26. 老師と震えるスマホ

レンがタージア領アルテカンフ州アルテカンフ、通称「傭兵都市アルテカンフ」に来てから1週間が過ぎた。



“傭兵”と名の付く通りアルテカンフは、自らの武術や源技を生業としているヒトが多く集っている街だ。


山の斜面を添うように発展している街は多くが石造建築であり、その都市の堅牢さを映している。


食材都市ゲムゼワルドが緑豊かな大地であるのに対し、アルテカンフは自然には囲まれているもののむき出しになった岩石や、薄い夕焼け色の土が目立つ。


しかしながら、タージア領の街の中でも人口は多い。特に一時滞在者がエルデ・クエーレの中でも群を抜いている。


その背景には文化的及び歴史的な要因に加えて、アルテカンフ州において、ここ数十年の怪異の目撃情報が多発していることが強く影響している。



そんな傭兵都市にレンはダリウスの弟子という身分で滞在していた。


レンは主には一般的な知識の習得や、剣技や源技の訓練をして過ごし、時折ダリウスや街の警備隊、傭兵と共に街の外への見回りや怪異の調査をおこなっている。


それらに加えて、レンはさらに二つの行動をしていた。



そのうちの一つはダリウスから頼まれた仕事である。








「騎士を市街に配置。隠者を森へ」


長椅子に座っている犬老獣人がゆったりと喋りながら、目の前の机に並べられた札に指先を触れる。


それに応じて、札は淡く光った。


年季を感じさせる木製の書棚に囲まれ、部屋中に源具やレンの知らない物体が乱雑に散らばっている。


自動で動き出す万年筆や、レンの声に応じて白い源粒子を集める古びた本、室内の環境に合わせ湿度の高い風を送り出すタペストリーなどが、レンの目を惹いた。


その小さな部屋の長椅子に腰かけたレンはじっくりと机の上の札を眺める。紙とインク独特の古書の匂いを感じた。


「―――では森の隠者が問おう、ベーベ。怪異は都市に潜伏しているだろうか?」


レンの目の前に、机を挟んで座っている老人は、レンをベーベと呼称し、目を閉じたまま問いかけてきた。


犬属の老獣人の頭からは、ダックスフンドのように大きな羊羹色の耳が垂れ、同色のマズルと純白の長い髭が顎から悠然と生えており、それは光をキラキラと反射している。


「いえ。違います」


老人の問い掛けにレンは否定を返すと、老人はゆっくりと頷いた。枯れ木の様な手は髭を扱いている。


札の光は穏やかに消光した。


「こちらの番ですね―――」


レンは頭に意識を集中し思考に耽る。



現在レンはエルデ・クエーレに古来よりある札遊戯を目の前の犬属の老獣人ヴァルデマール・ヴィルヘルムと興じていた。


遊戯のルールは単純である。

二人のどちらかに配布される怪異札を、お互い質問および探索、蹂躙しながら、相手側に見つからないようにするだけだ。


怪異が配られた側は、怪異を都市、森、鉱山といった土地札のいずれかに潜伏させる。


怪異以外にもお互いに、隠者や騎士、商人といった固有の能力を有する人札が配布されそれを土地札に伏せる。


それらの能力と弁論による探り合いを駆使し、戦略と騙し合いを楽しむ推理遊戯である。



遊戯終盤。

レンは今回怪異側であったが、いくら考えても活路を見いだせない状況に陥っていた。


(いっそのこと怪異の場所をばらすか。狂惑者読みでそこを避けてもらえば―――いや、駄目だ。むこうに神父が残っているのは確定で―――)


どう足掻こうが、後二順後には確実に怪異を補足されることをレンは悟る。


「―――いや、詰んでるか。降参です」


レンはゆっくりと息を吐きながら、その遊戯の終了の合図を呟き、机の札に触れ意識を寄せる。


札はゆっくりと光りそしてその輝きを失った。


レンはゆっくりと息を吐く。


「騎士の使い方が性急であった。また、想定外の状況に陥った時に動揺が隠しきれていなかったな、ベーベ。しかしながら、この度の戦いがいっとう手強かった」

ヴァルデマールが目を閉じながらそう評してくる。


これまで5回対戦をしたが、レンは未だ一度も勝ち星を拾うことが出来ていなかった。


無論、レンはこの遊戯に関して初心者からのスタートであるため、経験者のヴァルデマールに勝てないことはいたって不思議ではない。


レンは敗戦の苦々しさを噛み締めつつも、同時に遊戯自体の楽しさと自身の向上を感じていた。


(しっかしこの老師、1週間前まで意識不明で病床に伏せっていたとは思えないぐらい元気になったな)


レンは心の中でそう呟く。



エルデ・クエーレの最高意思決定機関コスバティ-ア前7勲。ヴァルデマール・ヴィルヘルムの介添。


それが、レンがダリウスから頼まれた仕事だ。


病床に伏していたヴァルデマールの意識が回復に向かい始めたのは、ちょうどレンがダリウスと共にここ“山彦庵”へと訪れた時だった。


それまでは、週に1度、数分ヴァルデマールの意識が戻れば良い、という状態だったのが一気に変化を見せた。


その次の日には終日意識を保ち、さらに一晩越す頃には上半身を起こせる状態にまで戻る。


その状況を見てダリウスが何を思ったのか、


“レン。これもきっと何かの巡り合わせだ。オレの魂といっても過言ではない大事な老師の介添、いや話し相手をしてくれないか。必ずお前にとっても得るものがあるはずだ。”


とレンにお願いをしてきた。


アルテカンフの守護騎士という役目を担うダリウスは、統治者層のヒトであり使用人も幾人か雇ってはいる。


しかしながら、前第7勲であるヴァルデマールに対して彼らは恐縮しすぎるきらいがある。


という背景があることをレンは後になってデリアから聞いた。


レンは自分が押しに弱いかつ頼まれると断りにくい性質であることを自覚しつつも二つ返事で了承し、今に至る。


そんな事情によりレンはダリウスの館と十数メートル程の渡り廊下でつながった先にあるここ、山彦庵に毎日数時間訪れ老師ヴァルデマールと札遊戯をする。



そして



「ふむ。では今日はそれぞれの属性の源粒子と源技陣の関連について講義しようか、ベーベ。」


そして源技能者でもあるヴァルデマールからの講義を受けていた。


老師がそう言い指を振った瞬間に、机の上の札が光り浮かび上がると一か所に積み上げられる。


その後本棚から飛び出た一冊の本がレンの傍に来ると、“属性源粒子毎の特性”と書かれたページが開かれた。


レンはリュックサックから大学ノートとボールペンを取り出すと、老師の講義に集中した。




――――――――――――――




老師ヴァルデマールの講義及び討論が終わり、山彦庵からダリウス邸へと繋がる渡り廊下を歩いている時だった。


ポケットに入れたスマフォが熱を発しながら震える。


(!?―――きた!)


レンは素早くスマフォを手に取ると、麒麟が描かれたアプリ“エルデ・クエーレ”を起動し、地図を覗く。


そこには自分の現在地を示す橙色の点がアルテカンフの上に表示されていた。


そして―――


User1を示す水色の点もほぼ同じ場所に重なっていた。


「やっぱりアルテカンフに、自分と同じ状況の地球人が滞在してる―――でも、やっぱりこの地図の縮尺じゃあ、この街のどこかにいるってことしかわかんないな」


レンがアルテカンフに訪れた日から、日に数回スマホが震え、レンと同じ異世界人が近くにいることを知らせてくれる。


初めてその振動と地図を見た時は驚愕し、ディルクと共に街を走り探し回った。


だが、結局User1と出会うことは出来なかった。


アルテカンフの街は、タージア領の中でも1、2を争う街だ。人口は優に万を超えている。

一時滞在者を含めればさらにその数は増える。


その中からニンゲンを探すことは困難だった。

訓練や山彦邸への訪問以外の空いた時間の大部分を、スマフォ片手に街を探索する作業にあててはいるものの成果は得られていない。



「この街のどこかにはいるはずなんだっ」


渡り廊下の真ん中でスマフォ片手にレンは思う。

ジワリとした焦燥がレンの心の中に染み込み始めてきている。


「エルデ・クエーレを怪異から救うためにも、そして元の世界に戻るためにも、早く合流しないと」




スマフォが震えるたびにそう思う。




【レン。戻ったらわたしの授業ですよ。今日は地理と実践源技能です】



「あ、はい」



老師の話し相手とUser1の探索。


そして、ヴぃーによるスパルタ授業。


それらが今のレンの日課となっていた。




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