第3節. レンと"レイ"と老源技能者の軋んだ愛情

43. 異端と騎士と少女の関係

「今回は予期せぬ事態が発生したものの、無事遠征を終えることが出来た。細やかながら卓を設けたので、皆楽しんでくれ。―――それでは、飲もう!!」


前方で飲み物を手に持ったダリウスがそう声を掛けると、‘狼の牙’やアルテカンフの騎士団たちも、声を上げ各々が手に持った酒を飲み始めた。


デリアやディ-ゴ、エーベルやダリウスの妻のアルマ、ダリウス邸の下働きのヒト達も会に出席している。


ダリウス邸の二階にある二五畳は優に超える部屋での、立食形式の宴会である。

部屋の中央の位置する長机には、揚げ物等の酒の肴になるもの中心に、料理が置かれていた。



「レン。あなたはお酒飲まないの?あなた一応20歳は超えているんでしょう?」


レンの隣に立っていたレイが、手元を見て尋ねてくる。


レンのグラスには栗皮色のお茶が入っていた。

「まぁ記憶が正しければ。でも、あんまりお酒って好きじゃなくて」

レイと問いにレンはそう返答した。


レンが、レイの方を見るとその視線はダリウスに向いている。


ダリウスは、ゲラルト達と浴びるようにお酒を飲みながら、豪快に笑っていた。


「私の父、お酒が大好きで、酔うとよく絡んできた。といってもダリウスとは違って、元々が粗暴でガサツで、脳筋で―――でも、私には甘くて―――」

レイはそこまで言うと、目線を落とし、声を窄ませていく。


「今頃―――心配してる」

「――――だろうね。こっちに飛ばされたのが7月7日の七夕。そこから2週間は経ってるからね」

「そろそろ向こうは夏休みに入っているわ」


夏休み。

大人になってからの長期休暇はお盆や年末にあって一週間。

そのため、夏休みという単語に若干のノスタルジーをレンは感じる。


(そういえば、レイさんってまだ、高等生―――子供なんだよな)




時が過ぎ、太陽は完全に沈み、窓には闇が映っている。


ディルクは宴会に姿を見せておらず、レンは主にレイと喋っていたが、現在、レイがお手洗いのため席を外した。


レンは部屋の中を見回す。

皆それなりに酔いが回っており、部屋は飲み会特有の熱気に包まれていた。


「'狼の牙’として絶対負けるんじゃねえぞ!!」

ゲラルトの濁声が響き渡る。


小さな机を用いて、’狼の牙’の熊獣人と、騎士団の鮫獣人が腕相撲をしており、周りの観客が囃し立てている。


離れたところでは、エーベルとアルマ夫人、そしてフランが和やかにお喋りをしているのが見えた。


他のヒト達も各々が、飲み食いや会話に興じている。


(この飲み会の雰囲気は、世界が変わっても同じだな―――でも)



やはり、一番の違いはヒトだ。


基本的にエルデ・クエーレのヒト達、獣人は男性も女性も体躯が良い。


そして、人化している時ですら、各々の種属の身体的特徴が露出している。

デリアやダリウスの獣耳や、蛇族のアヒムなら切れ目、といったものだ。


さらに彼らは二足歩行の獣の姿である獣人化や、獣そのものになる獣化も出来る。


流石に、宴会の席で獣化しているヒトはいないが、何人かは獣人の姿をとっていた。


(こうしてみると、進化学的にはニンゲンより高等に思えるな―――そもそも、質量すら変わるということは、タンパク質の分解と合成が瞬間的に起きなきゃ成し得なくて、そのためには、代謝を回さないといけない。それにはエネルギー必要で、それらの生理機能を促進、補助しているのが源技能や源粒子なのか?―――駄目だ。まったく想像できない)



レンが、辺りを見回しながら、そんなことをぼんやりと考えている時だ。



「レン。ちょっとよろしいですか?」

デリアがレンに声を掛けてきた。


それに頷きデリアへとついていくと、デリアはバルコニーへと繋がるガラス戸を開け、外にでた。

入り込んだ風がデリアのワンピースをひらひらと宙に泳がせた。


レンもそれに続き外へと出る。


アルテカンフの夜空も、煌めく星々が輝点を形成していた。

それを従わせているかのように、青白い光を纏いながら存在感を有する三日月がある。


デリアがそれを背に、レンへと振り返った。


「明日には、鳥行便で王領に行かなければならない―――こんなにも学院に戻ることが億劫になったのは初めてですわ」


「デリアさん、学生ですもんね。ストールズ中央学院でしたっけ?」

「えぇ。エルデ・クエーレの最高学府ですわ――――レンに言っても分からないでしょうが」


(馬鹿にされているのかな?)

「えっと―――すみません」

デリアの意図が掴み切れず、とりあえずレンは謝罪をする。


すると、デリアがクスクスと口元に優しい笑みを浮かべた。

「お父様の時もそうでしたが、レン。理解していないのに、謝罪の言葉を使ってはいけませんわ。――――それに、嬉しいのです」


「老師の筆頭騎士であり“怪異殺しのデュフナー”であるお父様の娘。最年少女性でのストールズ中央学院騎士科に入学。学院でも剣術や源技能の成績は常に上位層」


どこか寂しげな表情を浮かべながら、デリアが話す。


「昔から今に至るまで、わたくしにはそういった評価が付き纏っていたのですわ―――だから、いつも同世代には遠巻きにされて、友達もできなかった。わたくし自身の興味も武術に向いていたことも、理由の一つではありますけど」


「だから、わたくしのことを、色眼鏡無しに触れ合ってくれる、あなたの存在が―――とても嬉しいのですわ」


デリアが満面の笑顔でそう言うと、レンの頬に掌を添えた。


「お父様に叩かれた頬は痛みます?」


頬から沁み込むような暖かさが伝わってきた。

治癒源技を発現しているらしく、暗闇の中で神秘的な光を放っている。


「いえ。もう痛くないです」

レンはゆっくりと首を横に振り、否定した。



デリアは手を戻し、レンから少しばかり遠ざかりつつ、口を開く。


「レンは今後どうしますの?」


「えっと、世界を見て回りたいなって」


「それは―――故郷に帰るためですか?」


デリアの顔が一瞬曇ったように、レンには見えたが、次の瞬間には笑顔のデリアに戻っていた。


「まぁ、その目的も多少はありますけど、どちらかというと今は、知りたいからです――――色々なことを」


「そうですわね、新しいものと出会うことは大事ですわ!わたくしも、あなたと出会ってから、本当にいろいろなことを学んで、刺激を受けていますわ!」


(そんなに自分って異端なのか―――)


レンが若干凹んでいると、デリアが再度レンの方へと近づいてくる。



デリアが右手の拳を自身の胸に置き、そしてそれを、そっとレンの左胸に添えた。


そして、レンをじっと見てくる。


デリアの澄んだ金色の瞳はキラキラと夜空に浮かぶ星々のように輝き、レンは吸い込まれそうな感覚を覚える。


(これってゲムゼワルドでディルクがやった盟友の証だよね。でも、自分が返したら、デリアさんの胸に手を置くことになっちゃうけど!―――えっと、こういう時どうすればいいんだ!?)


レンが焦っているのを察したのか、デリアはクスクス笑うと、レンの右手を取り、両手で包み込んだ。


(えっと、これでいいのかな)


「レン!わたくしが学院を卒業したら、あなたのその旅に着いていきますわ!!あと、旅の途中で後、王領に寄ったら、必ずわたくしを訪ねなさい!!」


デリアが溌剌した声で、はっきりと宣言した。





―――――――





「――――何をしているの?」


レイがお手洗いから戻るとレンの姿は見当たらなかった。部屋の中を見回すと、隠れながらバルコニーを盗み見しているダリウスの姿が視界に入った。


大きな体躯を縮めながら顔だけ外に向かっているその姿は、違和感が大きい。


ダリウスの顔は赤ばんでおり、短く刈り上られた金髪から生えている耳はピンっと緊張していた。


「あぁ。レイちゃんか―――ほら、あれだ」

ダリウスは、レイに気が付くと、バルコニーの外を指差した。


レンに巻き込まれてダリウスから説教を受けたことにより、レイはダリウスから認識され、遠征の帰路では少しばかり会話もしていた。


ダリウスの“ちゃん”付けに、若干の不満を覚えつつ、レイはそちらへと顔を向ける。


「レンとデリア?」


デリアがレンの手を握りしめながら、笑顔で何かを言っている。


二人のことを詳しく知らなければ、恋人同士の逢引きに見えなくもない。


「なかなかロマ―――雰囲気があるわ」

レイが素直にそう評する。


「――――駄目だ駄目だ!デリアには色恋なぞ早すぎる!レンにもだ!!」

ダリウスが声を荒げながら、早口で否定した。


(デリアは兎も角、レンは20歳を超えているのだけど)


まぁ、この獣人達の世界で、あの体格で、あの顔だったら仕方ないのかもしれない。

レイは心の中でそう思うと口を開く。


「嫌なら、邪魔をすればいい」


「いやっ……それは……だが―――」

レイの直球の意見に、ダリウスはらしくなく、口ごもる。


(話を聞くにダリウスは、豪快で大らかなヒトだと聞いていたのだけど。――――もしかして)


「レンと話すのが気まずい?」

「っ!!」

ダリウスの体は正直だった。全身がびくっと跳ねると、虎耳が忙しなくピコピコと動いていた。



レイの知る限り、レンは頬を叩かれて以来ダリウスと話していない。


最もレイの目には、叩かれたことに対してレンが何かしら思っている、という風には微塵も見えないのだが。


「レンは全く気にしてないから、普通に話しかければいい。」


「――――全く気にされないのも、説教して叩いたオレとしては、とても複雑なんだが、な。」


(確かに)


説教した方が気に病み、された方は全く理解していない。

この構図は少しばかり、いやかなりダリウスが憐れだ、とレイは思う。


「その問題は多分根深いからとりあえず話しかけるのを勧めるわ。デリアも明日には学院に戻って、レンも近々旅に出る。今日のこの時間は大事じゃないかしら」


レイがそう言うと、ダリウスは決心をしたのか、近くに置いてあったお酒を一気に煽ると、バルコニーへと駆け出して行った。



「デリア!!!レーン!!」

「っっきゃ!お父様、いきなりどうなされたのです!!」


ダリウスがデリアの肩に腕を回し引き寄せている。


「っうわ!!ダリウスさん!」


次いで、レンの肩も掴んだ。


そして、二人の顔に豪快に頬ずりを始める。


「っちょっと!お父様!!酔ってらっしゃるの!?」

「めっちゃ酒臭いですよ!」



それでもダリウスは二人への頬ずりを止めない。



(酔っ払いのマーキング?)


レイはその様子を見ながら、昔テレビで見た、ベンガルトラが幹に顔をこすりつけるマーキング行動を思い出した。





気が付けば、部屋の中にいた参加者ほとんどが、レン達に注目していた。


‘狼の牙’で集まっている場所では、ゲラルトが濁声で大きく笑い、騎士団と喋っていたディ-ゴは憮然とした様子だ。


ダリウス邸の使用人達は、苦笑いを浮かべているし、エーベルは何処か寂しそうな顔を浮かべている。


レンに突っかかってくる‘狼の牙’の獅子属のゴッツも今は笑顔を浮かべている。


皆が表情豊かに宴会を楽しんでいるのを見て、レイの心も僅かに楽しくなるのを感じた。


(そういえば―――ディルクがいない)






――――――――――







「ふー。疲れたー」

レンは、ダリウス邸の自室の扉を開け、入った。



刻は既に裏酉刻(20時)を過ぎており、一度会は中締めが行なわれた。


ダリウス達や騎士団、‘狼の牙’の面々は、まだ場に残り酒を飲んでいる。


だが、デリアは明日のことも考えて自室へと戻り、デリアの部屋に泊まる予定になっているレイも続いた。


レンも、今日一日の激動が体に現れてきたらしく、急激な眠気に襲われたため部屋へと戻ることにした。


(遠征に出て、レイさんに会って、属性持ち怪異と戦って、山彦庵で四人で話し合って)

とても、密度の濃い一日だった。日本にいた頃と同じ24時間とは思えない程だ。



(早くベッドに横になりたい)

そう思いながらベッドへと視線を向けると小竜の姿で座っているディルクが視界に入った。



「あれ?ディルク部屋にいたんだ」

レンが部屋に入ってきたときに声が掛からなかったため、無人だとレンは思っていた。


「宴会楽しかったよ―――ってか、その姿に戻ったんだね」


「……っレンか………あぁ。あの力は切れたみたいだ」

ディルクが心ここに非ず、といった様子で返答してくる。


「どうかしたの?」

レンが思わず、尋ねるものの、


「いや。何でもない。それより、怪異との戦闘もあったし源技もかなり発現しただろう、もう寝ろ。俺も寝る。」

そう言うと、ディルクはぱたりと後ろに倒れ、目を閉じた。


「あ。うん」

ディルクの様子が気にかかったものの、疲れていたレンは素直にベッドに入り、部屋の光を落とした。




(今日は、本当にいろいろあった。大変だったけど、でも、色々収穫もあったし、何より、今後どうするかが、はっきりしたのが良かったな)


レンはウツラウツラしながら、ぼんやりとそんなことを考える。


今日一日を振り返りながら、眠りへと旅立とうとした時だった。




(――――?)



何かがおかしい。



とても微弱で不明瞭ではあるものの、何かに違和感を覚える。


怪異を感知した時の違和感ではない。


何か大事なものを見過ごしている時に覚える感覚だ。


(なんだ?)


ディルク、ヴぃー、レイ、デリア、ダリウス、ディ-ゴ、老師、ゲラルト、ゴッツ、フラン、“狼の牙”、騎士団、カルメン、エーベル、アルマ、アヒム。


アルテカンフで関わったことのあるヒトビトを、頭の中に思い浮かべる。


だが、違和感には近づけない。




レンは、それの正体を探るうちに、眠りへと近づいていった。


瞼が自動的に閉じていくのをぼんやりと感じる。




(気のせいかな――――)




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