52. 事を成す

レンの目には源粒子の流れが視える。


エルデ・クエーレに召喚されて以降、様々な状況下で、レンは源粒子の煌めきを、その瞳で視てきた。


怪異との戦闘における、ディルクの雄々しい炎源技のルビー色の輝き。

剣術指南での、デリアの清廉とした風源技のエメラルドの煌めき。

ルカーブボウから放たれる矢の形成を司る、レイの眩い純白の光。


特に、神獣綬日の夜空に、幻想的に散らばった数多の輝石の光景を、レンは忘れることは無いだろう。


さらに。


自身が発現する、源粒子の会合と集積を担う、銀色の輝き。

それは変異により、ヒトビトを脅かす灰色の光となっている。


そして。


レン達をこの世界に召喚した、勲者だけが発現できる、黄金色に煌めく“獣源技”。


この世界の神に等しい存在である“神獣”に願い、力を借りる特別な源技能。


神獣に選ばれたレンやレイ、残りの3人のニンゲン。


レンは、ゲムゼワルド近郊の草原に召喚され、ダリウス達と出会った。


だが、それすらも獣源技によって定められていた。


すべてが、神獣の思い通りに、コントロールされているかのように感じる。


レンは、それが、怖い。




―――――――――――――




「あぁ。ダリウス。……うむ。……そうだ。一度話を聞いておきたい。すぐに我の元に来るのだ」

耳元に手を当てながら、老師はそう呟いている。


それは、目の前にいるレンに向けて発せられたものではなく、“通源”による、老師からダリウスへの言葉だった。



離れた相手との会話を可能にするこの源技能は、エルデ・クエーレにおいて広く普及しており、ほとんどの一般家庭には、据え置きの通源用源具、通称、“通源石”が置かれている。


今、老師が使用しているのは、携帯用の通源石であり、こちらの方は、公的組織に属する統治者層や、騎士団、傭兵団といった戦闘職に、主に利用されている。


通源に関しては、ヴぃーの源技能講義においても扱われたため、レンも知識を有していた。


携帯用の通源石は、設置型の基礎源技能を発現する源技陣が刻み込まれている。その源技陣から発現する源技能を介して、他者と会話するのだ。



「さて、レン。最期に我に言っておきたいことや、聞きたいことはあるか?」

ダリウスとの通源を終えた老師がレンに尋ねてくる。


「この世界において、ニンゲンとは一体何なんなの?ヴぃーが言っていたニンゲンによって引き起こされた悲劇って?」


昨日の山彦庵で皆で話し合った時の話題の一つ、第4勲国王がニンゲンを憎んでおり、他の勲者もニンゲンを警戒している、それに関して、レンはどうしても詳細を知りたかった。


「――――数十年前。ニンゲンの世界と我らの世界が繋がった時、ニンゲンは我らからの大地に侵略し、そして大切なモノたちを奪ったのだ」


「大切な、モノたち?それは一体」

老師のその言葉に、レンは再度言葉を返す。


「それは―――」

老師はそこで言葉を止めると、視線を宙へと投げ、虚空をぼんやりと見つめた。


レンは、老師が会話を再開するのを、じっと待つ。


よほど口にし難いことなのだろうか。

レンがそう想像してしまう程に、その沈黙は、唐突であり、時を有した。


「老師?」


その重厚な沈黙に耐え切れなかったレンが、老師に呼びかけても、反応は帰ってこない。


老師は、その瞳を僅かにもずらさず、まるで石像になってしまったかのように、動かない。



おかしい。



レンがそう判断し、再度、老師へと声を掛けようとした瞬間だった。




「ぐううぅぅぅぅっ!!」




老師が突如、首を絞められたかのように苦しげに呻くと、自身の胸に、その年季を感じさせる枯れた手の平を当てて、机の上に倒れ込んだ。


「老師っ!!」

レンが慌てて、向かいの椅子へと回り込み老師を介抱に向かう。


だが、老師の体に近付いた瞬間、レンの目には灰色の粒子が、老師の全身から立ち上っているのが視えた。


(っ!?怪異の源子!?)


「老師!?――老師!」

レンは老師の背中に手を当て、必死に声を掛けるものの、老師は固く目を閉じたまま、苦しそうに呻きながら、体を僅かに痙攣させるだけだった。

老師の髭や髪が乱れ、額からは汗が滲んでいる。


「があぁぁぁっつ!!ガァ!!グゥゥゥッ!!!」

老師の苦悶に満ちた凄惨な呻き声は、興奮した獣の唸り声を髣髴とさせるものへと変わっていく。


(怪異化の影響!?っでも、老師は夜までは持つっていっていたのに!!どうして!?)

レンの中に、予想外の事態に直面したことへの焦燥と疑問が、頭の中に勢いよく拡散していった。



その時だっだ。



「話が長すぎですよぉ、まったくぅ。意味の無い、いぇ。意味が無くなる会話を無駄に聞かされる私の身にもなってくださいよぉ」


高く積み重ねられた書籍の裏から、硝子を引っ掻いたような耳障りな甲高い女の声がレンの耳に入った。


「誰だっ!」


(ヒトっ!?一体何時からいたんだ!)

レンが声のした方に向かって鋭く叫ぶ。

無意識のうちに、ポケットに入れていた銀色の差し棒を右手に握った。


薄暗い山彦庵の室内。

至る所に描かれた源技陣から発せられている様々な色の淡い光と、無造作に不均一に積み上げられた書籍の山陰が、謎のヒトの存在と合わさって、不気味な雰囲気をレンに感じさせた。


「まぁぁ。安っぽくて、生塵よりも臭い、師弟愛もどきの茶番を鑑賞するのはぁ、多少の暇つぶしにはなりましたけどねぇ」

その発言者は、ゆっくりとレンの目の前に姿を現す。


ヒラヒラのレースがふんだんに装飾された、血を想起させる真っ赤なスカートと、大きなフリルの付いた純白のノースリーブを身に纏った少女が、レンの視界の先に立っている。


背まで流れているストレートの髪により、服装とも相まって、リアルな人形を思わせる少女だった。


「一応ぅ自己紹介をしておきましょうかねぇ。どうせぇ、直ぐに無駄になるんですけどぉ。私はヤナって言いますぅ。宜しくお願いしますねぇ、“化け物”さん!」

少女ヤナは楽しそうに笑顔を浮かべながら、レンへと挨拶をしてきた。


わざとらしく語尾を伸ばすその喋り方は、レンに若干の不快感を与える。


「あんたっ。一体―――」

レンは、唐突に出てきたヤナと、そして今も苦しげに呻く老師を目にして、思考が鈍るものの、直ぐに意識を集中させた。


「そんなに考え込まなくてもぉ、教えてあげますよぉ。私がそこの死に掛けの枯れたじじいの怪異化を促進させてぇ、そしてエーベル・デゥフナーを使って―――こいつらを怪異化させた張本人なんですからぁ」


(なんだってっ!!!こいつが――――こいつのせいで)

そのヤナの言葉を聞き、一瞬にして体全身が燃え上がる様な、怒涛の怒りをレンは感じた。


「あぁ、でもぅ、実行犯って意味ではあの馬鹿カワイイ獅子ですねぇ。私はただ彼の背中をやさしーっくぅ押してあげただけですからぁ。もう、ほんっっとうに最高でしたぁ!父親に劣等感を感じて、周囲から虐げられてきたあの獅子は、行き付く先が絶望だと知りながら!それでも悩み!苦しみ!その道を選んでしまう、その姿は、笑えましたねぇ!」


レンは体中を駆け巡る怒りを制御しながら、ヤナを睨みつけ、差し棒をヤナへと向けた。


すでに、体内の源粒子の移動を始め、いつでも雷源技や闇源技を発現する準備は出来ている。


「ヤル気満々って顔ですけどぉいいんですかぁ?」

ヤナはそう言うと、立ち上がったレンの左下を指差し、いやらしい笑顔をレンに向けてきた。


「早く殺さないと。怪異化しちゃいますよぉ。そこの死にぞこない」

ヤナの指は、机の上で悶絶している老師へと向いている。


老師の体からは、夥しいほどのくすんだ灰色の粒子が立ち上っていた。


「老師っ!!」

レンは即座に破源子を発現し、老師から立ち上る灰色の粒子を大気へと飛散させる。

だが、老師は先ほどよりもさらに苦しそうに、呻き、叫んた。


(怪異化した身に破源子は“毒”なんだ)

レンは即座にそう判断する。


「なるほどぉ。そうやって、じじいをいたぶるんですねぇ。良い趣味してるじゃないですかぁ!」

ヤナのその発言に、レンは頭に血が上るのを感じたが、必死に平静を保とうとする。


(落ち着け。明らかにこいつは挑発してきている)

意図はわからない。もしかしたら、只それが楽しいだけなのかもしれない。



「レンっ。ッグガァーーーコロセ!ワレヲハヤク!!ガァァァァァ!!!」

老師がうめき声の僅かな合間で、レンに必死にそう伝えてくる。


もう、理性も意識も限界に近いのだろう。


(そうだ。ヤルしかない!!)


老師の体を観察する。全身から灰色の粒子を放出してはいるが、明らかに胸のあたりが一番濃く、そして早く飛散していた。


ここが源流なのだろう。

レンは即座にそう判断し、差し棒を振りかぶると、老師の胸へと照準を合わせた。


「―――老師!」



そして、差し棒を老師の胸へと、突き刺した。



手の平に、肉を突き破る、独特の感覚が巡る。



腕が震える。



突き刺した差し棒の界面からは、真紅の液体が滲み出ている。



叫びだしたい。

すべてを、投げ出したい。

夢であって欲しい。



とうとう。


とうとう、ヒトを自らの意志で殺めた。



「――これ、で、良い、レン。神獣、は寄り添わ、ない。……そう、か、そう、いう、、こと、だ、ったのか」

老師は、レンの顔を見ながら呟く。


机の上に倒れ込んだ老師の血と思われる赤いシミが、テーブルクロスの上に広がっていくのが見え、そしてそこから灰色の粒子が拡散していくのも視えた。



老師の途切れ途切れの掠れた言葉に、レンの意識は現実へと戻る。


「老師っ!!!」



「きゃは!すっごいですぅ!こんな光景なかなか見れないですぅ。さいっっこうに貴重ですぅ!流石化け物ですぅ!!でも、でもでもぅ!もう一人―――大事な役者を忘れてませんかぁ!」


レンはヤナのその言葉を聞き、老師に向けていた顔を上げ、ヤナへと向けた。


そして、視界に入った光景にレンは言葉を失い、冷水を被ったように硬直する。




「―――――ダリウス、さん」




応接室の扉に手を掛けたダリウスが立っている。

状況から察するに、今しがた入室したのだろう。



「レンっ!!!!貴様ぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


ダリウスは事態を認識したのか、全身を獣人化させると、抜刀し、叫びながら、レンへと向かってくる。


雄々しい虎が、獲物を狩るが如く、全身全霊での攻撃だ。


そして、ダリウスはレンの傍まで一瞬で来ると、銀色に煌めく大剣を振り上げ、レンへと勢いよく下ろしてきた。


レンの目に、鋭い刃が近づいてくるのが見える。

間違いなく、ヒトを殺す剣筋だ。


このまま。このままでいれば。すべて終わる。

もう苦しまずに済む。なにも考えなくていい。



いや。

駄目だ。


ここで死んだら、それこそ何もかもが水泡に帰す。

老師の、ヴぃーの想いも、自分の決意も。



だが、迫りくるダリウスの一撃に対して。


レンは極寒の地に放り出されたかの如く、一歩も動けなかった。





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