31. 小竜とJKTの邂逅
アルテカンフ領領主。カルメン・バルマーの館の応接室へと通されたディルクは、応接机の上に置かれた座布団へと腰かけた。
目の前の漆黒の長椅子にカルメンと、そしてレイが座っており、彼女らの後方にはハインが、部屋の隅には給仕の女性が立っていた。
先程までのハインとは異なり、館の主であるカルメンは穏やかにディルクの対応をしてはいるが時折警戒している様子を感じさせる。
「申し遅れました。私はアルテカンフ領領主のカルメン・バルマー。そしてこちらが、」
「わたしの名前はレイ。トウドウ・レイよ」
カルメンの後を継ぐようにレイが自己紹介をする。
(家名があるのか)
「俺はディルク。レイといったか―――家名を持っているんだな」
エルデ・クエーレでは統治者層のヒトのみ家名が与えられている。
歴史ある家系や、または特殊な称号を得られたヒトが中央から授けられるものだ。
「えぇ。こちらの世界ではすべてのヒトが家名、苗字をもっているわ」
(なんだとっ!―――どういうことだ?)
レイの回答にディルクは“ある”疑問を覚えたものの、胸の奥に仕舞った。
「それで。うちのレイにどのようなご用件でしょうか?」
カルメンが笑顔で問いかけてくる。
「あぁ――とりあえず一つ確認をしたい。レイ、お前は異世界から来た、“ニンゲン”だな」
ディルクがそう言った瞬間に、応接室内の空気が一気に張りつめた。
特にカルメンの反応は顕著だった。息をヒュッと飲み、真剣な顔へと移る。
レイが隣のカルメンを見る。彼女がゆっくりと頷いたのを見てレイは口を開いた。
「えぇ、そうよ」
「そうか。俺は今、レン、というニンゲンと行動を共にしている。そいつは神獣綬日の日にニホンからこちらの世界に飛ばされてきている」
「なんですって!?私以外にも人間がいるの!?」
それを聞いたレイは目を大きく開き、驚きの声を上げた。
「―――やはり、そうなのですね。」
カルメンだけはディルクのその言葉を予想していたようだった。だがその顔には苦渋が浮かんでいる。
カルメンは一度ゆっくりと目を閉じ、開くと、体を隣に座っているレイの方向へと向けた。
「レイちゃん。貴方に謝らなければならないことがあるの――私は知っていたわ。レイたん以外にもアルテカンフにニンゲンがいるということを」
それを聞いたレイは再度驚きの声を上げた。その表情には多大な困惑と僅かな怒りを感じさせた。
「どういうこと?カルメン、なんで、なんで教えてくれなかったの!?もしかしたら日本に帰る方法がわかるかもしれないのに!」
「――――だからよ!貴方のことが可愛くて仕方なかったから!本当の娘のように思い始めたから!」
レイの怒声に対抗するかのようにカルメンも声を荒げはじめる。
「何を言っているの?意味が解らない」
十秒ほどの沈黙が場を支配する。レイとカルメンの雰囲気のせいもあり、
実際の時間以上にこの沈黙を、ディルクは長く感じた。
「私たち夫婦には娘が一人いるの。でも私との折り合いが悪くて、あの娘は中央に行ってしまった。私がここの領主に成り立てのころだったから忙しくて、ちゃんと構ってあげられなかったからかしらね。もう何年も連絡すらとっていないわ」
カルメンが顔を伏せ膝の上に手を乗せながら語り出す。
「どうにかして、娘との仲を修復したかった。だけどなかなか上手くいかなくてそんな時だった。レイ。貴方と出会った」
「レイを保護して、幼子のように泣くその無力な姿を見て、レイには私が必要だと思ったの。いえ。そう思い込みたかった―――だって、レイがこの館に滞在している限り、私は母親になれるような気がしたから」
カルメンの語調に、思いが加わっていくのをディルクは感じた。
「でも、貴方が本当に帰りたがっていることもわかっていた。だから、あのニンゲンの青年と貴方を会わせたら、今の、この貴方との生活が無くなってしまうんじゃないかと思ってっ」
「どうして、レンが、その青年が―――ニンゲンだとわかったんだ?」
ディルクはカルメンの告白の合間を縫って尋ねる。
「絶対の自信があったわけではありません。数日前の視察の帰り道のことです。その青年がとても真剣な顔で街中を走っているのを見かけました。その時はあまり気に留めていませんでしたが、レイと話していて気が付いたのです彼のその手には、レイが持っている“けーたいと呼ばれる黒い板”があったことに」
「すまほのことか!」
ディルクはすぐさま察する。
レンが持つ源具に似た黒い板。
レンはそれを、通信や記録など、多様な機能を有するといっていた。
もっともディルクにとっては、スマホはヴぃーが住んでいる場所であり、User1の位置を知ることができる、ものという認識でしかないのだが。
「スマホ?」
レイが眉をひそめて聞き返す。
「あぁ。レンのスマホは、エルデ・クエーレと名前の付いた獣を押すことで、ゆーざー2というニンゲンがアルテカンフにいることを教えてくれていた」
「うそ―――そんなアプリがあるなんて」
レイは茫然としていたが、我に返ると、自分の服のポケットに手を伸ばし何かを探しているが、なかなか見つからないようだった。
「ハイン」
カルメンがハインを呼ぶ。
「はい。申し訳ありません、レイお嬢様。先ほどの店にいる際にこれを少しばかり拝借させていただきました」
ハインはそう言うと、レイの前の机に黒い板を置く。
レンが持つスマホよりも僅かに平面に大きい。
「私のスマホ」
レイは急いでそれを手に取ると、隅の方にあるでっぱりを強くおしていた。
「レンという青年がこれを見て何かを探している様子を見て、私は彼のソレとレイのそれ何かしらの関係があるのではないかと疑ったのです」
「そういうことか。ということは、さっきの店で急にスマホが移動したのは―――」
「えぇ。お察しの通り。レンという青年が近くにいることをハインから聞いて私はハインに――」
「―――お嬢様のすまふぉを拝借し、獣化してその場から離れました」
執事であるハインがカルメンの言葉を遮り、自らの罪の行動を喋る。
少しでもカルメンに対するレイの印象を下げないためだろう。
鳥属の獣化。つまるところ、スマホは空を飛んでレン達から離れていたらしい。
(どおりで、レンが移動速度を疑問に思うわけだ)
「最もその行動は、意味を成さなかったようですね」
カルメンがディルクに儚い笑みを浮かる。それは自分自身を貶しているに感じた。
「カルメン。私―――怒ってる」
レイがスマホから顔を上げると、カルメンを見つめた。
その瞳には強い意志を秘めている。
「隠しごとをしていたことも。そして勝手に私にその娘さんの面影を重ねていたことも」
「私は、日本からきた、トウドウ・レイよ。決して貴方の娘ではない」
レイのその言葉を聞いて、カルメンが悲痛な面持ちを浮かべる。
(ほぉ。言うなこの小娘。男らしい)
ディルクが心の中で感心する。
レイから面と向かって放たれる否定の言葉はカルメンには堪えるだろう。
だが、至極真っ当であり、お互いに必要な言葉だ。
「でも。カルメンにはとても感謝している。何も知らない私を保護してくれて面倒を見てくれたから。―――それに、私もあなたのことは母のように感じ始めていた。だから、“今度”そういったことがあった時は、ちゃんと話すって約束して。きっと、そうするともっとカルメンのことを―――信じられると思うから」
「っ!レイちゃん!」
レイのその言葉にカルメンは気持ちが溢れたかのように、抱き着き感謝の言葉をいっている。涙が頬を伝っている。
ディルクはレイとカルメンのことも、二人の関係も全く知らない。
この僅かな期間にどう過ごしてきたのかも。
だが、この約十日という短い時間の中でも、二人は心を通わせ始めていたのだろう。
レンとディルクがそうであったように。
(少しの間。黙っているか)
――――――――――――――――
「お恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
数分程たった後、カルメンが恥かしそうに笑いながらディルクに喋りかけてきた。
カルメンの目元はまだ僅かに赤みを帯びている。
「気にしないでいい」
ディルクが事もなげに答える。
レイも恥ずかしそうではあったが、今は真剣な顔をしてスマホに向かっていた。
「あったわ。エルデ・クエーレのアプリが―――こんなアプリいつの間に、、、」
そういった次の瞬間レイの上半身がふらつく。
「レイちゃん!」
カルメンが取り乱し、レイの体を慌てて支えようとした。
「大丈夫。すこし眩暈がしただけ」
レイがいつも通りの平坦な声で伝える。
(そういえばレンも初めてそれに触った時は眩暈を感じていたな)
レイはスマホを触っていたが、急に指の動きを止め、スマホを机の上に置きディルクに見せてきた。
User1 ログイン中
User2 圏外
晴信 圏外
User4 圏外
レン ログイン中
(レンの画面とは何かが違う?)
なにかしらの違和感を覚えるが、ディルクにはそれが理解できない。
「俺はおまえらの世界の文字が読めないんだが」
「あぁ、そうだったわね。えっと、User1が私で、あなたの言うレンと、もう一人“晴信”って名前が書かれてる」
(―――晴信だと?!)
ゲムゼワルドの宿で、レンがスマホを見た時は、レン以外はすべてUserと表記されていたらしい。
「おい!この晴信ってニンゲンと会ったのか?!」
「会ってないわ!こっちの世界に来てから人間には誰一人として会ってない!」
(ってことは、知らない間お互いが近づいていたのか?!)
「おい。“位置”を押せ!もしかしたらこの晴信ってニンゲンがどこにいるかわかるかもしれねぇ!」
ディルクのその言葉を聞いて、レイは慌てて、通話、伝板、人間、位置のアイコンのうち“位置”に指を滑らす。
スマホの画面には、エルデ・クエーレの地図が浮かび上がった。
カルメンもハインも覗き込んでいるが、その機能に驚きを浮かべている。
「これが “キカイ”。このような複雑で細かな制御が求められる源技能はみたことがありません」
「いた。これはわたしとレンというヒトね。」
アルテカンフの街の上に水色と点と、レンとラベルがある橙色の点が存在している。
レイはさらにスマホに指を滑らせ、違う地域を画面に映した。
だが、晴信のラベルや方角を示す矢印は見つからなかった。
「圏外だったから、遠くにいるのかも」
そう言いながら、レイは親指と人差し指を外側に流した。
スマホ上の地図が拡大され、さらに詳細な情報を映す。
「レンのやつより、さらに細かい位置まで教えてくれるみたいだな」
スマホの画面には、街の詳細な地図が描かれていた。
通りの一つ一つや、そこに存在するお店の名前などだ。
「いろいろ考えて、可能性を出すのは、レンのが得意なんだが―――」
ここで新たなニンゲンに関する手がかりを得るとは思っていなかったディルクは、思わず零してしまう。
「とりあえず、そのレンというヒトと会いたいわ」
「そうだな。お互い情報を共有すればまた何かわかるかもしれん」
「えぇ―――――?」
話は一旦のまとまりを見せたが、急にレイが訝しげに顔を歪める。
「ディルクだったっけ。なんでレンは“北商業街治安隊詰所”なんてところにいるの?」
レイがスマホを指差した。
そこには、縮尺が最大にまで拡大された地図上の“北商業街治安隊詰所”とラベルされた領域の中に、レンを示す橙色の点が存在していた。
「あ。そうか、あいつ今、治安隊に―――尋問されてるのか」
そういえば俺だけがここにいるのはあいつが治安隊に捕まったからだった、とディルクは今になって思い出す。
「そのレンとかいうニンゲン、レイお嬢様にとって害がないんですよね?」
執事であるハインが辛辣な言葉をディルクに投げかけてきた。
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