27. ダリウスの弟子として
手に持ったスマホをポケットにしまい、レンはダリウス邸へと歩みを進めた。
右手に持った籠の中の食器がカチャカチャ音を奏でる。
ダリウス邸は二階建ての石造洋館であり、紺鼠色のレンガが秩序だって積み上げられた、シンプルかつ洗練された建物だ。
ダリウス邸には、ダリウスとその妻と息子、娘のデリアと、使用人として従者であるディ-ゴや下働きの4人が住んでいる。
それに加えて、レンも最近ダリウス邸の住人となった。
レンは渡り廊下から勝手口を通り食堂に入った。
「アヒムさん、食器ここに置いときますね」
レンはそう言いながら、食器の入った籠を中央の机の上に乗せる。
「ヒヒヒ、あんがとよ。レン」
水場で野菜を洗っている蛇属のアヒムが此方に振り返り、弦を張ったような高い声で返答してきた。
アヒムはダリウス邸の下働きの一人であり、主に料理を任されている蛇属だ。
蛇属は、虎属の獣耳とは違い外見上の種属の特徴が目立たない。
レンの目では蛇属と人間の差はほぼ無いように感じる。
多少目がつり上がって、耳がのっぺりしているぐらいであろうか。
胡散臭い笑い方が目立つものの、ここに勤めて長いらしくダリウス達の信頼は高いらしい。
「ヒヒ。“充源”、今日も頼むぜぃ」
アヒムは手を拭くと、手のひら大の薄水色の半透明な鉱石を、幾つか机の上に置いた。
レンは頷くと、それを持ち手のひらに意識を集中させる。
大気中から源粒子が鉱石に流れ込むのを視る。
体の中から源粒子が鉱石に流れ込むのを感じる。
すると鉱石は時間が経つごとに、色づき始めていく。
それを何回か繰り返すと、机の上の鉱石は紺色や赤褐色、緑濃色と煌びやかになった。
アヒムがにやにや笑いながら、赤褐色の鉱石を手に取ると調理場の台に填めた。
そして、つまみを捻り火の出具合を確かめる。
「やっぱり、おまえ、“充源者”として食ってけるぜぃ」
エルデ・クエーレでは、源粒子が蓄積している源鉱石を源具の核として使用する。
化石燃料であるそれは使用していると源粒子が空になると、只の石と変わらないものになってしまう。
だが、源粒子を充源することで再利用が可能となる。
生活に必須の源鉱石を充源することは非常に重要ではあるものの、この充源をおこなえるヒトは少ないらしい。
充源することで生計を立てている“充源者”という職が存在するほどだ。
「ほら。今日の奥様への甘味だ。食わせてやるぜぃ」
アヒムが報酬としてレモンジャムの乗ったガレッドを一切れレンに渡してきた。
「―――ありがとうございます」
レンは礼を言い、それを口に入れ咀嚼する。
(素材は高級なんだろうけど、アヒムさんの料理、味付けが自分に合わないんだよなぁ)
――――――――――――――――
ダリウス邸でレンに宛がわれた部屋は客間の一つである。
部屋にベッドや椅子がペアで設置されている二人用の部屋であり、始めてレンがこの部屋を見た時は恐縮した。
そしてダリウスに意見したのだが、ディルク殿もいるから2人だろうと押し切られてしまった。
「ディルク、ただいま―――また、スマフォにUser1の居場所が表示された」
レンは自室に入るなり、小竜の姿のディルクに声をかけた。
「おう。まだそのニンゲンはアルテカンフにいるんだな」
ディルクは客間に置かれている本[エルデ・クエーレ近代史]を読んでおり、前足を器用に使い本を閉じた。
「どうするんだ。探しに行くか?ニンゲンともっと近づくことができれば、すまほが教えてくれるんだろう?」
ディルクの言うとおり、これまで捜索中1度だけだがスマホのバイブレーションが断続的に起き、そして間隔が狭まっていったことがある。
結局すぐに間隔が長くなっていき、スマホの震えも治まってしまったが、
もしかしたらすぐ近くにUser1がいたのではないか、とレンは考えていた。
「そうしたいのはやまやまだけど、これから第虎訓練場でデリアさんやゲラルトさん達と訓練があるから。もう少ししたらデリアさんが来ると思う」
レンは軽くため息を吐きながら答える。
早くUser1と合流したい気持ちはあれど、すべての時間をそれに割ける状況でもない。
「そうか、俺がそのすまほを使えたら、空から自由に探せるんだがな」
「本当、それができたらね」
レンが老師と会っているときに、ディルクがスマホを持って空を飛びながら街の中を探すことを一度試みたのだが、それは失敗に終わった。
というのも、その時スマホはうんともすんとも反応しなかったからだ。
(あの日は色々あったな)
その時ディルクなりに努力をしたらしく、スマホを動かしたり、振り回したり、声掛けしたり、引っ掻いたりしたが、スマホはうんともすんとも言わなかったらしい。
ディルクが落ち着いたとき、スマホの住人(とディルクは認識しているらしい)であるヴぃーのことを思い出し即座に謝ったらしい。
だがヴぃーは無言を貫き、以降その話題が出ても完全に無視をするという状態になった。
レンの方も、老師の講義中に不用意に壁掛けに触ってしまったことで、水球が暴走発現し、近くにあった本の山(黒いオーラを纏ったものや半透明なものがあった)が水浸しになり、老師から危機意識が足りない、と苦言をもらった。
その本の山の奥には、声に応答して源粒子を集める本もあったが、その時は明らかに不自然な反応をしており、レンは壊してしまったのかもしれないと焦った。
だが後日、いつも通りの本に戻っていたので安堵したのが記憶に残っている。
(あの本も源具なのかな?だとしたら自己修復機能とかあるのかな)
後でヴぃーに聞いてみよう。そう思いつつレンは目の前のディルクを見る。
「そういえばさ。気になってたんだけど」
「ん?」
ディルクが此方を見てくる。
「なんで小竜のままでいるの?ゲムゼワルドの宿ではもっと大きかったよね」
レンはこれまで、ゲムゼワルドやアルテカンフで様々なヒトを見てきたが、エルデ・クエーレの住人は人化したものが大多数であり、まれに獣人化したヒトを見かけるという塩梅だ。
「あれは何時でもなれる訳じゃない」
ディルクが顔を逸らしながら答える。
「どういうこと?」
「お前と会う少し前に源技を使い過ぎてな。回復するまではこの姿のが楽なんだ。あの時は、“銀色の粒子”の源技を発現したお前の傍にいて、その力が流れ込んできたから、おそらくは、一時的に回復してちゃんとした獣化ができたんだ」
「へー……ッ」
レンは笑いを誤魔化すように息を止める。
「どうした、ニヤニヤして」ディルクが怪訝な顔をしてみてきた。
「いや。最初に会ったころはディルクのことヒトだと思わなかったからさ。今思うと、いろいろ失礼なことを言ったり考えてたりしたなって思い出して」
「そういやそうだな。あの時は呼ばれたニンゲンだ、って思いぐっと耐えたが、今言ったら報復は必至だな。俺は案外気が短いんだ」
ディルクはそう言うと、シニカルな笑みを浮かべた。
(うっわぁ。凶悪な顔してる)
レンが若干ディルクに対して引いている時だった。
「レン。そろそろ行きますわよ!」
ノックの音と共に、デリアが若者らしい活気のある声で呼びかけてきた。
それにレンは了承の意を返す。
「よし、行くぞ」
ディルクが定位置であるレンの頭の上に乗り、レンは訓練用の木剣を手に取りドアへと向かった。
ドアを開けると、赤銅色の薄手だが生地はしっかりとしている服を身に着けたデリアが立っている。
ゲムゼワルドのイヴァン達、警備隊が着用していた制服に似ており、動きやすい服装であることが伺えた。
腰にはレンと同じように木剣を携えていた。
そして、手首にはレンが贈った真紅のリストバンドが着けられている。
「デリアさん、それ着けてくれてるんですね」
レンがそれに気づき思わず声をかけた。
「ぇっ、、えぇ!老師からも似合うから身に着けておきなさい、とのお言葉もいただきましたし!、、もちろんそれがなくても、と、と、友の贈り物とあれば身に付けますわ!赤はタージアを象徴する色でもありますし!」
「?ありがとうございます」
レンはデリアの慌てた様子を不思議に思いつつ礼を返した。
「そういえば、ダリウスさんも腕時計つけてくれてました」
レンは日頃のダリウスの姿を頭の中に想像する。
「お父様も、老師に身に着けておくようにって言われてましたわ!あの様子だと、お風呂でも、如何なる時でも外さなさいですわね」
デリアが口角を上げ微笑む。
「こっちに来て思いましたけど、ダリウスさんって老師のこと本当に敬愛してますよね」
「えぇ。もちろんわたくしも老師のことは尊敬してますが、お父様は比較にならないぐらい情を持っています。老師が第7勲時代から、筆頭騎士として一心同体で過ごしてきたらしいですから」
以前、ダリウスからヴァルデマールの介添を頼まれた際にも、“俺の魂”と老師のことを称していた。
さらに老師が回復して以降も、ダリウスはよっぽど嬉しかったのか口を開くごとに老師、老師といっている印象がレンの脳裏に強く残っている。
「実は先の旅行の日程や場所は、その時偶々意識を取り戻した老師がお父様にそう勧めたから決まったのですわ」
頭の上のディルクが身じろぎをしたのをレンは感じた。
「へぇー。そうなんですね」
「そんな前第7勲筆頭騎士かつ現アルテカンフ守護騎士、“怪異殺しのデュフナー”であるお父様の弟子になったからには、レン!騎士としての強さが必須ですわ!さぁ!訓練場にいきますわよ!」
そう言うとデリアは機嫌よく、レンを連れて外へと向かった。
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