55. デリアの信用と信用

公園の地面の砂が煙霧のように舞い上がるのを見ながら、レンはスマホを見る。

既にディルク達と別れてから1時間半以上の時間が過ぎていた。


(2時間経ったらディルク達は自分を置いて旅立ってしまうから、早く通行門へと行かないと)

レンの心の中に、僅かに焦りが生じ始める。


砂煙のせいでヤナがどうなったかは、未だ解らない。

レンの全力の壮雷閃が直撃して、流石に無傷であるとは考えたくない。


(上手く気絶してくれてたらいいんだけど、そしたらディルク達と合流して、いろいろ聞き出して、、、)


レンが思考に耽っていた瞬間だった。


砂煙の中から切り裂くように漆黒の塊が飛び出してくる。

それは甲高い叫び声の様な音を発しながらレンへと不規則な動きで向かってきた。


(闇源技!)


大気を蹂躙するように動く塊には、漆黒の中にどす黒い紫や赤が交じっている。


「レンっ!!」

こちらを見ていたデリアが焦ったように、レンに声を上げた。


(やばいっ!!)

レンが今まで視てきた源技能の中で、最も源子密度が高く視える。

それは、この源技能の威力の高さと、そして、これを発現したと考えられるヤナの源技能者の力を表していた。


レンは即座に、自身の足元に1メートル程の跡を、差し棒で付けると、一歩下がり源技陣の発現準備を始める。


そして。


その闇の塊がレンの目の前からぶつかってくるその瞬間に、レンは目の前に闇源技で構築した、扉ぐらいの大きさの壁“暗障”を発現する。




レンの第二属性は闇だ。

それが判明した当初、レンは闇源技を発現するということがあまり想像できなかった。


なぜなら、レンにとって闇という物質は存在しないからだ。

炎、水、土、風、氷、雷には物体がある。

光源技、光も電磁波の一種であり、それにより光が構成されている。


だが、闇には、それを構成する物質がなにも存在しない。


想像することを中核とした源技能というものにおいて、知識として闇をそう認識しているレンが闇源技能を発現することは困難を極めた。


だが、今はこうして闇源技能の発現を安定して行なえている。

それは、逆転の発想により成し得たものだ。



レンは“何も存在できない空間”を強く想像する。

エネルギーを発するものが何もない空間。それがレンにとっての“一つの闇”だ。



目の前から、漆黒の塊が耳鳴りに近い音を発しながら迫ってくる。


(っくるっ!!)



バチィ!!バチィ!!バチィィィ!!!



闇の塊とレンが発現した“暗障”が衝突すると、固いものが高速で回転したような、激しく擦れる音が鳴り響いた。


(だめだっ!!抑えきれない!!)


レンの生み出した壁とその闇では、源子密度にあまりにも差がありすぎた。

レンは即座に理解すると、すぐさまその場から離れる。横目で見た闇の塊は、今にも弾けそうであり、放射状に膨らみ始めた。



パァァァンっ!



風船が、いやゴムボールが空気の許容量を超えて、はじけ飛んだ激しい音と共に、それによって生じた衝撃波が生じた。


近くにいたレンは吹き飛ばされるように地面を数回転がり、地面に倒れ込む。遠くにいたデリアも態勢を崩していた。


「ふふふふふふぅ!化け物にしては多少、頭は回るようですねぇ!」


ヤナが平然とした様子で立っている。手には、神主が祭祀の際に使用する御幣を持っている。木の棒の先にはペラペラした細い紙が3本伸びているが、その色は通常とは異なり白色だけではなく、黒、白、灰色の3つの紙で作られていた。


レンの壮雷閃は間違いなくヤナに直撃したはずだ。

だが、傷を負った様子は全く見えない。多少服が焦げているくらいであろうか。


「さてぇ。どうして私を攻撃したんですかぁ?」


ヤナはデリアへと体を向けると、質問を投げかけた。


それはレンも疑問に思っていたことだ。

あの時、デリアはレンに攻撃を仕掛けようと機を窺っていた筈だ。


デリアは既に態勢を立て直し、細剣をヤナに構えていた。

「わたくし、レンの言葉を――――信用していませんわ」


「へぇぇ」

ヤナが嬉しそうな声を上げた。



「レンは、無茶はしないっていう割には、属性怪異に向かって行ったり、大丈夫、ごめんなさい、といって何事もなく笑っている。そんな、ヒトなのです。だから、自分が殺した、というレンの言葉すらも――――信用できないのです」



(……デリアさん)

それはデリアのレンに対する“信用できない”、という信頼だと、レンは思った。


「ゆえに、貴方を攻撃しましたわ。わたくしにはレンが敵か否かわかりません。けど、貴方は間違いなく害のある存在だと、判断しましたわ」


デリアがきっぱりとヤナに向かって言う。

そのデリアの言葉を受けて、ヤナの顔は再度酷く歪められた。そして、ゴミを見るような目をデリアへと投げる。


「あー、あー。私の大っ嫌いな、信じるとかぁ信頼とかぁ、そういうやつですかぁ!そうですかぁ!もういいですぅ!!死んでくださいぃ!!」


そして、ヤナはデリアへと迫ると御幣を振り上げ、デリアに向かって振り下ろした。



キンッッッ



木の棒と剣が合わさった音にしては、甲高い音が鳴った。

それにより、デリアの細剣は宙を舞い、地面へと突き刺さる。


ヤナは無防備なデリアに対して、再度御幣を振り上げる。

先ほどとは異なり、黒色の粒子がヤナの手元に集積するのが、レンには視えた。


(やばいっ!!)


先ほどと同じ程度の闇源技が、あの距離でデリアを襲ったら、一溜まりもない。

レンは痛む体を必死に起こし、翔雷走でヤナへと詰め寄ると、差し棒でヤナの腕を狙った。



ガンッッ!



レンの一撃はヤナの御幣に受け止められた。だが、ヤナの源技能の発現は止められたようだ。


レンが一瞬安堵するも、ヤナは器用に足を回すと、デリアの腹へと強烈な回し蹴りをぶち込んだ。


それにより、デリアは呻き声を上げると近くの木へと打ち付けられ、地面へと倒れる。


「デリアさんっ!!」


デリアが苦しそうに咳き込んでいる。

意識はあるようだが、直ぐには起き上がれない程に傷を負ったようだ。


レンは差し棒に力を込める。

ヤナと鍔迫り合い状態になった。人形のような外見とは異なり、ヤナは相当に力がある。差し棒の位置は全く変わらない。



おそらく、デリアはもう戦えないだろう。


だとしたら、ここから離れる必要がある。



「おやおやぁ。向こうの方でぇ煙が上がっていますねぇ!火事でも起きたんでしょうかぁ!」


ヤナは後方へと飛び退くと、レンの後方を見ながら楽しそうに声を上げる。

相変わらずヤナの感情の起伏が極端だ。



「どういう……こと……ですのっ?」

デリアがヤナの言葉を聞いて不審に思ったのか、地面に横たわりつつ、肩で大きく息をしながら、ヤナへと問いかけた。


「いやぁ!あの方角はぁ!“山彦庵”でしたっけぇ!!」


デリアの瞳が驚愕でパッチリと開かれる。


(――――やっぱり、か)

デリアとは異なり、レンは驚きを感じなかった。

なぜなら、それは容易に予想できたことだったからだ。


怪異化したエーベル達の死体は、そこから情報が漏れないように、老師によって焼却処分された。

だが老師は、自身の死体の処分をレンに命じていない。

おそらく、老師は自分自身でそれを成し得たのだろう。


「果たしてぇ、おじさん騎士は無事ですかねぇ!?」

デリアの瞳が不安で揺れている。

デリアにはもう、ダリウスしか家族がいない。そのことを思うとレンの心が痛む。


「ダリウスさんは絶対に無事です。あの人は、生きなきゃいけませんから」

レンのその言葉に、デリアの瞳が多少安らぐ。


「本当にですかぁ?」

ヤナが煽る様に聞いてきた。


「そうやってヒトの心を、不安や不信といった感情で乱すのが、あなたのやり方なんですね」

レンは淡々とした口調でヤナへと確認する。

そう思うと、ヤナの挑発とも取れる言動に冷静でいられるような気がした。


「いえいえぇ!!これは楽しいからやってるだけですよぉ!!ヒトの顔が絶望で染められているのを見るのがぁ!たまらないんですよぉ!!」


「―――良い趣味をお持ちで」

言葉とは裏腹にレンは軽蔑の感情をヤナへと持った。


「さてさてぇ!じゃぁ次の舞台は―――通行門ですねぇ!!」


(何だって!?)


「それじゃぁ!また後でぇ!直ぐに会いましょう!」

そうヤナは言うと、通行門の方角へと駆け出した。


「待てっ!!」

ヤナの目的が、レンには理解できない。


山彦庵で唐突に姿を現したかと思うと、只々楽しそうにレンの様子を観察しているようであった。


ヤナ達がレン達を狙っていることは間違いないはずなのだが、向こうから積極的に仕掛けてくる様子は今のところ見られない。

だが、それとなく誘導されているようにも感じる。


(警戒は怠らない。だけど今は追うしかない)


「……レンっ」

横たわっているデリアが弱弱しい声でレンへと呼びかける。

デリアは両腕を使い起き上がる様子を見せているが全身が震えている。


レンを追ってくることは出来ないだろう。


「デリアさんの言葉、嬉しかったです。―――――ごめんなさい」


デリアにそう言うと、レンはヤナを追うべく翔雷走を発現させた。




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