10-25
『ボクの勝手な解釈かもしれないけど』『終夜さんがボクを嫌な奴にしようとしてたのは、ボクを恨まないようにする為なんじゃないかなって思うんだ』
……どういう事なんだろう。
恨みたくないのなら、嫌な奴じゃない方が良いと思うんだけど……
『ボクが嫌な奴なら』『そんな人間を目指さなくて正解とか』『関わらなくて良かったとか思えるでしょ?』『自分の中で折り合いを付ける為に自分の中だけでボクをそういう人間にする事で』『ボクの存在を遠ざけようとしたんじゃないかな』『確証はないけどね』
『それって意識的にですか?』
『無意識かも』『どっちにしてもボクの勝手な推測だけどね』
……俺の勝手に抱いた終夜のイメージは、そういう心の切り替えが上手いタイプじゃない。
だけど無意識下ならあり得なくもない。
何にしても、本人以外に答えを知り得ない事だから、ここでrain君とあーだこーだ言い合う意味はないに等しい。
『接点はそう多くないけど』『彼女は真面目な子なんだと思う』『だから自分が親の理想通りになれなかったのを今も引きずってるのかもね』
それは間違いない。
自分が理想通りの才能を持って生まれて、その才能を活かして活躍できていれば、家庭は崩壊しなかった――――そういう想いが何処かにあるんだろう。
それが終夜のフリーズやコミュニケーションの問題に直接関係があるかどうかはわからないけど、影響しているのは確かだ。
『rain君の口から気にするなって言うのは逆効果ですよね』
『そりゃそうだよ』『大体そんな偉そうな事絶対に言えないし』
だよな……終夜にとってrain君の存在は複雑だろうし。
憧れの気持ちだって多分あると思うけど、それ以上に色んな感情があって、その多くはネガティブなもの……だろうな。
『ふかっちは終夜さんを助けたいんだね』
『そんな偉そうな事は考えてないですけど』『恩を返したいとは思ってます』
終夜と関わった事で、俺の表情の件は良い方向に向かった。
なら俺と関わった事で、終夜の心も良い方に向かって欲しい。
それが出来てようやく、ありがとうと言える資格が生じるような……そんな気がする。
『それならさ』『成功体験をさせてあげるのが一番じゃないかな』
『成功体験?』
『彼女に足りないのはそれだと思う』『自分が求めている通りの成果を得て』『周囲からも評価される体験』
だったら子供の頃の夢の通りにイラストレーターになるか、自分の関わったアカデミがヒットするしかないんじゃ……でも既に普通のゲームとして浸透したアカデミが今更……
あ、そうか。
終夜父がアカデミにこだわったのは、そういう事だったんだ。
それはきっと、勝算の薄い賭けみたいなものだ。でも他に解決策がないから、一点突破で行くしかなかったのか。
『結局は成功体験に恵まれたかどうかが分水嶺みたいなトコがあるからさ』『絵とは関係ない何か違う事でそれが得られれば行き詰まりから脱出できるじゃないかな』
自分の中の新しい可能性を切り拓く、って事なのかな。
でもそれって、メチャクチャ難しい事だよな。
成功体験って言うくらいだから、成功でなきゃいけない。
例えば、運良く目的が叶ったとか願ってない事で上手くいったとか、そういう事じゃダメなんだ。
終夜が好きな事、成し遂げたいと思っている事で成功しなきゃ成功体験とは言えない。
終夜が望んでいる事。
終夜の願い――――
『シーラさん、わたしの友達以上恋人未満になってくれますか』
……ふと、その言葉が頭の中に浮かんだ。
終夜が俺に願っていたのは、最初からそれだったから。
俺はよくわからないまま、その願いを聞き入れた。
一応、俺なりに終夜とは友達……ゲーム仲間と言った方がより正しい気がするけど、友達として接してきたつもりだ。
恋人になりたいって態度も、一度も見せた事はない。
だけど終夜は納得していない。
って事は、俺のこれまでの対応は間違いだったんだ。
逆に言えば、正解があるって事なのかもしれない。
『ありがとうございます!』『何か見えて来た気がします』
『よかったよ』
取り敢えず、やるべき事は見えてきた。
簡単な事じゃないけど、手探り状態ですらなかった今までを思えば大きな前進だ。
『そうそう』『コラボの件ファンミーズから返答来たよ』
『え』
急にぶっ込んできた!
え、だって返答には時間かかるって……つい何時間か前だよSIGN送って貰ったの。
これ、どう解釈すれば良いんだろう。
単純にrain君を待たせちゃいけないって事で慌てて送ったんだろうか?
それとも、担当者が面倒事はさっさと済ませてしまえって性格なのか。
心の準備が全然できてなかったから不意打ち過ぎて鼓動がヤバい。
コラボ出来るか出来ないかがそこまでカフェの経営に影響する訳じゃないとは思うけど、ダメだったら結構引きずりそうな気がする。
どうなんだ……――――
『検討してみるって』
おおおおおおおおおおおおおおおお!!
一体どこにコラボの価値を見出してくれたのかは正直わからないけど、とにかくメッチャ嬉しい!
まだ確定じゃないとはいえ門前払いされないだけでもありがたいったらありがたい!
『ありがとうございますありがとうございます』
『何かコラボする上での案があるなら企画書にまとめて送ってくれって』『企画書の書き方わかる?』
『ネットで調べます』
『素直でよろしい』『でも自分だけでやらないで親御さんの意見も取り入れた方が良いと思うよ』
『わかりました』『連絡先って教えて貰って大丈夫ですか?』
『大丈夫大丈夫』『ちゃんと担当部署の連絡先聞いてあるから』
なんてありがたいんだ……神様かこの人。
たかがレトロゲーの資料作ってるだけの俺が、こんな恩恵にあやかっていいんだろうか。
そろそろ一生分の運を使い果たしそうな気がする。
『それより』『先方が興味持つような案はちゃんとある?』
『あるにはあります』『ただrain君ありきの案なんですけど』
『それは最初から折り込み済みだから大丈夫』『今の仕事に支障が出ない範囲なら』『だけど』
『もちろんです』
『なら企画まとまったら先にボクに見せて』『さっきも言ったように大人にもチェックして貰ってね』
『わかりました』『何から何までお世話になりっぱなしで』
『お礼はレアなレトロゲーでお願いね』
『了解です!』『コンシューマでもエロでも何でもこいです!』
『でも冷静に考えて』『高校生に昔のエロゲーを調達して貰う大人って最低じゃない?』
『お仕事がんばってください』『じゃ』
『ボクから目を逸らさないで』
最後になんか涙目のスタンプが送られてきたけど、これ以上返信はしなくて良いよな。
それにしても、本当にレトロゲー好きなんだなrain君。
『昔のゲームは良かった』なんて言われてて興味持ったは良いけど、グラフィックとUIが現代のゲームとは雲泥の差だから、結局はそこで躓いて断念するってユーザーが多いのに。
絵を描く人だから、寧ろ昔の絵から何かを学び取ろうとしてるんだろうか。
AIの普及に備えて個性を磨く、みたいな事言ってたし。
あれだけ売れっ子なのに、貪欲だよな……寧ろ貪欲だから売れっ子になったのかな。
あらためて感じる、終夜じゃあの域に達するのは無理ゲー感。
いや終夜だってrain君の言うところの成功体験を幼少期から積み重ねていたら、ああいうふうになっていたかもしれないけど……今のところは想像できないな。
さて、コラボの案もこれから煮詰めなきゃいけないけど、もう一つやっておかなきゃいけない事がある。
これは多分、裏アカデミを進める上でも必要な事だ。
〈ソーシャル・ユーフォリア〉の世界にいるキリウスと出会う。
先日、他人のプレイ動画でゲーム内のキリウスの存在は確認できた。
だけど、仲間になったキリウスをパーティメンバーに加えてはいなかったから、仲間としての彼がどういう感じの性能なのかは全くわからない。
自分でプレイして、自分で仲間に引き入れて一緒に戦ってみない事には、そのキャラを理解する事は出来ない。
水流にハードごと貸してプレイして貰ってるけど、その水流から感想を聞いても同じ事。
あくまで自分がゲーム内に没入しないと見えてこない景色がある。
幸い、ソフトは中古で250円だから余裕で買い足せたし、ユートピア2も複数展示してあったから、水流に貸した状態でも問題なくプレイは出来たけど。
覇王編をラストまでプレイしてみた結果、その時はキリウスの存在を確認できなかった。
確か別のルート――――仇討編か犠牲編のどっちかに出てた筈なんだけど、端役過ぎて攻略本にも出現するルートまでは掲載されてないんだよな。
確か攻略サイトには書いて……あったあった。
犠牲編か。
魔王リアが魔王の血に目覚めて、人間を侵略しようとして主人公ユーフォと対峙するルートだ。
俺は子供の頃ソーシャルユーフォリアをプレイしていた筈だけど、全ルートを制覇したかどうかは正直わからない。
でも多分、このルートには進んだ気がする。
根拠はないけど……きっとそうだ。
よし、犠牲編をプレイしてみよう。
当時の記憶が蘇るかもしれない。
夏休み期間中は学校に行かなくていいから、メチャクチャ早起きして開店時間前にプレイすれば、朝だけでも2~3時間は確保できる。
分岐ルートまでにキリウスは登場していなかったから、そこまでは覇王編のセーブデータを使い回せば良い。
ちゃんと分岐直前にセーブしたデータを残してあるから大丈夫だ。
何時間プレイしたらキリウスと巡り逢えるのかは不明。
このゲームはかなりの数のキャラを仲間に出来るけど、仲間に出来る時期は各キャラ限られている。
早ければ、それこそ分岐直後に仲間に出来るかもしれないけど、もっと遅い時期にならないと出て来ないかもしれない。
その辺の細かい条件は、攻略本か攻略サイトを見れば間違いなく載っている。
でも、今回は敢えてそれは見ない。
子供の頃の俺も、見ていなかっただろうから。
明日、朝一でミュージアムに入ってプレイしよう。
そう思うと、何故か少しワクワクしてきた。
それは多分、子供の頃に新しい家庭用ゲームで遊ぼうとする時の初心と――――似て非なるものだった。
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