10-26

 8月8日(木) 06:12



「……くぁ」


 眠い。

 夏休み期間にこんな時間に起きる高校生なんている?

 いやいるだろうけど、平均的じゃないよな。


 でも少し懐かしい。

 プレノートをガンガン書いていた頃は、早起きしてプレイ時間を捻出してたんだよな。

 登校前に朝一でやるRPGは、結構刺激的で楽しかった。


 今は正直、あの頃のような気持ちにはなれない。

 やっぱりあれって背徳感も大きかったんだろうな。

 これから学校に行くのにゲームしてるっていう、ちょっと悪い事してるような感覚。


 そういう意味では、日中にお客がいない頃合いを見計らってプレイする方が、その頃と近いフィーリングでプレイ出来るんだろう。

 でも、俺がこれから追体験すべき時期はもっと前。

 まだ学校にも通ってない時の俺だ。


 ……よし、接続完了。

 この一手間二手間が、これからゲームをプレイするって気分にさせてくれる。

 起動して暫く時間がかかるのもそうだ。


 レトロゲーを愛する人全員がそうって訳じゃないだろうけど、ロード時間が苦にならないかどうかはかなり大事だ。

 そこがどうしてもダメな人は、昔のゲームではとても遊べたものじゃない。

 黎明期のゲームはそうでもないけど、ユートピア1や2の頃はディスクの読み込みにかなり時間がかかるゲームが多いからな。


 ソーシャルユーフォリアは、その点については割と問題がなくスムーズに進行している方だ。

 酷いゲームになると、エンカウントの度に戦闘開始まで20秒くらいかかるからな……鷹揚とした心がないとやってられないよマジで。


 さて、早速始めるとしよう――――





「……ふーっ」


 今何時だ?

 あ……もう8時過ぎてる。

 2時間以上プレイしてたのか。


 レトロゲーは良くも悪くも今のゲームより情報量が少ない。

 だから、入り込む為のハードルはそれほど高くない。

 没入するのに必要なのは、そのゲームのグラフィックを頭の中で広げて、そういう画質に脳内を変換するのが第一段階なんだけど……そこが最新ゲームとは違って楽だ。


 でも朝一って時間帯の所為か、夜ほどは入り込めなかった。

 これは昔からそうだから仕方がない。

 これからやる事があるのと、もう寝るだけの状況とでは精神状態に大きな差があるからな。


 取り敢えずルート分岐の直後まではプレイした。

 ここまでは前座みたいなものだ。

 後は……中途半端な時間だし、今日はここまでにしておくか。 


 そういえば、水流は何処まで進めたんだろう。

 昔のゲームだし、途中でやめたかもしれないな。

 

 ……ちょっと気になる。

 SIGNで聞いてみよう。 

 

『起きてる?』


 返事が……ない。

 流石に夏休み期間、普通の中学生は寝てる時間か。

 小学生だったら、ラジオ体操に参加する為に早起きする子もいたけど……いや、どのみちそういうタイプじゃないか、水流は。


 まあ正直、寝てるだろうと思ったからすんなりSIGNを送れたってのは正直ある。

 やっぱりまだ照れ臭いっていうか、目的があっても自分から水流にSIGN送るのは結構勇気要るんだよな。

 今もちょっと緊張してるし。


 っていうか、何か強引にでも理由を付けて水流に連絡入れてる感じだよな、今の俺を客観的に見ると。

 自覚はなかったけど……やっぱりそういう気持ちはあるのかもしれない。 

 

 あっ着信。

 え……着信?

 表示は――――うん、水流で間違いない。


 でもなんで直デン?

 なんか怖い!

 電話恐怖症を発症しそうだ……!


 と、とにかく出ないと……


「も、もしもし」


『先輩?』


「あっ、うん。おはよう」


『おはよ。時間早くない?』


「ま、まあ早いよな。ごめん、ちょっと今聞きたい事あって」


『なあに?』


 ……微妙に寝ぼけてるな。

 寝起きかな。

 通知音で起こしちゃったか?


「ソーシャルユーフォリアってプレイしてるかな」


『してるよー。結構してる』


「どれくらい進んだ?」


『えっと……なんだっけ。ちょっと待ってね』


 もしかして、わざわざユートピア2を起動してくれてるのか。

 こんな朝っぱらから申し訳ない……


『犠牲編のあびれーど砦ってとこ』


 あびれーど……アヴィレイド砦か。

 え、それってもう終盤じゃないか?

 っていうか、ラスダンの二つくらい前だった気がする。


 もうそんなに進んでたのか。

 っていうか水流が『犠牲編』って言葉使ってる事自体がなんか新鮮。

 そりゃ裏アカデミやってるくらいだからゲームに疎くないのはわかってるけど、なんつーか……俺の色に染めてやったぜ感がある。


 ……いや、ないけど実際は。

 でもあるんだよ、俺の中では。


「すげー進んだな!」


『先輩、声でっかい』


「あ、ごめん」


 しまった、別に興奮してた訳じゃないのに声のボリューム間違えた。

 自分でも凄く浮ついてるのがわかります……


「それで、どんな感じ? 面白いって思う?」


『うん。面白いからアカデミやってない時期も遊んでたし』


「え? でもゲームするなって止められてたんじゃ……」


『だから先輩と私だけの秘密』


 お……おおお……

 なんだろうこの気持ち。

 保護者的な視点で『そういうコトしちゃダメでしょ!』って言いたくなるけど、それ以上にグゥっとくるこの気持ち。


「悪いヤツ」


『先輩が悪い道に誘ったのが悪い』


「ゲームを悪い道って言うな」


『あは』


 く……なんか無限に喋っていられそうだ。

『なんで通話?』って思ったけど、通話で良かった。

 寧ろ通話じゃなきゃダメだ、文字じゃこの感情には全くなれない。


『で、なんでそんな事聞いたの?』


「あー……」


 終夜と子供の頃に一緒にゲームやってた記憶を取り戻す為――――とは言えない。

 いや別に言っても問題はないと思うけど、やっぱり言えない。


「キリウス、って名前がこのゲームの中に出てきてるらしいんだ。それをちょっと確かめたくて」


「え? そうなんだ」


 ……終夜は気付いてない? 


 アヴィレイド砦まで進んだのなら、仲間に出来るキャラとはほぼ全員出会える時期だ。

 ただソーシャルユーフォリアは街中やダンジョンに散らばった無数のキャラに"自分から"接しないと仲間になれない。

 逆に言えば、存在に気付かなかったら仲間にする機会がそもそもない。


 恐らく終夜は、作中の何処かにいるキリウスと出会えなかった。

 だからそのままスルーして終盤まで進んだんだ。


 ……子供の頃の俺はどうだったんだ?


 RPGに不慣れとはいえ、中学生の水流が見つけられなかったキャラを、小学生になったかどうかって時期の俺が見つけられたのか?

 多分、無理だ。


 俺はキリウスを見つけていない。

 見つけられなかった、って意識すらないままスルーしていた可能性が高い。

 実際、最初にキリウスって名前をテイルが発した時も、全く覚えがなかったもんな。


 けど……知らないのは俺だけだった。

 終夜も朱宮さんも、水流も知っていた。

 そりゃネットに入り浸ってる訳じゃないけど……いろんなオンラインゲームで無双しているプレイヤーであり、不正ログインの疑惑もあるような人物の名前を、俺は一度も目にしなかったんだろうか。


 前に『キリウス 不正』で検索した事があった。

 whisperも検索したら、幾つかのゲームのユーザーがキリウスの不正に関する噂話をしていたけど、どれも曖昧な発言ばかりで確証とは程遠い内容だった。


 その時から、なんとなく抱いているイメージがある。


 亡霊。


 キリウスは、オンラインゲーム界隈に蔓延る亡霊のような存在に思えて仕方ない。


 終夜父はキリウスをAIだと言った。

 ネット上でAIが勝手に活動する訳ないし、まして犯罪を犯すとは思えない。

 って事は……ゲーム内におけるキリウスの事を指しているんだ。


 でも、終夜父はこうも言っていた。



『このキリウスもAIだ。ただし、アカデミック・ファンタジアのAIではない』



 って事はだ。

 ソーシャルユーフォリア内のキリウスがAIなのか?


 でも、このゲームの各キャラの動きはAIで管理されているとは思えない。

 みんなが画一に動く訳じゃないけど、それぞれが定められたタイムテーブルに従って動いている筈で……



 待てよ。



「水流、攻略サイト見てプレイした?」


『あ、うん。全部見た訳じゃないけど、詰まったりとか仲間になる条件がわからない時とかは。ストーリーは見てないよ』


 仲間になる条件がわからない時……か。

 それだと、そもそも仲間に出来そうなキャラと出会った事が前提で、出会ってない奴に対しては攻略サイトは見ていない。


 だから、仮に――――キリウスだけがAIで動いていたとしても、それに気付いていない可能性がある。


「ありがとう! ごめんな朝早くから」


『こっちはいつでも良いけど』

 

「俺もいつでも良いよ」


 ……なんだこの会話。

 最高かよ。


 でも今は余韻に浸ってる場合じゃない。

 キリウスだ。


 前に見たプレイ動画では、キリウスはバーで仲間になっていた。

 他のキャラと同じなら、その場所がタイムテーブル内で管理されている。

 つまり、キリウスが酒場にいる時間帯に話しかける事が、仲間になる条件でありトリガーだ。


 そして攻略本にも、仲間になる条件としてその事が記載されている。


『夜のバーでパーティメンバーがユーフォのみの状態で話しかける』


 だけど――――キリウスが必ず夜にバーにいるとは限らない。

 通常なら、そこもタイムテーブルで管理されていて、いつどの時間帯にどの場所にいるっていうのがプログラミングされている筈なんだけど……

 キリウスが脇役過ぎて、攻略本には時間帯における居場所の変遷は書かれていなかった。


 検証する必要がある。

 キリウスの居場所にゲーム内の時間との関連付けが完璧に出来れば、普通のプログラミング。

 でも、そうじゃない可能性……AIによって行動が管理されている可能性がある。


 勿論、ゲーム内の一キャラのみ、それも端役のキャラだけにAI機能を搭載する意味はわからない。

 しかもそれを売りにもしていない。

 普通に考えたら、あり得ない発想だ。


 でも、終夜父の言葉を真に受ければ、全くないとも言い切れない。

 だから俺自身がゲーム内でキリウスを見つけ、奴のタイムテーブルを作る。

 そうすれば、AIかどうかの区別はつく。


 取り敢えず、お客が来るまでもうちょっと進めてみるか――――

 




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