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 ゲームに限った話じゃないけど……


 何か大きな問題が発生して、全力で頑張ってそれを解決しても、またすぐに新たに問題が生じる。

 物語なんて大半はその連続で、次第に問題が起こる事そのものが作為的に感じてしまう。

  

 だったら現実はどうなのか。


 それは勿論、どんな人生を歩んでいるのかによって決まる。

 平穏な生活を好みリスクを冒さず生きている人間は、日常の殆どを大過なく生きて、僅かな頻度で問題が生じる。

 刺激を求めハイリスクな生き方をしていれば、自然と問題の頻度は多くなり、その規模も大きくなる。


 だから物語っていうのは別に作為性が支配している訳じゃない。

 要はリスキーな人生を歩んでいるか、若しくは出自や環境が平穏とは程遠い人物にスポットを当てているだけに過ぎない。

 彼等に起こる出来事はいつだって、彼等の中にある素因を順番に開花させているに過ぎない。


 だから『ゲームのような人生を歩みたい』なんて思った事は一度もない。

 だって自分の中にそんな次から次に花開くような芽は何処にもないから。

 俺が物語のあるゲームを好きなのは、別にそれが羨ましい訳でもなければ疑似体験や追体験をしたいからでもない。


 介入の余地がある物語に惹かれるからだ。


 例えば単純に他人の紡ぐストーリーを味わいたいだけなら、小説や漫画で事足りる。

 そこにアクションが加わってより現実性が伴うのを願うのならアニメやドラマで良い。

 主人公になりきりたいのなら、それらをインプットした上で空想の世界で幾らでもなりきれる。

 アウトプットしたいのなら二次創作って手段もある。 


 でも俺が一番楽しいと感じる娯楽は、主観的な想像と客観的な物語の程良いブレンド。

 主観だけだどご都合主義にしかならないし、客観だけだと他人事。

 この二つが絶妙なバランスで混じり合う時、それはとても楽しみがいのある娯楽になる。


 自分ではどうにも出来ない部分と、自分でどうにか出来る部分が混在しているのは、凄く面白い。

 全ては思い通りにいかないけど、思い通りになる事も多い。

 最初は失敗しても、何度だってやり直せて、やがて正解へ辿り着くその過程も愛おしい。


 よく言われる。

 ゲームなんかやったって何にもならない。

 それを努力したところで将来の訳になんて立たないし、ただの時間の無駄。


 よく言われる。

 ゲームで遊ぶのなんて学生の間まで。

 大人がやるような事じゃない。


 よく言われる。

 ゲームをやり過ぎると成績が落ちて頭が悪くなる。

 ゲームなんて百害あって一利なしだ。


 馬鹿馬鹿しい。

 本当に下らない。

 

 人生の中で『楽しい』と思う時間より大切なものが果たして幾つあるって言うんだ?

 今の為に将来を犠牲にするのと、将来の為に今を犠牲にするのとで何が違うんだ?


 時間は有限だ。

 俺達はいつまでだって今と同じように生きられる訳じゃない。


 親父が言ってた。

 人間、年齢を重ねて経験を積んでいくと嫌でも感受性は衰えて、楽しいと思える時間は減っていくって。


 母さんが言ってた。

 いつの間にかストレス解消とか現実逃避の為にゲームをやるようになって、楽しもうって気持ちはなくなっていくって。


 俺もいつかはそうなるかもしれない。

 ゲームを心から楽しめなくなる日が来るのかもしれない。

 ゲームで遊ぶ事を億劫に思って、昔からやっていたシリーズだけをやり続けるだけの義務的なものに収まってしまうのかもしれない。


 だったら、そうなる前に少しでも長くこの時間を味わいたいじゃないか。

 人生は一度きり、青春は永遠じゃない。

 楽しめる時に楽しんで……そして、ゲームをやる自分を悪く言われない為に他の事を頑張る。


 そういう生き方に誇りなんて持ってはいないけど、後悔しない自信はある。

 今この瞬間、高校生活の真っ直中で生活の中心にゲームを選んだ事を一生後悔しない自信が。

 他人の人生を羨ましいと思う事もない。

 


 でも――――





 8月25日(土) 22:23

 


「終わったぁーーーー!」


 最終日の一日前にようやく夏休みの宿題を終わらせる来未のギリギリな人生観にはいつも感銘を受ける。

 こんな綱渡りな生き方でよく毎日楽しそうにしてるよな……スゲぇよ。


「兄ーにお手伝いありがと! マジ感謝!」


「まさか俺に手伝って貰うの前提で今日まで放置してたんじゃないだろな……?」


「そんな訳ないってば! ホラ、今年の夏休みってウチが色々大変だったじゃん。あと星野尾ちゃんが遊びに来るようになったしさー」


 確かに、今年の夏休みは例年とは大分違っていた。


 個人経営ゲームカフェ【ライク・ア・ギルド(LAG)】。

 決して有名店じゃないし、数少ない常連に支えられて今日までひっそりと経営しているに過ぎない小さな小さなカフェが、史上最大の危機に見舞われた夏だった。

 大手チェーン店のキャライズカフェが近くにオープンしたからね。


 けど幸いにもそのキャライズカフェ山梨笛吹支店は露骨なまでにオープンキャンペーンに失敗。

 お陰でウチは常連客を失わずに済んだ。


 とはいえ腐っても大手。

 色々なしがらみでオープン期間はあまり浸透していない作品とのコラボを展開して自爆していたけど、その後は手堅く人気作品とのコラボや特典を盛り込んできて巻き返しを図っている。


 とはいえ、頻繁に偵察に行っているけど客足が伸びているような気配は感じられない。

 スタートダッシュの失敗で地元客をゲット出来なかったのが完全に尾を引いているっぽい。

 ぶっちゃけ他地域から来るお客さんは俺達とは競合しないから、今後活気付いてもそれほど痛手じゃない。


 当面の危機が去った一方で、ウチのカフェも期待していたほどの状況にはなっていない。

 rain君の漫画はバズったけど、その宣伝効果でLAGまで有名になるほど甘くはなく、whisperで稀にウチの店名を呟く人がいる程度。

 やれる事はやったつもりだし、狙い通りにいった事もあったけど……やっぱりそう簡単に上手くはいかないと痛感させられた。


 一応まだ弾は残っていて、終夜父率いるクリティックルの新作ゲーム『Virtual[P]Raise』内に登場するレトロゲーの監修を行う見返りにカフェの名前をゲーム内に出して貰う事にはなっている。

 でも、それが発売したところで宣伝効果は極めて限定的だし、まず反響はないと考えて良いだろう。


「ねー。兄ーに」


 やり終えた宿題を鞄に詰め終えた来未がその場に寝転がりながら、腑抜けた声で話しかけてくる。


「私が学校卒業するまでにさ、ウチのカフェって存続できると思う?」


「中学なら大丈夫。高校は……どうかな。材料費上がりまくってるしな……」


「せっかくrain先生みたいな有名な人と知り合いになれたのに。上手くいかないもんだよねー」


 人気声優・朱宮宗三郎ともな。

 なのに活かせなかったのは、俺の企画力のなさに尽きる。


 人生も試行錯誤の連続だ。

 思い通りにいかなくて、場合によってはそれが致命的になる事もある。

 理不尽な出来事に耐え難い苦痛を味わう事も。


 それでも俺の人生に俺の代わりは誰もいない。

 誰も辛い事や苦しい事を代わりに引き受けちゃくれない。


 だから――――人生には娯楽が必要なんだ。


「ゲームカフェってさ……今時流行らないもんね」


「……」


 珍しく来未の不安が伝わって来る。

 星野尾さんと友達になった事で、生きる難しさを学んだからかもしれないな。


「いっその事、大胆にリニューアルするってどう? ゲームだけじゃなくてアニメも扱うお店にさ。今アニメって外国でもメチャクチャ見られてるから、海外からお客さん来てくれるかもよ」


「そりゃ正規のコラボならそういうのも期待できなくもないけどな」


 ウチみたいな個人経営のカフェにそんなツテは勿論ない。

 だからゲームカフェにしても、あくまで第三者が許されるギリギリの範囲でやってるだけであって、言うなれば同人活動のようなもの。

 ファン同士の交流に使って貰えるのがせいぜいだ。


「ゲームカフェ自体は間違いじゃないと思う。母さんの料理はテーマがあった方が映えるし、好きな事を題材にしてるからこそアイディアも湧くだろ? アニメのコラボカフェとか普通のカフェにしたら、やっぱり普通のカフェにしかならないんじゃないかな」


「味と接客で勝負しても勝てない?」


「勝てない、とは言えないだろ。でも……」


 勝てる、とも言えない。

 現実が甘くない事は重々承知しているから。


「明後日から学校かー」


「学校嫌か?」


「んーん。兄ーにと違って私は友達多いからねー。ま、お家の手伝いあるから学校外では遊べないけど」


「そういう付き合いの悪い奴って陰口叩かれてそうだよな」


「なんでそんな事言うの!? 兄ーに思いやりなさ過ぎ!」


「蹴るなよ……宿題手伝ってやった功労者だぞ俺」


 勿論、こんな事は来未の交友関係が良好だから言える事。

 来未の友達とは会った事もないけど、来未から見せつけられたSIGNでのやり取りを見る限り問題はなさそうだった。


 SIGNかぁ……


 あれから結局、水流に告白する機会は全くないまま。

 裏アカデミという共通の遊びもなくなってしまったし、接点が減ってるのは否めない。

 一度やらかしてるだけに、こっちからガツガツ連絡入れるのもなあ……

 


 ……ん?


 通知音か。相手は……え?


「rain君からだ」


「えっ嘘! 何何!?」


「プライバシー侵害すんな」


 纏わり付いてくる来未を強引に引きはがし、画面を切り替えると――――



『新しいグループ作ったから来て』



 そんなメッセージと共に、グループ名【修羅場】から招待された。






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