10-65

 新学期が始まって――――



 生活が一変する事は特になく、劇的に何かが動き出す訳でもなく、各駅停車のような日々がやって来る。


 学校は相変わらず退屈で、教師に目を付けられない為だけに授業を聞きながら自分のしたい勉強をする。

 それだけで時間は過ぎていって、やがて日が暮れる。


 家に帰ればいつもと同じ客層のカフェを遠目に、雑務をこなしつつミュージアムの管理。

 相変わらずユートピアよりもアルファの方が需要があって、年配の方が訪れては思い出話に花を咲かせる。

 その時間は決して退屈じゃない。


 だから、繰り返しの日々の中でも『どんな一日だった?』と問われれば、多分最初に出てくるのはミュージアムで過ごした時間だ。


 夕食が終われば、ようやく自分の時間。

 裏アカデミのテストプレイが終わって、再びアカデミック・ファンタジアや他のオンラインゲームに手を出す気にはなれず、コンシューマのレトロゲー発掘の日々に戻っていた。


 レトロゲーと一言で言っても、ゲームの歴史は長くかなりのグラデーションがある。

 例えば二世代前のユートピア3のゲームでもレトロゲーだし、初代アルファのゲームも当然レトロゲー。

 両者の間には20年もの開きがあるし、グラフィックも大違いだけど、昔のゲームという点においては変わらない。


 本当ならユートピア3あたりのゲームも手を出したい所なんだけど、やっぱり需要があるのはその遥か昔、1980年代から90年代あたりのゲーム。

 しかもネットで実況プレイをあまりされないゲームの方が、喜んで貰える事が多い。


 プレノートを書く時に一番気をつけている事は俺のプレイ日記にならない事。

 勿論、攻略サイトみたいにただのフローチャートになってしまうのは論外だ。

 如何に当時プレイしていた人達の記憶と重なって、ノスタルジックな気分に浸って貰えるかが重要で、それを体験してくれた人はリピーターになってくれる確率が高い。


 それに、紙で読む文化はやっぱりパソコンやネットが普及する前の世代の人達が馴染み深いみたいで、その世代にターゲットを絞るのは当然かもしれない。

 要するに、親父や母さんの世代に出来るだけ寄り添う内容が好ましい。

 だから敢えて途中に親父から聞いた時事ネタを入れる事もある。


 プレイ動画と違って、このプレノートにはビジュアル的な面白味は余りない。

 面白おかしく実況して笑いを提供する事も出来ない。

 時代に逆行した、アナログ文化への迎合……いや媚びへつらいだ。


 でも俺は、その作業に未だに飽きていない。

 スマホでポチポチ遊ぶのが普通で、気軽さお手軽さを競うように簡単作業を売りにするゲームが多い中で、長い長いロード時間や不親切なUIにイライラしながら、でもそこに"ゲーム"を感じる瞬間がある。


 今日やるゲームは、ある意味その究極とも言えるゲームだ。


【ロード・ロードII】


 国民的RPGの2作目で、親父が初めてプレイしたRPG。

 だからプレノートは既に親父が書いていたし、敢えて俺が新しく書く意味もないと思っていたから、プレイする事もなかった。


 1987年、初代アルファが世に出て4年しか経っていない時代の、RPG黎明期の作品だ。

 次のロード・ロードIIIが社会現象を起こした事で国民的RPGシリーズと言われるようになったから、これはその少し前のゲームって事になる。


 そんな時代の作品という事もあって、このゲームの特徴は理不尽な難易度。

 普通に進めて行くと途中で必ずレベルに見合わない敵と遭遇して絶滅の憂き目に遭う。

 終盤には即死系魔法を連発してくる敵もいるし、そこに辿り着くまでのダンジョンがとんでもない数の落とし穴と強敵エンカウントのセットで、落ちる度に消耗させられる。


 エンカウント率も異常に高い。 

 その上、道中の謎解きもノーヒントでやたら見つけ難い所に隠れている盗賊を見つけなくちゃいけなかったり、大分前に一度使ったキーアイテムを特定の場所で再利用する事がラストダンジョンに入る為の条件だったり、とにかく難しい。

 難しいって言うよりホント理不尽だ。

 

 有名なゲームだから37年経った今でも攻略サイトはあるし、プレイ動画も多い。

 でも当然そんなのは見ずに遊ぶ。

 ストレスは溜まるけど、不思議とのめり込んでしまう魔力がこのゲームにはあった。


 ロード・ロードシリーズは3までキャラクター性が薄く、ストーリーもそれほどドラマティックな演出はない。

 だから逆に想像の余地がかなりある。

 自分で勝手に設定を決めて、勝手に道中のストーリーを作る事が出来る。


 例えば、このゲームは最大3人パーティで仲間の入れ替えはない。

 ずっと同じ3人、男男女の組み合わせで最後まで旅をする。


 やっぱりどうしても、そこに人間関係を作りたくなってしまう。

 ただの仲間の粋を超えた、複雑な関係性。

 最初に動かすキャラが主人公で、最後に仲間になるのが紅一点の女性キャラだから、どうしてもヒロインに思えてしまう。


 だから、2番目に仲間になる男性キャラは気の毒だ。

 力も弱いし装備も攻撃魔法も中途半端だし、正直通常戦闘では余り役に立たない。

 彼だって世界を救うために必死に戦っているのに、本当に地味な役回りだ。


 でも丁寧に彼を見ていくと、次第に活かし方がわかってくる。

 唯一蘇生魔法が使えるからそれが最大の売りのように感じるけど、一番の有用性は支援系の魔法が充実している事。

 三人しかいないパーティメンバーの中で、搦め手や創意工夫の余地が多々ある彼の役割は何気に重要だ。


 リメイク作ではかなりのテコ入れがあったみたいだけど、今俺がプレイしているのは初代アルファ用ソフトのオリジナル。

 スマホでレトロゲーをやってもグラフィックもUIも全然違って快適だから、当時の質感を再現できない。

 このゲームはまさにその典型例と言える。


 データを保存する事が出来ない時代のゲームで、中断して再開する為にはパスワードを聞いてそれを正確に打ち込まないといけない。

 一文字でも間違えたらアウト。

 今ならスマホでサクッと撮影しておけば良いけど、当時はそんな環境下になかったから、一文字一文字ノートに書き記していたらしい。


 物凄い手作業感。

 それこそがレトロゲーの醍醐味だ。


 不便な事が却って愛着に結びつく事がある。

 弱々しい事が本質を見極める動機になり得る。

 このゲームはそんな事を教えてくれた。


 ……ああ、そうか。

 今やっとわかった。


 俺が水流に告白できない理由が。


 正直、フラれるのが怖いって気持ちは殆どない。

 水流が俺を慕ってくれている自信はあるし、『先輩の事は好きだけどそういう好きじゃない』みたいな事を言われるとも思わない。


 でも俺はずっと、それを先延ばしにしてきた。

 単純な理由だ。


 好きになった理由を言わなきゃって、ずっと思ってたからだ。


 自分が理屈っぽいのは知ってるし、何かにつけて理由や根拠を探している自覚はある。

 裏アカデミに関しても、驚きや喜びより一つ一つの事象にいちいち理由を求めて来た。


 どうしてあのテストプレイでは、潜んでいるラスボスを見つければ即クリアという条件を課していたのか。

 それはきっと、各プレイヤーが抱えている精神的な問題をそのラスボスに見立てて、自分の中にある見えていない元凶に目を向けさせる為の認知行動療法――――


 こういう事をいちいち考えるのが好きな人間なんだ。


 だから『好きになった理由』をちゃんと説明できないと告白できない、って思い込んでいた。

 聞かれた時にどうしようっていう不安も勿論あった。


 バカだよな。

 ゲームをプレイしてて一番楽しく感じるのは、そういうのを全部忘れて作品世界に没入している時なのに。

 そこは理屈じゃなくて良いんだ。


 子供の頃にプレイした『ソーシャル・ユーフォリア』を、どうして俺は一番好きなゲームだと思ったのか。

 多分このゲームが一番、理屈じゃなくて感情で楽しんだからだ。


 あのキリウスを仲間にしたのがその証拠だ。

 攻略本の片隅にしか乗っていないあのキャラが、他の仲間に出来るキャラよりも際立って強い筈がない。

 だけどそういう理屈じゃなく、何かが引っかかって仲間にしたんだ。


 覇王編をラストまでプレイして、好きじゃないって感情が確かに湧いた。

 このストーリーの最後は、心を通わせていた魔王リアが目の前で死んでしまった事を嘆き哀しみながら新たな魔王となった主人公ユーフォの心情で幕を閉じる。

 その後、人類がどうなったのか、ユーフォがどうなったのかは最後まで語られない。


 冷めた目で見れば、後はユーザーの想像にお任せしますって事なんだろう。

 このゲームが発売された2000年代前半によく見られたタイプの結末だ。

 責任を放棄してしまっているようで余り好きじゃない。


 それでもこのゲームが一番好きなのは……


 好きだからだ。

 そう心が言ってるんだ。


 だったら深く考えるな。

 それが行き掛けの駄賃になる。



 ……行くか。



 よし。

 行こう。

 水流の所に。





 起こした自分を会わせに。







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