14. 詰所には男心が飛び交う

イリスに先導されて15分ほど歩き、レンたちは目的地であるゲムゼワルド南方通行門詰所へと到着した。


着いた詰所は、レン達がゲムゼワルドに付いたときに馬車で通過した通行門から近い場所に設置されており、昨日歩いた馬車道が確認できた。


昨日と比較して置かれている馬車の数は増えている。


レン達が通行した後もゲムゼワルドでの神獣綬日目当てで訪れた旅人がいることが伺えたが、その人数が多いのか少ないのかはレンには判断できなかった。


「ここが私の父が働いている南方通行門詰所です!」


イリスが歩みを止め建物に手を向けながらレン達に言う。


レン達の目の前には木造二階建ての家が建っている。

ライトブラウンの立方体の建物は機能性が重視されているのか、余分な装飾や色彩はほぼない。


一階はまるで日本にあるコーヒーショップのように、ガラス張りがされており中の様子が外から見えるようになっている。


入り口と思われる大きな扉の横の柱には、[カヘンニン州ゲムゼワルド領ゲムゼワルド南方通行門詰所]と書かれていた。


その下には紫色を主体として雄々しい兎と思われる獣のシンボルマークが描かれていた。


「じゃあ、入りますね」

イリスがそう言うと目の前の扉に手を掛け中に入っていく。


ワクワクを抑えきれない様子のデリアもそれに続いていった。




詰所内は、レンの想像よりも閑散としていた。詰所の大きさの割には詰所内にいる人の数は少ない。


オフィスのように机が8つほど向い合せに並べられており、そこで事務作業をしている兵士が1人いる。

さらに、その近くにある大きな楕円形の木のテーブルの所に集まって談笑をしている兵士5人がいた。


テーブルの近くの壁には、この世界エルデ・クエーレと思われる世界地図らしきものと、この街ゲムゼワルドの地図が張られていた。


(隙を見て地図は見ておこう)


可能であれば、スマホで写真を撮っておこう。


(そうだ、折角スマホがあるなら写真撮りまくるか)


後で持っているスマホのストレージを確認しておこう、レンはそう思った。




「お、イリスちゃんじゃない。今日も変わらず隊長の娘とは思えない可愛さだね~。弁当持ってきてくれたの?」


テーブルで談笑していた兵士の一人がこちらに気付き声を掛けてきた。

昨日通行門にいた兵士と同じように紫色を基調とした制服らしきものを着ている。


「こんにちは。フリッツさん」

イリスがその腕に弁当箱を抱えながら、フリッツと呼ばれた兵士の方へ歩いていく。

フリッツの頭には犬の耳が付いていた。


「しかも、今日は可愛い子ちゃんもつれて。――どうだいお嬢ちゃん、オニイサンと今夜露店巡りでもしないかい。」


フリッツはデリアの顔を見ると、そう軽薄そうに誘いをかけてきた。


「折角のお誘いではありますが、お断りさせていただきますわ」


デリアはニコニコしながら一刀両断する。


その顔から察するに、この状況をデリアは楽しんでいるらしい。

露店巡りの時も思ったが、やはりこの虎の少女は男らしいとレンは再評価した。


「そりゃ、残念だ」

フリッツはさして気にした姿も見せずそう返答する。


(しかし、やっぱりデカいな。こっちのヒトは)


フリッツの身長も180後半はありそうだし、座っている他の兵士も少なくともフリッツと同じかそれ以上の体躯に見える。


「そっちの坊主もお姉さま方やそっちの道の奴にはモテそうだし、なんだイリスちゃんのお店はヒトの出前も始めたのか?」


(どういう意味だよ……それ)


そう言うと、フリッツはゲラゲラと笑い始めた。

周りの兵士たちもフリッツの下品な物言いが面白かったのか声を上げて笑い、囃し立てた。


「嬢ちゃん、俺はフリッツのように露店巡りなんて野暮なこたぁ言わねえ、ベッドの上でどうだい?」

「イリスちゃんもイヴァン隊長の娘なんてやめて、俺んちに住めよ。毎日気持ちよく過ごさせてやるぜ!」

「下の毛が生えそろったばっかの奴がなに粋がってるんだよコニー!」

「いっちょまえに蜥属を頭に乗せてる坊主も、おじさんが新しい素晴らしい世界を教えてやるぞ!」


色々と突っ込みたいことはあるが(特に最後の兵士には)、とりあえずレンは黙っていた。


隣にいるデリアは感動したように、これが一般兵士たちの雰囲気!と言っている。

だが、これが一般的だとはあまりレンは思いたくはなかった。


「はいはい、いつも通りお元気ですね」


イリスは兵士たちの言動には慣れているのか、適当にあしらいながら大きなテーブルに向かい、その手に持っている弁当箱を置き始めた。


レンとデリアもそれに倣い弁当箱を置く。


詰所内にいる兵士たちがレン達を囃し立てる。


だんだんとそれはヒートアップし、まるで大学生の新歓コンパの雰囲気のような既視感をレンは感じた。


その時だった。



「随分と楽しそうじゃねえか、オマエら。」



荒々しい物言いだった。

その声は、賑々しい空気に一陣の太刀を入れるが如く詰所内に響き渡った。


途端に場は静寂に包まれる。


奥の方から一人の熊獣人が肩を怒らせながら歩いてきた。


周りの兵士と同様に紫の制服を着ているが、装飾が少しばかり豪華である。


昨日馬車で通行門を通るときに見た熊獣人と同じなのだろうか。

レンの目では完全に獣人化した個体を見分けることに自信が無い。


「お父さん!」

イリスが声を上げる。


「おう。ご苦労だったなイリス。こいつらは?」

どうやらこの熊獣人がイリスの父親らしい。

レンとデリアの方を向いて訝しげな顔をする。


「神獣綬日のお祭り客のレンさんとデリアさんだよ!お弁当を運ぶのを手伝ってもらったの!―――その、あの、、今日ついに道端でぶつかっちゃって。………やっちゃった」

イリスが舌を出しながら、苦笑いを浮かべる。


先ほどまでのイリスのレン達への振る舞いとは異なり、父親ということもあって気軽さを感じさせるものだった。


「――ったく、だから前から言ってただろ?一人じゃ危ないってよ」

イリスの父親もそんな娘の様子を見て、呆れはするものの優しい物言いだ。


「だってぇ、お店の女の子達ここに来たがらないんだもん」


それは理解できる。

来るたびに今みたいに下品に絡まれるのは、女の子としては嫌だろう。レンはそう思った。


「娘に強引に手伝わされたみたいで、すまんな。あと、この野郎どものことも。一応は言ってはいるんだがな」


「お気になさらないでくださいな。こちらも貴重な経験を承れて、とても光栄でしたわ」

デリアは口早にそういうと、優雅に一礼をした。


「お、おう?」

そのデリアの立ち振る舞いにイリスの父は困惑の表情を浮かべる


「レンさん、デリアさん本当にありがとうございました!」


イリスはそう言って深々と、レン達にお辞儀をしてきた。


「詰所とかって中々入れないでしょうし、デリアさんの言うとおり珍しいものが見れましたし、本当に気にしないでください。」


レンはそういうと手のひらをひらひらさせる。




「それならいいが―――で、だれが、だれの娘を泊めるって、コニー」


イリスの父がその大きな手で、近くにいた、コニーと呼ばれた兵士の頭を掴む。


「いだいっ!いだだだだっっ!」


コニーが本気で痛がっていることから、相当の力が込められているのだろう

レンはふと、頭に乗っているディルクから受けたグリグリを思い出し、身を竦めた。


「イ、イ、イヴァン隊長、お、お戻りになられたんですね!」


どうやら、イリスの父、熊獣人はイヴァンというらしい。


「あぁ。イリスが弁当を届けにこの時間に来ることを知ってたからな!で?イリスになんだって?!」

イヴァンは語気を荒げながら、兵士たちに詰問する。


「―――す、すいませんでした!!」


コニーはそのイヴァンの怒りの姿に恐れたのか、立ち上がり謝罪の声を上げる。


「ったく!毎度、毎度言ってるだろうが!少しは品位を持てと!オマエら!イリス達に謝れ!!」


「「「「ゲムゼワルド南方通行門詰所第3隊!!神獣の下に心からの謝罪を申し上げます」」」」


紫の服を着た兵士5人がレン達の目の前で、一寸の乱れもなく揃った綺麗な礼を見せ、右手の拳を左胸に置いた。


レンとデリアは思わず呆けたようにその様子を見る。


「毎回こんな感じです。私も初めは困惑したんですけど、次第に慣れてきちゃって。デリアさん大丈夫ですか」


イリスが気遣うとようにデリアに声を掛けてきた。


「―――えぇ!えぇ!大丈夫ですわ!とても素晴らしいですわ!」


デリアが先ほどの兵士たちの姿を受けて、感動したように声を上げる。


「いや、別に素晴らしくはないと思いますけど」


確かに、礼は見事なもので、一瞬レンも誤魔化されそうになったが、その中身は、ベッドにどうのこうのや、新しい世界うんぬんなどの下品な物言いによるものだ。


「でも、ここに来ると家では見れないお父さんの姿を見ることができて嬉しいんです。隊長としての姿が格好良くて」


「イリスはお父様がとてもお好きなんですね。私もお父様のことは尊敬していますわ!」


デリアが声高々に宣言する。相変わらず男らしい。


「――はぃ。なんだかそうやって面と向かって言われると恥ずかしいんですけど」


イリスが頬を赤らめ顔を俯かせながらか細い声で言う。

デリアとは正反対の姿だ。


こんな娘の姿を見た父親であるイヴァンの様子が気になりレンが目を向けると、


「あれ、隊長なんか顔赤くないですか?耳も震えてますよ?」


「っ馬鹿野郎!なにいってやがる!!」


と、フリッツにからかわれていた。


そんな親子の様子を見てレンは微笑ましい気持ちになる。


昨日からのダリウスとデリア、今のイヴァンとイリス。両組との付き合いは限りなく短いが、それでもお互いの親愛が感じられる。



(――家族、か。まだ1日で、一人暮らしだから、日本で行方不明扱いにはなってないと思うけど。少なくとも今後学校を無断欠席し続けることになれば――誰かがマンションに行って――鍵を管理人に開けてもらって――でもそこにはだれもいなくて――荷物も靴もそこにはないから――失踪したように見えるだろうな。そしたら絶対に家族には連絡がいく。1週間、1か月かわからないけど、いずれそうなるんだろうな。その時、自分の家族は――――)


レンが思わず自分の思考に入る。

目の前の光景も、デリアたちの話し声もどこか頭の遠くに行ったように感じる。



「どうした?」


頭の上にいたディルクが、そんなレンの様子に気が付いたのか、声を抑えて耳元で話しかけてきた。


その低音でレンの意識は現実へと引き戻される。


「いや、ちょっと向こうの世界のことを、家族とか学校とか考えてただけ」


ディルクはそのレンの言葉を聞くと、そうか、と一言レンの頭の定位置に戻った。

がその動きから、ディルクが何かしら動揺しているようにレンは感じた。






その時だった。



パキィン



遠くの方で音が聞こえた気がした。


その直後。

この世界に来る直前に感じた“違和感”を急速に感じ始める。


(これって!?)


昨日まだレンが日本にいた時。

学校へと向かう途中にこの違和感を覚えた。

そして空間が割れ、乳白色の世界が広がった。


その後、この世界エルデ・クエーレが水面に映し出された。



その時の違和感と非常に近しい感覚だ。


レンはガラス張りの方へと駆け出し、違和感が生じた方角を見つめる。


窓からは少し離れた位置にある通行門と、そしてその上に広がるのは微かに見える木々や遠くの方の山、そして空だけだった。


特に異常なものは見当たらない。


そして、時間を追うごとに違和感はだんだんと消失していく。


「どうした?」


ディルクが先ほどと同じ言葉を掛けてくる。


「何でもない、いや――後で話す」


どうやら、空間が割れるということはなさそうだ。

あの時はだんだんと膨れ上がり、引っ張られたゴムのように、いずれ耐えきれない、という感覚ではあったが、今回は若干違う。


(気のせい?それにしてははっきりと感じたし、一体何だったんだ?)


レンはそう考えながら振り向くと、デリアやイリス、イヴァンや兵士たちの面々が不思議そうにこちらを見ていた。


「レン、どうかしましたか?」

デリアが代表してかレンに訪ねてきた。


「いや、その――なんか映ったかもと思ったんですけど、気のせいでした」


レンは激しくなる鼓動を沈めながら苦笑いを浮かべ、そう返答した。




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