32. 夕日で伸びる2つの影

18時をまわったころ。


タージア州のシンボルカラーである赤銅色に色づいた夕日が、一日の終わりを想起させるころ。


レンはようやく詰所から解放された。


元々の大地の色と相まって真っ赤に染まった地面を、レンは荒々しく歩む。

2つの人影が並んで動いているが、レンの方は忙しなく動いている。

それはレンに自身の精神状態を伝えていた。


(仕舞いには、飴ちゃん舐めるか?とか言ってきたし!完全な子ども扱いじゃん!子どもが性に目覚めて、欲求不満で下着店に入った感じになっちゃったし!!)


「あ”ーーーもーーーー!」

解放感とイライラはレンに地団駄を踏ませる。

足元にある石にフラストレーションを込め蹴った。


「っあんまり気にしないで、レン君」


そんな様子を、隣にいたダリウスの義理の息子エーベル・デュフナーが微笑みながら見ている。

獅子属である彼は、レンと同年代ではあるものの、やはりニンゲンであるレンよりも大きい。


そして邸では、レンに時折座学を教えてくれるヒトでもあった。


「!申し訳ありません、エーベルさん」

詰所で尋問を受けた際の容疑者は、保護者や保証人に引き取りにきてもう必要があった。

レンは泣く泣くデュフナー邸のヒトであることを伝え、丁度邸にいたエーベルに迎えに来てもらった訳だ。


デュフナー家に関わるものだと伝えた時の、詰所の犀獣人の憐れみを帯びた目がレンの脳裏に残っている。


「詰所から連絡があった時はびっくりしたけど、ちょうど僕が早上がりで良かったよ」

エーベルはアルテカンフ中央の役所に勤めており、20代前半の事務官だ。

獅子属である彼は、虎属のダリウスとは種属が異なっている。


というのもダリウスの今の妻は二人目であり、一人目の妻はデリアを生んで間もなく亡くなった。その後10年ほど前に今の妻である獅子族アルマと結婚したらしい。


アルマも当時未亡人であり、前夫との子がエーベルになる。

つまるところ、ダリウスとエーベルは血が繋がっていない。


このことを始めて聞いた時、中々複雑な家庭なのだろうか?とレンは思った記憶がある。


だが、この話を教えてくれたデリアは全く気にした様子もなく、お母様、お兄様と笑顔で言っていたので、家族間の仲は良好なのだろう。



「ねぇ。レン君。デリアから聞いたんだけど、父さんの弟子ってことで誹謗中傷を受けてるんだよね」


(誹謗中傷ってデリアさん、大袈裟すぎないか?)

デリアが訓練場での周りのレンに対する視線にかなり怒っていたことは知っていた。だがそのような仰々しい単語を使って家族に話すことは、レンには予想外だった。


「ごめんね。父さんのこれまでの業績が凄すぎるから必然と君への要求も高くなるんだ」

エーベルが悲痛な面持ちでレンに謝る。


「大勢の知らないヒトから、勝手に期待されて、落胆されて、失望されて、蔑まれて、憐れまれて――――辛いよね。その気持ちよく解かるよ」


足を止めたエーベルはレンの方へと顔を向けると、今にも泣きそうな顔だった。

優しいヒトなのだろう。


(デリアさん、どんだけ大袈裟に言ったんだ?)


「えーっと。あんまり」

これはレンの本心だった。


「―――え?!そうなの?」

エーベルは虚をつかれたかのように、その灰色の瞳を真ん丸にしてこちらを見てきた。


若干白目が充血している。

どこの世界でも役所勤めは激務なのだろうか、とレンはぼんやりと頭の隅で考えていた。


「あんまり他人を気にしない性格、というか興味がないというか」


「――――結局そういう言葉や態度って向こうがどう思おうが、こっちの受け取り方次第なんですよね。あと、単純に僻みとか妬みとかも交じってるから、重く受け止めるだけ無駄だ!って思ってます」


「まぁ、暴力とか物理的な危害が来たらさすがに対処しますけど」


レンはここまで言うと少し恥ずかしくなった。


「そっかぁ、レン君は、強いんだね」


エーベルが感心したような声を出す。


「うーん、、、自分は強くないから、そう思うことにしてるって方が正しいと思ってるんですけど。まぁ、欲求不満な子ども扱いされて、こんなに怒ってる時点で説得力皆無ですけどね」

レンは苦笑いをした。



「いや。君は――――強いよ」



そうエーベルは言うと、顔を前へ向け足早に帰路の道を歩き始める。



その影は、始めのレンと同じようにユラユラと忙しなく動いていた。




――――――――――




ダリウス邸へと戻ったレンは、皆から、ある意味熱烈に絡まれた。


ダリウスからは「敵前逃亡して下着屋見物とは、やるな!」と爆笑されながら褒められ、


ディ-ゴからは「なにをやっとるんだ!!青二才!!閣下の顔に泥を塗りおって!」と大声で叱られた。


「レン。色々疲れていたのですわね。気か付かないで申し訳ありませんでしたわ。大丈夫です!そうですわ――――剣技の時間を倍にしましょう!もっと訓練して体を動かして、強くなれば万事解決ですわ!!」


と、憐れみ、斜め方向の解決案を提示してきたのはデリアだ。


ダリウスの妻であるアルマ夫人は、皆のその姿を見てクスクスと楽しんでした。



その日の夕食時の会話も終始、レンの詰所連行事件で盛り上がる。


レンとしては苦い出来事ではあるものの、もし友達が同じ状況に陥ったら自分も全力で笑うだろうな、と思い心を少し軽くした。


ディ-ゴの言うようにダリウスの評判を下げていたかもしれなかったが、結果として当のダリウスが全く気にせず爆笑していることには、少し安心する。



レンは本日の夕食のメインである、小麦生地の中に卵、ひき肉、ほうれん草が入った、向こうでいうところのキッシュに似た料理を食べながら、ダリウスのからかいを聞く。


(やっぱり、味付けは微妙だ)




―――――――――――




ダリウス邸には来客が宿泊するための客間がいくつか存在するが、そのうちの二人部屋は現在、レンとそしてディルクの部屋になっている。


その部屋の中の大きな寝具の上に、ディルクは小竜の姿で、仰向けでいる。


あの後カルメン邸で、レイやカルメンとこれまでの事や今後の事を話していたら、すっかりと時間が過ぎていた。


そして、カルメン邸での夕食に招かれたので、ディルクはすっかりと御馳走になった。


(あの邸のメシは中々だったな)


ぼんやりと先ほどの肉汁溢れる牛肉の感触を思い出している時だった。

入り口の扉が開かれる音が、ディルクの耳に入った。


視線を向けると、若干疲れた表情を浮かべたレンが入ってくる。


「戻ったか。お疲れ様だ、運が悪かったな」


「ホントにね―――で、どうだった?」


レンはディルクの姿を視界に入れると、すぐに期待に満ちた顔でディルクに聞いてきた。


「あぁ。あの少女、ニンゲンには会えたぞ」


「ホントに!!っよっし!」

レンが嬉しそうに拳を握る。



ディルクはカルメン邸での話レイのこと、スマホのこと、をレンに伝える。


「なるほど。User4―――晴信。ね」


それを聞くとレンは自らのスマホを見始めた。


「う~ん。自分のスマホはまだUser4のままってことはそのレイさんと“晴信が何処かで近づいたんだと思うんだけど、多分お互いに気が付かずに」


レンが顎に手を当てて考え始める。


「スマホの認識範囲と晴信さんがこっちの世界に来た日次第だけど。晴信さんも自分やレイさんと同じ日、七夕の日にエルデ・クエーレに来たのなら、晴信さんは初めの4日間のどこかでアルテカンフの近くにいたことになる」


「ってことはまだ近くにいるかもしれないのか?!」


「いや、それはおそらくない。というのも、自分がゲムゼワルドの街で初めてスマホの機能に気がついた時、User2であるレイさんのスマホの方角を示してたよね。あれが晴信さんにも適用されるなら、アルテカンフからゲムゼワルド間の距離の範囲に、晴信さんのスマホが存在するなら反応があっていいはずだ」


「―――確かに、そうだな」

やはり、レンに話すと議論が進むらしい。


ディルクは心の中でそう思う。


「明日にでもそのカルメンさんの家にいってレイさんと話したいんだけど。向こうはなんて言ってた?」

レンが話を変えてきた。


「あぁ、向こうもすぐに会いたいらしい。だが、明日会う場所は街から30分ほど歩いた先にある森の中だ。それも――――怪異に侵された森で、な」


「はぁ!?なんでそんな場所になったの!?」

レンが驚きで声を上げる。


「レイの怪異に対する力を確認するためだ。あの娘、お前の力のことを話したら、私も試すわ、ってすぐさま言ってきたぞ。やはり男らしいな」


ディルクはその様子を思い出し、クツクツと笑う。


「ちょうど明日の午前中に、カルメンがその地への視察に行くんだ。レイはカルメンの従者として紛れ込ませる。そして、そこにはダリウス達も同行する。もちろんお前も、な。さっきダリウスに話は通しておいたぞ」


「もう―――決定事項じゃん」

レンが諦めたようにため息をもらす。


「あらかた視察したところで隙を見て、レンと俺とレイがその場を離れ怪異を探しレイの力を確かめるわけだ」


「危険すぎない?」


(まぁ、確かに)

危険は避けろとレンに対して叫んでた自分が、今はもう懐かしく感じた。


「大丈夫だろう。あの娘はかなりの結界源技の使い手だし、治癒源技も発現できるといっていたからな」


「それなら――――?」

納得しかけていたレンだが、急に訝しげに顔を顰める。


「カルメンさんに保護されて、この十日間程屋敷にいたんだよね、レイさんって。その間に源技能を身につけたってこと?」


「確かに、そういうことになるな。結界源技も治癒源技も習得には時間が掛かる筈だが」

レンに言われてみてディルクは初めて疑問に思った。


「ヴぃーみたいなのがレイさんのスマホにいるのかな?それなら色々教えてもらえるだろし」

「いや確認したが、あいつのすまほには、いないようだった―――そういえばヴぃーはどうした?」

「また不在みたいだよ。アルテカンフに来てから時々いないんだよね、ヴぃーが―――まぁ、いいや。明日レイさんと話せばわかることだし。遠征って午前中だっけ?なら老師の講義は朝にしてもらうかな」


レンが楽しそうに声を弾ませながら言う。


レンは老師ヴァルデマールと話すことが相当に楽しく感じているように、ディルクからは見た。


偏屈と噂のヴァルデマールだが、レンと波長があったのだろう。


そう思い、ディルクがレンを見ると、レンは就寝する準備を始めていた。


「あ、レン」

レンがこちらを見てくる。


「あの、だな、いや―――何でもない」


「うん?じゃあオヤスミ。」


レンが不思議そうにディルクの顔を見てきたが、眠たかったのか枕元の光灯用の源具に触れると、室内を暗闇にした。



ディルクの脳裏に、今日のレイの言葉が浮かび上がる。



わたしの名前はレイ。トウドウ・レイよ

えぇ。こちらの世界ではすべてのヒトが家名、苗字をもっているわ




(レン。どうしてお前は―――家名を隠しているんだ)




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