10-27
8月8日(木) 21:52
「……どうなってんだ?」
自室で思わずそんな声が出てしまうくらい、ゲーム内のキリウスは奇妙な行動パターンを示してきた。
最初は実況プレイで見た通り、確かに酒場にいた。
でもそこで会話した時のデータをセーブせずににロードして、同じ日付と時間帯に酒場に行ってみたら、今度はキリウスの姿がなかった。
タイムテーブルで管理しているのなら、その出現パターンの変化はどう考えてもおかしい。
日付や時間帯が違えば出現場所が変わるのはこのゲームの通常仕様だけど、どっちも同じなら絶対いなきゃおかしい。
セーブしていないデータの干渉を受けているとも思えないし……
考えられるのは……タイムテーブルが複数パターンある場合。
同じ日時でも出現場所が複数用意されていて、どこになるかはランダムっていう仕様だ。
これは他のRPGでもたまに見かけるから、不思議でも何でもない。
だけど、おかしい。
何回か同じようにやり直してみたけど、酒場にいたのは1回目だけで、次からは決まって別のエリアにいた。
複数のタイムテーブルと言っても、普通は2パターンがせいぜいなのに……計六回の内訳は『1回目:酒場、2回目:オルファ城地下、3回目:雑貨屋マルド、4~6回目:闇市場』だった。
まさか……完全ランダムなのか?
それはちょっとあり得ない。
他のキャラは総じてタイムテーブルがしっかり構築されているのに、キリウスの出現場所だけランダム?
キリウスがメインキャラならそういう特別扱いもあり得なくはないけど、仲間に出来るとはいえ脇役も脇役、モブに近いキャラだってのに……そんな事考えられない。
念の為に250人いるのネームドキャラの内、キリウス同様にほぼモブのキャラの中から適当に20人選んで同じ事を試してみた。
結果、全員同じ日時であれば常に同じ場所に出現している事がわかった。
タイムテーブルがちゃんと設定されている証だ。
仕方なく攻略サイトを見てみたけど、流石に250人いるキャラの全日程の居場所を事細かに記してあるサイトはない。
大人気ゲームや最新のゲームなら、それくらいの詳細を調べて掲示するサイトもあったかもしれないけど、15年以上も前のゲームとなると、そんなに詳しい攻略を載せているサイトはない。
仲間にする条件として、この日時にここにいるこのキャラに話しかけて――――といった程度だ。
それでもキリウスというキャラに特別な何かがあれば、こいつの行動パターンを調べようと思うプレイヤーもいたかもしれない。
でも完全な脇役、1/250に過ぎないキャラにストーカー行為並の調査を行う奴はいない。
『このゲームは街中の各エリアに散らばるネームドキャラの居場所・出現区域がタイムテーブルで設定されている』と序盤で理解したプレイヤーは、そこに例外を疑ったりはしない。
必ず全キャラそうだと断定する。
俺だって普段はそうだ。
だから、全くの偶然でキリウスに話しかけた後にリセットして、またやり直して同じ時間帯にキリウスに会いに行く以外に、ランダムの可能性があるなんて疑いもしない。
そんな体験をした人間が、果たして何人いるか。
その内の誰かがネット上に情報をアップして、それが拡散されれば周知の事実になるんだろうけど……そこまでの人気がないソーシャルユーフォリアの、それも『このモブキャラの出現条件だけ他のキャラと違う!』なんてニッチな話題を提供したところで反応なんて皆無だろうし、案の定それをしたプレイヤーはいなかったのか、検索しても全く出て来なかった。
恐らくTASの対象にもなっていないのか、内部データまで覗いてそれを開示しているようなサイトもない。
だから、真相は開発に関わった人間しか知り得ない。
完全にランダムなのか?
それとも自動生成アルゴリズムなのか?
答えは……既に出ているのかもしれない。
終夜父は、キリウスをAIだと言っていた。
ただしアカデミック・ファンタジアのAIではないとも。
って事は――――ソーシャルユーフォリア内におけるAIという可能性が高い。
キリウスは盗賊だ。
その職業柄、酒場との相性は悪くなかったけど……更に相応しい居場所がある。
闇市場だ。
当初は酒場、次は城の地下、雑貨屋と来て4回目で闇市場という『正解』に辿り着き、そこからは固定。
これはまるで、AIが『キリウスというキャラに相応しい居場所』を学習して、確定したかのようなプロセスだ。
ソーシャルユーフォリアのゲーム内において、250人いるネームドキャラの中でキリウスの出現場所だけがAI処理されていた。
……それに一体、何の意味があるんだ?
わからない。
キリウスは特別なキャラじゃないし、差異を付ける理由なんて全く思い付かない。
でも、理由がないなんて事もあり得ない。
偶然そんなプログラミングになってしまった……って場合は、デバッグで見つけられる筈。
そりゃデバッグだって完璧でも万能でもないから、見落とされるケースはある。
それが裏技と称されて、逆に楽しまれる事も少なくない。
とはいえ……『一人だけAI処理してしまった』っていう激レアのミスと、『デバッグチームも見落としてしまった』という激レア案件が同時に重なる確率となると、とてつもなく小さいのは間違いない。
やっぱり、制作チーム若しくは制作の誰かが意図的に仕組んだと考える方が自然だ。
キリウスが不正ログインを行っているって噂は、ソーシャルユーフォリアの発売日よりもずっと後に出ている。
順番を考えれば、キリウスを名乗っている何者かがソーシャルユーフォリアのキリウスから名前をパクった可能性はある。
とはいえ、たった四文字の名前だ。
全くの偶然だったとしても全然不思議じゃない。
それでも終夜父は、キリウスという名前とキャラに今もこだわっている……
ゲーム内のキリウスは盗賊。
そして現実のネット上に現れたキリウスは不正ログインに手を染めているとの噂。
どちらも犯罪者、って点は共通している。
ここに何かヒントがある。
そんな気がする。
犯罪者だからこそ終夜父は俺に『アカデミック・ファンタジア内では関わるな』って助言してきたんだ。
いや……違う。
それだと『アカデミック・ファンタジア内では』って条件をいちいち付ける必要はない。
寧ろ『それ以外では関わってくれ』というメッセージにさえ思えてくる。
『ありがとう。では違う質問をしよう。「キリウス」という言葉に聞き覚えは?』
終夜父は既に以前、俺にこう問いかけていた。
『話せないお詫びに、一つ重要な情報を提供しよう。キリウスという名前に心当たりはあるね?』
それなのに、後日会った際に再びこう聞いて来た。
前に自分で聞いた事を忘れていたのか?
いや……そんな訳ない。
念を押したんだ。
俺に、キリウスという名前を印象付ける為に。
ソーシャルユーフォリアに登場させていたキャラの名前を、裏アカデミでも登場させた意味は?
ただのモブにスターシステムを採用する意味なんてない。
制作者のこだわり以外にあり得ないんだ。
確実に何か裏事情がある。
そして、俺もそこに何らかの関与をしている。
『犯罪者』『ランダム性』『AI』という要素がこのキャラには含まれている。
……現状、言えるのはここまでだ。
だとしたら、ここから更に判断材料を増やすには――――キリウスに直接会うしかない。
終夜父には関わるなと言われたけど、大人しくそれを守っていても埒が明かない。
裏アカデミにログインして、キリウスを探す。
そろそろ再開したかったし丁度良い。
取り敢えず、終夜達に確認を取ろう。
『今日ログインする人いる?』
『はい』
……もう反応あった。
終夜か。
『私も』
『僕も大丈夫』
朱宮さんも行けるのか。
だったら何も問題ないな。
『それじゃ今からログインします!』
……多分、βテストも最終局面だ。
今回で決着を付けるくらいの気持ちで臨もう。
その上で、キリウスの正体も暴けるようなら曝く!
良いぞ、やる事が明確だから集中力も湧いてくる。
日中ずっとソーシャルユーフォリアとミュージアムの管理で大変だった筈なのに。
まあ、ゲームを重労働って感じた事はないけど。
それじゃ、いつものように前回までの進捗を思い出そう。
俺はシーラ、実証実験士。
先日のスライムバハムート討伐に貢献した事で、『理将』という新設された役職を得る事になった。
だけど、浮かれていられるような状況じゃない。
ビルドレット国王陛下が人類の敵かもしれないと判明。
そして、エメラルヴィがオルトロスのスパイだと白状し、陛下率いるオルトロスがイーターと人間の共存を目論んでいる事もわかった。
黒幕はビルドレットじゃない。
他にいる。
そいつはシーラや、他のモラトリアムのメンバーとも面識がある――――シャリオはそう言っていた。
彼女は信用できる存在だ。
だから断定しても良い。
俺達は黒幕に接近する事が出来る環境下にいる。
正体を曝きさえすれば、俺達だけで解決する事も可能だ。
βテストは『ラスボスを探す事』が目的だった。
いよいよ、その最終目的に近付いている。
キリウスが率い、フィーナやアポロンも所属しているアンフェアリという組織の目的も気になる。
連中と接触する事が出来れば、もしかしたら黒幕を見つけられるかもしれない。
さあ、潜ろう。
決着の刻はもうすぐだ――――
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……
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