10-64
SIGNグループ【修羅場】のメンバーは俺を入れて四名。
俺を招待したrain君、朱宮さん、俺、そして――――
『初めまして』『rain先生の担当編集の佐々井と申します』
……初対面の人。
訳がわからない。
どうしてこのメンバーの中に俺が放り込まれたんだ?
『イラストレーターにも担当さんって付くんですね』『個人でやってるイメージでした』
『普通は付かないと思うよ』『相当な売れっ子ならマネージャーを雇って交渉をお任せしてるかもだけど』『ラノベの挿絵なんかは作家さんの担当編集さんと個人のやり取りになるし』
やっぱりそうだよな。
勿論、特定の雑誌で毎回表紙を担当してるとか、企業お抱えの絵師とかだったら担当編集もいるだろうけど。
でも、だったらこの佐々井さんって人は多分――――
『実は漫画家として商業デビューする事が正式に決まりました』『いぇいいぇい』
やっぱり!
思わず手を叩いてしまうくらい喜ばしい気持ちはあるけど、驚きは全くない。
rain君の知名度で、且つwhisperに漫画を投稿した今、声がかからない訳ないもんな。
『おめでとう』『どんな漫画を描くかはもう決まったのかい?』
『アケさん欲しがり過ぎ』『ふかっちゃんの落ち着きを見習わないと』
『それは確かに思う』『高校一年生とは思えないよ正直』『転生とかしてないよね?』
……こういうノリ、あんまり得意じゃないんだけど乗らない訳にもいかないよな。
『一回目の人生では朱宮さん28で引退してましたよ』
『あはは』『早過ぎるよ何したのアケさん』
『30代や40代じゃないところが絶妙にリアルで嫌なんだけど』
そうなの?
20代の方がよっぽどリアルじゃないと思ったんだけどな……よくわからない世界だ。
『では佐々井さんは漫画家活動の担当さんって事なんですね』
『はい。珠玉社に籍を置いています』
珠玉社って結構な大手だったよな。
週刊の少年誌も出してる……
『前にふかっちゃんが鍵宮クレイユと咲良ひなげしのコラボ企画を立案してたっしょ?』
『はい』『しましたね』
rain君に鍵宮クレイユの漫画を描いて貰い、そこでウチのカフェを大々的に取り上げて貰う。
そんな安易な気持ちで始めた企画で、実際rain君が受けてくれてネームまで書いてくれた。
で、俺が書いた企画書とそのネームを鍵宮クレイユの所属してるVtunerプロダクションのファンミーズや、咲良ひなげしの登場するゲーム『Virtual[P]Raise』の販売元のクリティックルに送ったんだった。
その後も咲良ひなげしのキャラデザを担当した暗狩めいるさん(rain君信者)にコラボのお伺いを立てる予定だったんだけど……あれからバタバタしててまだ話を通してない。
勿論、忘れていた訳じゃない。
幾ら暗狩さんがrain君を信奉してるとは言っても、素人レベルの企画段階で声掛けするのは流石に失礼だろうと思い留まっていた。
せめてファンミーズとクリティックルの正式な返事が来るまで待つべきかなと……
いや、それも言い訳か。
キャライズカフェがコケて、当面の危機が去った事で少し危機感がなくなっているんだ。
だから大胆に行こうとしても、所詮高校生の俺が何勘違いしてんだ……って気持ちが勝って日和ってる。
未知のゲームにチャレンジして、人気イラストレーターや声優と懇意になって、可愛い後輩とイイ感じになって……
俺は大分良い気になっていた。
気が大きくなっていた。
友達の家庭事情に首を突っ込んで偉そうに講釈を垂れた事で、自分が如何に天狗になっているのかを再確認できた。
あの時間は俺にとってもかなり有意義だったな。
俺はあくまでレトロゲー愛好家の高校生に過ぎないって、自分を見つめ直す事が出来たから。
本来なら、こんなふうに有名人と会話するのだって――――
……あ。
そういう事か。
rain君が商業で漫画連載を持つ事が決まったから、鍵宮クレイユの漫画を書けなくなったんだ。
だからその件を断る為に俺を招待したのか。
わざわざ担当編集さんまで同席させて断るなんて律儀すぎる。
俺が勘違いしてしまった一番の理由は多分、rain君や朱宮さんが優しいからだ。
何かと俺に敬意を表してくれているから、俺自身も出来る人間だって思い込んで……実家のカフェを守るって大義名分で特別な事をやろうって気持ちになったんだ。
だけどそれを恥ずかしいとは思わない。
だってねえ……仕方なくない?
ゲーム関連のお偉いさんとも色々話をしたり、交渉なんて事までしちゃったりしたら、そりゃ気も大きくなるよ。
だから反省はするけど後悔はない。
自分の企画が頓挫しても泣き言は言わない。
粛々と受け入れて――――
『今回rain先生のご希望でぜひ春秋様のカフェを取材させて頂きたいとの事で』『このような形で大変失礼とは存じますが御挨拶をさせて頂きました』
……ん?
取材?
『コンカフェを題材にしようと思ってさ』『ただしファンタジーな感じでね』『コンセプトの違うカフェ同士が色々策略を練って蹴落とし合う地域制圧型シミュレーションみたいなイメージ』
……それってウチがこの数ヶ月繰り広げてきた日々を題材にする、って事?
『カフェって一言で言っても色んなカフェがあるでしょ?』『普通のファストフード店みたいな所もあれば高級感を出してる所もあるし』『味が売りの所もあれば風俗としか言いようのない所もある』『そういう色んな種類のカフェが生き残りを懸けて客を奪い合うバトルを描きたいなって』
『良いね』『面白そうだ』
明らかに部外者の朱宮さんは楽しそうに評しているけど、当事者の俺としては結構複雑だ。
別に題材にされる事が嫌なんじゃない。
茶化されているとも思わない。
ただ……地方カフェのサバイバルレースなんて、題材として果たして求心力があるんだろうか?
いやファンタジーって言ってたから、実際のカフェよりも盛って描くんだろうとは思うけど。
それでも、普段何も起こらない日々を送っている身としては、盛り上がるイメージがあまり湧かない。
『ゲームを扱っているカフェは武力に長けているって設定なんだ』
……え?
『ほら、ゲーム内では色んな武器や兵器が登場するでしょ?』『あと魔法も』『で その店員の中に実際に異世界から転生して来た子がいて、魔法とか使えたりするの』『最終手段でカチコミも可』
いや『可』じゃなくて!
ヤクザの勢力争いじゃないんだから!
……そうか。
『カフェ』ってのはあくまでもポップに見せる為のガワで、実際には本当に地域制圧型シミュレーションを漫画として描きたいだけなんだ。
レトロゲー愛好家のrain君らしいというか……成程、それならちょっと面白さがわかる気がしてきた。
『この漫画なら鍵宮クレイユも出そうと思えば出せるし咲良ひなげしとのコラボも実現しやすいでしょ?』『Vtunerカフェ面白そうじゃない?』
あ……
そこまで考えてくれていたのか。
やっぱり優しすぎるよrain君。
俺なんかにそんな気を遣って……
『随分深海君からアイディアを盗んだね』
『人聞き悪いよアケさん』『インスパイアされたって言って』
rain君が俺からインスパイアされた……?
マズいよ。
また勘違いしちゃう。
「……兄ーに、本当に表情出るようになったねー。そんな顔初めて見た」
そう言えば来未が隣にいたんだった。
「そんなに出てた?」
「メッチャ頬弛んでた。だらしない顔」
えらい不評だな。
こっちとしてはどんな表情だろうと、表情があるってだけでも嬉しいんだけどな。
『だからこそこの段階で協力を要請したんだよん』『何ならふかっちゃんが原作になってくれても良いけど?』
『それは無茶です』
『編集部としてもそれはちょっと』
勿論rain君の冗談なのはわかりきってるけど、ここで即座に否定しないとマジで勘違い野郎だと思われるからな……
『そういう訳だから取材いいかな?』
『両親に確認してみますね』
『おね』
流石にこんな事を俺の一存で決められる訳がない。
親父と母さんに伝えないと。
まあ、断る理由なんて一切ないとは思うけど。
「ねーねー。何があったの?」
「我が家にとっては最高のビッグニュースだ」
「?」
来未はキョトンとしている。
俺も多分、途中ではこんな顔をしてたんだろうな。
自分の顔をイメージするのは、そう難しくはなかった。
鏡に映っている俺はいつだって真顔だったけど、笑ってる自分や起こってる自分を想像するのは、実はひどく簡単だった。
でも中学にあがる頃には気付いた。
それは俺の顔じゃなく、別の人の顔に俺の顔の造形を当てはめているだけだって。
他人の笑い顔や怒り顔をコピーして、それを細工して自分っぽく仕立てているイメージに過ぎなかった。
今は違う。
自分が今、どんな顔をしているのか――――それがイメージ出来る。
俺は取り戻せたんだろうか。
春秋深海を。
ずっと心の中で寝落ちしていた……俺自身を。
もし、そうだとしたら。
仮にそうだとしたら。
これまで俺が築いてきた、表情のない自分を守り抜く為の世界はこれで終わり。
そして、新しい世界の幕開けだ。
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