4. さえずるスマホが知識を吐く
「ねぇ、ディルク。質問を戻すけど――源技って何なの?」
レンがぽつりと頭の上のディルクに質問する。
レンがそれについて知っていることはほとんどない。
炎源技、時空間の源技、風源技、雷源技、中位、中上位。
こちらの世界に来てからレンが聞いた源技能に関する単語だ。
そして、ディルクが使った炎の槍。
単純な物理法則では説明できない現象。
レンの脳内に火柱が轟々と燃え上がる映像が映し出された。
興味が急速に沸いてくる。
未知の物への好奇心は、レンの心を刺激してくる。
【――源技とは、大気と自身の体内に存在する“源粒子”を用いることで、生物の物理的限界を超越した現象を発現する力のこと、デス】
「…………」「…………」
唐突に、機械的な女性の声が聞こえた。
突然の音声に、レンとディルクは思わず黙ってしまう。
【源技には属性があります。基盤源技に加え、火、水、風、土。この5つが基本の属性です。加えて、雷、氷、光、闇といった属性も存在しますが、扱えるヒトは前者の属性と比べて圧倒的に少ない、デス】
レンたちの困惑を感じ取れないのか、その音声は源技に関する説明を続けてくる。
「――――ディルクって声芸上手「噛むぞ」
レンは冗談を言ったが、ディルクがすかさず牽制してきた。
「ってかレン。お前連れがいたのか?」
ディルクが頭の上からそう問いかけてものの、レンには全く心当たりがない。
レンは首を振り否定した。
【ワタシはあなたの右腰にいまス】
確かに声は、レンのズボンの右ポケットから聞こえてくる。
レンは慌てて手を入れ、そこにあるものを取り出した。
黒いスマホだ。
長方形で片手に収まるサイズであり、ほぼ一面が液晶ディスプレイである。
画面には心電図のような白い線が一本あり、鼓動のように時折震えていた。
【初めまして。私のことはヴぃーとお呼びください】
やはり声はレンが手にしたスマホから聞こえてくる。
「なんだそれは、通信用の源具か?」
ディルクが困惑した様子でレンの手元に降り立ち、スマホを覗きこんでくる。
(源具?)
「えっと、これはスマホっていって、ざっくりいうと、声や文字や景色の相互交換、記録、抽出ができる機械なんだけど―――」
(そもそも機械とかこの世界にあるのか?いまだ建物すら見てないから、この世界の発展度がわからないな)
レンは疑問に思いつつ、手に持ったスマホに目を向けた。
【アナタ方のお名前を教えてください】
(音声認識の初期設定か?いや、でも……)
スマホに搭載されている音声アシスタントとは、明らかに雰囲気が違う。
「えっと、自分はレンです。こっちが」「ディルクだ」
レンたちは音声に従い素直に返答した。
【レンとディルク、ですね。承知いたしました。以後よろしくお願いいたしマス】
無機質な女性の機械音が丁寧に告げてきた。
【話を戻します。基礎源技は―「ちょっと待って!」【いかがなされましたか?】
スマホ、ヴぃーが源技の説明を再開しようとしたのを、レンは慌てて止めた。
「ヴぃーだっけ?あなたは一体誰?何?なんなの?このスマホが自分をこっちの世界に連れてきたけど、誰が何の目的でそんなことをしたんだよ!?」
レンはこの僅かな間に溜まりまくった疑問を怒鳴りながら吐き出した。
【ワタシは、レン、あなたの補助をするための存在デス。それ以外の問いには――お答えすることができません。ワタシができることは、あなたに知識を喋ることだけデス】
ヴぃーが淡々と簡潔に返答してくる。
(は?)
その言い方にレンはイラっとしたが、大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
「ヴィーだったか、レンを呼んだのはお前か?」【お答えすることができません】
「お前はレンと同じ種属なのか?」【お答えすることができません】
「レンは何故こっちに来た?」【お答えすることができません】
「……レンの怪異に対す【お答えすることができません】
「まだ最後まで言ってねえだろうが!」
ディルクがヴぃーから情報を得ようと試みたが失敗していた。
「なんで答えることができないの?」
ヴぃーの鉄壁のブロックを破るべくレンが再度質問する。
【権限がないからデス。ですが、いずれお伝えすることが可能となります】
「そっか。じゃあ仕方ないな、最後に一つだけ聞かせてほしい―――ヴぃーは、自分に何を望むの?」
【――何も。アナタは――――思うがまま過ごしてください。ワタシはあなたが望む知識を喋るだけデス】
ヴぃーの返答を聞いてレンは気持ちを切り替える。
これ以上の問答は不毛だ。
正体も目的も不明瞭だ。
だから、自動で喋る辞書がある、その程度の認識でいいだろう。
「オッケー分かった。これからよろしく、ヴぃー」
レンはそう言ってスマホをポケットに入れた。
ディルクが何か言いたげにレンを見てきたが、一つため息を漏らすとレンの頭上に飛び乗ってくる。
【話を戻します。火、水、風、土などの属性源技は、その名に応じた現象を発現します。一方で、基盤源技は身体能力や治癒能力の向上、防御壁や通信網の創成など、汎用性の高い源技デス】
レンの右ポケットからヴぃーの声が聞こえる。
「あぁ、ヴぃーの説明で間違いない。ちなみに狼怪異の時の炎源技だと、俺は何もないところから中上位の火を創成して、それに方向性を持たせた。着弾後には、さらに基礎の風源技も使って外側から押さえ込み、炎が拡散しないように調整もしたな」
ディルクが説明を引き継いだ。
(だからあの炎は不思議な振る舞いをしたのか………………というかディルク、竜なのに口から火を噴けないんだ。………いや、でも口の中から炎源技を使えば、そういうことになるのか?)
レンはディルクの話をしっかりと聞きつつ、頭の中では少し脱線する。
「中上位ってのは何?」
【源技の序列デス。取得難易度が簡単な順から、基礎、下位、中位、上位となり、それらはさらに細分化されています】
「ディルクは炎、風、土の源技を使っていたけど、ここの世界のヒトは、皆が色々な属性の、あんな殺傷能力の高い源技を使うことができるの?」
仮にそうだとしたら恐ろしい世界である。夫婦喧嘩でもしようものなら、住んでいる家は容易く崩壊するだろう。
【この大地に住むヒトは皆、源技を発現できマス。しかしながら、一般人は基礎から下位の範囲、具体的には、料理で使う火の調節や、食器洗いや洗濯に使う水の創成といった、生活に役立つ程度の源技能しか発現できません】
「職によっては、その先、中位や上位の源技まで扱う必要がある。例えば、鍛冶屋、鉱石商、源具屋みたいな生産職や、傭兵や兵士、源技士など戦闘職、あとは源技能の研究者だな」
今の説明を踏まえるのであれば、ディルクは明らかに一般人ではない。
ディルク自身、狼怪異を倒した炎源技は中上位と言っていた。
先の例の中でディルクに合う職業は、傭兵だろうか、とレンは考える。
といってもディルクの声が低いことや、口調が荒いという基準でしか判断していないのだが。
「発現できる源技の属性は自分で決められる?」
「決められるとも、そうでないとも言える。まず、自分自身の種属にかなり依存するからな。俺みたいな竜属の適応属性は炎源技や風源技だ。それに加えて、自分の個性や性格といった要素が絡んで、個人の適応属性が決まる」
【補足すると、特に雷、氷、光、闇といった属性の適応性は、種属要素よりも個人の資質に依存する傾向がありマス。また、基盤源技はその汎用性の広さから得意不得意の個人差が一つ一つ異なります】
なるほど、種属に関してはまだ説明を受けていないが、源技の発現属性に関してレンは大体の理解を得ることができた。
と同時に一つの疑問が沸きあがる。
「えっと、自分はニンゲンっていう種属になると思うけど適応属性は何なんだろう?」
レンのその質問にディルクは顔を顰めた。
「知らん。というのも、この世界ではニンゲンという種属の記録はないから、今までこの地にニンゲンはいなかったのかもしれん。――自分がニンゲンだとは今後人前で言わない方がいいだろうな。怪異のことも合わせて考えると、下手に目立ちたくないだろう?」
確かに。
レンは心の中で強く同意した。
レンは怪異に対して異常な力を持つかもしれないのだ。
それに加えて異世界から来た。
こちらにはいないニンゲンという種属である以上、下手に自分のことを話したら悪目立ちする可能性は十二分にある。
マッドサイエンティストに人体解剖されてもおかしくはない。
「適応属性はどうやって調べるの?」
街道を歩き始めて、数十分は経っただろうか。街道の両脇には未だ雑木林が広がっている。
レンの足にも無視できない疲労が蓄積し始めた。明らかに歩くペースは落ちてきている。
「自分が発現できるすべての属性を調べるためには、街の組合にある計測用の源鉱石を使う必要があるんだがーーそうだな、とりあえず今から簡便法で調べてみるか、休憩も兼ねてな」
ディルクのその言葉を聞いて、即座にレンは街道脇の木の根元に腰を下ろした。
体力訓練も必要だな、と頭の上から物騒な発言が聞こえたが、レンは知らん振りをし、体を休めることに集中した。
「今から俺がおまえに基盤源子を流す。おまえは体の中のそれに意識を集中して、掌に集めるんだ。十分な量が溜まったと感じたら、それを外に勢いよく放て。」
【アドラー法ですね。最も簡単かつ迅速な方法ですが、密度情報を得ることができません。ディルク、基盤属性の源鉱石は持っていないのですか?それがあればデマール評価法ができますが】
「あったら初めからそっちにしてるさ――――さぁ、始めるぞ」
ディルクがそう言うと、頭の上から多数の温かいモノがゆっくりと体内に降りてきた。
それは全身をふわふわと漂っている。これが基盤源子なのだろうか。
レンはその心地良さを味わうように、目を閉じて意識をそれへと向けた。
暗闇の中でそれらはキラキラと光っている。
その粒子を、手のひらの方へと流れ込むようなイメージをゆっくりと繰り返す。
体の中にいくつもの小川があり、最終的に手のひらで合流するイメージ。
幾度かすると、温かみのある粒子はゆっくりと動き始め、集まってくる。手のひらが熱くなる。
そして、レンは一気に手のひらの熱源を外へと押し出した。
パリッ、パリッ。
手に僅かに痺れた感触が残った。レンは目をゆっくりと開ける。
ディルクが目の前に立っており、その表情には驚きが浮かんでいる。
「まさか一発で成功するとはな、レンお前の第1属性は―――雷だ。」
雷。
レンはぽつりと反芻した。
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