42.5. 小話集ーアルテカンフー

・悠斗の焦燥 [川北悠斗・藤堂剛・川北弥生]



「―――ふざけんなっ!!なんで俺が外されるんだ!!!」

庁舎の会議室で男の怒号が響き渡る。窓ガラスが振動でびりびりと震えた。

悠斗の目の前で、レイの父親である剛が顔を真っ赤にして殺気立っている。


「少し落ち着きなさい。剛くん。今のあなたは精彩を欠いている」

会議の議長である、30半ばの女性が咎めた。


(その言葉はダメだろ。母さん)

会議室の隅の方で座っている悠斗は、居心地が悪かった。


会議室にはスーツを着た大人が数十人座っており、学生は悠斗だけであった。悠斗は案件の目撃者として、会議に参加している。


「落ち着けるわけないだろうっ!!麗が消えてからもう10日だぞ!!!あれから何も進展がねぇ!!」

剛が机を大きく叩いた。


現在悠斗は都心で起きている消失事件の捜査会議に参加している。


レイが空間に吸い込まれていくのを見た悠斗の証言と、特異庁管制部が感知した源技反応の位置が一致し、この消失事件が、日本における源者を司る特異庁の案件となった。


「っ!!もちろん、わが子をあなたの思う気持ちは痛いほど理解できるわ!!でも、あなたの、その想いがチームを乱しているの!」


会議はすでに何度も開かれてはいるが、毎度毎度特に進展はしていない。


「っっこれまで、消失時の源技反応と思われるものが―――4回感知されているわ。悠斗達の通学路、保全部係長の自宅、経理頭の自宅、庁内、とね。少なくとも4人は、悠斗の言う空間に吸い込まれたと考えられる。そこから、共通点を探って―――」


「何が共通点だっ!!!全員源者ってこと以外になにがあんだよっ!!っつ!!やってられるか!!俺は!俺で勝手にやらせてもらう!!」

そう剛が怒鳴ると、肩を大きく動かしながら会議室を荒々しく出て行った。


「―――仕方ないわね。10分休憩にしましょう。その後は、グループ事に報告していって」

剛と言い合っていた女性、川北弥生がそう言うと、会議室の人々は立ち上がり、各々休憩を始めた。


悠斗は椅子に座ったまま、ポケットからスマフォを取り出すとSNSとメールをチェックする。


レイが消えてから、幾度となくレイにメールやメッセージを送った。

だが、一度も返信はおろか、レイが見た形跡すらつかない。


そして、やはり今もレイからの反応を示すものは何もなかった。


「麗、お前、生きてるんだよな。頼むから連絡をくれよ」


幼馴染である悠斗は心の中で不安になりながらも、無事を願うことしかできなかった。






・怪異が遺すもの [レン・ディルク・ゲラルト]



レン達が苦心の末属性持ちの蚯蚓怪異を倒し、レンは地面に座り込みながら手当てを受けていた。


先ほどまでは、ダリウスから説教という名の雷を浴びてはいたが、老師が諌め終わった今は、各々帰り支度をしている。


「っおい!これってあの属性持ちの“核”か!?」

‘狼の牙’頭領の鰐属であるゲラルトが、興奮した様子で赤灰色の澄んだ玉をレンに見せてきた。


(核?)

レンが心の中で疑問に思う。


「あぁ」

隣に座り込んでいるディルクが、億劫そうに応えた。


「これだけの大きさと純度!教会に渡したらどれだけのカネになるんだろうな!」

ゲラルトが小躍りしながら、それを見ている。


「それが、お金になるんですか?」

レンは思わずゲラルトに聞いてしまった。


「―――おまえ、何言ってるんだ?常識だろう」

ゲラルトが不思議そうな顔を浮かべ返答する。


(そういや、ゲムゼワルド通行門でも傭兵達が、さっきもディ-ゴさんがなんか拾ってたっけ)


「ねぇ、ディルク。なんで教会が買ってくれるの?」

「怪異を倒したときに落ちる“核”は、源粒子の塊みたいなものだ。源技能者にとっては、いろいろな使い道がある」


(そっか。属性源粒子が、怪異が持つ灰色の源子で凝集して高密度になってるのか)

レンが、赤灰色の球を見ながら考察する。


「通常は基盤源粒子の塊だが、属性持ちはその属性を持った“核”を落とす。といっても俺も今回、初めて見たがな」


「へー。………でも、なんで教会?」

「詳しくは知らん。教会は、第5勲“聖女”が統括していて、治癒源技連合も運営しているから、そこで需要があるんだろう――――ってか、あいつ、あの核は騎士団に帰属することを忘れてやがるな」


ディルクが、喜びの舞を踊っているゲラルトを呆れた様子で見ながら呟いた。






・老師からの贈り物 [レン・ヴァルデマール]



山彦庵研究室での話し合いが終わり、ダリウス邸へと戻ろうとしたレンは玄関で老師に声を掛けられた。


「ベーベ。先ほどの記憶の制限及び、性格改変の件だが」

レンは目の前に立つ、犬老獣人を見上げた。


「そなたの言うことが真実だとしたら、それを仕掛けた相手はかなりの闇源技能の使い手になる。ヒトの想いを勝手に操る闇源技は複雑であり、特殊な精神力が必要になる」

老師の顔に変化はない。両目を閉じながら淡々と事実をレンに伝えている。


「だがベーベ、我が感じる限り、そなたからは闇源技の発現の気配はない。もし性格改変の闇源技が発現しているのならば、要所で源技能が発現せねば、それは達成できぬ。―――最悪でも、そなたに掛かった闇源技は、記憶自体を消すといった、瞬間的なものだろう」


(なるほど)

ディルクの先ほどの無理やりこちらを気遣う様な論理よりも、レンは老師のその仮説に納得が出来た。


「それでも気になるというのなら、これを身に着けておくのだ。ベーベ」

老師はそう言うと、銀色のチェーンとそこに通った指輪をレンに渡してきた。


「闇源技には闇源技。このヴァルデマール・ヴィルヘルムの源技陣が刻み込まれたそれは、そなたを闇源技から守ろう」


レンはお礼を述べ、受け取ると首にかけた。


(結構おしゃれ、なのかな?けど、良く見ると闇源技が発現しているせいか、黒いものが纏わり付いているようにもみえるんだよな)






・レイの懸念 [ディルク・レイ]



レンが老師ヴァルデマールから指輪を受け取っているのを見たディルクは、安堵する。


(あの、前第7勲のヴァルデマール・ヴィルヘルムの闇源技だ。これで余計な心配はしなくて済むな。)


「―――彼。大丈夫かしら」

隣に立っていたレイが、ポツリと呟く。


「レンのことか?確かにさっきは少し取り乱していたが、直ぐに切り替えて話し合いを進めていたじゃないか。今も特に変わった様子はないが」

ディルクがレンを見ながらそう判断し、己の見解をレイに述べた。


だが、レイの反応は芳しくない。

「本当に?自分の記憶が欠落していて、性格すらも変えられた恐れがあるってことを自覚して、大丈夫なヒトなんて本当にいるの?―――私だったらおかしくなっていると思う」


「……何が言いたい」

ディルクが低い声でレイに尋ねる。


「いえ、私の思い違いだったらそれでいいの。―――とにかく彼を、気にかけておきましょう」

レイが意味深に話題を打ち消すと、ディルクに確認をしてきた。


「あぁ。わかった」


ディルクはボンヤリと、レンの首に掛けられた銀色の鎖を見ながら返事をした。





・神獣日報 [レン・アヒム]



宴会の準備に追われていたレンとアヒムだったが、一通りの準備が終わり、厨房で休憩をとっていた。


「へー。アヒムさんも昔傭兵だったんですか」


「ヒヒヒ。そうよ。だが、怪異との戦闘でドジッちまってな。その時を負った怪我のせぇで、腕と脚をやられてなぁ、もう戦闘は出来なくなっちまったんだぜぃ」

蛇属であるアヒムが、特徴的な切れ目と笑い声を見せながらレンに話す。


「その後はちょっとばかし腐ってたんだがなぁ、知り合いの定食屋で働き始めて、奥様に料理の味を見初められて雇ってもらったんだぜぃ」


「じゃあ、アルマさんがダリウスさんと結婚する前から、アルマさんの元で、働いていたんですか?」


「あぁ。前の旦那様も知ってるぜぃ―――っと、物騒な世の中になっちまったなぁ」

アヒムが喋りながら、机の上に置いてあった新聞に目を走らすと、レンに渡してきた。


エルデ・クエーレでも、日本の新聞とほぼ同じものが流通しており、日々の出来事をヒトビトに伝えていた。


レンはアヒムから受け取った「神獣日報」へと目を滑らす。


「―――えっと。“怪異の目撃情報相次ぐ!王領騎士団対応へ”“ゲムゼワルドで起きている行方不明事件!怪異出現との関係”“姿を見せない第1勲,第2勲,第3勲!内次官「重体説はでまかせ」”“麦の収穫量10%減”―――確かに、そうですね」


レンは記事のタイトルを読みながら、気分を落とした。


「………本当に……嫌な世の中だぜぃ」

アヒムが目を細めながら、そう呟く。


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