10-17

 家庭用ゲームが下火になり、オンラインゲームが盛況を迎える頃。

 各ゲーム会社は決断を迫られる事になった。


 これまでの制作体制を維持し、家庭用ゲームの新作を出し続けるか。

 制作体制を全面的に見直し、オンラインゲームに舵を切るか。


 親父の話や昔の資料を見る限り、オンラインゲームに対しては当初から新時代の主流になるという意見が圧倒的多数だったらしい。

 核家族化が進み、兄弟のいない家庭が増えている中、家の中でも『別の誰か』を感じられるゲームは、これからの時代に適した娯楽になると言われていたそうだ。


 そして、それは現実となる。


 ただ、当初はオンラインゲームの主流だったMMORPGには、次第に翳りが見えてくる。

 最大の原因は、スマホとの相性の悪さだ。

 スマホでプレイするには、MMORPGは操作性が複雑な上に長時間のプレイが前提とあって疲れる。


 時代の移り変わりも原因と言われている。

 昔はテレビに代表されるように、娯楽の多くは『与えられるもの』だった。

 でもネット普及以降、能動的に情報を得るタイプの娯楽が一般化し、それが主流となった。


 MMORPGの基本構造は、クエストなどの与えられた課題に取り組むというもの。

 そういう遊び方が時代に合わなくなり、多くのゲーマーに飽きられてしまった。

 時間をかけてキャラを育成する作業も、煙たがれるようになった。


 レトロゲーをプレイしていると、その辺りの変遷は追体験できる。

 昔のゲームはジャンルを問わず、制作者の意図に沿ってプレイするのが当たり前だった。

 オープンワールドに代表される、大きな箱の中で自分の意志を反映させていくという現代のゲームとは真逆と言っても良い。


 そういう時代の流れを、各会社がどう捉えていたのかは正直興味深い。

 ただ、日本の多くの会社は出遅れていた。

 他の大手の様子を見てそこに追随しようという意図が、クリエイター達のインタビュー記事やリリース作品からなんとなく透けて見えた。

 

 MMORPGの隆盛、そして衰退。

 その間、家庭用ゲームの立ち位置は特に変わりなかった。

 相変わらず80年代~90年代にヒットしたシリーズ作が主流で、たまに新作やここ10年以内のヒット作の続編が混じるような感じだ。


 大きな違いは海外進出だろう。

 家庭用ゲームの人気シリーズの中の幾つは、国内より寧ろ国外で売れている。

 配信プラットフォームの登場が凄く大きかった。


 相対的に、MMORPGの存在感は更に薄くなった。

 だからこそ、俺はMMORPGを始めたのかもしれない。

 既にこのジャンルはレトロゲーの域に足を突っ込んでいるからだ。


 多くの会社は、このジャンルのゲームに見切りを付けた。

 全盛時には1年間で200タイトル以上の作品がサービスを開始していたけど、その2年後には開始するゲームの数を終了するゲームが上回っていた。

 今では、MMORPGの作品数は全盛期の10分の1以下になっている。

 

 それが、ゲーム業界の出した結論だ。

 これからも家庭用ゲーム同様、既に人が集まっているゲームだけが生き残り、新しく生まれる作品はごく少数に限られてくるだろう。



「だから我々は、再度選択を迫られた。MMORPGでもう一花咲かせるか、全く違う方向へと向かうか……解散するか」


 終夜父が言う『我々』は、多分クリティックルの事を言っているんじゃないだろう。

 古巣――――といってもまだ在籍はしている、ワルキューレの事だ。


「ワルキューレは、アカデミを継続していく選択をしたんですね」


「ああ、そうだ。幸い、競合タイトルが軒並み終了した事もあって、最低限のアクティブユーザーは確保できているからね。彼等に対して誠実にサービスを提供していくのは、企業として正しい姿勢だ」


 元々ワルキューレは、MMORPGの雛形とも言えるようなソーシャル・ユーフォリアを作った会社だ。

 MMORPGに対する愛着は他の会社よりも強いんだろう。

 

 例え自ら市場規模の小さい方向に行くとしても、それは一つの戦略として成り立つ。

 ニッチとかスキマ産業とか言われるけど、競合の少ない所で勝負するのは決して恥ずかしい事じゃない。

 彼等の選択が間違っているとは、俺は思わない。


「だが、正しいだけで会社はやって行けない。君には……と言うより外部の人間には決して言えない事情もある」


「……はい」


 俺ら素人には、その部分はどう足掻いても辿り着けないし、辿り着こうとも思わない。

 ここが限界だ。


「そして私にも事情がある。ゲームを愛し、数十年の人生を費やして携わってきた……プライドとはもう言えないな。意地、くらいのものだ」


 きっと、俺が想像も出来ないような大変な思いをして来たんだろう。

 それをわかったような言葉で汚す事は出来ない。


 でも、だからといって家庭を……子供の終夜を顧みなかった事を正当化するのは許されないだろう。

 俺はその事で、どうしてもこの人に言わなきゃいけない事がある。


 言うなら今か――――



「前置きが長くなった。本題に戻ろう」



 そんな俺の心理を見透かしたかのように、終夜父は仕切り直した。


「これから私が話す事は他言無用で頼む。恐らく、君が話したかった内容に直結する話だ」


「それって……さっき言ってた『娘を癒やす為に』の詳細ですか?」


「ああ」


 少し驚いた。

 さっき、終夜父がその事に触れたのも戸惑ったけど、別の話を始めたから『この件はここまで』って線を引かれたとばかり思ってた。


 終夜の話をしに来たんだから、聞かない理由はない。

 ありがたいくらいだ。

 だけど……腑に落ちない。


「どうして、俺に話してくれるんですか?」


 家庭の恥を晒すようなもの。

 立場のある大人が、幾ら終夜――――娘のゲーム仲間とはいえ、俺なんかに話すのは不可解だ。


「君には聞く権利がある。私が今まで君に託してきた事を思えば、当然の権利だ」


「……?」


「この件についても、おいおい触れる事になる。まずは私の話を聞いて貰えるかな?」


 当然、即座に頷く。

 一体、何を話そうって言うんだ……?


「娘は幼い頃から、ゲームと言うよりはイラストに関心を持っていた。ビジュアルと言った方が良いかもしれない。ゲーム内におけるビジュアル、世界観……そういった事に強い関心を持っていた」


「娘さんから窺っています。rain君……rain先生の名前を参考にしたそうで」


「ああ。その通りだ。個人名まで出して話をしたんだな。君に」


 そう呟く終夜父は、少し嬉しそうに見えた。


「彼女は紛れもない天才でね。あやかりたいという気持ちがあった。自分に才能がない事を思い知らされているから、少しでも違うところから天の贈り物を授かる力を……と。神頼みと同じだ」


「それを本人に話したんですか?」


「いや。妻との会話の中で出たのを偶然聞かれてね。氷雨と同じ道を歩みそうだと……不可抗力とはいえ可哀想な事をしてしまった。それ以来、細雨は氷雨……rainの呪縛に囚われてしまった」


 終夜はずっと、親からrain君のようになるよう期待されていたと思っていた。

 でも、そうなる事が出来なかったと言っていた。


「私が仕事にばかり目を向けていた所為で家庭が冷え切ってしまい、あの子に負担を掛けてしまった。だから私は……せめてあの子の生み出した物を、ゲームの中に活かしてやりたいと思った」


「……それが、終夜をアカデミに参加させた理由なんですか?」


 終夜父は微かに頷く。

 その表情だけで、なんとなく察してしまった。


 終夜は世界観の発案、キャラクター設定、シナリオであのゲームの開発に参加している。

 だけど……それは才能や能力が認められての事じゃない。


 わかりやすい言葉で言えば、コネ。

 もっと嫌な言葉だと親の七光りだ。


「あの子が書き溜めていた架空のゲームの設定集があってね。ワルキューレのスタッフや脚本家にそれを見せて、どうにかこれを活かせないかと打診したんだ」


 それは……多分、やっちゃいけない事だ。

 終夜父の立場を考えれば、断れない筈がない。


「アバウトな世界観や断片的なシナリオ、キャラクター設定をしっかりしたものに変換するのは難しくはないんだ。プロはそれくらい朝飯前と言って良い。もっと言えば、原案を実質的にはエッセンス程度に留め、魅力的な世界観を生み出す事も出来る。彼等は完成度を落とさず、私の我儘を聞いてくれたよ」


「王都の観覧車もそうなんですよね?」


「そうだな。ファンタジー世界に観覧車があるのは前例がない訳ではないし、外連味としては面白くもある。何より、細雨が『これは自分のアイディアだ』とわかりやすい。そういう意図でデザインされたものだ」


 ……複雑だ。

 ゲームを少しでも魅力的にする為に、若しくはユーザーの興味を惹く為に作られたデザインじゃないのは、残念でしかない。

 でも終夜の事を思えば……期待に応えられず潰れそうだったというあいつの心を、きっと救っていたんだろうと思うと、否定は出来ない。


「幸い、その観覧車は好評でね。おかげで娘はワルキューレのスタッフと打ち解ける事が出来た」


「良かったです」


「ああ。そこにあいつの居場所が出来ると、そう思ったよ。だがそこに私がいたら……あの子は『社長のコネで参加しただけの人間』になってしまう」


 まさか……それが理由で、ワルキューレと袂を分かったって言うのか?


「私はそれをチャンスだと思った。あの子に償える最後の……本当に、最後のチャンスだったんだ」


 テーブルの上に置いていた終夜父の右手が、微かに震えていた。




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