10-62

 人は、何をする時に一番力を発揮するのか?


 主語が余りに大きいその問いに、万人が納得する答えを導きさせる者はきっといない。

 どれだけ人生経験を重ねようと、人間というものを研究しようとも『人それぞれ』に勝る説得力はきっと存在しない。


 それくらい俺達は個性って言葉を好み、自分自身が普遍性の中に浸る事を望む。


 だったら自分自身に問うしかない。

 だからこそ自分に問いたい。

 

 俺は何をする時に一番力を発揮できる?


 ここで言う力は勿論、筋力や腕力を意味するものじゃない。

 俺自身の能力、スキル、若しくは人間力。

 言葉は何でも良い、とにかく自分自身の力だ。


 俺としては何も迷わず『ゲーム』と答えたいところだ。

 ゲームをしている時の自分が一番自分の中の力を発揮してるって。

 要するに、あらゆるものの中で最も適性のある分野がゲームで、そのゲームと巡り逢ったのは運命だった――――なんて。


 そういう事を臆面もなく、何の恥ずかしげもなく言えるような人間であれたなら、俺は多分ここまで苦労する事なく表情を作れたんだと思う。

 そもそも自分の心を海底に沈める必要もなかったんだ。


 だけど現実の俺は、ゲームをしていても自分の潜在能力を浮上させるような特別な感触はない。

 いや……子供の頃は違ったかもしれない。

 こういう哲学ごっこみたいな考えなんて全く持たないまま、ただ純粋に楽しんでいた頃だったら、もしかしたら特別な何かを滲ませていたかもしれない。


 今は違う。

 正確にはプレノートを作り始めた頃からだ。

 その頃にはもう、純粋にゲームを楽しむ事はなくなってしまった。


 思うに、自分が一番力を発揮する瞬間っていうのは根拠のない自信に満ち溢れている時なんじゃないかな。

 例えばゲームだったら、そのゲームを世界一楽しんでいるのは俺だと嘯く事に躊躇がないくらい、そのゲームに対して隅々まで全神経が行き渡っている状態。

 もしそこまでの自信があれば胸を張って『ゲーム』だと答えられただろう。


 残念だけど、違う。


 俺が一番自分の力を発揮できるのは、間違いなく――――



「今だ」


「……?」


「あ、ごめん。こっちの話」


 訳のわからない事を口走って細雨を戸惑わせてしまった。

 でも確信はある。


 今、俺はやたらと肯定感に溢れている。

 何の根拠もなく自分がやっている事が正しくて、終夜が良い方向に向かう手助けが出来るって感じている。

 どっちかと言えば消極的な俺が、これだけ強気になれてるんだから……迷っている場合じゃない。


「アポロンってのは、俺が表の方のアカデミをプレイしてる時に仲間だった奴なんだ」


「……そうなんですか?」


「そう。裏の方でも会ったよ」


 そして中身とも。

 それは細雨もだ。


「アポロンは京四郎さんに頼まれて、細雨を裏アカデミに引き込んだ。それは間違いない」


「私にプレイさせる為……ですよね」


「ああ。それも俺と一緒にプレイさせるように誘導したみたいだ。知人を二人も使って」


 運営側がプレイヤーをそんな形で誘導するなんて、例え身内であっても許される事じゃない。

 だけどあの人は気にも留めていないんだろうな。

 最初から許される事はないって決め付けてる人は、そういう時だけは強い。


「細雨。キリウスって名前に聞き覚えあるよな?」


「え? 突然……まあ、はい。私が深海君に教えましたよね? いろんなオンラインゲームで無双しているプレイヤーで、不正ログインに関わってる噂があるって」


「ああ。他には?」


「他に……ですか。キャラとしてのキリウスですよね? アカデミに名前が出て来た。私は『キリウス』って偽名を使う人を探すようゲーム内で命じられましたけど、キリウス本人とはエンカウントしていません」


 その事は裏アカデミのテストプレイでリズとして俺達に話した。

 良い感じだ。

 少しずつ実像に近付いている。


 重要なのはその感覚なんだ。

 ちょっとずつ本物に近付いて行く感覚。

 一歩ずつ着実に。


 一気にじゃダメだ。

 自分で歩み寄っているって意識を刷り込まなくちゃいけない。


 俺自身がそうだった。

 少しずつ、少しずつ自分を取り戻して表情も戻って来た。


 細雨の身体と精神的な問題が俺と同じって事じゃない。

 だけど共通する部分があるのなら、解決方法だって繋がっていても不思議じゃない。

 

「ああ。でもそれとは違って、もっとずっと前に聞いた事はなかった? 若しくは文字として見た事が」


「……」


 細雨の困惑の度合いが増していく。

 同時に、露骨に顔が強張っていく。

 俺の言っている事の意図がわからず怯えているんだろう。


 大丈夫だ。

 これで間違ってない。

 今の俺には、それが見えている。


 当たり前だけど――――そんな神通力みたいな力、俺にはない。

 100%の確率で正解を導き出せるようなのは、文字どおり神様の力だ。

 そんな物はあって欲しくもない。


 俺が発揮したい力は……この場が一番だって信じてるその力は。


 度胸。

 自分を信じる度胸だ。

 俺に足りなくて、大抵はそれでも問題なく生きていけて……でもここでは絶対になくちゃならないもの。


「思い出してみて。俺とこの家で昔、ソーシャルユーフォリアをプレイしていた時に見た事がなかったか?」


「え……」


 細雨は必ず覚えている。

 忘れてしまっていても、頭の何処かに残している。

 頭の中にはなくても、心の何処かで必ず――――


「……あ」


 小さい声の中に、微かな芯が見えた。

 あと少しだ。


「キリウスは……盗賊でした。確かそう名乗って……」


「ああ。でもキリウスには色々な顔がある。盗賊もその中の一つ。他には?」


「……私達の……仲間でした。仲間になりました」


 そうだ。

 キリウスはソーシャルユーフォリアのキャラクターで……俺達は彼を仲間にした。

 唯一AIで行動管理されているという特性なんて知りもしないで。


 攻略本の片隅にしか乗っていない、誰も気にも留めない端役。

 だけど細雨は仲間にした。

 そして覚えていた。


「その事を誰かに話した?」


「……お父さんに……話したんだと思います。あの頃は何でも話していましたから」


「京四郎さん、どんな顔してたか覚えてる?」


「覚えてないです」


 だろうな。

 多分、細雨の顔をまともに見られなかっただろう。


 憶測でしかない。

 けど今までの話を総合したら、多分大きく外してはいない。

 後は俺が度胸を持つだけだ。


 度胸、言い換えれば――――勇気。

 細雨の心に足を踏み入れる勇気。


「Kill Engineering WorkStation。それを略してKILEWS」


「? 何ですか急に」


「京四郎さんがそう教えてくれたんだ。キリウスの正体を」


 恋人みたいな特別な関係じゃなくても、立ち入る……勇気を。


「KILEWSは余所の会社に引き抜かれた元オーディンスタッフへのメッセージだったんだ。君達のした事はゲーム開発の現場を殺したも同然だ、って」


「……」


 物騒な言葉を出した事で、細雨の顔が更に緊張を帯びた。

 いつフリーズしてもおかしくない。

 本当なら、ここで話を区切るべきなんだろう。


 だけど止めない。

 細雨はきっと頑張ってくれる。

 持ちこたえてくれる。


 仲間を信じる。

 でも傷付けちゃダメだ。

 そこの見極めを絶対に間違うな。


「抜けたスタッフがワルキューレの企画を持ち逃げしたみたいでさ。それを引き抜き先で開発して商品化までしたらしい。京四郎さんはそれがどうしても許せなくて、でも法でも裁けないし自分達も手を出せないし……だから、ゲーム内にメッセージを残したんだ」


「それ……意味あるんでしょうか。キリウスって……」


「脇役どころじゃない端役だったよな。ましてその名前に自分達の非難を籠めてるなんて絶対気付かないよ。そもそもソーシャルユーフォリアをプレイしてるとも限らないし」


「だったら……」


「自己満足だよね。ただの」


 きっと京四郎さんはそれで良かった。

 そこで終わりの筈だったんだ。


「でも、細雨が気付いた。キリウスの存在を自分の娘が気付いた事で、京四郎さんは……勇気を貰ったんだと思う」


 俺と細雨がどうやってキリウスまで辿り着いたのかは、正直覚えていない。

 ただ仲間にしたのは間違いない。

 あれだけ仲間に出来るキャラが大勢いるゲームで、どうしてあのキャラを選んだのかもわからないけど。


 それでも、細雨が見つけてくれた。

 だったらいつかは彼等にも届く。

 京四郎さんはそう思ったんだ。


 だからその後も諦めず、キリウスって名前を使って悪い噂を流して悪名に仕立てて、本当に元スタッフにメッセージを届かせた。

 そして謝罪をさせた。


 謝って欲しかった訳じゃない。

 届く事を証明したかったんだ。

 娘がそうしてくれたから。


 やっと京四郎さんの真意がわかった。

 話を聞いた時は全然共感も理解も出来なかったけど、今ならわかる。

 不可能じゃないって、自分自身に証明してみせたかったんだ。


「だから今度は自分が娘に……細雨に証明すると誓ったんだと思う。どんな事をしてでも、細雨の生き辛さを取り除くんだって」


 本当に不器用で捻くれていて、どうしようもない。

 だけど家庭を壊した事を後悔して、細雨を傷付けた事を申し訳なく思っていたのは確かだ。


「……バカじゃないですか」


 細雨は冷めた目でそう呟く。

 当然の反応だと思う。


「そんな事をするくらいならお母さんに頭を下げて、泣いて謝って……私の所に戻して欲しかったです」


「……だな」


「本当にどうしようもない人です」


 それが言葉通り細雨の出した結論なら、何の異論もない。

 その結論を出した事に意義がある。


「でも、あの人から離れて生きられるほど、今の私は生活力も経済力もないですし……仕方ないですね」


 伝えた甲斐がある。



「私が成長して一人で生きられるようになるまで、養わせてやります」

 


 細雨の意地の悪い顔を見て、心からそう思った。





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