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 裏アカデミの世界観と設定は、物語の導入部と考えればそこまで常軌を逸している訳じゃない。

 寧ろ王道とも言えるメインストーリーだ。


 最初は雑魚にさえ手も足も出ないし、目に入る全てのイーターがボス級の強さだけど、徐々に人類も反撃の準備を整え、とうとう討伐に成功。

 けれどその後、人類最後の希望とされていたヒストピアの国王がそのイーターと繋がっていたと判明し序章は幕を閉じる。

 起承転結の『起』としては割と普通だ。


 その後も普通のRPGのように雑魚はサクッと倒せる訳じゃないだろう。

 でもハンティング系のアクションゲームは雑魚でもかなり時間をかけて倒すし、倒せるようになりさえすれば常識の範囲内。

 支離滅裂なゲームって訳じゃない。


 それも細雨の状態に当てはまる。


 ゲーム好きとわかっている相手とは会話できても、それ以外の相手だとマトモに話が出来ず、ゲーム好き同士でも過度なストレスが生じたり混乱したりしたらフリーズしてしまう。

 社会に今後適応できるかというと、かなり厳しい道になるのが予測されるけど、かといって絶望的と言うほどじゃない。

 しっかりと準備して対策して、努力して工夫して他人の手を借りて、時間をかけて取り組めば……道は必ず拓ける。


 このゲームをプレイする事そのものが認知行動療法であり、京四郎さんなりの娘へのメッセージでもあった。


 けど……


「わかり難過ぎるよな。捻くれ過ぎてる」


 現に、テストプレイが終わったにも拘わらず、細雨には全く伝わっていなかった。

 俺にしたって沢山のヒントを貰って、幾つかの偶然に恵まれてようやく理解できた。

 多分、それでも理解できなかったら細雨じゃなく俺の方に種明かしして、俺を介して伝えるように言ってきたんだろうな。


 敢えて最初から言わなかったのは……まあ、なんとなく想像がつく。

 ゲーム好きにとってネタバレは最大の敵。

 俺にもこのゲームを楽しんで貰おうという心配り、そしてあわよくば俺の症状の緩和にも期待しての事だったに違いない。


 実際、裏アカデミをプレイした事が表情を作れるようになったきっかけだったかもしれない。

 勿論本当の所はわからないけど、裏アカデミで遊ぶようになって俺の生活は結構様変わりした。

 これだけ長期間同じゲームで遊ぶ事は殆どなかったし、何より関わる人間の数が劇的に増えた。


 俺にとっても治療だったのかもしれない。

 でもそれは結果論で、俺自身はただ目新しいゲームを存分に楽しんだだけだ。


 本命はあくまでも、細雨の心を改善したいっていう親心だ。

 ただし、とても褒められたものじゃない。

 もし俺の親父がこんな事をしたら、間違いなくフザけるなって思うだろな。


 それでも――――

 

「それでも、自分の行いを悔いる気持ちと、細雨をなんとかしたいって気持ちだけはちゃんとあったんだと思う」


 何かの救いにはなってくれるんじゃないだろうか。

 才能を見限られていた、見捨てられたって思っていた細雨にとって、父親が気に掛けていたという客観的な俺の意見は、自分自身の存在意義を少しくらいは肯定する材料になってくれる筈だ。


「……これで俺の話はおしまい。後は細雨が自分で考えて、自分で答えを出すしかない」


「答え……ですか?」


「別に誰かに話したり明記したりする答えじゃない。細雨自身の中で父親を……京四郎さんをどんな位置付けにするのか。それをハッキリさせれば、少なくとも親への鬱憤はなくなるんじゃないか」


 あくまで俺の印象だけど、細雨は親に対して完全に諦めてはいない。

 母親が自分の所に帰って来て、父親が今までの事を詫びて、平和な家庭に戻るのを望んでいる。

 って言うかそれが普通だ。


 母さんが本当の母親じゃない。

 ……それだけの事でも、俺は結構難しい時間を長めに過ごして来た。

 母さんは常に優しかったのに、それでも割り切るのには本当に苦労した。


 細雨は間違いなく俺以上に強い負担を感じている。

 それが軽くなるのなら、今までの蟠りとか恨みつらみは一旦心の奥底に仕舞い込んで、理解ある娘になる――――そんな選択肢もある。

 それで細雨の症状が改善する可能性だってきっとある。


「今までの事を全部、何もかも許してお父さんを受け入れる……って答えでも良いんでしょうか?」


「ああ。逆に拒絶しても良いし、何なら許したフリして小遣い沢山貰っても良いと思う。母親を探し出して連れて来いって言っても良いし、今までの生活をそのまま続けても良い」


 選択肢は無限にはない。

 それでも選べるだけの数はある。

 ようやく、終夜の人生にはそういう道が拓けた。


 親に見捨てられていたのなら、決して足を踏み入れられなかった道だ。


「rain君の後を追ってイラストレーターを目指しても良い。目指さなくても良い。やりたい事をやれば良い。それで失敗して道が閉ざされたら、何もない日常をただ過ごせば良い」


「どさくさに紛れて酷い事言ってません?」


 ようやく――――細雨の声に少しだけ笑みが混じった。


「俺は友達以上恋人未満なんだろ? これくらい言っても良いんじゃないかって思って」


「一理ありますね。少しくらい厳しい事を言えるのは友達の特権です」


 友達……か。確かに『以上』だったら友達でも間違いじゃない。


「私は、父の作ったゲームが好きでした。家庭用ゲームが好きでした」


 それは知ってた。

 多分、とてつもなく前から。


「けど、家で一人で遊んでいたソーシャル・ユーフォリアより、深海君の家で遊んだソーシャル・ユーフォリアの方がずっと楽しかったんです。変ですよね。RPGなんて何人もでプレイするものじゃないのに」


「そうか? 自分のプレイを『見て貰う』が楽しさに繋がるなんて普通の事だと思うけど」


「はい。だから家庭用ゲームは新作が売れなくなって、どんどん衰退して……いずれ滅亡するって思う事にしたんです」


 でもそうはならなかった。

 MMORPGが絶滅危惧種になった今、それでも家庭用ゲームはまだ滅亡はしていない。


「ワルキューレがアカデミック・ファンタジアの運営を始めた事が、正しいんだって思いたかったんです。初志貫徹じゃなくても、時代に合わせなくても、人と人との繋がりがしっかりあるゲームは楽しいんだから、アカデミは正しいんだって……」


 世界観の提供という形で自分も関わったゲームが、正しい選択だったと思いたかった。

 父親の選択が間違いじゃないって思いたかった。


「でも、自分でプレイして気付いたんです」


「何に?」


「ああ……面白くないなって」


 ……やっぱりか。


 俺は出会いに恵まれた。

 仕組まれた事とは言え、朱宮さんが操っていた二人のキャラ――――ソウザとアポロンと一緒に遊べたから楽しかった。


 でも細雨には、そういう相手がいなかった。


「やっぱり間違ってたんだって思って、何もかも間違ってたんだって……思って。裏アカデミに誘導された時も、本当に自棄になってて……怪しくてもどうでも良くて、何も考えずに言う通りにして飛び込んだんです。そうしたら……」


「そうしたら?」


「もうすっごくビックリして! 何これ!? って。全然違うグラフィックなのに同じ世界で、それなのになんか情報も全然なくて!」


 俺も、アヤメ姉さんが操るフィーナに誘導されて裏アカデミに飛び込んだ時、同じような感想だった。

 それこそ異世界にでも迷い込んだような感覚だ。


「最初にソーシャル・ユーフォリアで遊んだ時の事を思い出したんです。あの時も凄い凄い、って。一緒だ、って。だから、このゲームの謎を解こうって夢中になって」


「フィーナって名前に辿り着いたんだったな」


「はい。そこからは……今思うと大分軽率でした」


 裏アカデミについてネットで調べた細雨は、whisperの呟きの中から裏アカデミのテスト参加者らしき人物を見つけた。

 その人物がフィーナに誘導された事を示唆していた。

 そして、そのフィーナと接点があった俺を見つけ出し、接触を試みた。


 ……確かに軽率だよな。

 でも多分、何処かで俺と細雨が繋がるような仕組みは作られていた筈なんだ。


「確か、俺がフィーナに誘導されてる所を目撃したんだったよな。それってネットに名前が挙がってたフィーナが怪しい動きをしてて見張ってた最中だったっけ」


「はい。そうです」


「ゲーム内で最初にフィーナを発見したのって偶然? 一応スタッフだから特定のキャラを追跡できるとか?」


「いえ。前も言ったように、原則としてスタッフがゲームをプレイするのは禁止していますから。情報をくれたNPCがいまして」


 ……なんとなく話が見えてきた。


「名前はアポロンだったと思います」


 案の定、予想していた名前の一つが出て来た。


 ようやく――――全て繋がった。






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