29. お店で狼狽した結果は
レンは第虎訓練場を慌てて飛び出した。
(思いっきり流れをぶった切ってきちゃったけど、仕方ない!)
獅子獣人がレンに言いたいことを一方的に吐き捨て、あわや一触即発という時だ。
レンもディルクやデリアに唆されたこともあって、勝負を申し入れようとしたが、ポケットに入れていたスマホが震えたのである。
しかも、細かく断続的に震えた。
(もしかしたら、近くにUser1がいるのかもしれない!)
レンは期待を胸に忍ばせる。
(この時間、このあたりで人が集まりそうなところは―――北商業街か)
第虎訓練場は、北商業街から大きな通りを2つほど挟んだ場所に設置されている。
訓練場のすぐ周りには、傭兵組合を中心とした各種組合や依頼斡旋上、武器・防具屋、鍛冶屋、宿、といった戦闘職に関連した施設が多い。
そして、そこから北商業街に移るにつれて、居酒屋、薬屋、飲食店、装飾屋、雑貨屋、服屋など一般向けのお店が賑わう通りとなっていく。
昼時を過ぎた午後2時過ぎ。
もしかしたら、User1はどこかしらの店を訪れているのかもしれない。
「おい!レン!!」
レンが思考に耽っている時だった。
後ろから、追ってきたらしいディルクが低く大きな声でレンに呼びかけてくると、小竜の姿で大気を滑りながら、レンの頭の上に乗った。
「っっいきなり、抜け出しやがって!」
ディルクは若干怒っているらしい。
「ごめん、でもっ」
あの場にいた全員に対して若干の申し訳なさを感じてはいた。だが、
「すまほ、か?」
レンが説明する前に、ディルクはレンの行動の理由を予想していたようだ。
「あぁ。前に一度だけあった振動だ。細かく断続的に震えてる」
訓練場の前の通りを歩いているヒトの数も多い。
レンよりも上背も体躯も良い屈強な獣人達が、整然と並べられた石畳の上を歩く姿が目立っていた。
レンはそれらのヒト全体に視線を向ける。
そして手にはスマフォ持ち、移動しながら。注意深く振動の機微を探る。
「やっぱり。商業街の方向だ!しかも、向こうの動きが止まってる!!」
レンは興奮したように声を上げ、ディルクを見る。
「こんな機会次に何時あるかわからねぇ。ここで見つけるぞ!!」
ディルクの言葉に頷くと、レンはヒトの波の間を滑るように駆け始めた。
――――――――――――――――
「これも良いわね!!」
カルメンが赤色にワンピースをレイに合わせながら、嬉々とする。
すぐそばに置いてある籠には、服が山盛りに詰められていた。
それらは、カルメンがレイに似合いそうな服を手当たり次第に選んだことによるものだ。
(母親がいたら、こんな感じでショッピングするのかしら?)
母親を亡くしているレイは、大人の女性と服を選ぶ経験がなかった。
こちらの世界エルデ・クエーレに来て10日程度。
身寄りも知り合いもいない世界で、始めに会ったヒトがカルメンだったことは僥倖だった、とレイは思う。
レイが彷徨っていた場所は、ここアルテカンフから少し離れた怪異に侵された森ということは後になってカルメンから聞いた事実だ。
その場で保護されカルメンの屋敷に連れて行かれたレイは、事情を聞かれるにつれて、自分がとんでもないところにいることを自覚し始めた。
(まったく知らない、獣人が営む世界。科学技術ではなく源技能が生活に寄与する世界―――怪異という化け物がヒトビトを脅かす世界。まるでファンタジーの世界だわ)
その時、泣いて、叫び、暴れた記憶はレイの中で新しい。
そして、どうしようもない絶望と虚無感に苛まされたレイに、カルメンと、その夫は根気強く接してくれた。
違う世界のニンゲンだというレイの言葉をカルメンは信じ、保護すらも申し出てくれた。
(カルメンには感謝しきれてもしきれない)
そしてこれまでの10日間をカルメンの館で過ごしてきたのだが、カルメンもその夫もレイのことをとても可愛がってくれている。
今日は気分転換かつ社会勉強もかねて、レイの洋服を買いにカルメンと執事と共にこの店に来た。
執事は最低限の発言しかせず、カルメンとレイの手荷物を持ち佇んでいる。
「レイちゃんはどう思う?」
カルメンが赤銅色のブルゾンに似た服と、薔薇色のパーカーらしきものをレイに見せてきた。
「―――どっちも機能的で良いと思う。でも高そう」
レイがこの店に入った時から気になっていたことを言う。
店内は赤色の絨毯が敷かれ、服の全体像が見られるように一点一点が余裕をもって陳列されていた。
傍にいる店員も白い手袋をはめ、直立不動している。
「レイちゃんはそんなこと気にしなくてもいいのよ。嫌じゃないならどっちも買いましょう!」
カルメンが景気の良いことを言い放つと、手にした服を違う籠に入れる。
購入することが決定した服が入った籠もそろそろ満杯になってきそうだった。
アルテカンフの領主であるカルメンが、経済的に裕福であることは間違いない。
此方に来て初めの頃はそれがどれくらいの地位なのか全くわからなかったレイだが、エルデ・クエーレの地理や王国の仕組みを勉強するにつれ、だんだんとそれが掴めてきた。
(領主―――地方都市の知事くらい、なのかしら)
レイがぼんやりとそんなことを考えていた時だった。
「カルメン様、少しこちらに」
これまで黙ったままカルメンとレイを見守っていた執事の鳥獣人である男が、カルメンを呼んだ。
レイには声が届かない位置までカルメンを連れ移動する。
2人は何回か言葉を交わすと、カルメンだけがレイのもとに戻ってきた。
「何かあったの?」
レイが疑問に思い尋ねる。
「いえ、レイちゃんが気にすることではないわよ。さぁ!もっともっと似合う服を選ばなくちゃ!」
―――――――――――――――
「―――ここらへんか」
スマホの振動を頼りにUser2を追っていたレンは、洋服屋が並ぶ通りに出た。
特に婦人用を売りにしている店が多く、通行人も女性が目立つ。
(User1は女性なのか?―――ってのは短絡的か)
レンの手の中のスマホは、壊れてしまったのではないかと思わせるほどに物凄い細かな間隔で震えている。
「これ以上はスマホの振動が細かくなりようがないっぽいから、一件ずつ中に入って探そう」
レンが頭の上にいるディルクに言う。
そして通りの店に目を向けた。
(う”、女性服屋ぐらいならまだいいいけど、下着専門店はさすがにきついな)
レンがこれから被る精神修行に憂鬱になっている時だった。
「レン」
「――うん?」
ディルクが小さな声で声をかけてくる。
「ニンゲンの見た目に関する特徴はあるか?」
「あー。えーっと、まず獣耳がない。あとディルクから見たら小柄だけど、一目見て判断できる特徴はちょっと思いつかないから。それだったら、挙動不審なヒトや会話を頼りに探した方が良いかも」
「了解だ。行くぞ」
それを聞き、レンはすぐそばにある大衆向け服やの店内に入った。
「あ”ーもう!絶対に変に思われた!店員さんにもお客にもすっごい見られたし!!」
5件目である女性用下着専門店の確認を終え、店内から出ると、レンは大きなため息と共に愚痴をこぼす。
「下着を見たくらいで動揺してるからだろ。情けない」
ディルクが言葉で一刀両断にしてくる。
「それっぽいヒトとかいた?」
レンは恥ずかしさで顔を伏せがちだったということもあって、正確にヒトを観察できていなかったがゆえの質問だった。
「挙動不審という意味では圧倒的にお前だったな」
「うっさい!」
そんな軽口を言い合っていると、レンのポケットの中に入っているスマホの震えの間隔が長くなり始めた。
「っげ!やばい!移動してるっ!」
レンはそれに気づき、一気に焦りを感じた。
数歩ずつ4方向に移動し、スマフォの振動の違いを確認する。
「こっちだ!」
すぐさま、レン達も移動を始める。
「くっそ!なにで移動してるんだよ!?」
「っどういうことだ?!」
「少なくとも今自分が走っている速度よりもだいぶ早く動いてる!」
レンがヒトの海へと飛び込み走り始める。
幾人ものヒトを追い抜き、すれ違い、通りの奥へと向かった。
「………っり……日本………ろいろ…ちが………」
(?!今のって!)
レンは急いで足を止める。
振り返ると声の主を探す。若い女性の声だ。
(スマホの反応は向こうだけど―――けど、今確かに日本って)
昼過ぎということもあって、通りは女性で溢れ返っていた。
ヒトの流れを止めたレンは、周りから訝しげな目線を貰っている。
レンは雑踏に対して素早く、かつ注意深く視線を滑らせる。
(いたっ!!)
先ほどすれ違った黒髪の短髪の少女だ。
今まさに通りから右の路地へと曲がる少女と婦人を見つけた。
「っディルク!!あの白服黒髪短髪の女の子だっ!!あの子を追おう!!」
頭の上にいるディルクに情報共有する。
「どういうことだ!すまほの示すのは向こうだろ!?」
「自分たちの世界の単語を言ってたんだ!あの娘!どうせスマホの方はこの速度じゃすぐに範囲外にうごかれちゃうし、こっちに賭けよう!!」
「っすいません!!通してください!!」
声をあげヒトごみを掻き分けながら、後を追おうとしたレンだが、上手く進むことが出来なかった。
周りの通行人の視線が険を帯びていく。
(っくそ!このままじゃ)
レンは必死に目の前の荒波に果敢に挑んだ。
「ちょっと君、いいかな」
「―――――なんですか!」
焦っている所に呼び止められたレンは、思わず声を荒げてしまう。
すると、肩を荒々しく大きな手で強く握られた。
レンが振り返ると、赤銅色の簡易な革鎧に身を包んだ犀獣人が二人聳え立っており、レンを鋭い目線で射抜いていた。
「治安隊の者なんだが。女性用下着屋で顔を顰めながらうろうろしてたり、挙動不審なヒトがいるって連絡があったもんでね」
犀獣人の胸元には赤色を主体として描かれた虎のシンボルマークが付けられている。
「―――え”?」
「ちょっと詰所までご同行願えるかな」
「え?」
治安隊の言葉は疑問形ではあるものの、それを拒否する余地は全くなかった。
【レン、まったく】
ポケットの中のヴぃーが呆れを滲ませながら言ってくる。
もう、レンの視界からは目的の少女の姿は完全に消えてしまっていた。
自分が追うことは不可能だ。レンは悟る。
だが、
(―――ディルク、頼んだ)
いつのまにかレンの頭の上からいなくなった灰色の子竜に、レンは希望を託した。
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