繰り返す。


「えぇ!エーベル・デュフナーはそこらへんに転がっている凡愚よりもさらに、脆弱な存在なんですぅ。それに対し、義父であるダリウス・デュフナーは、凡愚の中では逸脱した強者だったぁ!しかもぉ!その娘も、父の名声に相応しい才能の持ち主ですねぇ!」


ヤナはレイ達に演説でもするかのように、大袈裟な身振り手振りを使って、語りかけてくる。


一方でレイ達は、各々が構え警戒態勢を崩さない。両者の様子のギャップが、この場の異常さを表していた。


「だから、ダリウス・デュフナーの信奉者は、その息子に過度な期待を持ち、そして失望したぁ。周りからは白い目で見られ、嘲笑されたんですよぅ」


「それが、どうレンが裏切ったって話になるんだっ?!」

ディルクが先を待ちきれない子供の用に、癇癪交じりの怒鳴り声を上げた。


「今私がいったことぉ、どこかで、見た話じゃないですかぁ?竜属さん!」

ヤナがディルクを諭すように、ねっとりとした声で尋ねる。


「――――まさか」


「そうですぅ!!狂人と同じだったんですよぉ!そこの化け物はぁ!!弟子として連れてこられても、その剣の実力はほぼ初心者!実際に、傭兵やら騎士団に、化け物が馬鹿にされているのをぉ!あなたは見てきたでしょうぅ!!」


「…………」

ディルクはそれに対してなんの返答もしない。只々、殺気交じりの睨みを、ヤナに送っているだけだ。


「だから、狂人は化け物に優しかったぁ!!一種の下等な仲間意識ってやつですかねぇ!!でもぉ!!!化け物は狂人とは――――違った」


(そういうことっ――――でも、それは)


「属性怪異との戦いでぇ!化け物らしい力を、みんなに知らしめましたねぇ!!あれによって化け物を見る周りの目が一変したんじゃないですかぁ?軽蔑や侮りといったものから、畏怖や恐怖といったものにねぇ!」


「それがぁ!狂人には許せなかった!自分の仲間だと思っていた存在がぁ!実は対極の存在だったぁ!それを隠していたぁ!自分に笑いかけていたぁ!それがぁ!!そこの化け物のエーベル・デュフナーに対する“裏切り”なんですよぉ!!」



「それは、只の逆恨みだわ。レンに責任は、無い」

レイが素直に思った感想を言う。


それを聞いたヤナは、何かが可笑しかったのか、嬉しそうに笑いながら喋り始めた。


「あはははぁ!さては、あなた苛めっ子ですねぇ!苛める側の加害者意識は希薄ですからぁ!」


「エーベル・デュフナーは本っ当に、憐れな塵でしたよぉ!!強くなれる薬があるといったら直に喰い付いてきましたからねぇ!!どんだけ、自分の弱さに劣等意識を持っていたのかぁ!!怪異化してからもぉ!!周りのニンゲンを同じように怪異化すれば、より強い結びつきをもった仲間で!家族でぇ!在れるって言ったらぁ!!悩みながらもぉ、こちらの、思い通りに動いてくれましたからねぇ!!本っ当に!馬鹿でぇ可愛い狂人でしたぁ!!」


(この娘!!)

エーベル達をあまり知らないレイですら、ヤナの発言には、強い不快感と嫌悪感を持った。



「さてさてぇ!!皆さん最っ高に良い顔してますよぉ!!でもぉ残念ながら、喜劇はこれでお仕舞ですぅ!!」



そうヤナが叫ぶと、右手に御幣を持ち、神主のようにそれをバシバシと振りかざす。



その瞬間に、その御幣から何十本もの灰色の閃光が散らばり、レイ達の周りを囲むように着弾する。


そしてそれは、属性怪異の時同様に、グネグネとゲル状に形作ると、やがて幾種もの怪異へと変貌した。


この一瞬で50匹以上の怪異に取り囲まれる。ニコラスの時同様に、それら怪異はヤナを襲う様子を見せない。明らかに制御されていた。


「っ!?」

レイとディルクはその光景を見て、即座に背中合わせになり、警戒態勢を最大まで引き上げる。


レイはリカーブボウに光の矢を装填すると、一番近い熊怪異に標準を合わせた。


しかしながら怪異達はレイ達を襲ってくる様子は無い。

不気味さを感じる程に静止しながら、怪異の群れがこちらを見てくる。



「ふふふふふ!大人しく私に着いて来てくれれば、なにもしませんよぉ!!でもぉ!もし抵抗するというのなら!!この怪異の群れが――――街に向かうかもしれませんねぇ!!」


「こいつっ!!」

ディルクが怒りに震えるものの、迂闊な行動をしてはいけないことを理解しているのか、必死に自制している様子が窺えた。


(状況は―――最悪)

レイはそう判断する。


「別にぃ!あなたたちがここから逃げても、私は別にいいんですよぉ!!私を楽しませてくれたぁ!あの街を怪異で蹂躙したら、最っっ高の締めになりますからねぇ!」


(――――どうしたらっ)

レイは必死に頭を働かせ、この状況を打破する方法を考えようとしたが、そう都合良く策は浮かんでこない。


自身の無力さも同時に感じてしまい、悔しさで、弓を握りしめた拳が震えるのを、レイは止められなかった。



その時だった。



「―――――もう、いい加減にしてもらえるかな」


ずっと沈黙していたレンの、感情を感じさせない声が、場に響き渡った。




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