14.5. 小話集ーゲムゼワルド神獣綬日ー

・常識が無い青二才 [ダリウス・デリア・ディ-ゴ]


ダリウスはレンから贈られた腕時計を調べるために腕にはめた。

手に持っただけで時を刻む源具ということは解ったが、実際に装備することで、属性や効果が解ることもあるからだ。

銀色のそれはなかなかの重厚感があり逞しい自分の腕に似合っている、とダリウスは判断する。

しかし、ここまで精巧に加工された源鉱石をダリウスは見たことがなかった。

また、純度もそこらにある源具とは比べ物にならない。

転換されている源粒子の密度が一級品にも劣らない。

主として光属性の源粒子が転換されているようだが、それ以外の源子も含まれていそうである。

少なくとも装備したヒトに害を与えるものではないと確実に言えた。

近くにいるディ-ゴの反応からしてもそうだろう。

もし僅かにでもその可能性があれば即座に止めに入ったはずだ。

ディ-ゴの目利きは一流と言っても過言ではない。

しかし、問題はそこではなかった。

「デリア」

ダリウスがデリアの耳元で言う。

自分の手首に嵌められた赤いリストバンドを見ながら機嫌良さそうにしているデリアがダリウスへと目線を向ける。

「レンから目を離すな。あいつは物の価値を全く知らない可能性がある」

「どういうことですか?お父様」

デリアが不思議そうに尋ねた。

「この時を刻む源具は、純度の高い源鉱石を精巧に研磨し、さらに高密度の源粒子を転換させたものだろう。これだけで、この宿を買い数年は運営できるだけの価値がある。世間知らずにも程がある」

デリアがハッと息を飲む。

「だから、お前が面倒を見るんだ。あとレンが欲しそうなものがあったら買ってやれ。小遣いは多めに渡してあるだろう」

デリアは無言で頷いた。

それを見るとダリウスはデリアから離れ、神獣綬日の露店へと出向く二人を見送った。

「閣下」

ディ-ゴがダリウスに声をかける。

その腕にはレンから贈られた濃紺色の手拭いが巻かれていた。

「なんだ。お前も気に入ったのか」

ダリウスがディーゴを揶揄ったが、ディーゴは眉間のしわを深めただけだった。

「閣下のその源具もそうですが、お嬢様や自分への布にも源技の力を感じます」

布製品への源粒子の転換方法はまだ完全には確立されていない。

そのため、その価値は通常の源具よりも基本的に遥かに高い。

「そうか――ここまで来ると笑えてくる。一体何なんだろうなあいつは」

ディ-ゴからの返答はない。

少なくともこれらの品を素直に受け取ったままではいられないな、とダリウスは考える。

(アルテカンフに連れて帰ったら、まずはしっかりと常識を叩き込み、一人前になった時にでも折を見てこれらは返すか、デリアは残念がりそうだが――いやその前に、オレ達と一緒についてくるように誘導しなければならなかったな――あまり腹芸は得意ではないんだが)




・エルデ・クエーレの世界地図 [レン・ディルク・ヴぃー・イヴァン]


詰所内でレンが違和感に気付き、皆の注目を浴びて、そして誤魔化した後のことだ。

レンは詰所の壁に掛けられた世界地図を見ていた。

イリスはデスクにいた兵士とお弁当の領収書の遣り取りをしている。

デリアはフリッツ達兵士と剣の話をしている。

その隙を見てのレンの行動だった。

「これが、エルデ・クエーレの地図」

レンはスマホで写真を取りながらそう呟く。

壁に掛けられた世界地図は、地球で最も一般的な世界地図の手法のメルカルト図法で描かれていた。

「やはり、向こうの世界とは違うか?」ディルクが聞いてくる。

「―――いや、大陸の配置がとても似ている。ほぼ一緒っていってもいいくらいだ」

エルデ・クエーレの大陸の配置は、地球に酷似していた。

違う点を挙げるとすれば、すべてが大陸としてつながっていることと、小さな島々が描かれていないことだ。

日本も北海道と九州がそれぞれユーラシア大陸と繋がっており、さらに北海道、四国、九州もすべて本州にくっついている。

「なんだと?!」

ディルクが驚きの声を上げる。

「これってただの偶然なのかな?」

ディルクからの返答はない。

「ヴぃー。エルデ・クエーレとチキュウを結びつけるような情報ってある?」

【お答えすることができません】

(やっぱり聞けないか。でも世界における陸の場所なんて、ヒトが意図的にどうにかできることではないけど、でも地球とエルデ・クエーレには何らかの関係がある?だから自分はこの世界に来れた?――だめだ、わからない)

レンが思考しつつ、世界地図を眺めている時だった。

「どうした、坊主。地図をポカンと見て」

イリスの父、イヴァンがレンに声を掛けてきた。

一人手持無沙汰に見えたレンに話しかけてきたイヴァンは、面倒見が良いヒトなのかもしれない。

「あ、いやこの色分けって何なのかと思って?」

慌ててレンは返答する。

エルデ・クエーレの大陸の配置は、地球と酷似していたが、地図自体は色々と違うところがある。

レンが今イヴァンに聞いたこともその一つだった。

地図上の陸地は13種類の色分けがなされている。

「なんだ。坊主はそんなことも知らないのか?」

若干呆れを感じた声色に聞こえた。

どうやら自分は知っていることが普通のことを聞いたらしい、とレンは判断する。

「これは1つの王領と12の領地の場所を示しているのさ。」

そう言うとイヴァンは地図を指さしながら説明を始めた。

「たとえば俺たちのゲムゼワルドはカヘンニン領だが、カヘンニンはこの地図の紫色の地域だ」

そう言うと、イヴァンはピン止めされたところに指を置く。

そのすぐ下にゲムゼワルドと書かれていた。

紫色の領域は、地球でいうオーストラリアから東南アジアの半分を占めていた。

ピン止めされているゲムゼワルドはオーストラリア大陸の北西に位置している。

「で、王領の王都はここ」

イヴァンの熊の毛で覆われている指は、地球でいうところの日本の場所を示していた。

日本とそしてその周辺は灰色である。

(日本が王都)

レンは茫然としながらイヴァンの説明を聞く。

その様子が、イヴァンの親としての琴線に触れたのか、

「坊主。今からでも遅くない、ちゃんと勉強しような」

そう優しく言って、大きく毛むくじゃらの手をレンの頭の上に乗せ、ゆっくり撫ぜた。

(あれ?だいぶ子供に見られてる?)




・露店の古本屋で [レン・デリア・ディルク・ヴぃー・イリス]


詰所へのお弁当運びが終わり、イリスの母が働く店にスイーツを食べに行く道中でレンは古本の露店を見かけた。

他の露店と比べても数倍スペースを使っており、店員も4名ほどいる。

「あ、デリアさん、イリスさん、ちょっととここの本屋を覗いてもいいですか?」

「かまいませんわ」「わたしも大丈夫です」

レンが露店を覗くと、多種多様な本が所狭し乱雑に置かれているのが視界に入る。


・第六勲アデライード監修―家庭で簡単にこさえる王宮料理―

・これ一冊で生活が豊かに、おすすめ生活源技能集とその用途

・漢なら一度は行くべし―闘技都市、真の漢が集う居酒屋集10選―

・エルデとクエーレの冒険譚4章―麒麟は人を愛し、ヒトを利する―

・ドラッヘ領領主が教える髭のお手入れ法、一つ上の男に

・闇源技の神髄―契約で相手を縛る―


(なんか、普通に日本の書店のおすすめコーナーにいる感覚だ)

レンは並べられている本のタイトルと煽り文句を見てそう思った。

とりあえず、生活源技能集の本を手に取り、パラパラと眺めてみる。

厚さ5mm程の薄い本で、見開き1ページに付き1つの源技がイラスト付きで解説されていた。

本の良し悪しはレンには全く分からないので、とりあえず。ディルクに見せてみた。

「駄目だ」ディルクのお眼鏡には適わなかったらしい。

ディルクはレンの頭から肩、腕を伝って本の方へと向かうと、別の本にその小さな手を乗せる。


・生活源技能集大全

・雷源技能概論―基礎から応用まで―

・エルデ・クエーレの歩き方


これが良いということなのだろう。レンはそれを手に持った。

源技能に関する本のタイトルの固さは、学校で使う参考書とほぼ変わりない。

「レンは源技能に興味がありますの?」

イリスと別の場所で本を見ていたデリア達が、レンに声を掛けてきた。

レンの手に持っている本を見て、源技能の本を探していると推測したらしい。

「はい、あとは、基盤源技の指南書がないかなって」

「それでしたら、現第二勲バルツァ卿が監修を務めた“源技能基礎概論”と“基盤源技の入門”がおすすめですわ!学院の源技能科でも騎士科でも使用されてます!」

デリアはそう言ってあたりを見回すと、本を2冊手に取りレンに渡してきた。

「ありがとうございます。デリアさん」

そう言って、レンは本を購入すべく店員に声を掛けた。

【その2冊の内容は私に保存されていマス。ですが一応購入しておくと良いでしょう】



・お金を稼ぐには [ディルク・レン・ヴぃー]


「―――ねえ、ディルク」

レンがディルクに声を掛けてくる。その声は若干沈んでいた。

「なんだ」

ディルクがレンの頭の上から返事をする。

古本屋での買い物も終わり、ディルク達はイリスのお店へと向かっていた。

前方をイリスとデリアが歩いている。

「やっぱり先立つものは必要だよね。」

「――金のことか?」

ディルクは頭の上に乗りながら先ほどの露店でのやり取りを思い出す。

レンは店員に本を買うべく声を掛けたものの、自分がお金を持っていないことにその時気が付いたらしい。

買うのをやっぱりやめます、レンが言ったところ、そこにいたデリアが、わたくしが支払いますわ!と男らしく支払ってしまった。

結果としてレンは、女の子に会計をさせてしまう情けない男に見られてしまったのだ。

それでも、毅然とした態度を取っていれば良かったものの、レンはそれに加え顔を恥ずかしさで真っ赤にしてしまったのが、よけいに哀れさに拍車をかけてしまった。

イリスの暖かくレンを見る目も追い打ちをかけていた。

「うん。どうやったらこの世界で稼げるのかなって」

「心強い支援者がいるじゃないか」ディルクが若干からかいの感情を交えて返答した。

「いや、そりゃ、ダリウスさんはそう言ってくれてるけど。あんまり迷惑もかけたくないし。貰いっぱなしってのも嫌じゃん。なんかいい方法しらない?」

【気にする必要はありまセン】

ヴぃーがレンにそう言った。

ディルクはそれに心の中で同意する。

(そりゃそうだ。あほみたいに貴重な品をタダで渡してるんだからな)

だが、それをレンに伝えると余計な精神的負担を掛けることになりそうだと思い、ディルクは口を閉ざした。

(そもそもレンが持ってきた荷物にはほぼすべて源技能の気配を感じる。だが、あいつの反応的には向こうの世界には源技能は無さそうだ。少なくともレンはその存在を知らないことは確かだろう。となると、レンがこっちに来たときの副産物か?世界を超える程の空間源技だ。計り知れない力が必要だろう。その力の一端を浴びたことで、か?可能性としてはあり得るが)

「まぁ傭兵連合で依頼を受けて、店で一時的に雇用してもらうとか、街の外に出て有用な薬草や香草を収集するとか、後は――怪異退治とかが現実的かもな」

ディルクは思いついた案をとりあえずレンに伝える。

「え?ギルドがあるの!?」レンが興奮したように聞いてきた。

「ぎるど?」ディルクにはその言葉の意味が解らない。

「あ、何でもない。でも収集だっけ?自分そういう知識ないよ」

「俺はそこそこあるから、教えてやる」【ワタシも忘れないでください】

「というかそれ以前に俺はそれなりに金を持ってるぞ」

これでもディルクは自身のことをそれなりの役職に就いている竜属だと、思っている。

自身の立場を鑑みると、レンの今後の活動に対してそのお金を使うことには全く抵抗は無い。

「え、そのなりで?てかディルク素っ裸じゃん」

レンのその発言にディルクはイラっとした。

(こいつは!ディ-ゴが馬からヒトに戻ったのを見ていただろうが!なんだ!俺の事はヒトではないと思っているのか!)

思わずレンの頭をその手を使ってぐりぐりと押し付け、さらに甘噛みする。

「痛い!いたたたた!」

(――そういえばこいつの前で、ヒトの姿も獣人の姿も見せてなかったな)



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