45. 怪異という生き物

レンはダリウス邸の自室に戻ると、直ぐに着替え始めた。


黒いパーカー、紺色のジーンズ、オレンジ色のスニーカーといった、日本で着用していた馴染み深い服装へと変える。

差し棒をズボンのポケットに仕舞った。


(そういえば、日本から持ってきた服とか物は、源粒子を纏ってるんだよな)


レンが机の上のスマフォを手に持つと、麒麟のアイコンで示された“エルデ・クエーレ”のアプリを起動し、レイの位置を調べた。


(まだ、そんなには移動してないな。これなら“翔雷走”が、発現できれば、追いつける)


レンは源技能の発現に若干の不安を覚える。

先ほど獅子怪異を追う際に、源子の集積が上手くできずに、源技能の発現を躊躇ったためだった。


いや。


恐らくあの状態で、発現していたら、足に怪我をしていただろう。

レンはそう判断すると、再度、意識を集中させ“翔雷走”の発現準備を、今度は丁寧に試みた。


体中に存在する源粒子を、緩やかな小川に乗せるイメージで、両足へと運ぶ。


始めは無秩序に点在していたそれは、じわじわと移り行き、集積していく。

足が運動中のように、じんわりと熱を帯び活性化したのを、レンは感じた。


(っよしっ!いつもの感覚だ。でも、さっきは何で?――――そうか、服装だ。)


いままでは日本の服装で、源技を発現していた。


もしかしたら、源粒子を纏ったそれらが、レンの源技能をサポートしてくれているのかもしれない。


【レン、怪異を追う前に念のためエーベル達の様子を見に行きましょう】


「………………わかった」

ヴぃーの提案にレンは頷くと、部屋を出た。






厨房の勝手口へと向かうと、未だアルマが座り込み息子であるエーベルを抱きしめていた。


傍には下働きの猫属の女性がおり、エーベルにタオルを掛け世話をしている。


「エーベルさん。大丈夫ですか?」


未だ瞳を閉じたエーベルは口で息をしている、先ほどよりも落ち着いた様子ではあったが、右腕が痛むのか抑えたままであった。


「あぁ。―――ほんとに、少し怪我しただけだから」

笑顔を浮かべながらエーベルはそう言う。


だが、体や金髪、獣耳が汗ばんでおりレンは素直に信じることができなかった。


「エーベルさんを襲ったのは獅子怪異ですよね」

「…………そうだよ。厨房で母さんと話していたら、急に獅子怪異が入ってきて、僕を押しのけるように突進をしたと思ったら、即座に窓から外へと飛び出した―――レンくんは今からその怪異を追うんだよね?」

エーベルが瞳を閉じたまま、こちらへと顔を向け聞いてくる。


「はい」

「――――怪異達には十分に気を付けて。君はもうデュフナー家の一員みたいなものだから」


エーベルのその言葉に、レンは心を暖められる。

「ありがとうございます。―――では、行ってきます」


そして、レンは勝手口から外へと出ると、“翔雷走”を発現させてレイ達を追った。




表午刻、午前7時。


まだヒトビトが本格的に外で活動し始めるより、僅かに早い時間。

昼間は人通りが多く活気のあるアルテカンフの街の道には、ヒトが少ない。


そのため、ヒトを避けることに神経をそんなに裂かずに済む。


そして地面は石畳で整備されているため、土の上を駆けるよりも足への肉体的な負担は少なく移動は楽であった。



怪異の跡はダリウス邸厨房の窓から近くの林へと続いていたものの、スマホに示されるレイの位置が、住宅街が主となっている区域にあったためそちらへ向かった。


石造りの多い建物が並ぶ道を走りながら、レンは街の中心部から離れていく。


(――――近いな。そこの通りを曲がれば、合流できる)


レンは、スマフォをジーンズのポケットに仕舞うと、こじんまりした茶色い家の角を駆けた。




すぐに、レイ達の姿は見つかった。


レイ達はダリウス邸から大きく遠回りをして、この道に侵入したらしい。

さらに、街の中心部から遠ざかり奥へと走っていた。


ここまで来ると、整備された石畳は無く、地面が露出している。

住宅の密度も小さくなり、一軒一軒の感覚も広がっていった。


「レイさん!」

レンが呼ぶと、直ぐにレイ達が止まり振り向く。


「レン!早いな!」

ディルクが僅かに驚いていた。


「怪異、始めは林の方に向かって、私たちを撒こうとしたみたいだけど、感知の範囲が広いお蔭で、ここまで追うことができた」

レイが簡潔に説明する。


そして、直ぐに再度レン達は走り始めた。

先頭はレイであり、感知した方向へと先導してくれている。


「―――怪異が止まったわ。っえ!消えた?―――こっちよ!」

レイはそう言うと、一番街の外れにある、建物を指差した。


これまでの他の家は石造りといえども、布や装飾でのカラフルな色付けにより、各々が個性を主張してはいた。


だがレイが今示している建物は、外観すらコンクリート打ちっぱなしの家であるかのように、無機質にただ四角い灰色によって形成されていた。


周りは、錆びた鉄柵で囲まれている。


怪異はレンの視界には映っていない。レン達は警戒しながら、その建物の傍まで近づいた。


「怪異、建物の中に入ったのかな?」

「そうかもしれん。実際にオレの館に侵入してきたしな」

レンの問いに、ダリウスが応えた。


「しかし―――レイちゃんにも怪異を感知する能力があるんだな」

「えぇ」

レイはこともなげに、答える。


「オレやレンと同じ、怪異に対する特別な力を持っているのか、、、」

ダリウスが、どこか感慨深げに呟いた。



「―――入ってみよう」

レンがそう言い、赤胴色に錆びた鉄の門を開け一歩踏み出す。


何かの薄い膜を通過したような感覚を、レンが覚えた次の瞬間だった。


(っ!)

建物から大勢の怪異を感知した。

瞬間では数えきれない程に大量にいる。


次いで柵内に侵入したレイも、レンと同じ感覚を得たのか一気に顔を顰め、建物を強く睨むと、レンに目線を合わせてきた。


レンは頷くと、後ろを向きダリウスへと近づくと小さい声で話し始めた。


「ダリウスさん。この建物には大量に怪異が潜んでいます。少なくとも20以上は―――自分たちは怪異に対して力がありますが、」

「――――わかった」

レンの話を最後まで聞かずに、ダリウスは後ろを向く。


「デリア、ディ-ゴ。お前たちは、戻り騎士団を呼んで来い」

直ぐにレンの意図を察したダリウスがデリア達に命令をする。


「了解いたしましたぞ!!閣下!!」

そう暑苦しい声で答えるとディ-ゴは獣化した。


「さぁ!お嬢様!このディ-ゴにお乗りください!!」

雄々しい焦げ茶色の巨大な馬が、そう叫ぶ。


「―――えぇ、悔しいですが、未熟なわたくしではまだ、隣に立つことが許されないことは理解していますわ」

デリアが唇を噛みながら悔しそうに言った。


「デリア、気に病むな。本来今のような状況は、騎士団総出で当たることが絶対だ。だがオレやレン達は、怪異に対して特異の力を持っているが故に、先へ進むという選択が取れるに過ぎない」


ダリウスの優しい諭しに、デリアは頷くと、ディ-ゴに乗馬する。


「皆様方!!お気をつけて!!」

そう言うと街の方へと駆けていった。


それを眺めていたダリウスが、目を細めながら呟く。

「オレ達と来る、と駄々をこねると思っていたが―――成長したな、デリア」



「でも、どうして急に怪異を感知できるようになったのかしら?」

レイは、先ほどの突然の感覚に対する疑問をレンへと尋ねてくる。


「源技陣」

レンは直ぐに返答した。


「そこを見て。薄ら細い線が彫られているだろ」

レンが鉄柵を指差した。その先には包丁で切り付けたような、厚さ数ミリの細い溝が建物を取り囲むように引かれている。


「おそらく、音や気配を遮断するためのものだと思う。―――これは光の源技陣かな」

「属性持ち怪異との戦闘の時に、あなたが使ったものと同じ奴なの?」

レイが尋ねてくる。


「基本原理は同じだけど、これは常時発現系の設置型だね。種類としては街を守る守護源技とかと同一区分だよ。自分が使ったのは、瞬間的に展開する型」

「源技陣に詳しいのね」

「見本ありで、優秀な先生にみっちり扱かれたからね。―――山彦庵の研究室見たでしょ」

本と陣で埋め尽くされている薄暗い部屋とレン専属の教師を脳裏に浮かべる。




「――いくぞ」

ディルクが会話を中断させるように、声を掛けると、建物へと近づいて行った。


僅か数歩、歩いた瞬間に怪異が急接近するのをレンは感じた。


「っ!十匹以上来るわ」

レイが即座に警戒を促す。


ダリウスが、麒麟の模様を持つ銀色の長剣を構え、レイがリカーブボウを創成する。


レンも差し棒を右手に持ちその手に力を込めた時だった。


「レン。俺に―――力を貸してくれ」

レンの頭の上にいたディルクが、唐突に言ってくる。


「あの属性持ちの時に俺はお前のすまほから、銀色の源粒子の力を受けて獣化し、そして、それを使い怪異を倒した」


ディルクの要望を、即座にレンは察した。

もし、あの時と同じようにディルクが獣化すれば、対怪異の戦力は格段に増える。


「―――わかった」


レンはポケットから、スマフォを取り出すと、そこに意識を集中させ、源粒子の集積を始める。


すでに、鳥怪異、獏怪異、鼠怪異、鹿怪異といった怪異達がレン達の視界に入っており、こちらを警戒した様子で威嚇していた。


レイが光の矢を、怪異の足元に放ち、牽制する。


「まさかオレ達の街に、こんなに怪異が潜んでいるとはな」

ダリウスは信じられない様子で、そう呟いていた。



(っ!よし!)

あの時の暖かさと同じくらいの集積を終えたレンは、目の前に浮かんだディルクに、スマホを向ける。


「いくよ!!」「おぅ!」


そして、発現を始めた。



その瞬間。


放たれた銀色の光がディルクを包み込む。


それは、さらに輝きを強くする。


その光により反射的瞼を閉じ、視界を失った。


(いけるかっ!?)


そして、レンが瞳を開けると。


そこにはあの時と同様に、レンの背丈を優に超える灰色の竜、ディルクが立っていた。



「っ!!っ成功だ!!」

レンが思わず声を上げる。


銀色の粒子を身に纏ったディルクも嬉しいのか、ニヒルな笑いを浮かべていた。

「これで、今後も自由に怪異と戦えるぜ」


レンとディルクが顔を見合わせ、怪異達へと向き合う。


闘志は万全だった。




「―――待て!怪異達の様子が変だ!」

ダリウスが唐突に、声を上げた。


先ほどまでは、警戒心を露わにし、いつ襲いかかってきてもおかしくなかった筈の怪異達が、威嚇を止め、ゆっくり退いていく。


建物に戻る鹿怪異や蜥蜴怪異、近くの草むらへと身を隠す鼠怪異。


明らかに怪異達は、レン達を攻撃対象として見てはいなくなった。


「………どういうこと?」

レイが誰かに尋ねるが、誰もそれに答えられるヒトはいない。


異常な事態故に、レン達四人の緊張感が増した時だった。




「っ素晴らしい!!!素晴らしい!!あぁ!!こんなにも幸せなことがあるなんて!!予想もしていなかったよ!!!」




男にしては高めの声で、わざとらしいほどに大げさに喜びを表現した声が場に響き渡った。


白衣を着た若い男が大きな灰色の蛇を連れて建物から出てくる。


今にも踊り出しそうな様子で、こちらへと向かってくる。


その顔は幸福感に満ち溢れており、今の状況とのギャップを考えると、レンは気持ち悪さを覚えた。


「っヒトだと!?」

ダリウスが驚いたように声を上げる。


無理もない、とレンは思った。

ヒトを襲う怪異が大量にいるこの建物に、ヒトが居るとはとても想像できないだろう。



ズルズルと地面を撫ぜながら、男の隣に従っている蛇の目は、充血しており、体からは灰色の粒子を放出している。


(―――蛇怪異か)

レンがそう判断する。


だが、その怪異は白衣の男を襲う様子は見せない。


「ダリウス・デュフナーを連れてこいと命令したが!!まさか!それ以上に“あの力”を扱えるヒトを三人も連れてくるとは!!お前は最高の仕事をしたっ!!!これで私の研究もさらに進展を見せるだろうっ!!」


男は大声で、隣の蛇怪異を褒めると、声高らかに演説を始めた。


「経口実験の結果も良かったっ!!理性を最低限保ちつつ闇源技で制御する、その塩梅も調整できたっ!!後は素材だ!!素材さえ高品質なものを選択すれば!!完璧な存在を生み出すことが出来る!!!」


「―――何を言っているの彼?」

レイがポツリと呟くが、レンは制した。


【ここは、情報を得るためにも、彼の話を中断せず聞くべきです】

「確かに」

ヴぃーがそう提案し、レンはそれに即座に同意した。


突然の姿なき声にダリウスは驚いた様子を浮かべたが、レンの普通な様子にすぐに動揺を収めた。


「君たちも、誇りに思いたまえ!!!このニコラス博士の、革新的な研究に貢献できることを、ねぇぇ!!!!」


白衣の男、ニコラスはそう言うと、レン達を指差してきた。


「そこの竜属は!経口七日!濃度五割増しでぇ!!女子は少し!減らそう!!対格差も考慮せねば!ダリウス・デュフナーは残念ながら調整したら“あいつ”に渡して!!!」

ニコラスは後の方になると、少し憤慨した様子を見せた。


(このニコラスという男は何かを研究している。怪異を制御することができる。ダリウスさんが目的でそれは、“誰か”に渡すため。あの蛇怪異が線上に引かれた怪異跡の可能性が高い)


レンは、得られた情報を即座に頭の中でまとめる。


(獅子怪異と蛇怪異の二匹が、ダリウス邸に存在していたけど、実際に狙われたのは自分)


「そして、お前は!!そうだ!!解剖させて貰おうか!!!もしかしたら高品質の素材の特徴が掴めるかもしれない!!いいぞぉ!これは新しい研究分野になる!!やはり私は天才だ!!」


解剖。

解剖されている自分を想像して、レンは気分を悪くしたが、すぐに切り替える。


「一体、何を研究されているんですか?」

レンが、ゆっくりと尋ねた。


科学者は己の研究を認められたいという欲求がある、故に、他者に研究を説明することが好きなヒトが多い。


それがレンの認識だった。



「ふはははははっ!!そうかっ!!!興味があるか!!!見たまえ!!」

レンの予想通り、ニコラスは喰い付いてきた。


そして、隣にいる蛇怪異をタップする。



その瞬間、灰色の蛇怪異は形を変えた。




そして、“見慣れた”ヒトへと姿を形作る。




蛇属の壮年の男。




毎日レンが見ている、いや、話しているヒトだ。



ダリウス邸、下働き、主に厨房で働いているそのヒトは。





「――――アヒムさん」





レンが茫然と呟く。


「馬鹿なっ!!!」

ダリウスが悲鳴に似た、驚愕の声を上げた。


レイやディルクも、想像を超える事態に言葉を失っている。




「そうっ!!この私!!ニコラスの研究は―――――“ヒトの怪異化”だっ!!!」



そう笑いながら言うニコラスは、明らかに異質な存在だった。





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