54. 公園での牽制

レンは両手で差し棒をしっかり握ると、目の前で多少傾けて構えた。

体全身、特に手と目と足に意識を集中させ、デリアを真正面に見据える。


レンの視界の端には、微かにヤナが侵入している。


デリアと剣を交えたことは何度もある。

ゲムゼワルドの街道で、デリアに殺されかけた剣術指南に始まり、ここアルテカンフではこれまでの約10日間、ほぼ毎日剣を使用した戦闘訓練をおこなっている。


無論、これまで剣でデリアに勝てたことは一度もない。

それどころか何時も、デリアはレンに対して手加減をしている。


だが、これから戦うのは、本気のデリアだ。

剣の腕では、正攻法では、絶対に適わない。



(―――もう一度、確かめてみるか)



対峙しているデリアは、油断等の気の抜けた様子は全く感じられない。

剣を構え、レンの一挙一動を見逃すまいと、集中しこちらを見てくる。


レンの雷源技や怪異に対する特殊な力を、デリアはある程度察しているはずだ。

それゆえ、この警戒心なのだろうか。


レンはそんなことを考えながら、源粒子を足へと集積始めた。


強めの風が吹きぬけ、木々のざわめきが唐突に鳴った瞬間、レンは“行動”に移す。




ガンっ!!




レンが翔雷走で高速移動し振り上げた差し棒は、“標的”へと当たる前に、先ほどと同様、見えない固い壁に阻まれた。


「レンっ!?」

レンの行動を見たデリアの、驚愕した声が場に響き渡る。


(これだけ不意を突いても、駄目なのかっ!)


“ヤナ”の右肩へと攻撃した差し棒が、数センチ程浮いた場所に静止しているのを、レンは確認しながら、心の中で毒づく。


ヤナもデリアも、これからレンとデリアの戦いが始まると思い込んでいたはずだ。

注意は明らかに逸れていた筈なのに。


それでも。

それでも、レンの一撃は、ヤナの結界源技と思われる障壁に阻まれた。


(攻撃に対する結界源技の発現反応が早すぎる。この源技能の防御壁は自動発現なのかっ?)



レンは更に回り込むと、ヤナの右腕に向かって差し棒を切りつける。



それに対しヤナは、素早く横に飛び、それを回避した。


人形のように可愛らしい見た目と服装からは想像もできない程に機敏な動きだった。服に付いているレースが、ひらひらと靡いている。



「あははぁ。今の“も”ちょっぴりびっくりましたよぉ」

発言内容とは異なり、まるでドッジボールでもしているかのように、楽しそうな声でレンに言った。



(反応速度、そこからの身のこなし、あの余裕ぶった態度。見た目とは裏腹に、相当に戦闘慣れしている、のか)

レンは再度ヤナに向き合うと、今までの一連の流れを顧みて、そうヤナを評価する。


(さて、どうするか―――)


レンの再度の不意打ちは、効果が無かった。

もうこれ以上の奇襲は意味がないだろう。


加えてデリアのことも考えると、状況は先ほどよりも僅かに悪くなった、と言えるだろう。


相も変わらずヤナは、レンの方を見ながらその整った顔を歪めながらニコニコと笑っている。

こちらが戦闘態勢をとっていても、ヤナは武器を取り出すことも、攻撃用の源技能を発現することも無い。

只々、人形のように不動である。

ヤナの肩まで伸びた、艶のある漆黒の髪も微動もしない。


じっくりとこちらを観察しているのだろうか。


(完全に、なめられてるな―――――そういえば、デリアさんは、、、)


レンが、先ほどまで、向かい合っていたデリアのことを思い出した瞬間だった。




ヒュっ




突然、短く鋭い風切り音が、場に響き渡る。それは、ヤナの方から発せられたように、レンには聞こえた。


「っ!!」


ヤナは張り付けていた厭らしい笑顔を瞬時に消すと、即座に右へと飛んだ。その表情には驚愕と憤怒が 前面に押し出されている。


ヤナの右腕には、一本の赤く細い線が引かれていた。下端の方では血液と思われる真紅のドットが集まっていた。

病的すぎる程に白い肌に対して、それは、激しいコントラストを作っている。


「どういうことなんですかねぇ!獣如きが!!この私の肌に触れ、尚且つ!傷を付けるなんてぇ!!本当にぃ!!殺しますよぉ!!えぇ!えぇ!!殺す!!殺す!!」


先ほどまで自分が居た場所を睨み付けながら、ヤナは壊れた弦楽器のようにギリギリとした高音で、自らを傷つけた相手に向かって、癇癪をおこした。


ヤナの見つめる先には、細剣を構えたデリアが佇んでいる。その剣先には赤い玉が付いていた。


(デリアさん!?)


レンが奇襲を仕掛けた直後、デリアもヤナに向かって攻撃を仕掛けたようだ。


図らずもレンの不意打ちは、デリアのヤナに対する奇襲の目暗ましとして、効果があったらしい。


(でも、なんで、デリアさんはヤナを―――)


デリアの行動が、レンには理解できなかった。


先ほどまで、デリアはレンを拘束すべく、レンと対峙していた筈なのに。



(どうして?)



「お前らはぁ!所詮神獣が生み出した、ただの人形なんですよぉ!!そこには一片の価値もない!!むしろぉ!世界に蔓延した病原菌なんですよぉ!!塵ですぅ!屑ですぅ!!芥なんですよぉ!!私やぁ!化け物とは格が違うんですぅ!!解りま―――」


(でも!今しかない!!)


レンは、未だデリアに向かって喚き続けているヤナを確認すると、差し棒にありったけの雷源子の集積を始める。


それに応じて、レンの右手は静電気でも纏ったかのように痺れ始める。



「壮雷閃!!!!」



差し棒から生じた大蛇程はある青白い閃光が、大気を切り裂きヤナへと向かった。


被弾する直前に、ヤナがそれに気づき、こちらを向いたものの、もはや回避は間に合わない。



ビッシシャァァァァァ



凄まじいほどの閃光音が、大音量で鳴り響くと同時に、ヤナの姿は、砂埃でレンの視界から消えた。





―――――――






「爺さんっ!!!爺さんっ!!!」

ダリウスの悲痛な声が、山彦庵に響き渡る。


己の主であるダリウスが、老師に叫びながら縋り付いているのを見ながら、ディ-ゴは今、己がすべきことを必死に考えていた。


だが、脳の処理能力が追い付いていない。未だ現状を把握することすら完全には出来ていなかった。


「そなたの……顔が……見…て……良かっ……」

息も絶え絶えに、老師がダリウスへと言葉を遺している。


「爺さんっ、目が見えてっ?!」

老師のその言葉にダリウスと、そしてディ-ゴも驚愕した。


数十年前、出会った当初から老師の目は光を失っていたのだ。それが、死ぬ間際になって、回復するとはどういうことなのだろうか。


「爺さんっ!!オレだっ!!オレが!ダリウスだっ!!ずっと一緒にいた!この数十年、隣にいた!!ダリウス・デュフナーだっ!!」


ダリウスが、自身の存在を必死に老師へと主張する。

今、この瞬間だけが、ダリウスの姿を、老師が見ることのできる唯一の時間だと、ダリウスは認識しているのだろう。


「あぁ………予……通り、勇……く、男ら……顔……だ」

老師の返答に、ダリウスが涙を流しながら無理やり笑顔を作っている様子が、ディ-ゴには見えた。


最期の瞬間に、老師に見せる自身の顔は、笑顔にしたいという想いから、それは生じたのかもしれないが、完成度は当然ながら低い。


(閣下っ)

その主の様子を見ると、ディ-ゴの心が酷く痛む。

また、ダリウスの前から大事なヒトが死んでいく。


(レンっ――――――!?)

そして必然的に、それを引き起こした犯人、レンへと深い憎しみと、激しい怒りが込み上げてくる。


ディ-ゴがその感覚を、感じ取っていた瞬間だった。


木や本の焼ける匂いが突然したかと思うと、一気に熱気が部屋を包み込む。

応接室の奥にある研究部屋が、激しく揺らめく濃い橙色で光っている様子が見えた。


(まさかっ!山彦庵が燃えているのかっ!!!)


「閣下っ!!ここは危険です!!今すぐ避難をっ!!!!」

ディ-ゴがいつも以上の大声で、ダリウスへと警告をした。



「我……は……火へと……還る、そな……らは…………いけ」

それを後押しするかのように、老師がダリウスにゆっくりという。



「そんなのは駄目だっ!!嫌だっ!!嫌だっ!!」


老師の願いに、駄々を捏ねるようにダリウスは喚きながら否定した。


そんなダリウスの様子に、老師は弱弱しく苦笑いを浮かべると、ダリウスの背中に手をやり、ゆっくりと擦る。

まるで、赤子をあやしつけるかのように。


その直後、先ほどまでの激しいダリウスが、ゆっくりと納まっていき、そして、意識を失っていた。


ディ-ゴは慌てて、ダリウスを抱え起こす。


ダリウスは深い睡眠に落ちていた。一定の感覚で深い呼吸をしている。閉じられた目元は、涙を流した後が残っており、赤く滲んでいた。


「ダリ……ス、生きよ……」

老師が、意識の無いダリウスに向かって言葉を遺す。そして、ディ-ゴに顔を向けると、ゆっくりと震えながら頷いた。


既に、あたりは炎に包まれている。その熱気が、老師だけでなく、ダリウスやディ-ゴの命さえも巻き添えにしようと、襲い掛かってくるようだ。


ディ-ゴはそれを見ると、老師に向かってゆっくりと頷き返し、ダリウスを背負うと、山彦庵から脱出すべく、体に力を込めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る