3. 怪異とレン、特性と特異性
草原を一人のニンゲンと一匹の子竜が雑談をしながら進む。
「そういえば、どうして自分が違う世界のヒトだって判ったの?」
歩きつつレンはディルクに疑問を投げかけた。
「そりゃあ、見たこともない恰好して、見たこともない物を持って、見たこともない食べ物あったら、そう思うだろ――まぁ今までそれなりに世界を旅してきたからな」
ディルクはこちらを振り返るとネズミ色の額に皺を作りながら答える。
「異世界のヒトがこっちの世界に迷い込むのってよくある?」
「いや、そんな事例は聞いたこと無いな、だが、時空間源技も中央では研究してるみたいだし、可能性として零じゃないだろ。」
ディルクの事例なしという回答に気落ちしつつ、レンはさらなる疑問を投げかける。
「時空間源技?さっきもディルクが炎の槍を出したときに、炎源技って言ってたけど源技って何?」
「はぁ?何言ってんだ。お前もさっき発現してたんだろ?」
ディルクはキョトンとした顔を見せた。
「まさか!?あんな魔法みたいな超常現象、これまでの人生で使ったことないし、見たことも無い!」
ディルクの予想外の反応にレンの声は思わず大きくなる。
「じゃあさっき狼怪異を倒したのはなんだ?差し棒を刺したところから中位の風源技か雷源技でも豪快にぷっぱなしたんだと思ったが」
(そんな意味不明で物騒なことはしてない!)
レンは慌ててディルクの誤解を解きにかかった。
「違う違う!あれは、あの狼の体から出る灰色の粒子が背中のあの場所から流れ出ていたように見えたから……何となくそこを刺しただけであって、まさかそれだけで消えるなんて、、、」
「………そういえばお前、狼怪異を見たときに灰色の煙を出してるとか言ってたな」
ディルクが前足を口元に当てて考え込む仕草をした。
「むこうには、あんな粒子を纏ってる生物なんていなかったから。それが何?」
ディルクが空中に静止したのに合わせて、レンも歩みを止める。
十数秒の沈黙が訪れた。
ディルクは何かを考え込んでいたが、深刻そうな声で喋り始めた。
「おまえの言っていることが本当なら――レン、おまえはちょっと異常なのかもしれない」
「……どういうこと?」
ディルクの気味の悪い評価にレンは戸惑う。
ディルクは前方に振り返ると、その進みを再開した。
雑木林の中へと入りこむ。
先ほどのまでは草原の上を歩いていたが、落ち葉や小石、湿った土などに変わった。レンはその変化に気を付けつつ、ディルクの跡を追う。
「この世界には怪異と呼ばれる化け物が存在している」
ディルクがおもむろに話し始めた。
「さっきの怪異は狼の形をしていたが、それ以外にも牛や虎、蜥蜴や虫、魚といった多種多様な怪異の存在が確認されている」
レンはそれに耳を傾ける。
足元からは時折しゃくしゃくとした、枯れ葉を踏む音が聞こえた。
「普通の生き物と違って、怪異はひどく好戦的でヒトを襲う」
「さっきみたいに?」
レンの問いにディルクは頷いた。
「厄介なことに怪異から受けた傷は何故か治りが異様に遅く、むしろ蝕んでいく。倒すにしても、怪異には剣や矢といった物理的な攻撃と源技能による攻撃が効きにくい――とても危険な存在なんだ」
(毒持ちで耐久力があるのか、確かにそれは厄介だな)
「あれ?でもさっきはディルクの炎源技っていうので倒したんでしょ?」
レンが思いついた疑問を投げかけた。
「あの狼怪異は動きからしてまだ若かったからな、それでも、確実に殺すには中上位の炎源技を使う必要があった。普通は怪異一匹につき、傭兵団や兵士団の一隊が、綿密な作戦を立てて対応する必要がある。―――ここまで言えばわかるだろう?」
「―――そんな化け物を自分は差し棒の一突きで倒した」
ディルクのその話を聞き、自分の異常性をレンは察した。
「加えて言うなら、おまえは狼怪異に対して灰色の粒子の流れが見えるといっていたが、俺にはそんなものは全く見えなかったし、今までそんなことを聞いた事もない」
ディルクのその言葉に、レンは再度驚き、結果足が縺れてしまった。
近くにある木の幹に手を当て、体を支える。
「え”。あれが見えてなかったの!?じゃあ、ただの狼に見えてたわけ?」
レンがそう聞くと、ディルクは前に浮かびながら首を横に振った。
「パッと見はな。だが、あの充血した眼と、興奮した様子を見れば、直ぐにあれが怪異だとわかる」
ディルクがレンをじっと見つめる。
「怪異の数は年々増加しているし、怪異の群れに、小さな村や集落が襲われ消えることも珍しくない。そんな風に怪異が蹂躙した土地は――死地となる」
「作物はおろか草木の一本も生えず、ヒトすら蝕み、そこには誰も何も住むことはできない」
怪異。
風貌は只の獣だが、ヒトを襲い、大地を穢す、化け物。
(そんな危険な存在とさっき対峙していたのか)
ディルクが、不幸中の幸いだった、と言ったのが心から頷ける。
「ってことは、今向かってるゲムゼワルドって街に着いても、怪異に襲われる可能性があるってこと?」
レンがそう問いかけると、ディルクは首を横に振った。
「ある程度大きな街には怪異は寄ってこない。万が一近付いて来たとしても、街には守護源技が発現してるし、治安隊や傭兵団といった戦える人材もそれなりにいる。ゲムゼワルドもその規模の街だ」
ディルクが先ほどまでと打って変わって、溌剌とした声でレンにそう言った。
未だ林の中を歩いてはいるが、遠くに光が多く差し込んでいる場所が見えてきた。
あそこが雑木林の終わりなのだろう。
「そろそろ、この林の中を進むのも終わりだ。ここを抜けたらゲムゼワルドに続く街道にでる。かなり歩きやすくなるだろう。」
そう言うとディルクはレンの目線より高く飛び、そしてレンの頭の上に降りると、腰を落ち着けた。
レンの頭にディルクの重さは殆ど感じない。
「えっと何で頭の上に乗るの?湿ってない?ってか汗臭くない?」
レンは困惑しながらディルクに問いかけたが、無視された。
レンはふと、思いついた懸念事項をディルクに伝える。
「あの、頭の上で排泄行為はしないでね――――って痛たたたた!痛い!痛いって!っちょ、牙で突かないで!――ごめんってディルク、ディルクさん!!」
レンの情けない声は十数秒に渡って、街道に響き渡った。
――――――――――
林を抜けるとディルクの言っていた通り、街道と思われる小道にでた。
レン達が出てきた雑木林の向かい側にも似たような雑木林がある。
歩き始めてから一時間は経っているだろう。レンの足にだいぶ疲労が蓄積してきた。
額から出た汗が頬を伝う。
レンはそれを右腕で拭うと、着ている長袖の薄いTシャツに黒いシミが付いた。
この街道は雑木林の間を通っているようだった。
地面には車輪の跡と思われる小さな溝がいくつもあり、この街道が利用されている様子が観察される。
「ゲムゼワルドはこっちの方向だ」
ディルクはそう言いながら左に前足を突き出す。
「こっち側には何があるの?」
レンは右側へと顔を向けた。街道と、両側には雑木林が真っ直ぐと伸びており、視界の果てには水平線しか見えない。
「中継村がいくつかあって、その向こうには鉱山都市がある。といっても今いる場所は相当にゲムゼワルド寄りだから、歩いて行くと15日ぐらいはかかるがな」
(鉱山都市か。昔の日本だと岐阜県の飛騨にあったけど)
馴染みのない単語が使われているだけで、非日常を感じてしまう。
「ちょっと待って。」
レンはそう言うと、自分たちが出てきた雑木林の場所の草や花を無造作に抜いたり、足で強く踏みしめ始めた。
「なに自然破壊してるんだ?」
頭の上からディルクの声が聞こえる。
「今後またさっきの場所に戻ることになるかもしれないから、目印を付けとこうと思って。」
レンの回答に、ディルクは感心したような声をあげた。
「おまえ、異世界に来て怪異に会った直後な割には、冷静なんだな。」
レンは褒められ、ふふんとドヤ顔をする。もっともディルクには見えないだろうが。
「そういうことなら、こうすればいい」
レンの頭の上が仄かに暖かくなる。
どこか安心感のある波動がレンの頭の先から、肩、腕、胴体、足と巡った。
ふと視界の上の方に茶色の粒子がいくつか見えた。
ズンッ!!
大きな音とともに、レンの目の前に3メートルほどの大きな尖った岩が聳え立つ。
その岩は地面から生えてきたため、土は盛り上がり草花は周りに散らばった。
レンは茫然とその光景を視ていたが、我に返るとディルクに問いかける。
「これも―――源技ってやつ?」
「土源技だ。どうだ、目印としては申し分ないだろう。」
「うん。ありがとうディルク。」
レンが源技を実際に視たのはこれで二度目になる。
両方とも殺傷能力の高そうな技だったが、どうやら源技能には多様な種類や様式があるようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます