10-23

「rain君はAIを活用しようと思う派? それとも今のまま?」


「ボクは今のままかな。まだまだ問題が多いし、それこそ『使わないと競合相手との勝負にさえならない』くらいにならない限りは……ね」


 予定になかった食事会は、朱宮さんとrain君の会話が中心となって、なんとも微妙な雰囲気の中で進行していく。


 最初に懸念した修羅場みたいなギスギス感は今のところない。

 星野尾さんも不機嫌な様子は見せず、時折話題に加わっている。


 けど……やっぱり普段の星野尾さんじゃないのは確かだ。

 そりゃ一日中収録してて疲労も相当溜まってるだろうけど、主因がそれじゃないのは明らか。

 なんというか、居心地が悪そうにしている。


 そして俺はそれ以上に居心地が悪い!


 朱宮さんとrain君が俺達の感情を把握する事は多分ないだろうから、この状況が改善される事もなさそう。

 これじゃ終夜父と二人きりで食事した午前中の方がまだマシだ。

 あの人も、なんていうか『大人になりきれない大人』って感じで、接してて微妙な気持ちになるんだけど……この空間に比べたらまだマシだ。


 かといって、部外者の俺が何か一言物申すなんて事も絶対無理だし、そんなお節介焼く気もゼロ。

 ここはもう、間が悪かったと諦めるしかない。


「ところで、これって何の集まり? なんか珍しいメンツじゃない?」


 話が一区切りついたのか、rain君が俺達の方に視線を向けて話題を変えた。

 俺達が話に入りやすいトピックにしてくれた……という感じじゃなく、純粋に知りたいってだけだな。

 顔にそう書いてある。


「星野尾さんはゲームボイスの収録です。今、星野尾さんのマネージャーさんが骨折してて、代理で俺が付き添う事になったんですよ」


「……なんで?」


「星野尾さん、そういうの頼める知人がいないんですって」


「おいコラ来未兄ィ! なんでそういう事言うの!?」


 いや……正しく説明しなきゃ絶対変な誤解される流れでしょ、これ。

 その場合、無駄に白眼視されるのは俺じゃなく貴女ですよ星野尾さん。


「はぁ……まあ概ねその通りよ。私は何処かの事務所に所属してる訳じゃないし、マネージャーも連れて来なかったら不審に思われるでしょ? だから人手が必要だったの。別に専門的な仕事させる訳じゃないから、高校生でも問題ないし」


 それに夏休みだし、と付け加える星野尾さんに対し、rain君の表情はなんか冴えない。

 納得できてないんだろうか。


「そういう時って普通、人材派遣会社にマネージャー経験のある人材を依頼するとかしない? 漫画家で言えば出版社にアシスタント出来る人を紹介して貰う、みたいな」


「……一応、それも考えたんだけど。前に別の職に就いてた時やって失敗した事があったの」


 え、それ初耳。

 っていうか、マネージャー代理って派遣会社に依頼できるんだ。

 初めて知った。


「その手の会社は当たり外れが激しくてね……凄く立派な人を紹介してくれる会社もあるけど、中にはとんでもない奴を寄越す会社があって……あの時の現場は地獄だった……」


「なんかゴメンね」


 珍しくrain君が困った顔で素直に謝っていた。

 それくらい星野尾さんの目が死んでいる。

 どれだけ嫌な思いしたんだろう……この人、もう苦労人って言葉じゃ足りないくらい大変な人生歩んでるよな……


「私の事はどうでも良いから、コイツと話してあげてよ。なんか話があるみたいだから」


 しかも、ここで俺に気を遣って橋渡しまでしてくれる。

 良い人過ぎるよ星野尾さん。

 こんな人、幸せにならなきゃダメだよな。


「ふかっちが? 何?」


「あー、二つあるんですけど、一つはここだとちょっとアレなんで、時間ある時にSIGNでお願いしたいんですけど」


 幾らなんでも終夜の事をこの場で話すのはデリカシーがなさ過ぎる。

 それでも聞かない訳にはいかない事だから、二人だけで話したい。


「いーよー。長くならないんだったら、今日の12時から1時の間に空けとくから」


「ありがとうございます。時間は取らせないんで」


 rain君も良い人なんだよな……俺、なんだかんだ出会いには相当恵まれてるよな。

 特に何もやってない一般人が、エンタメ業界でかなりの地位を築いている人にこんな優しくされる事なんてある?

 なんか申し訳ないくらいだ。


「もう一つは、鍵宮クレイユについてなんですけど……rain君がデザインした」


「あー、最近Vtunerとして再デビューしたあの子ね。ボクとしては結構会心のキャラデザだったから嬉しい事なんだけど。あの子がどうしたの?」


「星野尾さんが演じてるVtunerとコラボって、出来ないですかね」


 本当なら、実際に鍵宮クレイユのキャラクターIPの権利を所有している会社と交渉しなきゃいけない事。

 でも、俺なんかが普通に連絡を取ろうとしたところで相手にもされないだろう。

 だから、まずはrain君に許可を取って、生みの親にお墨付きを貰った状態で交渉するのが正解……だと思う。


「出来るんじゃない? あの界隈、コラボはメチャクチャやるし。あ、ボクの口添えがあった方が良いって事?」


「すみません、他力本願で」


「良いよ別に。ちょうど再デビューの件でファンミーズから連絡来てたから、連絡先もわかるし。今からSIGN送ってみよっか」


 え、そんな簡単に話が纏まって良いのかな……


「星野尾さんのVtunerって事務所どこ?」


「……クリティックル」


「ありゃ、今ちょっと話題の。そっちの許可は得てるの?」


「はい。社長から直々に何でもして良いって言われてます」


「なら問題ないね。まあ企業案件って言うより、友情案件みたいな感じになると思うけど、それでも良いかな」


 その違いは俺にはわからないけど、多分規模がかなり小さくなるって事を言いたいんだろう。

 それか、ドラマや映画でよく見る友情出演と同じか。

 何にしても、こっちは向こうの知名度を頼りにする訳で、偉そうに条件を出せる立場じゃない。


「勿論です。お願い出来ますか?」


「りょー。って言うか、もう送ったし」


 仕事が早過ぎる……!

 イラストの仕上げが早い絵師は別の作業もテキパキなんだろうか。

 なんかもう、仕事が出来る人って何やらせても凄いな。


「今日明日みたいな、すぐには返事来ないと思うから、暫く待っててね」


「はい。ありがとうございます。助かりました」


「このコラボってクリティックル主導じゃないんだよね。ふかっちのカフェとも関わりある?」


「あ、そうですね。鍵宮クレイユのプロフィールに『レトロゲーが趣味』と『甘い物好き』ってのがあったんで、鍵宮クレイユがウチのカフェに来てレポートする、みたいなストーリーを作れればと」


「良いじゃん。ボクの漫画とも関連付け出来るし、上手くやればまたバズるかもね。短期間での連続バズりは結構反響大きいよ。そうなるとバズった投稿だけじゃなくてカフェの方にも注目が集まるかもしれないね」


 正直、そんなに甘くはないと思うし、そこまでの期待はしてない。

 でもrain君の言うように、上手くやれれば面白い事になるかもっていう期待はある。


「俺の狙いは、ミュージアムを聖地巡礼の場にする事です」


「あー、成程ね」


 聖地巡礼――――ってのは必ずしもポジティブなイメージだけじゃない。

 普段来ている常連客の人達が、今まで見た事のない人達の来訪に困惑して、泣く泣く離れる……なんて話は何度も聞いて来た。

 でも成功すれば、見返りは相当大きい。

 

「県外からお客さんが来る動線を作るって事かい?」


 そう問い掛けてくる朱宮さんに、俺は首を横へ振る。


「そんな甘いものじゃないのはわかってます。目的はあくまでも地元民との関係強化です」


「? でも、聖地にするのなら外から訪ねてくる人をターゲットにしないと変じゃないか?」


「はぁ……何もわかってないのね」


 あ、急に星野尾さんが入って来た。


「例外があるのを認めた上で言うけど、そんな一過性の人気に縋ってたら飲食はやっていけないのよ。本命はブランディング。元々ゲーム好きが集まるカフェなんだから、聖地って言葉に弱いと思わない?」


 俺の説明を勝手に……まあ良いけど。


 チェーン店じゃない飲食店は、地元の評判が凄く大事になってくる。

 だけど既に10年以上続いているウチのカフェは、今更評判が劇的に良くなる事はない。

 評価はもう固まってしまっている。


 そこを変革する為には、もっと外側――――他県、若しくはネット上における新しい価値の創造。

『とある作品、とあるキャラクター、とある分野における聖地になっている』という一文。

 これは凄く大きい。


 別に聖地である事がお客さんにとってプラスになる事はない。

 だけど、印象は確実に変わる。

 何故なら、大抵のゲーム好きにとって『聖地』って言葉はグッと来るからだ。


 聖なる地。

 そういうゲームで頻繁に使われる設定や言葉が現実の肩書きとしてあれば、一気にゲームカフェとして箔が付く。

 そうなれば、今来てくれている常連客に今後もウチのカフェと付き合っていこうと思って貰えるし、まだ来た事ないゲーム好きの開拓にも繋がる。


 あくまでウチは、ゲーム好きの為のカフェ

 その基本に立ち返ったからこそ出て来た発想だ。


「子供騙しですけど、ゲームが好きな人はみんな何処かに童心を持ってますから」


「わー生意気」


 rain君からは軽く引かれたけど、割と納得もしてくれたようで、止めようとはされなかった。


 ――――代わりに、述懐する。


「実はね、鍵宮クレイユってボク自身がモデルなんだよね。外見じゃなくて中身だけど」

 

 それは……


「でしょうね」

「うん、知ってた」

「レトロゲー好きって時点で一目瞭然じゃない」


「……あれ?」


 まあ、うん。

 こういう所も、rain君の親しみやすさに繋がってるんだよな。

 きっと。






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