5. 素朴な馬車には獣人が




雲一つない青空に悠々と存在する太陽も傾き始めてきた。


先ほどの評価法により、レンの第1属性すなわち最も相性の良い属性は雷源技であることが判明した。


ディルクが、雷源技は俺には使えねぇから街で指南書を買ってやる、と言い、

ヴぃーが、戦闘での使い勝手は悪くない、と言ってきた。


それとなく、源技能の戦闘での使用を想定されており、その道に誘導されている感じがしたが、レンは言葉を飲み込んだ。



【源技能の根本は源粒子の制御です、それは意識の集中により成し得マス】


ヴぃーのアドバイスを耳に入れつつ、先ほどと同様に、目を閉じて自分の体に意識を集中する。


今レンは自分自身の源粒子を補足する基礎訓練をおこなっている。


ディルクはレンの頭から離れ、少し前からレンを見ているようだ。


木陰の下で目を閉じながら座しているレンに、柔らかな風が心地よく当たる。


さわさわと鳴る、木々の揺らめきを主体とした自然のメロディも、レンの集中と休憩を手助けしてくれた。


(うん。さっきよりも存在感は無いけど、確かに自分の中に源粒子は存在している。――むしろ、ディルクのより扱いやすい)


レンは手のひら、腕、お腹、目、足の裏、脹脛、と体の色々な部位に自分の源粒子を動かし、集めてみた。


幾度か繰り返すうちに、だんだんと源粒子の移動が早まるのを感知できる。


「この源粒子の補足と制御の訓練は、源技能において基本であると同時に、最も奥が深いものだ。やればやるだけ源技の発現速度、密度、絶対量が上昇する」


ディルクの低い声が聞こえてきたので、源技の制御を止め、目を開けた。


右手人差し指と親指に溜めていたそれが体の中へ散っていくのを感じる。


「どうだ?」


「うん。自分の源粒子の方が動かしやすいね。目とか指先とか細かいところまで制御が効くし」


この訓練では集中力は使ったものの、疲労はあまり感じなかった。

これなら肉体的な疲労を回復しつつおこなえるな、とレンは思う。


「初心者が補足、制御、集積を一通りやるとはな。もしかしたらお前は源粒子の感知に対して才能があるのかもしれん」


【一般的に、自分自身の源粒子を補足するのに必要な期間は数週間と言われていマス。レン、あなたは平均から逸脱しているようです】


ディルクとヴぃーがレンの源技能対して良い評価をした。


「でも、まだ目を閉じて、それだけに集中した状態じゃなきゃできないから!」

レンは褒められたことが恥ずかしくなり少し慌てて否定の言葉を言う。


「おう!もう戦闘中の源技の使い方にまで意識がいっているか!いいぞ!鍛えがいがあるってもんだ!」

ディルクが嬉しそうに笑う。レンの言葉は斜め上に受け取られたらしい。


「いや、別に戦うためとか――まぁ、さっきの狼怪異の件があったから、意識はしちゃうけどさ。できれば早く向こうの世界に戻りたいよ」

レンはため息をつきながらそう言った。


「元の世界に帰るのにも源技が必要になるかもしれないだろ?修練しといて損は無いはずだ。この訓練は毎日継続するのが重要だから、これから寝る前にでもやれ」


はーい、と気の抜けた返事を返しつつ、レンは立ち上がった。

「そろそろ行こうか。日が昇ってるうちに街に到着したいし」


またもやディルクが頭の上に乗ってきたが、レンは何も言わずに街道を歩き始める。


(そういえば日本だと源技を使うどころか、源粒子を見たことも感じたこともなかったけど。――いや違う、引き込まれる直前の空間や飛び出てきたスマホには源粒子が集まっていた――なんであの時から源粒子を把握できるようになったんだ?)


レンは無意識に右ポケットにあるスマホを握りしめた。




―――――――――――――――




歩き始めて十数分経った頃だろうか。

レンの後ろの方から、ガラガラとした錆びた歯車同士が擦れ合う音が聞こえてきた。


それは加速度的にどんどん大きくなっていく。パカラパカラと馬の蹄の音も響いてきた。


レンが後ろを振り向くと、馬車が見えた。


雄々しい焦げ茶色の巨大な馬が一頭、後ろに小型のワゴンを引いており、物凄い速度で、レン達に急速に近づいてくる。


「ごめんなさい!避けていただけませんこと!」


速度は落ちてきているが、今レンが居る場所までには止まりそうもない。

レンが避けようとすると、馬車の音に紛れて華やかに澄んだ声が聞こえてきた。


馬車はすでに近くまで迫ってきている。


ワゴンの前方部には、金色の髪を靡かせた女性が身を乗り出しており、その隣には同じく短い金髪の雄々しい壮年男性が座っている。


レンは慌てて街道から雑木林の方に身を躱した。


「危ねえな」 【……】

ディルクのボヤキとヴぃーの息を飲む音が聞こえた。


目の前を通り過ぎた馬車はレンの目の前を通り過ぎ、そして徐々に速度を落としていく。レンの10メートル程前で静止した。



馬車のワゴンは、土台が木材でできており、横と上部を覆うように淡黄色の布が被せられ、かまぼこ型であった。


レンが馬車を観察していると、先ほどの女性がこちらに振り向き馬車から降りようとしていた。

どうやらレン達の方に来るらしい。レンも馬車の方へと駆け足で向かう。


「おい、俺は人前では喋らないから、お前も俺のことを飼っている蜥蜴として扱え。いいな」


走り初めたレンに向かって、ディルクが小声で唐突に要求を突き付けてきた。


「なんで?」

「竜属ってのはいろいろあって珍しいんだ。お前も面倒事は嫌だろう?」


自己紹介時には自慢げに、竜属だ、と言っていたのに、どういうことなのだろうか。よくはわからないが竜属にもいろいろ事情があるらしい。


レンはそう思い、了承の意を伝えた。


【レン、ワタシも暫し沈黙させていただきます】


ヴぃーも震えながらそう言った。

理由を聞こうと思ったレンだったが、すでに女性が近くにいたため、それはできなかった。



「お怪我はなさいませんでしたか?」


レンが馬車の傍に着くと、レンに声をかけた女性が立っていた。

女性は淡黄色のブラウスに黒いズボンを履いている。


そして女性の顔へと目を向けた。


(獣の耳が付いてる!)


レンは愕然と、獣耳がついている頭を注視してしまう。


女性の問い掛けに対して、はぁ、と心ここに非ずな返答をしてしまった。


女性にはヒトの耳も付いているが、それとは別に、中央の白丸が特徴的な、虎耳状斑と呼ばれる模様の耳が頭部に付いていた。


耳が2組あることは、レンのこれまでの知識上の生物としては非常に不自然ではあった。


が、とりあえずレンはその疑問を心の奥底に仕舞い込む。


「いやぁ、すまんかったな!」


女性に続いて、壮年の男性もワゴンから降りてきた。


(っでか!)

2メートルに届くであろうその身長としっかりと鍛えられた体躯はレンに軽い威圧感を与える。


男性にも女性と同様な獣耳が付いていた。


「お父様とディーゴが調子に乗るからですよ!」

女性が男性と、そしてワゴンを引いている巨馬にぷりぷりと怒っている。


「申し訳ありませぬ!!お嬢様!閣下に責任はございませぬ!すべてはこの不肖のディーゴによるものっ!!」


馬の方から男性の濁声が聞こえてきた。

テンションが高く声が大きい。暑苦しい声だ。


女性は彼らに対して一通りお叱りの言葉を授けると、再びレンの方に向く。


「ゲムゼワルドに向かっているのでしょう?お詫びといっては何ですが、馬車でご一緒しませんこと?」


「へ?…えっと?……そ、それはありがたいですけど」

レンは茫然と彼らの姿や様子を見ていたが、声を掛けられ慌てて返事をした。


嬉しい申し出だった。

先ほど休憩し幾分体力が回復したとはいえ、歩かなくて済むならそちらの方が良い。


「申し遅れました。わたしの名前はデリア。こちらは父である……」


女性、デリアはそういうと右手の拳を胸に当て一礼をした。

その動作は何処か気品を感じさせる。


「ダリウスだ。こっちの馬属は付き人のディーゴ」

そういってダリウスは馬車を引いている焦げ茶色の馬を指す。


やはり、獣の姿をしてはいるが、ディルクと同じようにヒトであるみたいだ。


「おい!!おまえ!閣下やお嬢様が名乗り出て下さっているのだぞ!!」

レンは、馬に怒鳴られる。


「あ、あぁ。えっと自分はレンです」


そう言った瞬間に、タイミング悪くレンのお腹がグーッと大きく鳴った。

ちょうど会話の隙間だったため、その音は目立った。


レンは恥ずかしさで、顔に熱が集まるのを感じる。

頭の上のディルクが笑いのためか小刻みに震えている。


「ぶわっはっはっは。なんだ腹が減ってるのか?なら飯も食ってけ」


ダリウスは豪快に声をあげて笑うと、そう言ってきた。

デリアも指先を口元に当てながらくすくすと笑っている。


「でも、いいんですか。自分とっても怪しくないですか?」


「違和感がありすぎて、逆に怪しくないな。あとその発言も怪しくない」

ダリウスが即答してくる。


怪しまれていないことは良いことだが、面と向かって変すぎるといわれたことがレンは複雑だった。


「………なら、お言葉に甘えて。」

頭の上のディルクが不満そうに、尻尾でレンの後頭部をペシペシ叩いた。


ヴぃーもポケットの中で弱く震えている。


「休憩にしよう!ディーゴも人化して水を飲め!」

「なんというお心遣い!このディーゴ感激であります!!」

ディーゴが叫ぶ。


どうやらこのディーゴは主人であるダリウスに心酔しているようだ。


そう思いながらディーゴを見ていると、一度レンが瞬きをした次の瞬間には、巨大な焦げ茶色の馬がいた場所に頭部の寂しい大きな鉤鼻の男性が立っていた。


ダリウスと同じくらいの齢であり、頭部にはピンと張った馬耳が備わっていた。


そして来ている黒いローブをはためかせながらこちらに近づいてきた。


レンは瞼をパチクリさせた。


ヒトによっては獣の姿と人の姿の両方を形どれるらしい。


(今まで学んできた物理法則やら生物学では説明できないことばかりだ、こちらに来てから驚かされっぱなしだな。)


ディーゴがこちらに来ると、猜疑心を張り付けた鋭い目つきをこちらに投げかけた。



レンはそれに気づくが、受け流しつつ思考に耽る。


(ってことは、ディルクも人化できるのかな?)


レンはダリウスの誘いに応じ馬車の中に入った。



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