10-28
――――理将就任式典、当日。
正直、緊張感は拭えない。
そしてこの緊張は、決して良い意味のものじゃない事を俺は知っている。
実証実験士として、くぐり抜けてきた修羅場は大して多くはない。
それでも、その少ない頻度の中で学んできた事はある。
自分が危機に瀕した時、どんな精神状態になって、どれくらいの視野狭窄が生まれるか……だ。
俺は凡人だ。
いわゆる天才と呼ばれるような才能は何も持っていない。
実証実験士としては勿論、人間として優れている点は何一つないと言って良い。
そんな俺にでも、長所くらいはどうやらあるらしい。
ピンチに陥った時、自分や仲間の置かれた状況を高精度で客観視できる事だ。
特にスライムバハムート戦が顕著だった。
自画自賛になるけど、あの戦いで俺は自分の実力を遥かに上回るレベルで役に立つ事が出来た。
それは、この特性に拠るところが大きかった。
『大丈夫? とエルテは率直に心配を記すわ』
だから、こうして心配されるのは俺自身が頼りなく見えてしまっているからだ。
今の俺の精神状態を、もっとしっかり見て貰わないとな。
「俺は大丈夫だよ。緊張はしてるけど、やるべき事はちゃんと頭に入ってる」
頼りになる、なんて思われなくても良い。
ただ今の自分を、ありのままの姿と心を、みんなに見て貰う。
きっとそれが、俺達にとってのラストオーダーの成功に繋がっていく筈だ。
エメラルヴィがスパイだったのは、俺達にとって幸運だったかもしれない。
奴がここに――――王城の作戦室に俺達といる事で、この場所が不可侵領域になっている。
「アタシがここにいる間は、他にスパイが入り込む事は絶対にないから何も心配しなくて良いわよ」
既にスパイを送り込んでいる状況で、同じ勢力のスパイをもう一人加えるメリットは一切ない。
バレるリスクが倍になるだけだから、デメリットだけが大きい。
だから今、この場において情報の漏洩は絶対に起こり得ない。
「でも本当に良いのかい? 君の身の振り方はオルトロスへの明確な裏切りだ。無事で済むとは思えない」
「全然良いわ。だってここにはアナタがいるんですもの」
……まだブロウを諦めてなかったのか。
っていうか、まだ恋人と別れていない時から狙ってたよな。
倫理的にどうなんだ?
まあ、スパイにそれを問いかけても意味はないか。
「アンフェアリについても同様です。私が情報源になっている間は、他のスパイをここへ送り込む事はありません。だから、作戦会議をするには最高の条件が整っています」
ラピスピネルも、広義ではスパイとも言える立場にある。
ただし彼女の場合は、国王――――すなわちオルトロスに忠誠を誓う人物を演じつつ、キリウスやフィーナがいるアンフェアリに与する状態だ。
そんな二人が俺達の側に付いた意味は決して小さくない。
裏切り者として抹殺されるリスクを背負ってでも、止めなければいけない計画がある。
イーターとの共存。
それが本当に実現したとして、人間側にどんなリスクと恩恵があるのかは、俺にはわからない。
でもイーターを完璧に制御できるとしたら、それは最早共存なんて言葉が当てはまるとも思えない。
支配、若しくは調教だ。
何より、イーターは世界樹を喰らう悪の魔獣。
そういう認識を人類の歴史はずっと持ち続けてきた。
それを覆す何かがあるのなら、それを隠している理由も含めて曝かなくちゃならない。
「では、始めましょうか。人類を混乱に貶めかねない……いや、全滅への道を進みかねないこの現状を打破する為の会議を」
リッピィア王女の言葉に、全員が頷く。
参加メンバーは変わりなし。
俺、リズ、エルテ、ブロウ、メリク、リッピィア王女、ステラ、アイリス、シャリオ、エメラルヴィ、ヘリオニキス、ラピスピネル。
10人を超える大所帯だけど、気持ち的には少数精鋭だ。
「今日、私達がしなければならない事は沢山あるから、流れはしっかりと把握していてね。一つのミス、一つのうっかりが瓦解を招きかねないから」
珍しく、リッピィア王女が危機感を煽った。
普段の彼女らしくないこの警告も、これから行う作戦の重大さを示している。
そして――――困難さも。
「最初に、シーラが刹那移動を使ってエルオーレット王子と接触。式典に出席する為に王城で待機中だから、接触自体は簡単よ」
「本当に大丈夫なのか? 待機場所に王子以外の人間がいたら……」
「それは心配ないわよ。あの王子、何か大きな行事がある時は必ず控え室で一人になるから。挨拶の文章を覚えたり、声のかけ方を練習したり。あの方は他人に自分の失敗や出来ないところを見せたくない人間だから」
エメラルヴィだけじゃなく、王族に仕えている面々が総じて仕草や表情で同意を示した。
それくらい常識なら問題はなさそうだ。
「それよりも問題はシーラ、お前の"交渉"だ。本当に自信はあるのか? 今だからこそハッキリ言うが、あの王子を相手に陛下との顔合わせを要求するなど、難題以外の何物でもないのだぞ?」
ヘリオニキスのその発言が、重く背中にのし掛ってくる。
この場で敢えてプレッシャーを掛けてくるのは、俺が頼りなく見えるからだろう。
俺の本質は、俺自身にもわからない。
俺には自信がある事でも、周りから見れば成功が想像できなかったりするし、それは一つの事実でもある。
だから俺は、別の事実を示すしかない。
「問題ないですよ。そこは絶対にやり遂げます」
そう告げた俺に対する視線は――――本当に人それぞれだ。
同調してくれる人もいるし、逆に不安そうになる人もいる。
幸い、モラトリアムの面々は揃って前者だった。
「……わかった。そこまで断言するのなら、安っぽい激励は不要だな」
「激励?」
「付き合いは短いが、お前の事は信頼している。スライムバハムート戦でお前が見せた咄嗟の判断力と行動力は、まぐれでやれる事じゃない」
「こういう性格だから素直に言えませんけど、あの戦いの後ずっと褒めていたんですよ、貴方の事」
「ラピス! 余計な事は言うな!」
……もっとしっかり見て貰うだけじゃなく、もっとしっかり見なきゃいけなかったみたいだ。
まさかヘリオニキスからそんな評価を貰っているなんて思いもしなかった。
「……彼は……大丈夫です……絶対に」
唯一の外国人でありながら、メリクは誰よりも俺に信頼の濃い眼差しを向けてくれる。
それはちょっと照れ臭くもあるけど、戦友として嬉しくもある。
「何にしても、式典前に王子と接触するのは刹那移動が使えるシーラしかいない。溺れる子供だ。選択の余地はないという意味だが」
助ける以外の選択肢はない、って意味か。元々わかり難いアイリスの例えだけど、今回は割とすんなり理解できた。
「ステラもそこまでは何も問題ないと判断してる。口だけは達者だから」
「いや……ステラに言われたくないんだけど」
「問題はその後、って事ね。王子をどうにかする事は出来ても、国王陛下を……あの御方から真意を聞き出すのは、正直私でも想像できないから」
リッピィア王女にとって、ビルドレット国王は実の父親じゃない。
でも実の娘であるステラ以上に、彼女は影武者としてビルドレット国王と行動を共にしてきた。
それだけに説得力が違う。
「刹那移動って複数の人間も移動させられるのよね。何人までなら行けるの?」
「一応、実験では俺を除いて三人まで一緒に移動できるのを確認してる。でも……当初の予定通り、俺一人で行くつもりだ」
この件については、事前に示し合わせていた。
刹那移動は、もう一人のステラでもあるテイルから授かった力だけど、それは俺が実証実験という形で使用する事が条件。
でも現状、そこまでの数の試行実験を重ねてきた訳じゃない。
だから、一緒につれて行く人数が多いほど着地点の精度が落ちる可能性も否定は出来ない。
「ルルドの聖水は豊富にあるから、失敗してもやり直しは利く。でも……」
「王子の元に行く時はそれで良くても、国王のいる場所には一発で決めないと、王子から罠だって疑われるものね」
ステラの言う通り、王子のいる部屋へのワープなら何度着地点をミスっても大した問題じゃない。
でも、王子との交渉の直後に全く目的地とは違う場所にワープしてしまったら、王子からの信用を一瞬で失う。
そうなると、二度と国王との橋渡しなんてやってくれないだろう。
「それに、大勢で押しかけたら王子が怯えそうだしな」
「それはそう。あいつは自分が大物だと思ってるけど、本当はただの小心者だから」
ステラの言葉は、必ずしもエルオーレット王子の真の姿を捉えているとは限らない。
油断しないようにしないと。
「万が一失敗したら、すぐに撤収だ。その時は……」
「シーラを切り捨てる」
――――即座にそう答えたのは、シャリオだった。
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