10-66

『突然だけど明日家に行っていい?』


『なんで?』


『話したい事があるから』


『大事なこと?』


『大事なこと』


『だったらいいよ』『待ってる』


『ありがとう』


『せんぱい』


『なに?』


『かっこよくしてきてね』


『わかった』








 

「久し振り」


「うん。久し振り」


「家の前で待ってなくても良かったのに」


「中だと落ち着かないから」


「そっか」


「そう」


「……」


「……」


「水流」


「はい」


「裏アカデミ。楽しかったよな」


「うん。楽しかったよ」


「終わった後、寂しくならなかった?」


「なった」


「だよな。俺も凄くなった。ゲームは他に幾らでもあるのにさ」


「……」


「だったらやっぱり、ゲームの所為だけじゃないと思うんだ」


「そうかな」


「俺はそう思った。だから来たんだ。本当は夏休みの間に来た方が都合良かったんだろうけど、来たくなったの昨日だったから」


「……」


「言い訳になっちゃうけど、時間かかったのは俺なりに色々考えてたからなんだ。距離もあるし、俺で良いのかなってやっぱ思っちゃうし」


「なんでそんな事思うの?」


「本当、そうだよな。多分こういう事初めてだから考え過ぎちゃったんだ」


「……それはちょっとわかるけど」


「でもそういう気持ちも確認した上で、今日来たから」


「うん」


「……ふー」


「緊張してる?」


「メッチャしてる」


「食い気味」


「いやするって。喉もカラッカラだし……噛んだらゴメン」


「ダメ。ちゃんとして」


「厳しいな」


「だって一生に一回の事じゃん」


「それは……まあ、そうか」


「そうだよ」


「わかった。頑張る」


「頑張って」


「ん……よし」


「……」


「水流瑪瑙さん」


「はい」


「……瑪瑙ってさ、漢字難しいよな」


「先輩?」


「ごめん。大分解れてきたからもう大丈夫」


「ホントかな……」


「水流」


「はい」


「好きです。俺と付き合って下さい」


「はい!」


「……っと。ビックリした」


「遅いー……ずっと待ってたんだからね?」


「ごめん。マジ日和ってた。初めてだし」


「告白が?」


「告白もだし、付き合いたいって思う子が出来るのも」


「一緒」


「そうなの?」


「ずっと人と接するの怖かったから」


「……そっか。俺も似た感じ。それに嬉しくてもそれが顔で伝わらないの、やっぱり嫌だったから」


「あ! 先輩笑ってる!」


「良かった。ちゃんと伝わってる?」


「うん。そっか……良かったね」


「ありがと。でも水流はさ、あんまり気にしてなかったよね。俺の顔」


「そんなに好みじゃないからかな」


「おい!」


「ははっ。ね、家あがっていくでしょ?」


「いや、すぐ帰らないと手伝いもあるし」


「でもこのまま帰ったら親の印象悪くなるよ」


「……知ってんの?」


「うん。全部わかってるっぽい」


「あー……それじゃ少しだけお邪魔します」


「さっきの倍頑張ってね先輩」


「倍じゃ足りないかな……」


「でも、これから遠恋なんだからちゃんとしとかないと」


「SIGN長いと怒られるとか?」


「他にも色々。受験もあるし。まだ先だけど」


「山梨の高校受けるとか言うのはなしね」


「……」


「いやダジャレじゃなくてマジで。俺が御両親に殺されるから」


「あー。そうかも」


「俺が行くから」


「……ホントに?」


「一応そのつもり。だから遠恋は二年半な」


「それでも長いよね」


「頑張ろう」


「うん! それじゃ入って!」


「それじゃお邪魔します」


「お母さん。先輩来たー」


「……ふーっ」



 ――――ずっと緊張で真っ白だった頭の中が、ようやく元に戻ってきた。


 でも緊張が途切れる事はない。

 これからの方がずっと大変だ。


 今からする御両親への挨拶もそうだし、遠恋もそう。

 初めての彼女だから何もかも手探りだ。

 水流は良い子だし手を焼く事はないと思うけど、傷付けたり泣かせたりは絶対したくないからな。


 ……初カノかあ。

 向こうにとっても初カレみたいだし、どうなるのか全然想像つかないな。

 多分、恋人っぽい事は当分できないと思うけど、それは別に構わない。


 二年半。

 やる事は山ほどある。

 それくらい我慢できるさ。


 ……できるのか?


 火照った身体が全然冷えない。

 さっき告白直後に抱きつかれた感触がまだ残ってる。


 ヤバいな……やっぱり我慢できないかも。

 でも水流はまだ中学生だ。

 そこは鉄の心で我慢しよう。


 呼び方も考えないとな。

 そういう事は後で幾らでも話せる。

 もう、その手の話をするのに遠慮しなくても良い仲になったんだから。


 これから大変だけど、今は人生初めての告白が成功した事を喜びたい。

 でも人の家だから控えめに。


「っしゃ!」


「あらあら」


「……あ」


 ガッツポーズを彼女のお母さんに見られた。

 は、恥ずかしい……!


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」


「……はい」


「気にしなくて良いのよ? そんなに喜んでくれて、母としてとっても嬉しい」


 水流の言っていた通り、告白した事はバレバレだったらしい。

 直視できず顔を背けていると――――水流母が畏まって玄関に膝をついた。


「娘を宜しくお願いします」


「こちらこそ! まだ全然勉強不足で頼りないですけど……宜しくお願いします」


 深々と頭を下げる。

 その所為で見えてないけど……多分この足音は水流父だよな。

 顔を上げるのが怖い…… 


「春秋君」


「は、はい」


「……知っての通り、娘は弱い所がある。どうかそういう所もちゃんと見てやって欲しい」


「はい。肝に銘じます」


 他のどの言葉を向けられても、きっと頼りない返事になってしまったと思う。

 でもこれだけは嘘偽りなく断言できる。

 絶対に誰にも負けないって。


「あがっていきなさい。聞きたい話もある」


「御両親には遅くなるかもしれないって連絡しておいてね。交通費はこの人がお小遣いから出してくれるって」


「知ってるかな? リニアが開通したら山梨まで20分ちょっとらしい」


「はい。まだ大分かかるみたいですけど……」


 俺と御両親が話している間、水流はずっと奧にいて出て来なかった。


 ……直後、その理由がわかる。

 水流は目を少し赤くしていた。


 まさか自分にそこまで想いを寄せてくれる子が出来るなんて夢にも思わなかった。

 ずっと入れ込む方の人生だったから。

 そういう人生のまま終わると思っていたから。



 今、俺はどういう顔をしているんだろう。

 自分ではまだ上手く想像できない。


 でも鏡は見なくても良い。

 水流もその御両親も、今日の俺を見て笑ってくれたから。

 もう、無理して潜る必要は何処にもない。


「……あ、母さん? 今大丈夫? うん。少し遅くなるから。そう。水流の家で――――」


 スマホの向こうで母さんは『おめでとう』と言ってくれた。

 今日告白する事なんて伝えてないのに。

 やっぱり人生の先輩方は偉大だ。


 心から思う。

 俺は本当に色んなものに支えられてきた。

 両親に、来未に、ゲームに、そしてゲームを通して出会った仲間たちに。


 これから自分に何が出来るのか。

 何をお返し出来るのか。


 それを考える時間はまだまだ沢山ある。

 一つずつやっていこう。


 幸い、躓いた時や上手くいかない日にはゲームがある。

 こんなに心強い味方はない。


 ゲームは不朽不滅の娯楽だ。


 俺が死んで何十年、何百年経ってもゲームはこの世界に在り続ける。

 コンシューマって文化はいずれなくなるかもしれないけど、ゲームに情熱を注ぐ人間が誰もいなくなるなんて事はない。

 これからどんな時代になったとしても、世界の何処かで誰かがゲームで遊んで楽しい時間を過ごしている筈だ。

 

 だけどいつの日か、俺の中から去って行くかもしれない。

 日々の生活に追われてゲームする気力すらなくなるかもしれないし、別の趣味が出来てゲームへの興味が薄れてしまうかもしれない。

 加齢で脳や目が衰えて長時間のプレイが負担になってしまう事も考えられる。


 例えそうなったとしても、これまで俺を支えてくれた事実は消えない。

 俺が今まで遊んできたゲームはこれからもずっと心の中で生きている。

 その経験が将来役に立とうが立つまいが、これだけは死ぬまで変わらない。


 プレノートが誰の目にも触れなくなって無価値な紙屑になったとしても。

 俺はこの15年をゲームと一緒に過ごして来た日々を恥じる事なんてない。


 そしてこれからは――――


「せんぱーい。おじいちゃんがゲームの話聞きたいって」


「ははっ」


 ゲームが作ってくれたこの縁を、大切にしたいと思う。

 

 





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