28. 訓練する異端に傭兵が絡む
アルテカンフ第虎訓練場。
体育館ほどの敷地には木でできた簡易の屋根が設置されており、栗色の地面の上でヒトビトが剣や槍などの訓練をおこなっている。
時間帯によっては一般開放されており滞在している傭兵団などの戦闘職のヒトが良く利用する施設だ。
その一角でディルクは、デリアとレンの訓練風景を観察していた。
「違いますわ!レン!下段右からの剣戟は横ではなく、斜めにいなすのです!」
デリアが体制を低くし、木剣を振り上げながら檄を飛ばす。
「戻りが遅いですわ!!受け流しが成功したからといって、それではまるで意味がなくなります!」
デリアとレンの訓練はこれで7回目だが、終始このようにデリアの声が訓練場に響いていた。
(だいぶ体力もついてきたな。とはいえ、剣技自体はまだ新米兵士以下というところか)
ディルクの見立てでは、レンの剣技は順調に上達してはいる。
成長速度でいえば才能のある部類だろう。
しかしながら、絶対評価としてみると、レンの剣技はまだまだ物足りなかった。
デリアが檄を飛ばしつつ、それからしばらく打合いが続いていたが、始めて1時間弱程たった頃に、明らかにヘロヘロになったレンを見て、
「一度休憩にしましょう」
とデリアは言った。
二人がディルクのいる方に向かってくる。
デリアが多少息を吐いているに過ぎないのに対して、レンは肩を大きく揺らしながら、こちらにゆっくりと不自由そうに歩いてきた。
ディルクは近くに会った水筒を持つと浮かびそれをレン達に渡した。
「ありがとうございますわ―――ディルクさん、どうです?」
デリアが水を飲みながら聞いてくる。レンはへたり込み、息を整えていた。
「悪くない。まぁ、源技能無しだったら今のこいつはこんなもんだろう」
「実践力を鍛えたいなら、源技能を駆使した訓練の方が有効ですのに、お父様も、ディルクさんも許してくれないんですもの」
レンとデリアの剣技の訓練には、源技能禁止令がダリウスから下されている。
デリアに関しては、以前にレンを殺しかけたこともあってだ。
しかし、主たる理由としてはレンが“翔雷走”や“雷閃”を使った場合や、差し棒での一突きがヒトに対してどれくらい効果的なのかが未知数すぎるからだ。
そのため、訓練風景は周りの傭兵達のそれと比較すると異様なほどまでに地味で稚拙なものとなっていた。
「レンは本当ならもっと素晴らしい力を有していますのに」
デリアが悔しそうに言ってくる。
「まぁ。周りから見たら何でこいつが、あのダリウス卿の弟子なんだ?ってなるだろうな」
ディルクが周りを見回すと、遠くの方でいかつい装備に身を包んだ傭兵たちが、嘲笑やら怒りといった表情を浮かべながらレンを見ていた。
デリアがそれに気が付くと、睨みを利かして、その視線を払いのける。
「ごめんなさい。レン。これまでお父様への弟子入り志願は山ほどあったのですが、弟子は取らない主義の一言で、これまでは断っていたのですわ」
デリアが申し訳なさそうにレンに謝る。虎耳も心なしか垂れていた。
「でも、レンがお父様の弟子というのがどこからか漏れてしまったようで――」
この街に来て気が付いたことだが、ダリウス及びデリアには信捧者が多い。
特に傭兵たちにとって、“怪異殺しのデュフナー”は憧れの存在であり、一つの目標でもあるようだった。
デリアも、その娘であり剣技も源技も才能豊かで実力もある。加えて気立てもよい。
(普通にこんな場所で剣技の訓練をしてたらばれるか)
「気にしなくていいですよ、デリアさん」
ようやく息を戻したレンが水分補給しながら言ってくる。
「そういえば第二属性の源技も今やっていると聞きましたが、結局何属性なのです?」
辛気臭い空気を入れ替えるかのように、デリアが話を変えてきた。
「それは、まだ秘密ってことで」
レンが微笑みを浮かべながら返す。
「まぁ!生意気なことをおっしゃて!」
デリアの言うとおり、レンは第一属性である雷源技に加えて、二つ目の属性の源技能の訓練もしていた。
剣技はこうしてダリウスやデリア、時折知り合った傭兵たちに教わっている。
だが、源技能に関しては、レンの特殊な能力のこともあり、事情を知るディルクおよびヴぃーだけが面倒をみていた。
「でも、なんだか悔しいですわ!わたくしの時は7歳の時に風源技をそれなりに制御できるようになってから、数年経ってようやく水を発現できるようになりましたのに―――」
(お前の歳で属性二つに治癒源技まで発現できるやつは滅多にいないだろうがな)
ディルクはそう心の中でデリアを評価した。
「ほぅ。レンは剣技はダメでも、源技は使えんのか」
レン達の会話に、荒々しい声が加わった。
デリアとレンの後ろの方から、重々しい装備に身を包んだ無精髭が特徴の壮年の鰐属が近づいてきた。
「ゲラルトさん」
レンが声をかける。
傭兵団‘狼の牙’の頭領ゲラルト。
‘狼の牙’はレンが来たのと同時期にアルテカンフに来た傭兵団だ。
十人程度の小規模な団ではあるものの、怪異専門の戦闘部隊であり、仕事ぶりの評判も良い。
レン達が訓練場で剣技をしている時に、何度か彼らと顔を合わせ、気が付くと顔見知り兼訓練仲間となった。
といっても、レンと会話や相手をしてくれるのは頭領であるゲラルトぐらいであり、他の団員はデリアと手合せをする。
「源技能がそれなりに使えるんだったら、街中で怪異に遭遇しても逃げるくらいはできるな」
ゲラルトが鋭い牙を見せ、くつくつと笑いながら、言ってくる。
「どういうことですの?」デリアがゲラルトに問う。
「こないだのゲムゼワルドでの話は、傭兵間では有名だぞ。」
「有名、ですか?」
「あぁ。あのデュフナー卿が、また怪異から街を、ヒトを救ったってな。」
(レンのことまでは漏れていないようだな)
ディルクはレンの頭の上に移動しながら、安堵した。
ディルクは、ゲムゼワルドでのあの時幾人かに竜属であることが露見したが、レンやダリウス達以外のヒトが居る時は蜥蜴ということで過ごしている。
「それに最近、アルテカンフでも街中に怪異が現れるって噂も流れてる」
「え?」
「ホントですの?幼子を躾ける方便では?」
デリアはその噂に懐疑的らしい。
レンもゲムゼワルドの時に感じた違和感を察知していないため、あまり信じはしなかった。
「そうかもな。実際の目撃情報は怪しいもんだ。おっちゃんも、レンを脅かすために使おうと思ったからな」
そう言うとゲラルトは後方に振り向き、
「おい、フラン。こっちにも手拭いをくれ」
といった。中性的で小柄な狼属がパタパタと走ってくる。
‘狼の牙’とこの訓練場で何度か顔を合わせているが、ディルクは今回初めてこの狼属を見た。
「ゲラルトさん、彼?えっと彼女?は?」レンも同じ疑問を有したらしい。
「さぁ、どっちだろうなぁ。こいつはフラン。最近入った治癒源技専門の団員だ」
ゲラルトは何が可笑しいのかニヤニヤしながら紹介をする。
「初めまして、フランです」
か細く透き通った、中性的な声で早口に言うと、すぐにその場から離れた。
顔が赤みがっており、狼耳はせわしなくピコピコ動いている。
(恥ずかしがりやか?)
ディルクがレンの頭の上でそんなことを考える。
「フランこっちにも手拭いくれ。」
「こっちは水だ。フラン」
「ちょっと擦りむいたから、フラン頼む。」
あちこちで、フランを呼ぶ団員の声が聞こえる。
(一種の可愛がりか、あの見た目ならそうもなるだろうな)
―――――――――――――
「もう、我慢ならねぇ!!なんでこんな奴がデュフナー卿の弟子なんだ!!」
レン達とゲラルトが会話に興じていた時だ、 ‘狼の牙’の若い獅子獣人が声を荒げて、レンに詰め寄ってきた。
その怒声により、一瞬にして訓練場内の空気が張りつめたものへと変貌を遂げた。
「やめろ、ゴッツ」
ゲラルトが制止するものの、獅子獣人は止まらない。
「いいかっ!お前みてえな軟弱な奴はお呼びじゃねぇんだよ!デュフナー卿の弟子はもっと強くなくちゃいけねぇ!!それこそ、卿と共に怪異に対しての希望となりうる存在であるべきだ!!」
(これまで、面と向かってくる奴はいなかったが、とうとう来たか)
「お前が傍にいることで、卿やデリア嬢がどれだけ迷惑していると思ってる!この人たちの時間はお前なんかには勿体なさ過ぎるんだよ!!それがわかったら、さっさと消えろ!」
言い切ると獅子獣人は吐息を零しながら肩を揺らしていた。
「っ!言わせておけばっ」
デリアは唇を噛み締めると、勢いよくレンに振り返った。
「レン!ここまで言われて引き下がったら、騎士以前に男として恥ですわ!!あなたのその稀有な力を見せておやりなさい!!」
「えぇぇぇ」
レンがいかにも面倒臭いです、と言外に示した。
ディルクはレンの耳元に口を寄せると、
「“翔雷走”で速攻して首元に剣を当てろ。一瞬で“勝負”は終わるぞ。」
と助言する。
ディルク自身も、獅子獣人の若者にあそこまでレンを扱下ろされたことに対して、怒りを抱いていた。
(てめぇにこいつの何がわかるんだよ。異世界から来て、こっちの世界を救おうとしてくれるニンゲンにっ)
「それぐらいだったら、いいか――――っ!?」
レンがため息を吐きながら、了承を示しそうであった。だが、その次の瞬間には顔を歪める。
そして、
「ごめん!!デリアさん!急用を思い出したからっ!!」
そう言い残すと。勢いよく走り、訓練場から出て行った。
デリアも獅子獣人もゲラルトも、誰も反応できない。
茫然と見送るしかなかった。
「っ!!あの野郎逃げやがった!」
いち早く我に返った獅子獣人が咆哮する。
(いや、違う。あのレンの反応は―――もしかして、すまほが震えたのか!!)
ディルクは慌てて、空を駆け、レンの後を追った。
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