30. 小竜は戦い、異端は取り調べを受ける
「ここか」
“アルテカンフ領主カルメン・バルマー邸”
大きな門札が掲げられた石塀を見上げながら、ディルクはその館の門の前に浮かんでいた。
治安隊の詰所に連行されたであろうレンを見捨てることに、微小の罪悪感を抱きつつ、ディルクは少女と壮年の虎婦人の後を追いここに辿り着いた。
ディルクは躊躇せずに入口へと向かう。
「どうかなさいましたか?」
赤銅色の革鎧を身に着けた警備兵が二人立っており、そのうちの猿属がディルクに声をかけてきた。
「ここにいる黒髪短髪の少女に会いたいんだが」
始めは小竜の姿であるディルクを胡散臭げに見ていたが、少女のことを聞くと警備兵は警戒心を露わにした。
「――――失礼ですが、お話は通されていますでしょうか?」
「いや」
ディルクは事もなげに言う。
「少々お待ちいただけますでしょうか。今邸に―――伺いますので」
猿属の警備兵がそう言うと、門に併設されている受付部屋に向かった。
おそらくは通信源技で館と連絡をとるのだろう。
(この反応、臭いな)
しばらくすると燕尾服を着た鳥属の男が此方に歩いてくるのが見えた。
「ハイン様こちらが例の―――」
警備兵がハインと呼ばれた男に耳打ちをする。
「えぇ。わかりました。」
ハインはディルクの方に向かうと、隙のない笑顔を浮かべる。
「さて、お客人。貴方様がおっしゃられたような娘は、この屋敷にはおりません」
(ほう)
どうやら、しらを切るつもりのようだ。
ディルクはそう判断すると、次の一手を繰り出す。
「言い方を変えよう。ここにいる異世界から来たニンゲンの少女に会わせろ」
「っ!なぜ――それを?!」
ハインは息を飲むと、動揺を隠しきれていない声で答えた。
(当たりだ。ここにレン以外の、呼ばれたニンゲンがいる)
ディルクの言葉は、半ば鎌をかけたようなものだったが想像以上に効果を発揮した。
「―――こちらへどうぞ」
ハインは隠すことを諦めたのか、ディルクを敷地内へと誘う。
門から館までは数十メートル程の距離があった。
最短距離の道は石畳で整備されており、その周りは砂地や所々に家庭菜園が植えられていた。
ハインが先導して歩き、ディルクはそれに着いていく。
「お客人。なぜ異世界の少女のことを、知ることができたのでしょうか?」
ハインが歩きながらディルクに問いかけてきた。
向こうからディルクへと探りを入れているらしい。よっぽど少女の存在を外部に知られたくないようだ。
「安心しろ。ここにいることは俺しか知らない」
ディルクは、ハインの質問に対してずれた答えを返したが、向こうが最も懸念しているであろう情報を伝える。
それを聞いたハインはすぐさま立ち止まった。
そして、ディルクの方に振り返ると、殺気を滲ませながら睨み付けてくる。
「わが主。カルメン様の尊き願いの為にも、お客人。あなたにはしばらくの間この館に“滞在”していただこう!!」
そう強く叫ぶと、ハインは全身に力を込め始めた。
ハインの全身から真っ白な羽毛が生え、頭の上には真っ赤な鶏冠を聳え立つ。口元から乳白色の鋭利な嘴を付けた。
源技能の発現準備もおこなっているのが窺える。
(獣人化かっ!)
ディルクが戦闘態勢に入る。
「舞風羽!」
ハインの呼び声に応じるかのように、ディルクの周りを無数の純白の羽が囲った。羽の根元がディルクの方を向いている。
一枚一枚の殺傷能力は低いだろうが、数十枚すべてが体に刺さると、それなりに傷を負うだろう。
ディルクは冷静にそう判断した。
「食らえ!」
ハインの号令と共に、すべての羽がディルクの方へと飛んでくる。
「っふん」
ディルクがつまらなさそうに鼻息を漏らすと、次の瞬間にはすべての羽が炎に包まれ、そして地面へと落ち、燃え尽きた。
「そんなっ!馬鹿な!―――一瞬で。」
ハインの表情が驚きと若干の恐怖で染まった。
「こんな、子供騙しの風源技で俺をやれるとでも思ったか?」
ディルクが格の違いを強調するかのように、凄んで言って見せる。
「っく!」
実力の差を見せつけたというのに、ハインの気持ちは折れていないようだ。
「どうやら本気の様だな。なら、悪いが、お前にはここで少し眠ってもらおうか」
ディルクはそう言い放つと、上空から猛速度で滑空しハインへと向かう。
そのディルクの姿をハインが辛うじて目で追うことが出来ていることを確認した。
ハインは構えたまま息を整え集中し、ディルクを迎え撃つ準備をしている。
それを見たディルクは風源技を地面へと発現した。
「翼風!」
大気弾がディルクの翼から放たれた。
それは地面に衝突すると、風船が割れたように破裂し、巨大な砂埃を巻き上げる。
ハインの視界からディルクの姿を隠した。
「っくそ!!」
ハインの焦ったような声を聞きながらディルクは素早く後ろに回り込むと、尻尾による掌打をぶち込む準備をする。
「悪いな。少し痛いだろうが我慢してくれ」
そう言うと、ディルクは強く体を回転させた。
バンッッ!!
(なんだとっ?!)
間合いは完璧だった。
あの状況でハインがディルクの攻撃を防ぐことはほぼ不可能なはずだった。
しかしながら、実際にはディルクの尻尾はハインの横腹に打ち込まれず、その直前に、急に出現した“光の壁”に弾かれた。
(結界源技?!この鳥属、そんな源技も使えたのか?!)
ディルクは慌ててハインから距離を取ると、警戒態勢に入る。
だが、ハインの様子がおかしい。
ディルクの姿を超え、後方へと視線を向けている。
ひどく焦ったそぶりを見せもしている。
その間も光の壁はハインの胴回りに発現していた。
「カルメン様!!レイお嬢様!館にお戻りになってください!」
ハインが必死に叫んでいる。
ディルクも後ろへと視線を向けた。
館の入り口のところに二人のヒトが立っている。
一人は、アルテカンフ領主カルメン・バルマーであろう壮年の虎婦人と、
そしてもう一人は、白い服に身を包んだ、肩上程の長さの黒髪の、小柄な少女だった。
レイお嬢様と呼ばれた少女は、指先が見える手袋を身に着け、こちらに掌を向けている。
(こいつが二人目のニンゲンか!!)
「ハイン。おやめなさい!」
カルメンが大声を上げてハインを制止した。
レイはこちらを訝しげに見ていたが、ディルクにハインへの攻撃の意志がないことを感じたのか、腕を下ろした。
それに応じて、ハインの傍に発現された壁も消失する。
(こいつが結界源技を発現していたのか。強度、持続時間、距離、文句なしの腕前だ)
「もう、夢の時間は終わりの様ですね」
カルメンがどこか悲しげな笑みを浮かべながら零す。
「どうぞお上がりになってください。竜属のお客人」
―――――――――――
「で、どうしてあんなところにいたの君?」
目の前に座っている犀獣人が威圧的に聞いてくる。
「えっと、あの―――ヒトを探してて」
レンはしどろもどろになりながら返答した。
結局あの後、レンは治安隊の犀獣人に詰所まで連行された。
日本でいう交番のような建物へと連れてこられたレンは、質素な木の椅子へと座り、尋問を受けていた。
「ふーん。ヒト探しねぇ。レンくんだっけ?」
あまりレンの言葉を信じてはいない反応だ。
犀獣人は手元の冊子をパラパラと捲り、何かを確認している。
「記録は無いっと。まぁ初めてだから、今日は見逃すけど、あまり不審な行動はとらないように」
「―――はい」
認識の違いはあれど、不審な行動をしていたのは事実だ。
レンは素直に返事をした。
「そういうのに興味がある年頃だってことは、同じ男としてちゃんと理解はしてるからね」
「違います!!そういうんじゃないんです!!」
犀獣人から生暖かい目線を向けられ、レンは思わず否定の言葉を発してしまう。
「うん。そうだね。わかってる。恥ずかしいことじゃないんだよ。」
(何一つわかってない!!)
レンは正確に主張をしたかったが、何をいっても理解されることが無いことを悟り、その羞恥心をぐっと飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます